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写真とコメントで紹介する旭川の郷土史エピソード集

歴史市民劇脚本「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」(その3)

2019-02-07 19:00:00 | 郷土史エピソード
2020年夏に上演予定の旭川歴史市民劇。
前前回から手直しした脚本を掲載しています。
今回は最終回、第2幕の途中からです。

                   **********

(第2幕 ACT5・後半)

女給3現れる(エピグラフ朗唱)。

女給3 日を追って何かが煮えつまってゆくような重い予感がわたくしにも濃くなってゆきました。しかし、どんな形で、いつあらわれるのかは、全くわかりません。あたりはかえって以前よりもしずかな感じさえあるのです。

(斎藤史 「遠景近景」より)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「数日後 四条師団通 (招魂祭) カフェーヤマニ」

ヨシオ、タケシ、文子が新聞を広げて腕組みしている。カウンターには速田。

タケシ 先生、やっぱりこれ・・・。
ヨシオ まずいですよねぇ。
文子  ほんと、そうねえ。
速田  (寄ってきて)・・・どうしたんですか、3人とも難しい顔をして。
ヨシオ これ朝刊なんですけど、この記事。
速田  え~と・・・「違法な労働を強要されし十六歳の酌婦、語った赤裸々な実態」。え、これって・・
タケシ それに、ここ。
速田  「訴えを受けし黒色青年同盟旭川支部、近く同店舗を告発へ」。なんだよ、これ。
ヨシオ でしょ?
速田  これって、あの娘(こ)、ハツヨちゃんが、黒色青年同盟のところに匿われているって言ってるようなもんじゃない。
タケシ それに極粋会にも、名乗りを上げて喧嘩売ってるようなものですよね。奴ら血眼になって居所探しますよ。
ヨシオ で、僕ら、まずいと思って佐野先生にヤマニに来るようお願いしたんです。
速田  そうか、それで佐野先生も。
文子  いや私もね。何となくもやもやしてたのよ。それにしても、こんなことになるならハツヨちゃんを渡さなければよかったって、つくづく思わされるわ。
速田  うーん、これ見ると、そうですよね。・・・あ、で、北修さんは?北修さんもハツヨちゃんのことは承知なんだから、知らせた方がよくない?
ヨシオ いや、それが家に寄って来たんですが、まだ腰痛くて動けないんですよ。だから、あとは任せたって。
タケシ つくづく使えない親父。ちょっとの間でも弟子になったのが、恥ずかしいわ。
速田  まあ、そういうことならしょうがないじゃない。で、これからどうします?
佐野  うーん、それなんだよねー・・・。

と、入口の鐘の音。

速田  ん?誰かな?
ヨシオ ・・・あれ、エイジさんじゃないですか。

エイジ、崩れ落ちるようにして、中に入ってくる。青ざめた顔。頬には殴られた跡。

ヨシオ ・・・エイジさん。どうしたんですか?ちょっとタケシ、手を貸して。

2人、抱きかかえるようにしてエイジを店内へ。

速田  ちょっと、大丈夫かよ。
タケシ けがしてますね。殴られてるみたい。誰か、外にいるのかも。
速田  えっ?じゃ、ちょっと見てくる。
ヨシオ はい、お願いします。・・・エイジさん。話せます?
エイジ ・・・大丈夫。・・・さっき、男たちが来て、ハツヨが連れてかれたんだ。突然、何人も来て、あっという間に。
タケシ え?ハツヨちゃん、連れてかれたんですか?
エイジ 同盟の人が一人付いていてくれたんだけど、俺と一緒で、何にもできずに、殴られて・・・。(頭を抱える)俺のせいだ。やっぱり早くどっか遠くに行かせていれば。
文子  ちょっと、あんた。頭抱えてる場合じゃないよ。ちゃんと話してごらん。いつ、どこからハツヨちゃん連れてかれたんだい?
エイジ ・・・すいません。ハツヨと俺は、同盟のシンパの人が持ってる下宿の空き部屋にいたんです。10時頃だったと思います。突然何人も土足で入ってきて・・・。
タケシ その中にさ、髪の毛がこんなんでさ、白っぽい背広着て、肩こんないからした奴(カタオカのまねして)いなかった?
エイジ いました。指図してました。
タケシ やっぱり極粋会だ。
文子  でもそこにあんたたちがいるのは、向こうにはわからないはずなんでしょう?なんで、彼らが。
エイジ いっしょにいた同盟の人が言ってました。どうやら組織の中に情報をもらした奴がいるらしいって。
タケシ 何だよそれ、しょうーもない。
ヨシオ (新聞を示して)この新聞のことも、エイジさんはご存じなんですか?ハツヨさんのことが載ってる。
エイジ ・・・ウメハラさんには言ったんです。そんな記事が出たら、ハツヨが危なくなるって。でも社会正義のためなんだって。ハツヨのことを世の中に伝えて、それで、旭川の飲食業界の不正をただすんだって。・・・俺はそれも大事だけど、これ以上、妹を危険な目に会わせたくないって。早くどこか遠くに連れて行きたいって言ったんですけど・・・。

鐘の音。速田が息を切らせて戻ってくる。

速田  ・・・近所の人から聞いてきたんだけどさ、黒色青年同盟の連中が、極粋会のメンバーが経営してる店を襲撃したんだって。ガラス割って暴れて、中にいた奴らもボコボコにされたらしい。
タケシ それって、ハツヨちゃんを連れ去られた仕返しかな。
速田  え?ハツヨちゃん、連れ去られたの?
タケシ そうなんです。
エイジ 恐らくハツヨを取り戻されたことへの報復に、その店を襲ったんだと思います。仲間は、このままじゃ引き下がれないと言ってましたから。
速田  でさ、極粋会の方も、非常招集をかけて人を集めているらしい。
タケシ なんだよ、きょうは招魂祭のお祭りだってのに。これじゃとんだ騒動になりそうじゃんか。

と、鐘の音。ウメハラが入ってくる。目がすわっている。

ウメハラ (入口で)せっかくのお祭りの夜に騒ぎを起こすのは、不本意なんだが、身にふる火の粉ははらわないといけないのでね。(中に入ってくる)・・・エイジ君、探したよ。すぐ事務所に来てくれと伝えたはずだが。こういうときほど、勝手な行動は困るんだ。
エイジ ・・・。
文子  あんたさ、エイジ君に文句付ける前に、私達に言わなきゃならないことがあるんじゃないの?今、その話を聞いてたところなんだけどさ。
ウメハラ ・・・それはハツヨさんの件ですよね。どうもこちらにスパイが入り込んでいたようなんです。だが、大丈夫です。彼女は連れ出されましたが、こちらもすぐ居所をつかみました。いまハツヨさんは、奴らの本部事務所のビルに監禁されています。それから我々の情報では、極粋会は我々の事務所のある常盤橋の近くに集結していて、今夜にも襲撃してくるつもりのようです。我々は彼等を返り討ちにして、そのあとハツヨさんを救出します。
タケシ あんたそんな簡単な。
ウメハラ 我々は、幾多の修羅場をくぐっていますからね。ご安心を。ということなんで、エイジ君、君も準備を。・・・ん?けがでもしましたか?

    (間)

エイジ ・・・いや、けがはたいしたことないが、俺は行かない。
ウメハラ ・・・どういうことです?
エイジ ・・・俺は、もうあんたにはついていけない。あんたは、俺やハツヨが出くわしている世の中の理不尽さを分かってくれる人だと思ってたけど、間違ってた。
ウメハラ なぜ?世の中の不正を正したいって、君も言ってたじゃないか。権力の手先が憎いとも言ってたじゃないか。今夜は、あの犬どもを蹴散らして、我々の正しさをアッピールする絶好の機会なんだ。それが分からないのか?
エイジ 帰ってくれ。俺はもうそれがどれほど正しかろうと、あんたの言葉では動かない。たとえ間違っていても、自分が考えたことをやる。
ウメハラ ・・・真理の存在を認めん愚か者とは、一緒に行動はできんな。君とは訣別する・・・。勝手にやればよい。(去る。鐘の音)。

     (間)

タケシ (エイジの肩に手をやって)・・・俺も優柔不断な人間なんだけどさ、あいつらと離れるのは間違ってないと思うよ。
エイジ ・・・でも、あいつを信じたせいで。妹が(こらえきれない)。
文子  エイジ君。めそめそしている時じゃないよ。いまはとにかくハツヨちゃんを救うこと。みんなも、それはわかるわね。
速田  というと、佐野先生、なんか策がありそうですね。
ヨシオ え?そうなんですか?
文子  うーん、まだ策と言えるほどのものではないんだけど。・・・極粋会と黒色青年同盟が、いま常盤橋のところでにらみ合っている状況なのよね。夜、本格的にぶつかれば、極粋会の本部は手薄になるはず。その隙をつけばって感じね。
速田  なるほど。で、どう動きます?
文子  具体的にハツヨちゃんを救い出すのは若い3人として、どう時間を確保するかってとこなのよね。私は顔を知られているので、無理だし。・・・そうだ大将がいた。大将に協力してもらいましょう。
速田  え?私?
文子  いえ速田さんも私と条件は同じでしょ。力を貸してもらうのは、もう一人の大将よ。

暗転。

しばらくすると、招魂祭の祭りの夜の街の喧噪の音が聞こえてくる。金魚すくいや綿あめ売り、お化け屋敷やサーカスなど。

女給4現れる(エピグラフ朗唱)。

女給4 俺は疲れて帽子を釘に掛ける。
汗臭い襯衣(しゃっつ)を脱いで顔を洗ふ。
瓦斯に火をつけて珈琲を沸かす。
俺は独りだ晩飯の支度をする。
馬鈴薯と玉葱をヂャツク・ナイフで切り刻む。
俺はこのナイフで靴の泥を落した。
俺はこのナイフで波止場の綱(ろっぷ)を断(き)った。

(鈴木政輝 あぱあと)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「その夜 三条通七丁目 旭川極粋会事務所」

極粋会の事務所のあるビルのフロア。事務所の外に、ヨシオ、タケシ、エイジの3人と神田館の大将こと佐藤市太郎。佐藤は大きな紙を丸めたものを抱えている。事務所には、極粋会の男3が一人いる。奥にもう一室あり、そこに椅子に座ったまま縛られているハツエ。

佐藤  大丈夫かな。私は興行主なんで、この事務所には何度も来ているし、働いている人たちもほとんど知っているが。
タケシ 佐野先生の指示通りやってくれれば、大丈夫ですよ。
ヨシオ もう一度確認しましょう。大将、あ、ヤマニの大将が探ってくれたんですが、事務所には一人見張りがいて、その奥の部屋にハツヨちゃんがいる。どうやら縛られているようです。で、その見張りを、大将、あ、神田館の大将がうまいこと言って外に誘い出す。その隙に僕らは中に入ってハツヨちゃんを助け出す。ただしある程度時間がかかると思うんで、あまり時間が稼げなかったときは、頃合いを見てもう一度外に連れ出してください。その隙に外に出ます。
エイジ まあ、いざって時は、こっちは4人、むこうは1人だし、大丈夫ですよ。
タケシ でも刃物とか持ち出すかもしれないし。とにかく、大将にかかってますからね。お願いしますよ。
佐藤  速田さんと佐野先生の頼みだから引き受けたけど。責任が重いなあ。
ヨシオ 大将が頼みの綱なんです。
佐藤  わかりました。こう見えても活動写真の雄、神田館の大将と呼ばれた、不肖佐藤市太郎。若い時は、やくざものと渡り合ったこともあったんだ。なんとか頑張るよ。じゃあ。
エイジ すみません。妹のために、お願いします。

3人、廊下の隅に身を隠す。

佐藤  (一人、事務所の前に進みノック)ごめんなさい。邪魔するよ。(入る)佐藤でした。カタオカさんはいたかい?
極粋会3 ああ、神田館の大将じゃないですか。お久しぶりです。
佐藤  ああ君、なんて言ったっけ?久しぶりだね。
極粋会3 山田です。カタオカはあいにく。
佐藤  あ、そう。いないんだ(ソファーに座り込む)。
極粋会3 きょうはちょっと込み入った事情があってみんな出払っているんで
すよ。俺一人で留守番なんです。
佐藤  ああ、そうなんだ。
極粋会3 佐藤社長には、いつも神田館、顔で入れてもらって、助かってま
す。
佐藤  ああ、そうだっけ?
極粋会3 俺、活動写真が大好きなんすよ。だからちょくちょく。
佐藤  ああそう。・・・実はね、今度新しい施設を建てる計画があるんだけど、そこの支配人にここの誰かを出してもらえないか、カタオカさんに頼みに来たんだ。
極粋会3 え、そうなんすか?
佐藤  おととし、第一神田館が焼けちまったろう。そのあと、旭川は1館だけでやってたんだが、資金の手当てが付いたんでね。前と同じ2館体制に戻そうと思ってるんだ。・・・君、興味ありそうだね。
極粋会3 ええ、あります。あります。いっぱいあります。
佐藤  で、これ図面なんだけど。意見も聞きたくてさ。(男3興味津々)・・・どっか、外で話さない?
極粋会3 え?
佐藤  いや、酒でも飲みながらさ。じっくりと。
極粋会3 いやー、でも。ここでもいいじゃないですか。
佐藤  ここ?
極粋会3 ええ。
佐藤  やっぱりここじゃなきゃダメ。
極粋会3 ええ。
佐藤  そっか、じゃあ(図面を広げかけて)。その前に、おしっこ。
極粋会3 おしっこですか?
佐藤  うん、年取ると近くなってね。どこかな?
極粋会3 ああ、入り口出て、左行って、右曲がって、突き当りです。
佐藤  ちょっと年取って目悪くしてね。ここの廊下暗いしさ。案内してくんない?
極粋会3 え、俺がですか?困ったな。
佐藤  私、そういう親切な人に支配人になってほしいなー、なんて思っててさ。
極粋会3 あ、わかりました。いきます。案内します。喜んで。
佐藤  うん、じゃ手を引いてもらって。
極粋会3 え、社長、そんなに目悪かったですか?よくここまで来られましたね。

2人出て、便所に行く。その隙に3人、事務所に入り、奥の部屋へ。驚くハツヨに声を上げるなと指示。タケシが事務所の様子を伺い、ヨシオとエイジが縄を解こうとするが、堅くてなかなか解けない。

タケシ ・・・何やってるのよ。おしっこって言ってたんだから、もうじき戻って来ちゃうよ。
ヨシオ ごめん。堅くってさ。はさみかなんか持ってくればよかった。
エイジ ハツヨ、もう少しだからな。
ヨシオ よし、解けた。

2人、縄をはずす。外に出ようとするが、男3と佐藤が戻ってきてしまう。

佐藤  (大きな声で)あー、おしっこして、すっきりしたー。もう事務所に戻ってきちゃったー。
極粋会3 なんすか?急に声でかくなりましたよ。
佐藤  そう?最近耳も遠くなってきたせいかな。普通の声だと思うんだが。
極粋会3 いやいや、かなり張ってるんじゃないですか。
佐藤  ところで、やっぱりどっかで飲みながら話さない?
極粋会3 いや、そうしたいところなんですが、ここ空にするわけにいかないんすよ。
佐藤  そうなんだ。
極粋会3 お願いしますよ。
佐藤  じゃあ、やるかい?・・・(図面を広げかけて)あー。今度は、なんか、下の方がもよおしちゃって。
極粋会3 えー、さっき一緒にしちゃえば、良かったじゃないですか。
佐藤  いや僕もそう思うよ。そうすりゃ、時間がかかって、一回で済んだのにって。でも、あー、お腹痛くなってきちゃった。悪い、もう一回連れてって。
極粋会3 しょうがないなー。これが最後ですよ。
佐藤  ああ最後、最後、最後だから。(声を張って)じゃあ、便所、行ってくるぞー。今度は大きい方。
極粋会3 ですから。声張り過ぎですって。

2人、再び出ていく。タケシら事務所に誰もいないことを確認し、部屋から出てくる。さらに事務所から出ていこうとすると、ドアの外にカタオカがいて、立ちふさがれてしまう。カタオカ、左手に木刀。右腕はけがしているようだ。

カタオカ おっと・・・。これはこれは、皆さんおそろいで。そうですか。我々が、アナキスト共とやりあっている間にってことですか。ま、ひとまず中に入っていただきましょうかね。(中に入る)絵を描いたのは、たぶん佐野先生あたりでしょうな。

佐藤と男3が戻ってくる。

佐藤  あー、またすっきりしたーって、もういないか。(中に入る)・・・と思ったらいっぱいいるね。どうしちゃったのかな。
極粋会3 え?カタオカさんまで。どうしたんすか?
カタオカ どうしたってお前、常盤橋で黒色青年同盟の奴らと乱闘になったんだよ。そしたら警官が割って入ってきてね。どちらもほとんどの奴らがしょっぴかれた。俺は何とか逃れたんだが、ここに来たら、このありさまだ。お前、佐藤社長に騙されかけてたのが、わかんないのか?
極粋会3 えっ、社長、おれ騙してたんすか?勘弁してくださいよ。

佐藤、ごめんごめんと手を合わせ、ぺこぺこ頭を下げる。

極粋会3 部長、面目ありません。
カタオカ (苛立ちがおさまらず、机を蹴り上げる)。
佐藤  ・・・あのー、カタオカ君。あんたの部下を騙そうとしたのは悪かった。が、ここは私の顔を立てて、娘さんを開放してやってくれないだろうか。メンバーもたくさん逮捕されたって言うし、けが人も出たんじゃないのかい。そんな状態なら、もうこっちの話はいいだろう。
カタオカ 社長。社長には、いろいろ世話になってる立場なんで、逆らうのは恐縮ですが、これはメンツの問題なんですよ。そんな小娘、どうでもいいっちゃいいんだが、こんだけ極粋会が舐められたうえ、素人さんにまんまと連れ戻されたとあっちゃ、もう俺らは今までのように旭川で仕事ができなくなる。私は覚悟はできてるんだ。悪いが、娘置いて、帰ってもらうしかないですね。
タケシ ふざけんな。あんたけがしてるじゃないか。あくまで邪魔するって言うなら、こっちだって覚悟がある。

カタオカ、木刀を捨て、ふところからピストルを出す。けがをしている右手で構える。

カタオカ ・・・坊主。そういう口をきくときは相手を確かめてからするんだな。俺は覚悟を決めてるって言ったろう。
ヨシオ  ・・・タケシ。下がれよ。

タケシ、青ざめた表情で後ずさる。

カタオカ ・・・そう、みんな、いい子だ。(皆を見渡し、エイジと目が合う)。なんだ、その目は。
エイジ  (下を向いたまま)・・・あんたさ、いい加減、強がるのは止めなよ。
カタオカ ん?よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれよ。
エイジ  (立ち上がって前に出ようとする)・・・強がるのは止めなって言ったんだよ。
ハツヨ   (止めようとして)兄さん。
エイジ   (振りほどいて) 俺には分かるんだよ。あんたは俺とおんなじだ。だから分かるんだよ。俺には。
カタオカ 何を言いたいんだか、さっぱり分からんね。
エイジ 分かるんだよ俺には。あんたはこうすることが正しいと上から言われ
て、それを信じることが自分の勤めだと思っている。・・・でも本当にそれはあんたがやりたいことなのか?(少しずつカタオカに近づく)そんなことをしても誰も幸せにならないと、あんたはもう気が付いているはずだ。
カタオカ ・・・うるさいな。黙れよ。
エイジ 俺もね。おんなじだったから分かるんだよ。俺たちは空っぽだったんだよ。だから最初は良かったんだ。何にも考えずに。ただ言われたことを黙々と実行する。
カタオカ 黙れよ。止めろ!
エイジ 信じたことが間違いだったら何もなくなっちゃう。それが怖いんだよ。あんたも!俺も!
カタオカ 黙れって言ってんだろ!

発砲音。エイジ崩れ落ちる。

ハツヨ 兄さん!(駆け寄って)どうして。兄さん、兄さん。(呼びかけるが、エイジはぐったりとして、答えない)。

と、外で男の声が響く。

男の声 え、警察、何の用だよ?え?発砲音?パンクかなんかじゃないすか。え?カタオカ部長?ここになんかいませんて。え?令状?容疑は何なんすか?だから、いないもんはいないって言ってるでしょうが。

カタオカ (男3に)誰だ?
極粋会3 誰か、若いもんが戻ってきたんじゃ。

男の声 え?傷害と監禁の容疑も?だから、しつこいな、あんたたち。

極粋会3 カタオカさん、まずいっすよ。誰だか知らないが、時間稼ぎをしている間に、非常口から逃げましょう。外の階段使えば、まだ逃げられます。
カタオカ ・・・わかった。(一同を見渡したあと、ピストルでエイジを指し)こいつはおれを見下した。撃たれたのは自業自得だ。
極粋会3  カタオカさん。
カタオカ わかってる(去る)。

    (間)

タケシ (我に返って)え、ど、どうする?
ヨシオ どうするって、外に警察がいるんならまずしらせなきゃ。それと医者も。
タケシ そうだよな。じゃ外へ。

出ようとすると。

男の声 だから、いないっていってるじゃないですか。いないんですよ、カタオカさんは。

男姿を現す、なんとトージである。

トージ カタオカさん?・・・いないですよね?(ドアを開ける)カタオカさん?いやしませんよね?
ヨシオ え、お前?トージ?
トージ 佐野先生に言われて様子を見にきたんだけど、けん銃の音が聞こえたんでね。
タケシ じゃ、警察は。
トージ そんなの乱闘事件でみんな出払ってるよ。いま仲間を医者に走らせてる。
ヨシオ そうか。大将、エイジさん、どうですか?
佐藤  うーん、急所は外れているようだけど。
ハツヨ 兄さん、聞いた?お医者さん、来てくれるってよ。それまで頑張って。
兄さん。

暗転

しばらくすると、セミの声が聞こえ始める。続いて金魚売りの声、やがて天秤棒を担いだ金魚売りが現れる。見ると、活弁士、演歌師と同一人物のよう。

金魚売り きんぎょーえ、きんぎょー。きんぎょーえ、きんぎょー。えー、金魚はいかが、金魚でござい。きんぎょーえ、きんぎょー。(一休みして)ふう、きょうも暑いねえ。旭川は冬は寒くて、夏は暑いってんだから、困ったもんよ。でもまあ暑いから、こんな商売も成り立つってことだからね。お天道様に感謝しなくっちゃ。

おかっぱの女の子と、その祖母らしい2人連れが現れる。

女の子 あ、おばあちゃん、金魚売りさん、ここにいたよ。
祖母  いたね。行っちゃわなくて、良かったね。(女の子に容器と小銭を渡して)ほら、これ渡して、これに入れてもらうんだよ。
女の子 うん。ありがと。
祖母  行っといで。二匹買うんだよ。一匹じゃかわいそうだからね。

女の子 (金魚売りに近づいて)おじちゃん。金魚ちょうだい。
金魚売り まいどありい。おや、めんこい嬢ちゃんだね。
女の子 あのね。おばあちゃんが、二匹買いなさいって。これとこれ(握った手と容器を出す)。一匹じゃかわいそうだからね。
金魚売り そうだよね。一匹じゃかわいそうだよね.じゃあ、おあしをいただくよ。・・・この赤いのと黒いのがいいかな(容器に金魚をすくってやる)
女の子 (受け取って眺め、満足そう)。ありがとう。(金魚を眺めながら祖母の元へ)おばあちゃん、金魚、買ってきたよ。
祖母  そうかい、よかったね。じゃ帰ろうか。
女の子 うん。きょうは、いい買い物をしたね。

2人、退場する。

金魚売り (見送って)かわいいさかりだねえ。・・・さ、じゃ行くか。(天秤棒を担いで)きんぎょーえ、きんぎょー。きんぎょーえ、きんぎょー。えー、金魚はいかが、金魚でござい。きんぎょーえ、きんぎょー。

女給5現れる(エピグラフ朗唱)

女給5 平原のまん中に洋燈(らんぷ)のやうに輝いている街
光を増し、光を増し、
延びに延び、ひろごり、
高くその燈火(あかり)をかかげて、
陽の御座(みくら)を占める街、
光栄の町、
この町に祝福あれ!
(百田宗治 「旭川」)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「昭和二年九月  四条師団通 カフェーヤマニ」

女給たちを中心に、お祝いの席の準備が進んでいる。ヨシオ、タケシ、ハツヨ、速田、文子、トージも手伝っている。少し離れたところで、北修と佐藤が碁を打っている。

タケシ (テーブルから離れ、北修らのところへ近づく)北修さん、碁なんてやってないで、こっち来てくださいよ。もう始まるんだから。
北修  おれ、今回何もやってないしよ。部外者だべ。
ヨシオ 何言ってるんですか。そういうことじゃなくて。きょうはハツヨちゃんの就職を祝う会なんですから。北修さんがこっちにこないと、神田館の大将だってこっちに来られないでしょう。
北修  ・・・そうか?大将行きます?
佐藤  行こうよ。あっちの方が絶対いい。
北修  んー、じゃ行くか。

2人、席へ。拍手で迎える女給たち。

女給1 キャー、神田館の大将と北修さんだー。
女給2 キャー、スケベ―。
北修  (うれしそう)スケベはよけいだろ。お前らはよ。
速田  ・・・じゃ、これで全員そろったね。(立ち上がる)おほん、きょうはみなさんお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。きょうは、江上栄二くんとハツヨさんの就職がめでたく決まったことを祝しての集いであります。
タケシ もう結構前から働き始めてるけどね。
ヨシオ だから、茶化さないの。
速田  いや見習い期間が終わって、正式に採用されたってことなのさ。評判はすこぶるいいみたいです。それでは、乾杯のご発声を、佐野先生にお願いしたいと思います。
佐野  えー、私?
タケシ だって就職世話したの、先生なんでしょ?
文子  そうだけど。
速田  みんな、のど渇いてるんだから。ちゃっちゃとお願いします。
文子  わかりました。じゃ一言だけ。(立ち上がる)栄二くん、ハツヨちゃんおめでとう。いろいろあったけどって言いたいところだけど、きっとこれからも2人の前にはたくさんの壁が立ちふさがると思う。だからちょっとずつでもいいから強くなっていって欲しい。で、強くなった分、ほかのみんなが困った時は、今度は助ける側になってあげて欲しい。これだけ。よろしくね。じゃ、みんないい?2人の前途と、ここにいるみんなの健闘を祈って、かんぱーい。
全員  かんぱーい。(拍手)。
女給3 ああ、あたしおなかペコペコー。
女給4 わたしもー(など賑やか)。
速田  ・・・でも速いですね。あの騒動からもう三か月経っちまった。
北修  そういや、極粋会と青年同盟の手打ちはここでやったんだって?
速田  ですね。極粋会の辻川会長に場所貸してくれと頼まれまして、警察署長さんが仲介役で。黒色青年同盟の方は、札幌から幹部が来まして。
北修  札幌?なんで?
速田  支部長だったウメハラがあの夜以来いなくなっちまったからですよ。どうやら東京に戻ったようです。
佐藤  カタオカは、懲役3年って言ったっけ。その程度で済んだんだ。
速田  はい。辻広会長に付き添われて自首しましたからね。それにエイジ君も怨みはないと証言しましたし。
エイジ まあ、あれは挑発した俺も悪いんで。
北修  ・・・それはそうとよ。俺はまだよく事情を呑み込めていないんだが、あの晩は、うまく佐藤の大将が見張りをおびき出して、その隙にヨシオたちがハツヨちゃんを助けようとしたら、カタオカが来ちまったんだろう。で、そこで、トージが、警察が来たって一芝居打ったわけだ。トージはなんで現場に行ったんだい?関わりたくないって言ってたくせに。
文子  それはね。私が頼んだのよ。トージはね、時々、私の所に来ていたの。最初は小学校出てからずっと働いているのでもう少し勉強したいってね。ただこの子も、音楽だ、木彫りだ、アイヌの解放だのいろんなことに手を出す割には、腰が据わらなくてね。なんか人生相談みたいになってたのね。だからアイヌはどうだとか言ってるんだったら、まず自分と同じように困ってる人のために働きなさいって、そう言ったら手助けしてくれたのよ。ね、トージ君?
トージ ・・・いや、まあ、そういうことです。
北修  なんだ、やっぱりやるときゃ、やるんだな、お前もよ。相変わらず素直じゃないが。
トージ (照れ笑い)。
北修  でも腰はすわってないとよ。(タケシとヨシオに)お前らとおんなじだべ。
タケシ えー、なにそれ。待ってくださいよ。
文子  ヨシオ君、タケシ君。速田さんから聞いたけど、本当にやりたいことが見つからないのは、トージもあなたたちと同じ。だから、仲良くしてあげて、ね。
ヨシオ ・・・いや僕らも別に嫌っているわけじゃ。
タケシ だいたいわざわざ嫌われるようなことを言うからさ、俺らもそうしう態度になっちゃうわけだし。まあ、助けてもらったのは、感謝してるけど、かといって・・・。
ヨシオ お前、何言いたいんだかわかんないよ。
トージ (下を見てクックと笑う)
ヨシオ あ、そういう態度が癇に障るんだよ。お前、俺らよりいっこ下なんだからさ。もうちょっとかわいげがあんなら、仲よくしてやんのに・・・。
北修  まあ悩み多き若者たちよ。しょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしている小熊と俺も、友達っちゃ友達だしな。そんなもんよ。
ヨシオ そういや小熊さん、東京どうなんですかね?
速田  うーん、旭川発ったのが、騒動の直後だからなあ。最初は今野大力君や鈴木政輝君と合流したみたいだけど、すぐ別れちゃったみたいだよ。北修さんのところには便りはないの?
北修  まあ、来ないことはないが・・・。ここにいない奴の事、話したって仕方ねえべ。それより主賓の話にしようぜ。
佐藤  わたしも聞きたいな。どこで働いているかとかさ。
速田  ああ、そうですよね。そろそろと思ってました。じゃ、エイジ君、ハツヨちゃん(促す)。
エイジ え?俺らですか?
北修  そうさ、さ、立った、立った。

2人、とまどいながら立ち上がる。どちらから話すか迷う。

ハツヨ ・・・あ、じゃ、私から。(お辞儀)皆さん、その節は本当にお世話になりました。皆さんの力がなかったら、私たち兄妹、いまもこんな風に笑うことを忘れたままだったんじゃないかと思います。それからきょうは私達のためのこんな素敵な会を開いてもらって、本当にうれしくってたまりません。ありがとうございます(再びお辞儀)。・・・お話があったように、私は佐野先生の紹介で、洋服なんかを扱う商社に勤めています。まだ全然慣れていないんですけど、商売のお仕事は本当に楽しいです。頑張って、いつか皆さんに恩返しができるようになります。きょうは本当にありがとうございました。(お辞儀)兄さん。
エイジ ・・・ああ(緊張している)。あの、俺、いや僕も、佐野先生の紹介で造り酒屋で働かせてもらってます。まだ完全に体が直っていないんで、雑用しかできないんですが、周りの人たちが良くしてくれて、やりがいはあります。・・・それと、久しぶりに妹と一緒に暮らせて、お袋が喜んでいるんです。お袋も少しずつですけど、元気になっているようで・・・。俺、いや僕もハツヨとおんなじで、家族のためにも、皆さんに恩返しできるようになるためにも頑張って。で、いつかは杜氏になって酒造りができるようになりたいと思ってます。なので、これからもよろしくお願いします(お辞儀)。

ハツヨもならってお辞儀すると、皆拍手。

北修  よし!2人とも良く言った!・・・あれ、大将なんだ、泣いちゃってるよ。
佐藤  ・・・だってさ。・・・年取ると、涙もろくなっちゃうんだよ。しょうがないんだよ。

女給たちなど、もらい泣きするものも。

北修  だから、祝いの会なんだから、しめっぽいのは止めようぜ。そうだ。お姉ちゃん方、得意な奴あんだろ。ヤマニのテーマソング。あれ、やろうぜ。あれ。
文子  私知らない。聞きたいわ。やってよ。
女給1 そうですか?(仲間に)やる?
女給2 いいじゃない。やろうよ。
女給3 じゃ、やろう。

皆、位置に着く。

女給5 店長、お願い!
速田  それでは、ミュージック、スタート!

マイムを入れながら、女給たちを中心に皆で歌い踊る(「ヤマニのテーマ・そこ行く兄さん編」)

そこ行く兄さん いなせな兄さん
素通りは許さないよ
きれいな姉ちゃん 待っているよ
お楽しみはこれからだ
* 歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はペロペロペン 歌はペロペロペン
さァ ようこそヤマニへ

2枚目兄さん こちらへどうぞ
ビールにカクテル ウヰスキー
素敵なステージ 楽しい会話
コーヒーいっぱいでもかまわない
*くりかえし

男たち 女たち
いやなことなんか忘れて
歌おうよ 踊ろうよ 
カフェーは街のパラダイス
*くりかえし

暗転、1番に戻って歌だけしばらく続く。

(原曲 「ベアトリ姉ちゃん」 小林愛雄・清水金太郎訳・補作詞 スッペ作曲)


(第2幕 ACT6)

女給1現れる(エピグラフ朗唱)。

女給1 「銀の滴降る降るまわりに、金の滴
降る降るまわりに」という歌を私は歌ひながら
流に沿って下り、人間の村の上を
通りながら下を眺めると
昔の貧乏人が今お金持になってゐて、昔のお金持が
今の貧乏人になってゐる様です。

(知里幸恵・アイヌ神謡集)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「昭和三年三月 嵐山」

トージを先頭に、ヨシオ、エイジ、ハツヨ、タケシが山道を登っている。タケシは遅れ気味。

トージ タケシさ、何やってるのよ。もう少しだから、根性出しなよ。
タケシ ・・・おい、なんだよその言い方は(息が切れている)。お前、俺らよりいっこ下だって言ってんだろ。あー、疲れた。
ハツヨ タケシさん。しゃべりながら登ると息が切れるわよ。
ヨシオ でもトージはやっぱり山に入るといきいきするな。
トージ 子供のころから、山が遊び場だったからね。ここが本来の俺らの領分なのさ。
エイジ まだ雪があちこちに残ってるってのに、ほっといたら、駆け上っていきそうな感じだもんな。・・・でも、やっぱり山は気持ちがいい。
ハツヨ 本当。来てよかった。
ヨシオ ほら。もうそこが展望台だ。

5人、到着する。

ハツヨ ・・・すごーい。石狩川が下を流れて。旭川の町が全部見える。
エイジ 大雪山が輝いているみたいだ。・・・そうか、こんなふうに見えるんだ。

それぞれかみしめるように眺望する。

ハツヨ ・・・ヨシオさんは、しばらくの見納めね。
ヨシオ (うなづく)
ハツヨ どうして師範学校やめて東京に行くことにしたの?
ヨシオ ・・・うまく言えないけど、なんかそうするべきだって声が自分の中で聞こえたのさ。向こうの大学に編入して、詩や小説を書く。プロになれるかはわからないけど、とにかく早くそうすべきだって。旭川は、ふるさとで好きな土地なんだけど、一度離れることが必要だって。で、タケシに言ったら賛成してくれた。
タケシ うん、自分がそう思うんなら、いいんじゃないかなって。けど俺は行かないよって言ったのよ。前だったら、東京かっこいいな、俺も行くかなって言い出したと思うんだけど、そういう気持ちにはならなかった。・・・ほら、子供の中にはいろんな奴がいるじゃない。俺、いっぱいいろんな挫折してるからさ。くじけそうな奴、励ましてやれるんじゃないかって。だから、俺はこのまま旭川で学校続けて教師になろうって。
ヨシオ ・・・ということなんだわ。だからエイジさん、ハツヨちゃん、トージも。タケシをよろしくね。こいつ俺がいないとさみしがると思うからさ。それに誰かがネジ撒かないと、怠けて卒業することもできないし。
タケシ おい。
ハツヨ わかってます。頼まれないでも、怠けてたらお灸をすえるから。ね。
エイジ そう、その通り。特にハツヨは、もともとものすごいおせっかいやきなんだ。きっと、ちょくちょく様子を伺いに行くよ。
タケシ えー、勘弁してよ。
ヨシオ で、トージはどうするの?佐野先生が、最近家に来ないって言ってたけど。
トージ ああ、先生には悪いんだけど、最近、木彫りの仕事が多くってね。ずっとコタンにこもりっきりなんだ。
エイジ ということは売れてるってことかい?
トージ うん、まずまず評判が良かったんで、まわりの仲間にもやり方教えたんだ。そしたら俺も作りたいって奴が増えて。で、木彫りでみんなが飯食えるようになればいいなと思って。
エイジ それ、いいじゃない。コタンの人たちは狩りで生計立ててたのを禁止されて、みんな苦しい生活してるんだから。もともと木を細工するのは得意なんだし。
トージ うん、俺もそう思う。
ハツヨ そうか、私と兄さんは勤めがあるし、じゃ、みんな道は決まったってわけね。
タケシ 見ろよ。雲が晴れて。川がキラキラ光ってる。
   
再びみな景色を眺める。

ヨシオ (誰とはなしに)・・・この5年、美術展の手伝いがきっかけで、北修さんや小熊さん、トージと知り合って、ヤマニに行くようになって、史さんや佐野先生とも出会って。アナキストと右翼の騒動に巻き込まれて、ハツヨちゃんとエイジさんにも会って・・・。本当にいろいろなことがあって、楽しかったことも、つらかったことも、その全部が自分の中で混ざり合って・・・。勿論自分がまだ何者なのかってもは分からないんだけど。そういうことがあったから、自分は新しいところに飛び込んでゆく勇気を持てたのかのかもしれないなって・・・。

北修と、スタルヒン一家の3人が現れる。

北修  おお、いたいた、やっと追いついた。はー疲れた。
タケシ え?北修さん?どうしたんすか、こんなところに。
北修  こんなところって。お前らが嵐山に行ったっていうからよ。俺も久しぶりに行きたくなっちゃったんだよ。そしたらまだ雪は残っているし。あーしんど。
ヨシオ 皆さんは?
北修  あれ、知らないか?8条通で喫茶店やってるスタルヒンの一家さ。俺、この子に絵教えてやってるのよ。嵐山行くって言ったら、今日は休みなんで連れてってくれって。
スタ父 はじめまして。喫茶白ロシアのスタルヒンです。北修さん、いい人。いつも私の作るパン買ってくれます。
スタ母 はじめまして、スタルヒンの家内です。嵐山、初めてきました。すばらしい眺めです。ヴィクトル、皆さんにごあいさつなさい。
スタルヒン はじめまして。ヴィクトルです。11歳です。日章小学校に通ってます。
エイジ え、小学生!そんなに大きいのに?
スタルヒン はい。みんなに言われます。
タケシ すげえな。俺たちよりはるかにでかいんじゃん。絵習ってるって言ってたけど、やっぱ、運動だよ。運動選手になったらいいんじゃないの?
スタルヒン はい、絵のほかに、野球の投手やってます。
タケシ そうか、野球か。その体なら、すごい球を投げるんだろうな。もしかしたら将来、大投手になるかもしれないよ。プロ野球初の300勝投手とかなったりして。
ヨシオ またタケシの予言が始まったよ。この時代、まだプロ野球なんてないんだからさ。いい加減なこと言うなよ。

と、少女が走ってくる。堀田綾子(ほった・あやこ、5歳)。ACT5で金魚を買いに来た少女のようだ。

綾子  (北修に)おじちゃん。あっちにお花が咲いていたよ。とってもきれいだったよ。
北修  おう、そうか。おしえてくれてありがとう。(みんなに)この子はな、綾子っていうんだ。親が忙しくてね。いつも一人で遊んでいるんだが、嵐山に行くって言ったら連れてってやってくれって言われてさ。賢そうな子だろ。
ハツヨ お嬢ちゃん、綾子ちゃんて言うの?
綾子  うん、綾子。堀田綾子。
ハツヨ お年は?
綾子  5歳。
エイジ 綾子ちゃんは、何をするのが好きなの?
綾子  ご本を読むことです。
エイジ そうか。まだちゃんこいのにご本か。偉いね。
綾子  ありがとう。
タケシ 俺、この子も大物になりそうな気がするね。本が好きだっていうから、将来は作家かな。旭川を舞台にした小説がベストセラーになったりして。題名はそうだな「氷点」!
ヨシオ だから予言は止めれって。
タケシ いや、なんとなくそんな気がするのよ。直感っていうのかな。
ヨシオ ひとの将来のこと考えてないで、自分の足元ちゃんと見ろよ。
タケシ あ、ヨシオさ、東京行くときは、授業のノート置いていってくれよな。
ヨシオ しらねーよ。自分で何とかしろよ。
トージ (くっくと笑う)
タケシ あ、トージはまた人を馬鹿にして。
北修  ・・・そうだ、忘れるところだった。これ、お前ら2人に、小熊から(封書を渡す)。
ヨシオ 何ですか?
北修  ヨシオが東京に行くって話を聞いたみたいで、送って来たのさ。はなむけの詩だってよ。

ヨシオ、中の紙を取り出して読み始める。


(第2幕 ACT7)エピローグ

ヨシオ 新しいものよ、
あらゆる新しいものよ、
正義のために生れた
さまざまな形式を
わたしは無条件に愛す、
然も、君が青年としての
情熱をもつて
ふりまはす感情の武器であれば
それが如何なるもので
あらうとも 私はそれを愛し、信頼す。

ヨシオの声に、小熊の声(ナレーション)が重なる。

小熊声 私はおどろかない、君の顔に
よし狡獪な表情が現れようとも
私は悲しまない、
君の行動に
臆病さがあらうとも
若し、それが君を守るものであるならば、
ましてや君の若い厳粛さと
青年の勇気は
なんと新しい時代の
蠱惑的な美しさをもつて
相手に肉迫してゐることだらう
青年よ、
我々は環視の只中にある、
あらゆるものに見守られてゐる。
熱心に祈りの叫びをあげながら
現実のつらさに
眼を掩(おお)つてゐる君の老いたる父や母にもー、
吐息を立てゝゐる兄や妹にもー、
これらの身近なものは君を守る
だがとほくのものは 
ただおどおどとしてゐる許りだ。

ふるへよ、
君の肉体を、
護れ、
君の感情を
そして君は入つてゆけ
もつとも旋律的な場所へ、
老いたるものにとつては
苦痛の世界であるが、
我々青年にとつては
感動の世界で、ある処へ。

(小熊秀雄 「青年の美しさ」より)


途中から小熊の声小さくなり、かわりに音楽(スタンド・バイ・ミー=ベン・E・キング)。

次第に暗転し、スクリーンに主な登場人物のその後が投影される。

・ 小熊秀雄 
上京後、虐げられた人々への共感を表す長編詩などを発表し、詩壇に新風を送る。昭和10年、「小熊秀雄詩集」、長編叙事詩集「飛ぶ橇(そり)」を相次いで出版し、詩人としての地位を確立するも、生活は困窮を極める。昭和15年、赤貧の中、肺結核により死去。享年39歳。

・ 高橋北修
昭和6年、旭川の画家として初めて帝展に入選。戦後は全道美術協会の結成に参加するなど、北海道画壇の重鎮として活躍した。大雪山を描いた油絵に定評があり、「大雪山の北修」と呼ばれる。晩年は病気のため、左手一本で絵筆をふるった。昭和53年死去。享年79歳。

・ 速田弘
昭和8年、新店舗「パリジャンクラブ」を開店するなど事業を拡大したが、戦時色が強まる中で経営は悪化。翌年、借金の返済に行き詰って自殺を企てるも未遂に終わる。その後、旭川から姿を消したが、戦後、東京銀座でクラブチェーンを成功させ、実業家として復活を遂げる。

・ 佐野文子 
戦前は、廃娼運動に加え、旭川初の託児所設立などに尽力。一方、国防婦人会での精力的な活動が全国に知られた事から、軍の要請を受け上京、東条首相の私邸で家庭教師を務める。戦後は、戦災孤児、戦争未亡人の救援などの社会活動を行い、多数の公職を歴任。昭和53年死去。享年84歳。

・ 松井東二
旭川のアイヌの間で盛んになった熊の木彫りは、その後の民族自立運動の資金源ともなった。戦後は、木彫り名人として後進の指導に当たる一方、アートとしての作品制作にも幅を広げた。昭和55年死去。享年70歳。

・ 江上栄治
旭川の造り酒屋で修業を積み、杜氏となる。真面目な仕事ぶりで将来を嘱望されたが、昭和13年、陸軍への召集を受ける。翌年、勃発したノモンハン事件で現地に出動。ソビエト軍との交戦中、戦車の砲撃を受け死亡。享年29歳。

・ 江上ハツヨ
佐野文子の紹介で入社した繊維商社で働いた後、独立し、洋品店を始める。戦時中は厳しい経営を強いられ、店は閉鎖を余儀なくされるが、戦後は、洋服のほか幅広く生活雑貨を扱う会社を立ち上げて成功。旭川を代表する女性経営者となる。平成6年死去。享年84歳。

・ 塚本武
師範学校卒業後、教師となり旭川市内の小学校に勤める。25歳の時に同僚教師と結婚するが、1年後に結核を発症。入退院を繰り返し、一時は職場復帰を果たすも、再び病状が悪化。昭和15年死去。享年31歳。

・ 渡部義雄
昭和3年、明治大学文学部に編入。卒業後、東京の新聞社に勤め、戦時中は従軍記者も経験する。終戦後は旭川に戻って市役所に勤めながら創作活動を続ける。昭和39年、旭川市博物館長に就任。旭川の郷土史に関わる著書も多数執筆した。平成14年死去。享年91歳。

スクリーンに「FIN」の文字が映し出され、やがてそれも見えなくなる。




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歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」(その2)

2019-02-06 19:00:00 | 郷土史エピソード
2020年夏に上演予定の旭川歴史市民劇。
前回から手直しした脚本を掲載しています。
今回はその2、第1幕の終盤からです。

                   **********


<歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ(その2)」(作・那須敦志)>

*主要キャスト(架空の人物)・・・

○ヨシオ(渡部義雄) 
○タケシ(塚本武) 
○ハツヨ(江上ハツヨ) 
○エイジ(江上栄二) 
○トージ(松井東二)
○ウメハラ(梅原竜也) 
○カタオカ(片岡愛次郎) 

*主要キャスト(実在の人物)・・・

○小熊秀雄・詩人
○高橋北修・画家
○速田弘・カフェーヤマニ店主
○齋藤史・のちの女流歌人
○齋藤瀏・史の父、軍人歌人
○佐野文子・社会活動家
○酒井広治・歌人、実業家
○今野大力・詩人
○鈴木政輝・詩人
○小池栄寿・詩人
○田上義也・建築家
○町井八郎・楽器店店主
○ヴィクトル・スタルヒン・のちの大投手
○三浦綾子・のちのベストセラー作家


(第1幕 ACT4 途中から)

店の外に出た史、スポットライト。

史   (たたずみながら、つぶやくように歌う)

待てど暮らせど 来ぬ人を
宵待草の やるせなさ
今宵は月も 出ぬそうな

(「宵待草」竹久夢二作詞・多 忠亮作曲)
     
わたくしが初めて旭川の土を踏んだのは、大正4年の夏。6歳の時でした。親父様にわたくし、おかあさまにおばあさまの順で人力車に乗って近文の官舎に向かいました。賑やかな通りを過ぎると、風の吹き抜ける長い橋にさしかかり、その下に大きな川が流れていました。親父様が後ろを向いて「これが石狩川だよ」と教えてくださいました。下を向くと、葦の中に川面がキラキラと光って・・・。それはそれは美しゅうございました。

史、去る。かわりに女給5出てきて、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十五年十二月 
常磐公園内上川神社頓宮 旭川歌話会例会控室」

第七師団参謀長で歌人の斎藤瀏と酒井広治、小熊が入ってくる。

酒井  いや、いや、お疲れ様でした。おかげで、今回もいい歌会(うたかい)になりました。
瀏   これも名幹事のたまものだな。小熊君。本当にご苦労さま。
小熊  いえいえ、皆さんに手伝ってもらってるんで、なんとか幹事の役目を果たせてるんですよ。お二人の方こそ、お疲れ様でした。
瀏   でも「旭川歌話会」、本当に結成して良かった。毎回、やるたびに作品の質が上がっている。
小熊  やはり創作は、切磋琢磨が必要なんでしょうかね。周りの刺激が、こんなにも大切なものかと再認識しました。
酒井  うん、僕もそう思う。ま、そういう意味では、旭川の短歌界も大きな刺激を受けて飛躍したってことだよ。軍人歌人として知られる斎藤参謀長が旭川勤務になり、去年は北原白秋先生、今年は若山牧水先生が旭川に来てくれた。こうしたことがなかったら、歌話会結成の話など持ち上がらなかった。
瀏   酒井会長が旭川に戻っていたことも大きかったと思いますよ。小熊君もそうだが、やはり地元で中心になる方がいないとね。
酒井  それはそうと、きょうの歌話会で言うと、やはり史嬢ですな。前回は最高点だったが、きょうは別の意味で驚かされた。
瀏   (苦笑)。
酒井  (持ってきた短冊の中に作品を探す)これこれ。(短冊を示して)長髪の小熊秀雄が加わりて 歌評はずみきストーブ燃えき(繰り返す)。・・・こりゃ、短歌を始めたばかりの人が作る歌じゃないですぞ。あまりに斬新だから、点は前回よりは高くなかったが、いや驚いた。
小熊  (何と言ってよいか分からない)。
酒井  また当の本人を目の前にして、こうした思いを込めた歌を発表するというのは・・・。や、父君を前にしてこれは失言だったかな。
瀏   いやいや、わたしは一向にかまわんのですよ。ただなりは大きいが、まだまだ子供だからね。そういう含みは、やはりないのでしょう。
小熊  もちろんですよ。幹事の立場を忘れて、私があれこれ批評を言うので、印象に残ったのだと思います。
酒井  まあ、ここはそういうことにしておきますか(笑い)。

歌話会の備品などを抱えたヨシオとタケシが入ってくる。

ヨシオ 小熊さん。これはこっちでいいんですか?
小熊  ああヨシオ君。初参加の君に手伝わしてしまって悪いな。そう、そこに置いておいてくれれば。次回の会合まで預かってもらうから。タケシ君も会員でもないのに使ってしまって。
ヨシオ 僕は一番下っ端なんですから当然ですよ。こいつは、どうせ暇なんで。
タケシ 暇とはなにさ。お前が付いて来てくれって言ったんだろ。

遅れて史も入ってくる。明らかに緊張するヨシオ。

史   親父様。迎えの車が着きました。酒井先生もごいっしょにどうぞ。
瀏   おおそうだ。お送りしましょう。どうせ師団の差し向けの車なんだから、遠慮せずに。
酒井  そうですか。それは助かりますが。でも史さんは?
史   わたくしは皆さんともう少しやることがありますから。
酒井  申し訳ないねえ。本当はあなたに幹事業務をしてもらうのは気が引けるんだが。
瀏   いやいやそれは私が命じたんだ。もう女学校も出てしまったんだし、家でぶらぶらしているんだから、少しお手伝いをしなさいと。
史   あら、ぶらぶらとは失礼だわ。でも会のなかでは年少者ですから、当然のことです。親父様、あまりお待たせすると・・・。
瀏   ああそうだな。さ、会長。
酒井  では、先に出るとするか。悪いね。
小熊  あとは会場をもとに戻す程度ですから。気にせんでください。
酒井  そうかい。それじゃ、また。
瀏   では、失敬。

瀏、酒井出てゆく。一同お辞儀して見送る。

ヨシオ ・・・さてと。
史   ヨシオさん。
ヨシオ あ、はい!
史   始まる前は、時間がなくて失礼しましたが、やっと来てくださったんですね。ありがとうございました(お辞儀)。
ヨシオ あ、いえいえ、なんもです(お辞儀)。
史   1回目、2回目とお見えにならなかったので。やはり短歌には興味がないのかなって、残念に思ってたんですのよ。
ヨシオ いえ、そんなことはないんですが、その・・・。
タケシ ああ、こいつ、行きたくてしょうがなかったんですが、いい作品持ってかなきゃ史さんに恥ずかしいって言い出して。いいじゃないか、会いたいんだったら行けよって言ったんですが・・・。
ヨシオ (引っ張って)よけいなこと言わなくていいの。小熊さん、会場もとに戻すって言ってましたよね。僕らでやりますから。おい、行くぞ。史さん、またあとで・・・。
小熊  あ、ざっとでいいからね。・・・何あわててるんだ。

ヨシオ、タケシ去る。

    (間)

小熊  史さんに会計をやってもらうと助かりますな。金の計算とか、全く苦手でね。
史   詩人さんで、お金の計算が得意な人って・・・やっぱり似合いません。
小熊  そりゃそうだ。史さんの言うとおり。
史   ・・・あの、迷惑でしたか?
小熊  え?
史   きょうのわたくしの歌。
小熊  ああ。・・・自分の名前が出てくる歌は初めてだったんで、少し驚きました。
史   それだけ?
小熊  うん。・・・斬新で、とても良かった。
史   (微笑む)わたくしが最初に小熊さんとお会いした日のこと、覚えていらっしゃます?
小熊  もちろん。旭川に来られてすぐ、父君に会いに官舎にお邪魔した。その時ですよね。
史   親父様が新聞記者の方がいらっしゃると言うから、てっきり軍担当の
方かと。
小熊  父君は軍人でありながら、歌集も出して、絵も描かれると聞いたんで、どんな人か会ってみたくなったんですよ。
史   でも親父様の前で、いきなり軍の悪口を言い出して。わたくし、なんて人なのと思いました。
小熊  いやー、思ったことは口に出してしまうたちなんで。・・・でも、父君は度量が広い。だから歌話会の幹事も引き受けたんです。ただこの長髪だけは、お嫌いのようですな。会うたびに、その黒珊瑚はどうにかならんかと言われる。
史   わたくしは、新聞に「黒珊瑚」という署名記事を見つけて吹き出しました。すぐ貴方だとわかりましたから。それと、わたくし、小熊さんのこと、ずっと独身だと思ってたんですよ。最初に来られた時、男やもめになのでと、おっしゃってたから。
小熊  ああ、でもその時は確かに。
史   ええ、その後にご結婚されたんですよね。確か、旭ビルディングの美術展に来られた小学校の先生が今の奥様なんですよね。
小熊  はい、その通りです。よくご存じで。
史   ええ、いろいろと探らせていただきましたから(いたずらっぽく微笑む)。
小熊  ・・・そうか、じゃ僕の素行の悪いところは、史さんにはみんな知られているんだ。
史   そうですわ。いろんな女性に声をかけている事とか、お腹の大きな奥さまを、樺太の実家に一人残して旭川に戻ってきた事とか。奥さま、なんてお気の毒。
小熊  いやあれは・・・。話せば長くなるんだが、僕があれ以上いると母の機嫌が直らないと、本人が言うので・・・。
史   (さえぎって)勘弁してあげます。(笑う)そんなに言い訳なさらなくても。
小熊  ・・・いや、失敬。

(間)

史   (目を合わさず)・・・わたくし、そろそろ旭川を去ることになりそうですの。
小熊  え?それはもしかして父君の異動で・・・。
史   ごめんなさい。それ以上詳しくは・・・。
小熊  なるほど、失礼しました。
史   父もわたくしも旭川が好きなんです。だからとっても残念。
小熊  うーん、急な話で、びっくりですね。他の方には?
史   いえ、本当に内々の話で、変わる可能性もあるそうです。なので・・・(何かを言ってくれることを待っている)。
小熊  そうですか・・・。せっかく歌話会もできたばかりなのに、残念です。
史   (目を伏せ、暗い表情)
小熊  ・・・でも史さんはぜひ歌を続けてください。僕は、短歌は古い芸術だと思っていたが、あなたの歌を見て思い直した。牧水先生の言葉じゃないが、史さんはぜひ歌をやり続けてください。
史   ・・・(顔を上げ)ありがとうございます。(立ち上がって)小熊さん、ひとつお尋ねしていいですか?
小熊  (立ち上がって)・・・何でしょう?
史   小熊さんは、いずれまた東京に行かれるおつもりなんでしょう?
小熊  ・・・うーん、ま、そうなるでしょうなあ。
史   どうしてわざわざ東京に行かれるのですか?旭川には、良いお仲間と仕事場があって、とてもいきいきしているように見えますのに。
小熊  ・・・確かにそうですね。いい仲間がいて、理解者がいて、大好きな姉もいるし、なにより妻子を養うことのできる記者という仕事もある。次々とやることがあって充実もしている。
史   なら。
小熊  でも、心の奥にいるもう一人の自分がそれじゃいかんと言うんですよ。それじゃ本物の詩は書けないって。・・・僕はね、弱い人間です。だから温かい所にいると、ちゃんと自分と向き合えなくなる。
史   創作って、そんなに不自由なものなのですの?だったら、わたくしはやりたくない。
小熊  いやいや、それはね、自分がそうなんです。私という人間の業であり、それが使命なんですよ。あなたには、あなたの使命があるように。
史   ・・・使命って、変えることはできないんでしょうか?
小熊  ・・・。
史   ・・・(立ち上がり、窓の方へ)。

    (間)

史   (後ろを向いたまま)・・・申し訳ありません。師団通まで送っていただけませんでしょうか。
小熊  ・・・わかりました。お送りします。・・・ええと、ヨシオ君とタケシ君はどこにいるのかな。(奥に向かって)ヨシオ君、タケシ君。

2人出てくる。

小熊  ああ、そこにいたのか。会場の片づけは?
タケシ はい。終わりました。・・・というか、とっくに終わってたんですけど。お話し中だったんで・・・。
小熊  ああ、ご免、ご免、そりゃ申し訳なかった。で、もう一つ悪いんだが、僕は史さんを送ってゆくので。
タケシ はい。宮司さんのところに、荷物置かせてもらえばいいんですよね。やっときますから、どうぞ、遅くなりますから。(ヨシオに)な。
ヨシオ はい、どうぞ、行ってください。
小熊  そう?悪いね。(史に)じゃ。
史   (ヨシオのところに行き)ヨシオさん、きょうは来てくれて本当にありがとう。じゃ、タケシさん、お言葉に甘えて、お先しますわね。御機嫌よう。

2人去る。

タケシ いやいやいや、参ったんでないかい。
ヨシオ ・・・。
タケシ ・・・全くさ。部屋に入るったって。あの雰囲気じゃ入れないべさ。なあ。
ヨシオ ・・・。
タケシ ・・・あのさ。知ってる?ここの公園のボートってさ、アベックで乗ると、あとで別れちゃうんだって。(その場にふさわしくない話題と気付いて)あ、いっけね・・・。
ヨシオ ・・・そう、気ぃつかわないでいいべさ。
タケシ 何よ。
ヨシオ いくら鈍感な俺だって分かるっしょ。あの会話聴いてりゃさ。・・・史さん、小熊さんのこと好きだったんだな。ものすごーく。
タケシ ・・・うん。まあな。
ヨシオ しかも会った時からさ、すっと好きだったんだわ。
タケシ ・・・そだね。
ヨシオ で、せめて自分の気持ち、伝えておこうってさ。
タケシ ・・・うん。
ヨシオ もしかしたら、2人きりになることって、もうないかもしれないしさ。だから・・・。
タケシ ・・・うん、ま、そういうことなんだべな。・・・あれ、お前・・・(覗き込む)泣いてるんかい。
ヨシオ ・・・したってさ。史さんの気持ち考えたらさ。可哀想だべさ。
タケシ ・・・うん。・・・ま、俺はお前の方が可哀想だけどね。史さん、いなくなるって言ってたし。
ヨシオ ・・・うん、俺も史さんと同じくらい悲しい。

    (間)

タケシ ・・・あのさ。俺、歌作ったんだけど、聞いてくれるかい?
ヨシオ え、なに、歌ってなにさ。短歌のこと?なんでお前が?
タケシ いいじゃん。浮かんだのよ、歌。・・・タケシ作。
ヨシオ うん。
タケシ いいか(立ち上がる)。・・・慰めの言葉探すも見つからず 初恋やぶれし友よ許せよ。
ヨシオ ・・・(吹き出す)なんなのよそれ、全然歌じゃねーべ。
タケシ え、歌じゃん。
ヨシオ 歌じゃねーって。普通の会話、五七五七七にしてるだけだべさ。ほんとお前って、何やらしても下手くそだよな。
タケシ 何よ、下手くそって。
ヨシオ 初恋やぶれし友よ許せよ、って、なんだよそれ。ククク。
タケシ フフフ。
ヨシオ ・・・腹減ったな。どっか行こうか。
タケシ お、いいね。どこ行く?お前の行きたいところでいいよ。
ヨシオ ・・・ヤマニでライスカレーかな。
タケシ おお、こないだ大将が始めた奴な。うん、じゃ行くべ。

2人立ち上がり、出口へ。

ヨシオ ライスカレー、タケシのおごりな。
タケシ え、なんでよ。
ヨシオ 当然だろ。友よ許せよって謝ってんだから。
タケシ なによそれ、意味わかんねーし。

など、じゃれあいながら退場。

暗転

舞台そでに史登場。スポット。

史   十二月に入ると、いよいよ北海道らしい激しい吹雪がつづいた。
土地に生まれ育った人々が、落ち付き払って冬に籠り、当り前の事とし
て毎日の雪を眺め、平気に凌いで行くのが羨ましかった。
折から、大正天皇の御容態についての報せがしきりにきこえていた。
天皇崩御の知らせを受けた夜は、殊に寒く、絶えず父の勤めさきからかか
る電話を待って、誰も寝るどころではなく、黙りあって座って居た。
馬橇の鈴の音ひとつ聞えない、くらい夜であった。
そしてわずか一週間の昭和元年が過ぎ、年が明け、昭和二年となった。

  (斎藤史 散文集「春寒記」から「師走の思い出」より・一部改変)

史、去る。かわりに女給1出てきて、手にした垂れ幕を垂らす。

「昭和二年三月 四条師団通 カフェーヤマニ」

午前中の店内。カウンターに速田。店内にはヨシオとタケシ。他に客はいない。ヨシオは新聞を読んでる。

タケシ あのさ、お前、駅いかないの?
ヨシオ ・・・うん。
タケシ うんじゃねーよ。史さんの出発、きょうだべさ?
ヨシオ ・・・うん。
タケシ 新聞なんて、読んでないでさ。
ヨシオ 「斎藤参謀長御一家、きょう旭川駅から出発」って、新聞にまで書いてあるんだもの。どうせ行ったって物凄い人なんだろ。おれなんか行ってもしょうがないべさ。
タケシ でもさ。この間の送別歌話会でも話できなかったんだろ?気持ち伝えておいた方がいいんじゃない?後悔するよ。
ヨシオ いいのよ。もう俺は踏ん切りがついたんだから。
タケシ 踏ん切りって何よ。
ヨシオ 踏ん切りは踏ん切りっしょ。だいたいさ、自分でも思うんだよね、どうかしてたんじゃないかって。よく考えたら、そんなすげえいい女かなーとか、思ってさ。
タケシ お前だよ。ここで、天使が舞い降りた、とか言ってたやつ。まさに、この場所で。
ヨシオ いやいや、天使って。ついそういう言葉が浮かんだだけなんだわ。俺、いちおう詩も書いてるしさ。(話している最中に史が店に入ってくる)まあ普通に考えたら、言い過ぎだよな。史さん、結構、気い強い感じだし・・・。
史   え、気が強いって誰の事ですの?
ヨシオ (慌てて立ち上がり)。・・・ど、ど、どうしたんですか、いきなり。はー、びっくりした。だって、きょうは・・・。
史   ええ、でも最後にヤマニの美味しいコーヒーを飲んでおかなくちゃと思って。そしたら親父様まで飲みたいって言い出して。

瀏が遅れて入ってくる。

瀏   ・・・ああ、わかっとる。コーヒーを一杯飲むだけだ。すぐに戻るから、少し待っていてくれ。(ヨシオを見つけて)おお、ヨシオ君だったな。それに・・・。
タケシ タケシです。
瀏   ああ、タケシ君。君らにも世話になった。ここでは、酒はよく飲んだが、コーヒーは飲んだことがなくってね。
史   大将、お願いできるかしら。わたくしと親父様と。
速田  よござんすよ。お2人に最後に飲んでいただけるなんて、光栄の限りです。でも参謀長、いや今度は少将になられたんですよね。少将閣下、駅で皆さん待っておられるのでは。
瀏   そうあらたまった言い方はせんでくださいよ。どうせ固い挨拶ばかりだから、あまり早くいきたくないのが本音なんだ。ゆっくりとあいさつしたい人たちとは、もう済ませてあるしね。
タケシ そういや酒井会長と小熊さんは、直接駅に行くって言ってましたよ。小熊さんは記事も書かなきゃならんと言ってました。
史   歌話会の皆さんには、先日、送別の歌会を開いてもらったんです。その時に御挨拶させていただきました。
速田  (タケシに)タケシ君、手伝ってくれるかい?
タケシ いいすよ。

2人で手分けしてコーヒーを出す。

史   (飲んで)・・・ああ、おいしい。わたくし、ここのコーヒーの味は忘れません。
瀏   うん。こんなおいしいコーヒーがヤマニにあったとは。知らないでいて損をした気分だな。ますます旭川に思いが残る。

2人、コーヒーを味わいながら飲む。

速田  熊本へは直接行かれるのですか?
史   親父様は直接、わたくしと母、祖母は東京の親戚のところに寄ってから向かいます。
速田  向こうはもう暖かいんでしょうね。
史   そうですね。もう桜が始まっているんじゃないかしら。着いたときは、もう見れないかも。
速田  そうか、九州は経験済なんですね
史   はい。ここと同じで2度目です。



瀏   ・・・そうだ、ヨシオ君。
ヨシオ (居住まいを正して)あ、はい。
瀏   小熊君といっしょで、君も専門は詩らしいが、ぜひ短歌も続けてほしいと思っているんだ。特に歌話会に君のような若い人が加わっていることはよいことだ。ぜひ会の活動も続けてほしい。期待しているよ。
ヨシオ はい。ありがとうございます。
瀏   それじゃ、あわただしいが、そろそろ行かねば。お代はここに置くよ(史に)おい。
史   はい。先に車に乗ってらしてください。すぐ行きますから。
瀏   そうか。うん。じゃ御一同、お達者で。お世話になりました(去る)。

皆立ち上がり、見送る。鐘の音。

史   (ヨシオに)ヨシオさん、短い間だったけど、本当にありがとう。
ヨシオ (また居住まいを正して)いえ、とんでもないです。
史   この3か月、わたくしの使命って何なんだろうって考えていたんです。そうしたら、わたくしにとって大切なのは、毎日のなにげない暮らしや周りの方々との関わりのように思えてきました。だから、これからはそうした日常やさりげない人との関わり中で生まれてくる言葉といっしょに生きていこうと思っています。・・・あまり多くの作品を見せていただいたわけではありませんが、ヨシオさんは、人にはない感性をお持ちの方と思います。創作がそうなのかはわかりませんが、ヨシオさんはヨシオさんで、きっとご自分の使命を全うされていくんだろうなって思いました。
ヨシオ ・・・ありがとうございます。僕にはまだ使命と言えるものは見つかっていませんが、きっと見つかるんだろうなって思います。いや、きっと見つけます。
史   ・・・行かなくては。(一堂に)それでは皆さま、御機嫌よう、さようなら(去りかけて、一度足を止め、店内を見渡し、外へ。鐘の音)。

舞台、ゆっくり暗くなる。舞台中央奥のスクリーンに、斎藤親子送別歌会の際の記念写真(実物)。と、駅での送別の様子が音で聞こえてくる。

男の声 それでは、斎藤少将閣下の御栄転を祝しまして、万歳三唱でお見送りしたいと存じます。斎藤少将閣下、バンザーイ。バンザーイ。バンザーイ(集まった人たち続く)。大日本帝国陸軍、バンザーイ。バンザーイ。バンザーイ(集まった人たち続く)。

途中から、軍靴の音。強くなる。スクリーンに、斎藤瀏、史のその後が映される。

・ 斎藤瀏 

昭和4年、第2歌集「霧華(きばな)」を出版。昭和5年、予備役となり、軍の実務を離れて東京に住む。昭和11年、二・二六事件で決起した青年将校を支援したとして拘束、翌年叛乱ほう助罪で禁固5年の判決を受ける。昭和28年7月死去。享年74才。

・ 斎藤史

二・二六事件で、北鎮小学校以来の付き合いだった栗原安秀、坂井直ら青年将校が処刑されたことに大きなショックを受ける。以来、事件は、生涯を通して創作上の大きなテーマとなる。昭和15年、第1歌集「魚歌」出版。以降、読売文学賞、現代短歌大賞などを受賞。

昭和55年、53年ぶりに旭川を訪問。
牧水も来て宿(とま)りたる家のあと 大反魂草(おおはんごんそう)は盛り過ぎたり など19首を残す。
平成14年5月死去。享年93歳。


暗転。

第1幕終了。


(第2幕 ACT5・前半)

演歌師登場。バイオリンをキコキコ奏でながら歌うは「東京節」ならぬ「旭川節」。見ると、ACT1の活弁士のようだ。

師団通のにぎわいは 
宮越 三浦の大旅館  
いきな構えの丸井さん
四階建てだよ旭ビル
金子寿(ことぶき) 三日月で
寿司にうなぎに そばに牛(ぎゅう)
ヤマニ ユニオンでカフェ三昧
*ラメチャンタラギッチョンチョンデ
パイノパイノパイ
パリコトパナナデ フライフライフライ

北都と呼ばれし旭川
嵐山から眺むれば
大雪山に抱かれて
石狩川に鮭のぼる
常磐公園 神居古潭
馬鉄も通るよ旭橋
御料地いただく神楽岡  
*くりかえし

(原曲は「東京節」添田さつき作詞 外国曲)
   
演歌師 いやー、きょうはなんて心地の良い晩なんざんしょ。こんな晩に、師団通を歩いているとね、こう小股の切れ上がったいい女とすれ違ってね。と、女が紙入れなんかを落す。「ちょいとお姉さん、落とし物ですよ」ってなもんで、声をかけると、女ァ振り向くね。「あら、御親切なお方。お礼に一杯奢らせてくださいな」てんで、そこらの店にしけこむ。さしつ、さされつ、しっぽりと、なんて、たまんないねー、ほんとに。

と、男たちの声が響く。

「おい、どこ行った」、「ぼやぼやすんな。探せ探せ」等々。

派手な着物、酌婦姿の女が裸足で逃げてくる。江上(えがみ)ハツヨ、16歳。演歌師とぶつかりそうになり、膝をつく。

演歌師 おっとあぶねえ。
ハツヨ あ、ごめんなさい(立ち上がり、行こうとする)。
演歌師 お、姉さん。落とし物だよ。(ハツヨが落した写真を拾い上げる)紙入れじゃなくて、おや、写真だね。
ハツヨ あ、それ(受け取って、一瞬押し抱く)・・・ありがとうございます(会釈して、走り去る)
演歌師 ああ。・・・行っちまったよ。訳ありありってところだねえ。

男たちがやってくる。あの旭川極粋会の男たちだ。

極粋会1 あのアマ、ふざけやがって。
極粋会2 なんだ、演歌師か。おい、女がこっちに走ってきただろ。どっちいった?
演歌師 え、女?女、女ね。ああ来た来た。来ましたよ。んー、そっち(ハツヨが行ったのとは見当違いの方を指さす)。
極粋会の男2 (男1に)おい、行くぞ。

男たち、去る。

演歌師 なんだ、演歌師かって。何様のつもりだい、えばりやがって。・・・せっかくいい気分だったのに、興ざめもいいところ。さ、行くか。(歌いながら)ラメチャンタラギッチョンチョンデ パイノパイノパイ パリコトパナナデ フライフライフライ・・・。

歌が始まると、女給2が出てきて、手にした垂れ幕を垂らす。

「昭和二年六月 四条師団通 カフェーヤマニ」

北修と速田の2人だけ。けだるい午後といった感じ。

北修  大将よ。何ちゅうか、昼間のカフェーってのは、静かなもんだな。
速田  コーヒー一杯でも歓迎なんですけどね。でも、やっぱりヤマニは夜という印象が強いようで。
北修  ふーん、そうなのかい。
速田  ところで、北修さん、聞きましたよ。小熊さんと組んで、またきわどい集まり始めたんですって。(声を潜めて)・・・ヌード写生会。
北修  きわどい集まりたァなんだよ。ちゃんと赤耀社(せきようしゃ)って名前があんだから。あくまで芸術を追求する団体よ。
速田  でも絵なんて描けない奴らが、女のハダカ見たさに会費払って何人も集まってるって話じゃないですか。
北修  まあ金もうけの意味もあるからな。でもよ、ウワサ聞きつけて、覗きに来る奴の方が多いんだわ。こう窓の外からカーテン越しにな。俺も小熊もそういう連中追い払うのに忙しくてさ。ハダカ描いてるヒマなんてないわけさ。
速田  それはそれは。
北修  ただそれもいつまで続けられるんだか。
速田  え、なぜ?
北修  小熊だよ。また東京に行くって言い出してんのよ。
速田  ああ。でもまたおっつけ戻って来るんでしょう。
北修  いや、そうでもないんだ。なんせ3度目だからよ。奴も背水の陣だって言ってる。前のように浮ついたところがないんだわ。
速田  そうなんですか。
北修  しょうがない。小熊の代わりに、タケシやヨシオ使うか。
速田  よしなさいよ。そんなところに、あんな坊やたち連れてったら、鼻血出して、倒れちまうよ。

入口の鐘の音。第1幕で登場したアイヌの少年、トージが入ってくる。

北修  おお来たか。ま、こっち来いよ。(速田に)こいつが話してたトージだ。松井東二。ほら大将にあいさつせんか。
トージ ・・・こんちは。
速田  初めまして速田です。
北修  おい、例のもの。

トージ、カバンから自作の木彫りの熊を出し、速田に渡す。

速田  いいのかい?・・・こりゃ、見事だ。
北修  だろ?頼みは2つ。ここにゃ旭川見物の客も来るだろ。だから会計のところにでも置いて、欲しいって奴がいたら、売ってやってくんないか。土産にいいだろ?
速田  そうですね。悪くない。
北修  それと、こいつ、こんなふうに器用だからよ。舞台の装置作りの仕事がある時は、使ってやって欲しいんだわ。俺はいろいろ忙しいしよ。あと、こいつ、こう見えて仲間のアイヌと楽団もやってたんだ。ショーやる時の伴奏なんかもできると思うんだが、どうだい?
速田  わかりました。考えますよ。そういう重宝な人がいれば、うちも助かるし。
北修  頼むな。(トージに)ほら、すぐに礼を言うんだよ、こういう時はよ。
トージ ・・・よろしくお願いします。
北修  声が小せーんだよ。ほんとに、あいそがないんだから。
速田  まあまあ、北修さん。

と、鐘の音。元教師で、社会活動家の佐野文子(さの・ふみこ)が入ってくる。洋装。33歳。

文子  こんにちは。
速田  いらっしゃい。あ、佐野先生じゃないですか。
文子  あら、開店前だった?
速田  いえ、開店してますよ。
文子  そう。人がいないからまだかと思っちゃって。
速田  かんべんしてくださいよ。
文子  コーヒーお願いね。(トージに気付き)あら。

なぜかバツの悪そうなトージ、文子に見つけられて軽く会釈。

速田  なんだ、知り合いなんですか?
文子  まあ、ちょっとね。・・・そっちにいるのは北修さんね?お久しぶり。奥さまはお元気?
北修  はい。あの、お、お元気です。佐野先生も、お元気そうで、なによりです。
文子  絵はちゃんと描いてるの?お酒ばっかり飲んでいるんじゃないの?またどっかで喧嘩したんじゃないの?
北修  いやいやいやいや、とんでもない。そ、そう、矢継ぎ早に言わんでください。ま、真面目にやってますって。
文子  そうなの?また本業ほっといて、ろくでもないことやってるんじゃないの?前に奥さんこぼしてたわよ。
速田  ・・・なんて。するどいんだ。
北修  (速田を目で制して)いやいや、そんなことは、あ、ありませんて。ちゃんと絵、描いてますって。(速田に)ちょっと向こう行って相手しててくれよ。俺、苦手なんだよあの先生。説教多くてさ。
速田  わかりましたよ。今コーヒーやってますから。そのあとね。
文子  なにそこでひそひそ話してんの?また良からぬ相談でしょ。
北修  いえいえ、そんな。違いますよ。良からぬなんて・・・。(トージを呼んで)おい、トージ。こっち来て、ちょっと真面目な仕事の打ち合わせしよう。な、真面目な、真面目。

北修、トージ、文子の様子を伺いながら、脇の席へ。

速田  (コーヒーを運んで)・・・どーぞ。久しぶりですね、先生。
文子  忙しかったのよ。中島遊郭の娘(こ)なんだけど、先月も一人逃げ出したいって娘がいてね。いろんな人に手伝ってもらったんだけど、やっとふるさとの岩手に帰すことができたの。
速田  岩手ねえ。
文子  そうよ。東北からはいっぱい来てんのよ。向こうの農村は、特に貧しいからね。身売りされて。旭川の遊郭にも大勢来てるの。
速田  ま、うちの連中の中にも、同じような理由で東北から流れてきた娘がいますからね、でも、遊郭の奴ら、黙っていないでしょ。
文子  郭の外に出てくるまでが大変なのよ。そこは、私も手助けできないから。出てきてくれたら、すぐいっしょに汽車に乗って遠くまで行っちゃうんで、大丈夫なんだけど。
速田  女はそうですけど、佐野先生ですよ。うらまれますでしょ?
文子  まあ脅されることはしょっちゅうだけどね。私はいいのよ。危険は承知でやってんだから。
速田  去年でしたっけ?遊郭のど真ん中で、逃げ出してここに来いって、自宅の地図入れたビラ撒いたの。あれはたまげたな。
文子  はいはい。さすがにあの時は遊郭の外に連れ出されたけどね。こう両脇かかえられて。でも私は顔が売れてるから、奴らもそう簡単に手は出せないのよ。
速田  さすが娼婦の開放=廃娼運動といえば佐野文子と言われるだけありますね。肝が太いや。
文子  やめてよ。よけいに北修さんに怖がられちゃう。

と、裏口から、タケシが顔を出す。

タケシ ああ、北修さん、よかった。(声をひそめて)お客さん、誰かいる?
北修  いや俺とこいつと、あと佐野先生がいるだけだけど。
タケシ 佐野先生?
北修  廃娼運動の。
タケシ 廃娼運動?ああ。(後ろに向かって)大丈夫だから、中入って。

ヨシオが歩けないでいるハツヨに肩を貸して入ってくる。3人、目が点に。

北修  ・・・ど、ど、どうしたのよ、その娘(こ)?
ヨシオ ああ、後で説明しますから。とりあえず、ここ座って。・・・大将、水お願いできますか?
速田  ああ、ちょっと待って。
文子  いい?見せてもらって。・・・けがは大したことないみたいね。撲られてもいない。で、どうしたの?
ヨシオ ちょうど店の裏の方にいたんです。はだしだし、どうしたのって聞いたら、逃げてきたって。
ヨシオ 途中で転んで、足くじいたようなんですよね。歩けなくなって、隠れてたみたいで。
ヨシオ どうも極粋会の連中に追われているようなんです。連中が血相変えて走っていったの見ましたから。
ハツヨ ・・・あの、すみません、迷惑かけて。落ち着いたら、すぐ出ていきますから。
北修  すぐ出てゆくって。とてもそんな感じじゃないな。なんか事情があるんだろ?
ハツヨ ・・・。
文子  大丈夫だよ。ここにいる人たちは、誰が追って来ようと、すんなりあんたを引き渡したりしないから。身なりから言ったら、どっかの店で働かされていたかしたんだろ?
ハツヨ ・・・はい、その通りです。15丁目にある「たまや」って店で、酌婦してました。
北修  ん、「たまや」っていやぁ。
タケシ 知ってんですか?
北修  いや行ったことはないが、あんま品のいい店じゃあないな。
ハツヨ はい。なので・・・。
北修  逃げ出したってわけだ。あんたいくつだい?
ハツヨ もうじき17になります。
文子  じゃあその店で働くには、わけがあるはずだね。
ハツヨ ・・・はい(考える)。
文子  いいよ、すぐ言いたくなきゃ。
ハツヨ ・・・いえ、話します。・・・私は江上ハツヨといいます。うちはもともと永山で雑貨を商っていたんですが、父さんが急に病気で死んでしまって。そしたらたくさん借金があったことが分かったんです。で、その借金を返せないのなら、ここで働けって。
文子  金貸しが、その店に押し込んだということね。
速田  おそらく極粋会の連中は、その店か金貸しに頼まれて、彼女の行方を追ってるんでしょう。そういうのがあいつらの仕事だから。
ハツヨ ・・・あたし、お酒の相手をするだけならいいんです。でも来月からお客を取れって言われて・・・。
 
一同、顔を見合わせる。

文子  わかった。ハツヨさん。わたしは佐野ってもんだけど、あんたみたいな境遇の娘のことはよく知ってるの。だから、そんな店に戻させはしない。みんなで守るからさ。安心しなさい。
ハツヨ いえ、そんな。見ず知らずの皆さんに迷惑かけるわけにはいきません。(ふところから写真を出し)・・・あの、ここに連絡していただけないでしょうか。兄さんがいるんです。
北修  ん、どれ?(写真を受け取って)これ、家族かい?
ハツヨ はい。裏に兄さんの居所が。
北修  (裏を見て)・・・こりゃ驚いた。(文子に渡して)兄貴は黒色青年同盟だってさ。
文子  黒色青年同盟って、聞いたことはあるけど。
速田  極粋会と対立してるアナキストの組織ですよ。これは話が複雑になりそうだな。
ハツヨ 兄さんは、父さんが死んだあと学校を辞めて。そしたら今度は母さんがふせってしまったので、働きながら面倒を見ているんです。いろんな仕事を渡り歩いて、いまはそこで厄介になってるって言ってました。そこの人たちの力を借りて、店辞めさせてやるからもう少し待ってろって。
北修  なるほどね。わかった。トージ、お前、ひとっ走り行って、この娘の兄貴呼んできてくんないか。時間、あんだろ。
トージ ・・・。
北修  ん?どうした?
トージ ・・・それは、ちょっと勘弁してください。北修さんには悪いけど。
北修  なんだよ?勘弁してくれって。
トージ ・・・関わり合いになりたくないんすよ。極粋会の関係者は、地元で顔の人が多いし、俺ら、ただでさえ邪険にされてんのに、余計なことして恨まれたくないんですよ。
タケシ 何よ、その余計な事って。
トージ だから、お前ら学生と、俺らは違うんだよ。
タケシ 何だって。
北修  分かった。待てよ。(ため息)・・・わかったから。いいよ。おめーはよ。・・・タケシ、行ってくれっか?

タケシ 北修から写真を受け取り、無言で裏口から出てゆく。

ハツヨ ・・・あの、兄が来たら、すぐ出てゆきますから。これ以上、迷惑はかけられないし。(トージに)あなたも、もうここにいない方が・・・。
トージ ・・・じゃ、悪いですけど、俺はこれで。
北修  ・・・。
トージ (いったん外に出るが、すぐに戻り)北修さん。何となく外が騒がしい。その娘(こ)、隠しといたほうがいい感じですね。
北修  ん、誰かいるんかい?
トージ (北修を手で呼んで)向こうにいる奴、そうじゃないかと思うんですよね。
北修  (同じく外をうかがって)・・・わかった。いいから、お前は行けよ。
トージ (うなづいて)それじゃ。(出てゆく)
ヨシオ (2人の後ろから外を見ていて)・・・あ、このあいだここに来た奴がいる。いそがないと、来ますよ。
文子  (速田に)ここには、女給さんが着替える部屋かなんかないの?
速田  ああ、それなら2階に。
文子  じゃ、あなたは外に出て時間を稼いで。
ヨシオ あ・・・はい。
文子  北修さんは、その娘(こ)おぶって2階に行って。
北修  え、俺?
文子  速田さんはここにいないと、あやしまれるから。
北修  ・・・ああ、わ、わかった(速田に手伝ってもらって、ハツヨをおぶり、2階へ)。
速田  北修さん。一番奥の部屋だからね。まだだれも来ていないから。鍵は空いてる。
ヨシオの声 ・・・だから、誰も来ちゃいませんよ。うたぐりぶかいなあ。(鐘の音とともに、後ずさりしながら入ってくる)。え、なにもごまかしちゃいませんよ。
極粋会1 (ヨシオを押しのけるようにして入ってくる)だから、はんかくせ
     ーことすんなって言ってんだろうが、この小僧はよ。
極粋会2 おう、邪魔するよ。

鐘の音。遅れて、極粋会の男3とカタオカが入ってくる。

カタオカ 速田さん。何故かここに来るときは、同じような状況だねえ。若い女が来ている筈なんだが、出してもらおうか。
速田  若い女?ここは若い女たくさんいるからね。誰の事ですかね。もっともまだどの娘(こ)も出てきていませんが・・・。
極粋会3 はんかくせーよ。出せよ。
速田  どなたをお探しなんですか?カタオカさん。
カタオカ うん。よくある話なんだが、借金を踏み倒して逃げてしまった女がいてね。店主が困り果ててるんですよ。
速田  ・・・で?
カタオカ なんせ額が大きくてね。働いて返すからって泣きつくんで雇ってやったのに、恩をあだで返されたって。店主さんが泣いてるんですよ。あなたも同じ水商売の経営者なら、わかるでしょ?
文子  何が泣いているよさ。弱い立場の女を食い物にしているくせに。そういうあこぎなやり方は、認められないんだよ。
カタオカ ・・・これはこれは、佐野先生ではないですか。最近は、遊郭だけではなくて、カフェーにもお出かけなんですね。
文子  あんたも右翼なら右翼で、ちゃんと政治活動しなよ。こんな用心棒のようなことやってないでさ。
カタオカ (無視して)速田さん、あなた、今は流行っているからいいものの、だんだんと商売がしにくくなりますよ。みんな借金抱えてる従業員には神経をとがらせてるんだ。今回みたいな踏み倒しが横行したら、たまらないってね。
速田  うちは借金の返済のために、女の子を働かせるような商売はしてないから関係ないよ。(カタオカの前に出て)カタオカさん。そもそもこの店には、あんたたちが探しているような女はいない。帰ってくれるね。
カタオカ ・・・わかりました。佐野先生もおいでになっていることだし、きょうのところは引き揚げましょう。おい。(引き揚げかけて)・・・ただあんまり深入りするのは止めた方がいいですよ。我々には我々のメンツってもんがありますから。・・・では。

カタオカら去る。鐘の音。

ヨシオ ・・・ああ疲れた。なんかあいつが来るとやたらと緊張感みなぎらせてるんで、こっちまで疲れますよね。
速田  ああやって、突っ張ってないと、いられないんだろうさ。もともとはおとなしい人だったんだが。
ヨシオ 大将、知ってるんですか?
速田  ああ、同じ旭川だから、ちょっとはね。下っ端の時は目立たなかったんだが、役職に就いてから急に変わってね。根が真面目なんだろうね。だから無理してでも自分の役目を果たそうとする。力抜きゃあいいのに。
文子  あら大将もなかなか力が入ってたわよ。これからああいう連中と関わる時は、お願いしようかしら。
速田  先生、止めてくださいよ。
文子  さて、これからだね。まずはどこに匿うか。家に連れて行こうかと思ってたけど、私が絡んでるのが奴らに知れちゃったからね。場所もよく知られているし、ちょっと無理ね。

タケシが裏口から顔を出しているのに、ヨシオが気付く。

ヨシオ あ、タケシ。なにやってんの?

タケシ ・・・なんかバタバタしてたみたいだったんで。大丈夫?
速田  平気だよ。極粋会が来てたんだけど、もう帰った。

タケシ入ってくる。

タケシ ああ、やっぱり用心しといてよかった。鉢合わせするとまずいからね。
(後ろに)こっち。入ってください。

ハツヨの兄、江上栄二(えがみ・えいじ)。18歳。次いでウメハラが入ってくる。

速田  あら、あんたも。
ウメハラ うちの江上の身内が世話になったって聞いたもんですから。いっしょさせてもらいました。
エイジ あの、妹は?
速田  2階にいます。ヨシオ君、お兄さん、連れてってあげて。
ヨシオ はい。こっちです(2階に連れて行く)。
速田  いつぞやの騒動以来だね。あんときはあんたが追われてたっけ。
ウメハラ その節はご面倒をかけました。
速田  (視線に気づいて)ああ、そちらは佐野文子先生。きょうはたまたま店に来ていて・・・。
ウメハラ お名前は存じています。廃娼運動の闘士としてご高名で。(頭を下げる)黒色青年同盟旭川支部のウメハラと申します。今回は、ご迷惑をかけて。
文子  佐野です。迷惑なんかかかっちゃいないわよ。ウメハラさん、ハツヨさんのお兄さんはいつから?
ウメハラ ・・・ああ、彼は江上栄二といいます。ハツヨさんとは年子の兄です。去年の暮れでしたかね。当時うちが労働争議に関わっていた工場で働いていたんですが、劣悪な環境でね。話を聞いたら悲惨な境遇で。で、活動員に誘ったんですよ。
速田  その時に、ハツヨさんの事も?
ウメハラ そうです。聞きました。ひどい話なんで、経営者というか、店主を糾弾しようと考えていたんですが、その前に店を抜け出してしまったということなんですよ。我々の方針をちゃんと説明しておけばよかったよかったんですが。まことに面目ない。
文子  ちょっと、抜け出してしまったって言い種はないんじゃないの。体を売ることを強要されかねないところだったのよ。
ウメハラ いえいえ、先生、そういう意味ではないんです。ハツヨさんには何も罪はないのはわかっているんです。ただ時期的に。
文子  時期的って何よ。・・・気に入らないね、私は(横を向いてしまう)。
ウメハラ ・・・。

エイジが戻ってくる。

エイジ ・・・あの。
速田  ああ、エイジさんでしたっけ。ハツヨさん、どうでした?
エイジ 思ったより元気で、そこは良かったです。・・・(ウメハラに)支部長、やっぱり極粋会に手配が回っているようなんです。家に連れて行ってもすぐに知れるだろうし。どこに連れてったら?
ウメハラ エイジ君、まずは落ち着くこと。奴らは奴らでメンツをかけて連れ戻しにかかるだろうが、大丈夫。うちはうちで、全力をあげてハツヨさんを守る。同盟の力は、君が考えている以上なんだ。だから極粋会の好きにはさせない。そこは信じてくれていい。
速田  でも極粋会に目ぇ付けられてるという意味では、あんたたちは筆頭だろ?どっか極粋会が全く知らないところで匿った方がいいと思うんだが。
ウメハラ 速田さん。お言葉ですが、我々にはたくさんの支援者がいます。大丈夫ですよ。奴らには指一本触れさせません。エイジ君。うちの組織で、ハツヨさんを守る。それでいいね?
エイジ ・・・はい。それは、支部長にお任せしてますんで。
ウメハラ うん、じゃ、夜になったらハツヨさんを連れだそう。それまではそばに付いていてあげるんだ。僕はいったん事務所に戻って、算段を付けてくる。いいね。
エイジ はい、わかりました。
ウメハラ 速田さん。ということで、ご面倒をかけますが、もうしばらく力をお貸しください。
速田  (何となく納得いかないが)ああ、それはかまわないが・・・。
ウメハラ では、また夜に(裏口から去る)。

    (間)

速田  (エイジに)・・・これ、おにぎり。2階に持って行ってあげて。
エイジ あ、ありがとうございます。持っていきます。(2階に)。

3人、エイジが2階に行くのを見届けて。

タケシ ・・・俺、ウメハラって嫌いだなー。こんなことになってるのに、逆になんかうれしそうな感じじゃん。指図しちゃって。
速田  先生、いいんですかね、あいつらに任せて。
文子  ・・・ま、実の兄さんがそうするって言ってるわけだしね。私達にもこれと言っていいあてがあるわけでもないし。・・・まあ、大丈夫よ。彼等も素人じゃないようだし、今回は任せましょう。
速田  ・・・わかりました。・・・そういえば、北修さんはどうしたんだっけ?確か2階に行ったっきりだよな。
ヨシオ (降りてくる)・・・あの、皆さん手貸してくれませんか。
速田  えっ、ハツヨさんがどうかした?
ヨシオ いや北修さんなんですよ。実は、さっきおんぶして2階に行ったとき、ぎっくり腰やっちゃったみたいで。動けないそうなんです。
3人  えーっ。

暗転。

(続く)




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歴史市民劇脚本「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」(その1)

2019-02-05 19:00:00 | 郷土史エピソード
2020年夏に上演予定の旭川歴史市民劇。
以前、脚本をこのブログに載せましたが、その後、手直しを行い、題名も改めました。
そこで改めて改作した脚本を3回に分けて掲載します。
歴史市民劇は、今月から、キャスト・スタッフの公募が始まります。
脚本を読んで、興味を持たれた方は、是非、オーディションにご参加ください。
今回はその1、第一幕の途中までです。

                   **********


<歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ(その1)」(作・那須敦志)>

*主要キャスト(架空の人物)・・・

○ヨシオ(渡部義雄) 
○タケシ(塚本武) 
○ハツヨ(江上ハツヨ) 
○エイジ(江上栄二) 
○トージ(松井東二)
○ウメハラ(梅原竜也) 
○カタオカ(片岡愛次郎) 

*主要キャスト(実在の人物)・・・

○小熊秀雄・詩人
○高橋北修・画家
○速田弘・カフェーヤマニ店主
○齋藤史・のちの女流歌人
○齋藤瀏・史の父、軍人歌人
○佐野文子・社会活動家
○酒井広治・歌人、実業家
○今野大力・詩人
○鈴木政輝・詩人
○小池栄寿・詩人
○田上義也・建築家
○町井八郎・楽器店店主
○ヴィクトル・スタルヒン・のちの大投手
○三浦綾子・のちのベストセラー作家

*舞台に登場する主な歴史上の出来事

○大正12(1923)年9月 関東大震災
○大正13(1924)年10月 旭ビルディングで「犬に喰われた絵」騒動
○大正14(1925)年6月  活動写真館、第一神田館焼失
○大正15(1926)年5月  糸屋銀行破たん・十勝岳噴火で死傷者多数
○大正15(1926)年12月 大正天皇崩御、昭和に改元
○昭和 2(1927)年1月  昭和恐慌始まる
○昭和 2(1927)年6月  右翼と左翼が常盤橋で大乱闘


(第1幕 ACT1 プロローグ)

舞台中央奥にスクリーン、上手脇に演題。

女給1登場、深々とお辞儀して「東西声」2声、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十四年六月 三条師団通 第一神田館」

活弁士の声 え、もう始めちゃうの。待って、まだ準備ができていないんだか
ら。え、くだくだ言うなって。そんな、あーっ。

舞台に押し出される活弁士。ぶかぶかの背広に、蝶ネクタイ。ちょび髭も生やしているが、何となく女性っぽい。

活弁士 もう乱暴なんだから。(気を取り直して)えー、おほん・・・。お集まりの紳士淑女の皆さま、本日は、ご当地初の常設活動写真館、第一神田館への御来場、心より御礼(おんれい)申し上げます。これより上映いたしますは、「躍進する北都 大(ぐれいと)旭川」でございます。お時間まで、ごゆっくりとご観覧ください。それではミュージック、スタート!

と、流れ出すのは、ご存じ「美しき天然」の哀愁のメロディー。
同時に、カタカタと映写機が回る音も。
スクリーンには「躍進する北都 大旭川 The North Capital Witch Is Groing. Great Asahikawa」の文字。
次いで大正末から昭和初期の旭川の映像が流れ始める。

活弁士 さて皆さま。この雄大な上川盆地に、神居、旭川、そして永山の三村が設置されましたのは、今をさかのぼること35年前、明治23年の秋のことでございます。翌、明治24年には、まず永山、次いで旭川の両兵村に屯田兵が入植し、31年には、待望の旭川駅が開業いたします。2年後には、旭川村が旭川町に。さらに札幌からの陸軍第七師団の移駐が完了。駅前師団通は、名実ともに旭川一のメインストリートとなったのでございます。さらに北都、旭川の発展の歩みは続きます。大正5年には旭川初の本格都市公園、常磐公園が開園。そして3年前の大正11年8月、悲願の市制施行の記念式典が盛大に挙行され、旭川市となったことは記憶に新しいことでございます。開村時、わずか300人ほどだった人口も、いまでは7万を超えるほどに急増しております。今後も発展が見込まれる大(ぐれいと)旭川。どんな未来が待っているのか。50年後、100年後の姿を見てみたいという思いに、熱く熱くかられるのでございます。

・・・はい。こんなもんですかね。よろしいですか? じゃ、これで試写、終わりまーす。・・・あれ、なんか焦臭くないですか? そこ、映写機から火が出てるんじゃない?やばい。火事ですよ、こりゃ。水、水ないの水。フィルムって燃えやすいんだからさ。あら、こりゃたまらない。

スクリーンにも火が。周りで騒ぐ声。

活弁士 (煙にむせて)・・・ダメだ。周りにも火がついて、手が付けらんない。みんな、逃げなきゃ。逃げてーッ!

真っ赤に染まる舞台。

暗転。


(第1幕 ACT2)

女給2現れる(エピグラフ朗唱)。

女給2 おゝ平坦な地平に
人は皆打伏す時
我は一人楼閣を築かふ
人が又我を真似るならば
我は地下のどん底に沈む
あらゆる者の生長する時
我はいと小さくちゞんで行く
人が皆美しく作り飾る時
我は最もみにくゝ生きやう
(今野大力・わが願ひ)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十三年十月 四条師団通 旭ビルディング 旭川美術協会作品展会場」

舞台明るくなると、そこはビル4階の催事場。展示される作品が壁際にいくつも立てかけてある。
長身痩躯、眼光の鋭い男が作品を眺めている。画家、高橋北修(たかはし・ほくしゅう)26歳。一つ一つ手に取るが、どれも面白くない。1枚の抽象画を手に取るが、首をかしげる。と、作品を横にする。また首をかしげる。逆さにする。やはりなんだかわからない。首をかしげすぎて痛めてしまう。深いため息。
そこに2人がかりで大きな絵を運んでくる若者。旭川師範学校1年の渡部義雄(わたべ・よしお)15歳と、塚本武(つかもと・たけし)15歳。その後ろにやはり大きな絵を抱えた同級生。

タケシ 北修さん。運んでいる最中にいなくなんないでくださいよ。俺ら指示してくんなきゃわからないんだから。
ヨシオ (まあ、まあととりなし)あの、これはどこに置けばいいですか。
北修  おお、これは失敬、失敬。そうだな、それは・・・こ、ここらへんに置いてみようか。ここんとこな。あと、そ、それは、そっちな(あせると、少しどもる人のようだ)。
 
3人、指示された場所に絵を運ぶと、すわりこんで汗を拭く。

タケシ やっぱり旭川一高いビルディングだけあるわ。1階から4階まで何度も往復するのはしんどいや。北修さん、話が違いますよ。ちょっと絵を飾る手伝いをするだけって言ってたのに。これじゃ手伝い賃、奮発してもらわなきゃ。なあ。
ヨシオ (笑みを浮かべて)いやあ、といってねえ・・・。
タケシ こいつなんか、もうかなりへばってますよ。お前さ、やばいんでないの?
同級生 (笑うしかない)いやあ、あははは。足、パンパン。
北修  (運んできた絵の梱包を外しながら)いい若いもんが、何言ってんだ。体鍛えるいい機会じゃねえか。したら、ちょっと休憩してろ。
3人  へーい。 
北修  (梱包を解いた絵を見る。顔を横にしたり、股の間から覗いたり)こーれもわかんねえな。どーも俺にゃ、抽象画って奴は性に合わねえんだよなあ。
タケシ わからないと言えば、北修さん、下の階にもとんでもないのがありましたよ。何て言ったっけ、あの旭川新聞の記者さん。
ヨシオ 小熊秀雄(おぐま・ひでお)さんだよ。別名、黒珊瑚。
タケシ そうそう、黒珊瑚、黒珊瑚。でもたまげたわー。何描いてあんだかわかんないうえにさ、絵のど真ん中に本物のシャケの尾っぽ、貼ってあんだから。
ヨシオ あれは僕もびっくりしたな。コラージュって言うんですか。見に来た人もたまげますよね。
タケシ うん、たまげる、たまげる。
北修  ・・・おう、お前らよく聞け。あ、あんなのはな、単なるこけおどしよ。あいつはなあ、いつもそうなんだ。か、変わったことをすりゃ、芸術になると思っていやがる。絵をなめていやがるんだ。だ、だいたいあの頭だってそうだべさ。あのもじゃもじゃ頭が、モ、モダンだって言いやがる。

当の小熊秀雄23歳が、詩人仲間の小池栄寿(こいけ・よしひさ)20歳とともにやってくる。

小熊  誰がもじゃもじゃ頭だって。これは天然のパーパネントウエイブと言ってほしいな。ところで喜伝司(きでんじ)、まだほとんど絵を飾ってないじゃないか。この調子じゃ明日の開幕に間に合わなくなるぞ。搬入は俺に任せろって言ったのは、喜伝司、お前だろ。
栄寿  まあまあ小熊さん。そのために労賃払って旭川師範学校の精鋭に来てもらっているんだから。な、君たち、大丈夫だよな。
ヨシオ (3人顔を見渡して)・・・ああ、はい。大丈夫だと思います。とりあえず搬入は終わったんで。あとは、梱包を外して、飾っていくだけですね。
栄寿  (小熊に)と、いうことだそうですよ。
小熊  この子らかい。師範学校の文芸部ってのは。
栄寿  ああ、小熊さんにはまだ会っていなかったっけ。
ヨシオ (立ち上がって)あ、はい。あの1年の渡部義雄です。よろしくお願いします。
タケシ (同じく立ち上がって)同じく塚本武です。ほんとに黒珊瑚みたいなんですね(余計なこと言うなと、ヨシオに肘で脇を突かれる)。・・・なんだよ。
同級生 (立ち上がれない)あの、ぼくは・・・。
小熊  ああ、いいよいいよ。休んでて。(3人に向かって)旭川新聞で、社会欄、文芸欄を担当している小熊秀雄です。まあ絵は本業ではないんだが、描くことは好きでね。で、今回も顔をそろえているってところです。な、喜伝司。
北修  (答えない)
ヨシオ (小声で)喜伝司って?
タケシ 北修さんの本名らしいよ。

がっしりとした体つきの少年がやってくる。松井東二(まつい・とーじ)14歳。

トージ 小池さん。下の作業は終わりましたよ。あと何やればいいんすか。
栄寿  おう、悪いね。まだ細かい作業があるんだよな。今、行くからさ。
トージ (いらだっている)早く片付けちゃいたいんですよね。これ終わったら、別のところで仕事あるんで。
栄寿  ああ、ほんと悪い。すぐ行くからさ、先、行っててよ。
トージ ・・・(不満)。
栄寿  いい?
トージ (軽くため息)・・・わかりました。(ヨシオらを見ながら)俺らは、 休んでるヒマないんで。よ・ろ・し・く、お願いします。(出てゆく)
タケシ ・・・何だよ。あいつ、感じわりーな。誰だよ。
ヨシオ (知らない)。
小熊  ・・・奴はトージ。松井東二。近文コタンでは、ちったあ知られた名さ。奴の親父とは飲み友達だったんだが、去年死んじまってね。だからあの年で、あちこち行っちゃあ稼いでる。今回も、いい仕事があるぞって、俺と喜伝司で誘ったんだ。
栄寿  うん。たしか君らより一っこ下じゃなかったかな。無愛想だけど、悪いやつじゃないんだ・・・。おっと、ぼやぼやしてると、トージにしかられる。(同級生に)そうだ、下はもう力仕事はないんで、君手伝ってくれる?お2人さん、彼借りて大丈夫かな?
ヨシオ そうしてください。彼もその方がいいと思うんで。(タケシに)いいよな。
タケシ ああ、大丈夫っすよ、俺らは。
栄寿  じゃ、外した梱包材は、できるだけまとめてひもで縛っておくこと。あとで別の子たちに取りに来させます。あと、作品の掲示が終わったら、作品名と作者名を書いた紙があるんで、取りに来るように。では、ここは皆さんに任せますよ。君、いいかい。じゃ、いくよ(去る)。
同級生 (急に元気になって、栄寿についてゆく)したっけ、また後でね。
タケシ 何だ、元気あんじゃん、あいつ。
ヨシオ (苦笑する)(小熊に)・・・あの、小池さんって、美術協会の事務局長さんなんですか。
小熊  いや、まったくの部外者だよ。奴は小学校の教師だが、やってるのは詩だ。美術協会には、誰ひとりこういう実務を仕切れるやつがいないんで手伝わされてるっていうことさ。そういう意味では、旭川の芸術界にとっては貴重な人材なんだが、そこが詩人としての奴の限界ともいえる・・・なんてえことを言いまして。ま、君らとは関係のない話さ。どれどんな作品が来ているのかな(作品を見に行く)。

ヨシオ (タケシに)・・・じゃ、俺らもやるか。
タケシ ああ。

2人、作業を始める。

(間)

北修  ・・・ところで小熊よ。お前が推薦したから出展させてやったんだが、「抽象画研究会」とかいう連中の作品、ここらへんにもあるが、どうにかならんのかい。何描いてるか分かんない絵見せられたって客は喜ばんだろうが。(小声で)お前のシャケもそうだけど・・・。
小熊  ああ?聞き捨てならんことを言うな。お前は客を喜ばせるために絵を描いてるのか?第一、芸術は分かる、分からないで評価するもんじゃない。全身全霊で感じるもんだ。
北修  そ、そんなこたあ分かってる。ただ上か下かもわかんねえ絵を見せられても、俺りゃ何も感じねえってことよ。
小熊  あーあ、情けないねえ。自分の認識を超えた新しい作品に出会うと、とたんに思考停止に陥る。それじゃあ、進歩はないじゃないか。喜伝司、だからお前はだめなんだよ。
北修  (切れる)言いやがったな、この野郎。い、いつも言ってんだろ。お、俺はお前より3つも年上なんだから呼び捨ては止めれって。それから、き、喜伝司は本名だけど、言いにくいんで北修で通してるんだ。分かったか、この菊頭のトンチキ野郎。
小熊  菊頭たあなんだ。このたくらんけ。(ヨシオとタケシに)いいか、こいつはな、せっかく絵の修行がしたいと東京に行ったのに、震災にあって「こわーい」とか言って命からがら逃げてきた軟弱者だ。しかも仙台では朝鮮人と間違われて警察にしょっぴかれた大間抜けさ。
北修  お前だって、せっかくあのおっかねえ東京に付いていってやったというのに、「ゆるくない」とか言って、2か月で尻尾を巻いてとんぼ返りしたろうが。どっちが軟弱よ。
小熊  何を。
北修  何だ。

2人つかみ合う。

ヨシオ ちょっと、ちょっと、2人とも止めてください。大人気ないですよ。落ち着きましょうよ。
タケシ そうですよ。まあ、いいじゃないですか。そんな喧嘩するような話じゃないじゃないですか。
小熊・北修 (その言葉に引っかかって2人を見る)ああ?
タケシ ・・・いや、止めましょうよ。喧嘩。
北修  お前、今なんて言った?
タケシ いや、喧嘩止めましょうって。
小熊  いや、その前だ。
タケシ えっ、ああ。・・・まあ、いいじゃないですかって・・・。
北修  おめえは?
ヨシオ あの、大人げないって・・・。

北修、小熊、離れる。

北修  まあ、いいじゃないか?大人げない?お、お前ら何はんかくさいこと言ってんだ。俺らの世界に、まあいいじゃないかなんてことは、ひ、一つもないんだ。
小熊  そうだ。俺たちが主張することは自分の命そのものだ。それを否定されるってことは、自分を否定されたってことだ。それを喧嘩するような話じゃないと、お前らにどうして言えるんだ
北修  そうよ。お、お前ら、そもそも何なんだ。な、何をもって俺らの話をどうでもいいと断じるんだ。
ヨシオ (気圧される)な、何をもってとか言われても・・・(タケシを見る)。
タケシ (泣きそう)・・・そんな大それた意味は・・・。
小熊・北修 ああ?
2人  (互いに目配せしてうなづき)ごめんなさい。許してください!
小熊・北修 (あきれる)・・・。
小熊  ・・・ダメだ、君たち、全然ダメじゃないか!

と、そこに同級生が駆け込んでくる。
      
同級生 (息を切らせて)あの、た、たいへんです。小池さんが、すぐ北修さんと、小熊さんを連れてくるようにって。
北修  ん?どうした。なんかあったか。
同級生 それが、の、野良犬が下の階に入り込んでいて・・・。
北修  野良犬う?野良犬がどうした。
同級生 絵を、小熊さんの絵を、齧ってるんです!
皆 (顔を見合わせ)エーっ!

暗転。


(第1幕 ACT3)

女給4現れる(エピグラフ朗唱)。

女給4 こゝに理想の煉瓦を積み
こゝに自由のせきを切り
こゝに生命(いのち)の畦(あぜ)をつくる
つかれて寝汗掻くまでに
夢の中でも耕やさん
(小熊秀雄 「無題(遺稿)」一部)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十四年八月 四条師団通 カフェーヤマニ」

速田の声 大正14年夏、我がヤマニ軍は、総力をあげて攻撃するも敵の固い守りに跳ね返され、兵糧も残り少なくなるという窮地にあった。
女給1 隊長殿。われらヤマニ軍。攻勢をかけるも、敵、お大尽の懐はいっこうに緩まず、苦戦を続けております。
女給2 それはお前たちの攻撃が手ぬるいからだ。
女給3 どうすれば、よいでありますか。
女給2 もっと敵のふところに潜り込み、密着して守りを突破するのだ。
女給1・3 はい、隊長殿。もっと敵に密着して攻略します。
女給2 よし、いけー。

テーブルの客1(竹内武雄)に近づく。

女給1 たーさん。きょうは一段といい男。
女給3 ほんと、ほんと、お近づきになりたいわあ。
客1  なんだなんだお前たち。急にお世辞なぞ言い出して。だがわしはそんなことには騙されんぞ。
女給3 あら、たーさんのいけず、そんなことおっしゃってー。
女給1 わたしたち、そんな下心はありませんのよ。
女給3 そうよ、そうよ。たーさんがほんとに素敵だから言っているのに、そんないい方されると悲しいわ。しくしく。
女給1 わたしもしくしく。
客1  いやいやお前たち、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ごめんよ、ごめんよ。さあ、機嫌を直しておくれ。
女給1 やっぱりたーさん。やさしいわー。きょうはたくさんサービスしちゃう。
女給3 わたしも、わたしも。
客1  ほうほう、こりゃ極楽。
女給1・3 (木の機関銃で)隙あり。ダダダダダ。
客1  や、やられた―。(倒れる)。
女給2 (女給4・5に)よし次!お前たちはどんどん酒の弾を撃ち込んで、警戒心をなくしてしまうんだ。
女給4 はい、隊長殿。どんどん酒の弾を撃ち込んで、酔わせてしまいます。
女給2 いけー。

客2(町井八郎)に近づく。

女給4 まーさんって、本当に男らしい。さ、空けちゃってくださいな。
客2  そうかい(飲み干す)。
女給4・5 (拍手)すごーい。さすがー。惚れ直しちゃう。
女給4 さ、もう一杯どうぞ。
女給5 あら、今度はわたしよ。まーさん、わたしのも一気にどーぞ。
客2  え。大丈夫かな。
女給5 大丈夫よ。まーさんなら。男の中の男だもの。
客2  そうかい(飲み干す)
女給4・5 (拍手)すごーい。さすがー。もっと惚れ直しちゃう。
客2  (べろべろに)いやあ、こりゃ天国、天国。
女給4・5 (木の機関銃で)隙あり。ダダダダダ。
客2  いかん、わしもやられた―(倒れる)。
女給5 大正14年夏、こうしてヤマニ軍は、各戦闘員の奮闘で大勝利をおさめたのであった。
女給2 いいかみんな勝どきだ。
女給たち エイエイオー。
女給2 もう一度。
女給たち エイエイオー。

音楽始まる。浅草行進曲ならぬ旭川行進曲。はつらつと歌い踊る女給たち。

恋の灯かがやく 真赤な色に
胸のエプロン どう染まる
花の旭川 なみだ雨

妾(わたし)ゃカフェーの 渦巻くけむに
泣いて笑うて 仇なさけ
恋の旭川 なみだ雨

化粧直して 誰知らさねど
今宵一夜の 命なら
夢の旭川 なみだ雨     
(作詞 多蛾谷素一 作曲 塩尻精八)

途中から速田のナレーション入る。

速田  カフェーヤマニ恒例の3分間劇場。きょうは「ヤマニ女給軍、激闘編」をお贈りいたしました。皆さま、盛大な拍手、ありがとうございます。なお当ヤマニでは、この春、始まりました本邦初のラジオ放送の受信免許をいち早く取得。2階特別会場で、旭川では唯一、お客様に無料で聞いていただいております。そちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします。では、この後も、ヤマニでごゆっくりとおすごしください。ありがとうございました。

ナレーションしながら速田弘(はやた・ひろし)が現れる。旭川一のモボと呼ばれたカフェーヤマニ2代目店主。24歳。カウンターの前にはタケシがいる。

タケシ 大将、お疲れ様でした。お水です。
速田  おお、ありがとう。ありがとう。タケシ君。君もボーイ姿が様になってきたね。
タケシ はい、もう働き始めて1か月ですから。
速田  でもいいの学校のほうは。学生の本分は勉学だよ。
タケシ 大丈夫ですよ。今は何と言ってもモボ・モガが最先端じゃないですか。大将のそばにいるだけで勉強になりますから。
速田  こんなことが勉強かね。

ガランガランと入口のドアの鐘が鳴る。店に入ってくる小熊、北修、少し遅れてヨシオ。

小熊  おーい。ヨシオ君、こっちだ、こっちだ。
速田  これは、これは、小熊さんに北修さんまで。あれ、小熊さん、上京したと聞いていましたが。
小熊  いやー、それがね。
北修  また戻ってきちまったんだとさ。今度は何、3か月でとんぼ返りか。少しずつ滞在期間は長くなっているようだがね。
小熊  今度こそはと思ったんだが、なかなかうまくいかなくてね。いったん戻ってきたってわけさ。まあまた旭川で英気を養って、すぐにまた挑戦するさ。あ、大将、紹介するよ。師範学校の渡部義雄君。我が詩人の集いに参加したての有望株さ。こっちは分かっているよな。旭川カフェー界の風雲児、旭川きってのモボ、速田弘大先生さ。
ヨシオ はじめまして、渡部です。
北修  別名、ヤマニの大将か。儲かってしょうがないんじゃないのか。また仕事回してくれよ。
速田  勘弁してくださいよ、北修さん。ヨシオ君、君のことはタケシ君から聞いてますよ。ここはお酒を飲まない人も来るところだから、ちょくちょくお寄んなさい。
ヨシオ はい、ありがとうございます。
速田  そうだ、北修さん。時間ありますか。実は今度計画している店の催しで手伝ってもらいたいことがあるんです。
北修  お、商売の話かい。あるよ、あるよ。時間なんて掃いて捨てるほどあるよ。

2人店の奥に。小熊は、すでに店にいる詩人グループの席に。

タケシ (ヨシオを引っ張って)なしたのさ、お前。こんなところに来て。
ヨシオ 小熊さんに詩の結社の集まりがあるから来いって。それにお前のことも気になってたし。・・・それにしてもたいしたもんだわ。さすが旭川一のカフェーだな。
タケシ そりゃそうよ。ここの大将は何をやってもスケールがでかいのさ。俺はもう心服してんのよ。
ヨシオ 何が心服だよ。お前はね、いいふりこきで、なんにでも影響されやすいんだから、少し頭冷やしてさ。・・・まあいいや。ここって旭川の文化人のたまり場なんだろ?どういう人が来んの?
タケシ それならきょうもたくさん来てるよ。・・・教えてやるかい。
ヨシオ え、お前。そういう人たちの名前分かんの?
タケシ 当たり前よ。・・・では、ちとお時間を拝借。ターイム・ストップ!

タケシの掛け声とともに、全員ストップモーション。立って話をしている3人にスポット。町井八郎(まちい・はちろう)・26歳、竹内武雄(たけうち・たけお)・30歳、田上義也(たのうえ・よしや)・27歳。

タケシ (駆け寄って)ここが音楽・建築関係だな。この人が町井八郎さん。吹奏楽にかけちゃ旭川で右に出る人はいない。町井さん、一言、お願いします。
町井  あ、町井です。3条通で楽器店を経営しております。
タケシ この人は竹内武雄さん。新聞記者で、北海タイムスの旭川支局長さんさ。ちょっと先になるけど、この2人の発案ですごい企画が始まるのよ。ですよね?
竹内  はい。4年後になりますが、私達が中心になって音楽大行進という催しを始めます。長く続いてくれるといいんですが。
タケシ うん、きっと大丈夫ですよ。で、この人は札幌から来てるんだけど、建築家の田上義也さん。驚くなよ。なんてたって東京の帝国ホテルを設計したかのフランク・ロイド・ライトの弟子よ。これも先になるけど、ヤマニをかっこよく改装してくれるんだ。
田上  はい、その通りです。いずれも速田さんの依頼なんですが、旭川では3つのお店の設計をさせていただきました。
タケシ では次。(3人は連れ立って奥に消える)

別の場所で談笑する3人にスポット。加藤顕清(かとう・けんせい)・32歳、酒井広治(さかい・ひろじ)・32歳、佐藤市太郎(さとう・いちたろう)・58歳。

タケシ (そちらに移り)こっちは重鎮がお揃いだな。この人は加藤顕清さん。去年帝展に入選したすごい彫刻家さん。
加藤  私、今は東京で活動してますけど、育ちは旭川でね。今回は個展を開くために帰ってきてます。
タケシ この人の作品は7条緑道にたくさん飾られることになるんで、見といた方がいいよ。次はこの人、短歌の酒井広治さん。東京時代は北原白秋の一番弟子と呼ばれた人なんだけど、旭川信金の初代理事長になる人でもあるんだ。実は、来月、白秋が酒井さんを訪ねて旭川にやって来る。ですよね?
酒井  そう、急に連絡が入るんだが、実はわたし、このあと札幌の病院に入院してしまうんだな。なので、ほかの皆さんに接待を頼むことになるんだ、情けない。
タケシ おしまいはこの人、佐藤市太郎さん。速田さんはヤマニの大将だけど、こちらは活動写真館、神田館の大将。もともとは床屋さんだったんだけど、興業の世界に乗り出して大成功。いまじゃ道内に10館以上も映画館を持ってるんだ。ただ劇の初めに見てもらったけど、旭川の第一神田館は、このあと火事で燃えちゃうんだけどね。
佐藤  え、なに火事って。何の話?わたし聞いてないよ。
タケシ ああ、ごめんなさい。ただの独り言だから気にしないで。(ヨシオの方を向いて)ま、こんなもんだ。
佐藤  気にしないでったって。ちょっと待ってよ君・・・。
タケシ ああごめんなさいね。これで終わりだから。では(指を鳴らすと、ストップモーションが解ける)。

佐藤、加藤・酒井になだめられながら奥に消える。

ヨシオ (拍手)お前、すごいな。なんか、預言者みたいなところもあったけど。そこは気にしないでもらうとして、よくわかったよ。すごい人たちが、ここに集まっているわけだ。
タケシ ちょっとは見直したかい?
ヨシオ (何度もうなづく)
小熊  おーい。ヨシオ君。何やってるんだ。早くこっちに来いよ。みんなに紹介するから。
ヨシオ あ、すいません。すぐ行きます。(タケシに)したっけ、あとでな。

詩人グループの席に行くヨシオ。そこには、小熊のほか、鈴木政輝(すずき・まさてる)、今野大力(こんの・だいりき)、小池栄寿(皆21歳)の若手詩人たち。

ヨシオ すいません、遅くなって。
小熊  彼が話をしていた渡部君だ。栄寿は美術展の時に会ってるよな。こっちが鈴木政輝くん。この春、東京の日大に進学して、今は帰省中だ。こっちは今野大力くん。郵便局に勤めている。
政輝  彼の書いた詩、この間、旭川新聞の文芸欄に載っていましたね。
小熊  うん、知り合いだから選んだってことじゃないよ。悪くはなかったろ。
政輝  思いが素直に表れているところは好感を持ちましたね。僕の流儀ではないですが。渡部君、詩はいつごろから書いているの。
ヨシオ (ちょっと緊張して)・・・ああ、はい。まだ半年ほど前からです。新聞には載せてもらいましたが、まだ自分の思いをどう表現していいか、わかんなくて・・・。
栄寿  まあ、そういう時期はあまり悩まずにどんどん書くべきだと思うな。書いていけば自然と自分の形ができてくる。今野君はそうじゃなかった?
大力  いや、自分もまだどう書いていいのかわからないです。自分の気持ちにふさわしい言葉が何日も出てこないことがあります。
小熊  なるほどねえ。でも珍しいな。大力がこういう席に出てくるのは。心境に変化でもあったか。いやこれは歓迎の気持ちをこめて言ってるんだが・・・。
大力  いえ、鈴木君が旭川に帰ってきていると聞いたもんで・・・。
小熊  そうかそうか。諸君、これが今野大力だよ。友のためにあえて苦手な場にも出てくる。人間性だね。
大力  そんなんじゃないですから。
政輝  でも、僕もこうして会えてうれしいよ。

タケシの声 あの、すみません。困ります。
極粋会の男1の声 いーから、ここに入っていくのを見た奴がいるんだよ。

入口の鐘の音。タケシと極粋会の男たち、店の中に入ってくる。
続いて極粋会行動部長のカタオカ(片岡愛次郎・24歳)も店内へ。

タケシ 営業中なんですよ。本当に困ります。
極粋会の男2 うるせーんだよ、小僧。おめーら、やつを匿うつもりなのかよ。
タケシ 何のことか、わかりませんよ。だから、困りますって。

速田と北修が奥から出てくる。

速田  タケシ君、どうしたの、その方たちは?
タケシ すみません大将。なにか探してる人がこの店にいるとか。
極粋会の男3 おう、おめえ店長だべさ。黒色青年同盟のウメハラって男な。ここにいるはずなんだわ。出してもらおうか。
速田  黒色青年同盟のウメハラさん?さて、何かの間違いじゃないですか。ここにはそんな人は来ていませんよ。
極粋会1 このたくらんけがあ。だからここに入っていくのを見た奴がいんだよ。とっとと出せよ。
カタオカ まあ、ちょっと待て。(速田に)速田さんですね。旭川極粋会で行動部長をしています片岡と申します。実は、黒色青年同盟ってアナキスト、無政府主義者のグループがありましてね。そこのウメハラって男が、うちの会と関係のある町工場で悪さをしたんですよ。そこで若い者が話をしようとしたらいきなり逃げ出しましてね。で、探してたら、この店に入るのが目撃されたというわけなんです。ということで、お引渡し願えないですかね。
速田  カタオカさん。きょうお店に来ていただいているのは、皆知っている方ばかりでね。そのウメハラさんを見たって人は、誰かとお間違いになったんじゃないですか?
カタオカ 速田さん。ご存じだと思うが、うちは旭川の純粋な愛国者の善意で支えれられている団体だ。一方、黒色青年同盟っていうのは、日本の国体を否定するような狂信的な極左、アカの集まりです。我々はそんな奴らに天誅を加えるために行動しているわけです。ご理解いただけますよね。
極粋会2 おう、行動部長がこうやって言ってんだ。はんかくさいこと言ってねーで、さっさとウメハラ出せよ(突っかかろうとする)。
小熊  あーあ、今日日(きょうび)の蠅は、ブンブン飛び回るだけじゃなく、ギャーギャー喚くようになったんかね。うるさくってしょーがねえな。あ、「五月蠅い」ってのは、5月の蠅と書くのか、今は7月だから、季節外れでギャーギャー言ってんのかもしんないな。

以下のやり取りの間に速田、タケシに耳打ち。タケシ、カウンターの中に入り、ヨシオ呼ぶ。ヨシオ来ると、カウンターの下にいったん隠れる。

極粋会2 何だと。誰だてめえ。
極粋会3 俺たちが蠅?いい度胸してんじゃないのよ。
北修  あのよ、お前ら極粋会ってのはあれだろ、辻川(つじかわ)のとっつぁんが会長なんだよな。
カタオカ ・・・そうですが。
北修  辻川源吉(げんきち)といやあ、元は博徒の顔役。今は足を洗って旭川有数の実業家よ。そうだよな。
カタオカ おっしゃる通り。
北修  ただな。俺の知っている辻広のとっつぁんは、こんな風に堅気の衆に迷惑をかけるようなやり方は大嫌いだったはずだ。だからよ(小熊を見る)。
小熊  おー分かった。喜伝司よ。なんなら俺が使いになろうか。その辻広のとっつぁんとやらに来てもらうんだろ。
北修  おう、そうよ。お願いするかな(カタオカの目を見る)。
カタオカ ・・・確か、画家の高橋北修さんですよね。会長の名前を出されちゃ、ことを荒立てるわけにはいきませんわな。・・・わかりました。おい、引くぞ。
極粋会1 え、いいんすか。
カタオカ いいんだ。機会はいつでもある。(帰りかけて、速田に)速田さん。ウメハラってのはね、東京から流れてきたそうなんだが、すこぶる危険な奴なんだ。ここで見かけた時は、ぜひうちに知らせてほしい。よろしくお願いしますよ。おい、いくぞ。(部下とともに去る。入口の鐘の音響く)。

    (間)

速田  北修さん、小熊さん。すみません、とんだことに関わらせてしまって。
北修  なんも、なんも。いーってことよ。俺も小熊も、喧嘩なら買ってでもしたいほうなんだからさ。(カウンターにいるタケシに)それよりタケシも頑張ってたんじゃないの。やめてください、営業中でーす、なんてさ。
タケシ え、そんな、からかわないでくださいよ。びびってちびりそうだったんだから。
栄寿  ・・・あれ、タケシ君、いつの間にか服変わってない? 
政治  あと、いつの間にヨシオ君、そっちに行ったの?
タケシ えーと、それは、その、なんていうか訳があって・・・。
ヨシオ あ、ぼくも、ちょっとタケシに手伝ってと言われて・・・(2人とも何か不自然)。
小熊  2人とも、もういいんじゃないか。そこで金庫番みたいに頑張っていたらバレバレだよ。ウメハラさんとやら、もう出ておいでよ。若い2人が緊張しっぱなしでいまにも倒れそうだ。

カウンターの向こうに潜んでいたウメハラ(梅原竜也・うめはら・たつや)、タケシとヨシオの間からゆっくりと立ち上がる。アナキスト集団「黒色青年同盟旭川支部」支部長。24歳。ボーイ姿。

ウメハラ 黒色青年同盟の梅原と申します。皆さんには、ご迷惑をおかけしました。
ヨシオ あのー、さっき大将にカウンターの下に人がいるから近くにいて匿ってろって言われてさ。で、もし見つかった時に、ボーイの格好をしてれば、ごまかせるかもしれないんで、服も交換しれって・・・。あと、一人じゃ不安だったので、ヨシオにも来てもらいました。
速田  実は北修さんと話が済んだあと、店の裏に出たらこの人がいてね。ま、何か訳ありだったんで、中に入ってもらったってわけさ。さ、こっちにおいでなさい。
ウメハラ (カウンターから出てきて)皆さん、ご迷惑をおかけました。改めて、お詫びさせていただきます(お辞儀する)。
速田  詳しい話はまだ聴いていないんだが、7条あたりで奴らに取り囲まれたんだそうだよ。
ウメハラ 普段は、できるだけ仲間と一緒にいるようにしてるんですが、きょうはたまたま一人だったんで・・・。
速田  それで逃げた。
ウメハラ そうですね。
大力  ・・・あの、ちょっと聞いていいですか。
ウメハラ はい。
大力  あなた、東京からきたといいましたよね。
ウメハラ そうですね。
大力  では、震災の時に虐殺された大杉栄や伊藤野枝と関係があったのではないですか。
ウメハラ ・・・そうですね。彼等とはとても近い所にいました。
大力  じゃ旭川には。
ウメハラ ・・・東京では何もしなくても、憲兵に拉致される可能性がありましたから。事実、常に付きまとわれていましたからね。
大力  そうですか。・・・わかりました。ありがとうございました。
ウメハラ ・・・では私はそろそろ。
政輝  お仲間に来てもらった方がいいんじゃありませんか。連中、まだうろうろしてるかもしれませんよ。
速田  そりゃ、そうだ。誰か連絡に行かせますよ。
ウメハラ いや、大丈夫です。それに、これ以上迷惑はかけられません。
速田  でもねえ・・・。
小熊  大将、本人が大丈夫と言ってんだから、好きにさせればいいんじゃないの。それよりウメハラさん。さっき極粋会のカタオカなにがしが言ってた町工場の話だけど、俺の耳にも入ってるよ。工場の労働争議に付け込んで、あんた社長を缶詰にして長時間、問い詰めたそうじゃないの。で、結局社長はこれだ(首を吊るしぐさ)。俺は、労働運動を否定するものじゃないが、それじゃ暴力だ。賃金の不払いはあったらしいが、それも会社の業績が落ち込んだからだ。資本家とはいっても、しがない町工場の社長をそこまで追い込むのはどうしたもんかな、と思うがね。
ウメハラ 小熊さんでしたよね。失礼ですが、階級闘争ってのはね、情が入っちゃダメなんですよ。理念と、なにより行動がね、すべてなんですよ。特にこの旭川はね、第七師団の城下町だ。軍関係者や極粋会のような右翼団体が、街を闊歩している。そういう現状を打破するにはね、我々も時には非情になって行動しなければならない。批判はあるかもしれないが、戦いに勝つことこそが目的なんです。(次第に高ぶってゆく)私はね、徹底的なリアリスト、現実主義者なんですよ。理念は語ったものの何も反撃しないで嬲り殺された大杉や伊藤とは違う道を行こうと旭川にやってきたんです。軍都旭川、この敵のふところで、私はね逆襲の足がかりを作るつもりなんだ。・・・失礼。仲間が待ってます。(お辞儀をして去る)。

    (間)

北修  ・・・右翼にアナキスト、師団通はにぎやかだね。いろんな奴がいて。
小熊  詩人に絵描き、女給にモボ、軍人にヤクザ、まだまだいるよ。だから世の中は面白い。なヨシオ君、タケシ君。
ヨシオ え、あ。そうかもしれません。な(タケシを見て、ほほ笑む)。
タケシ (微笑みかけて、突然大声で)あ!
ヨシオ 何?どうした?
タケシ ・・・あの人、俺の服着たまま行っちゃった!

暗転


(第1幕 ACT4)

女給3現れる(エピグラフ朗唱)。

女給3 あかしやの金と赤とがちるぞえな。
かわたれの秋の光にちるぞえな。
片恋(かたこい)のうすぎのねるのわがうれい
「曳船(ひきふね)」の水のほとりをゆくころを。
やわらかな君が吐息のちるぞえな。
あかしやの金と赤とがちるぞえな。
(北原白秋 片恋)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十五年十月 四条師団通 カフェーヤマニ」

明るくなると、ヤマニの面々が恒例のミニステージの練習をしている。出し物は、浅草オペラの代表曲「ベアトリ姉ちゃん」をもじった「ヤマニのテーマ(ヤマニの姉ちゃん編」。女給たち、歌に合わせて、寝坊助の新米女給(女給5)をからかうマイムと踊りを披露。「大将が呼びに来た」の下りでは、速田も登場する。

ヤマニの姉ちゃん まだねんねかい
鼻からちょうちんを出して
ヤマニの姉ちゃん なに言ってんだい
むにゃむにゃ寝言なんか言って
* 歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はペロペロペン 歌はペロペロペン
さア早く起きろよ

ヤマニの姉ちゃん まだねんねかい
早く目をおさましよ
大将が呼びに来た
お前さんが気になって
*くりかえし

ヤマニの姉ちゃん 新米女給さん
なぜそんなにねぼうなんだ
さあ早く起きないか
もう店が開く時間だ
*くりかえし

女給5 (3番に入ると、ベッドが次第に傾き、歌が終わったところで転げ落ちる。時計を見てびっくり。あわててかけ出してゆく)たいへん。遅刻しちゃうー!

(原曲 「ベアトリ姉ちゃん」 小林愛雄・清水金太郎訳・補作詞 スッペ作曲)

北修  (拍手しながら入ってくる)大将、いいわ、なんまらいいわ。これ見たら、またヤマニのファンが増えるわ。な、ヨシオ君。
ヨシオ (同じく入ってくる)はい、本当に楽しかったです。歌は、浅草オペラですよね。
速田  若いのによく知ってるね。大ヒットした「ベアトリ姉ちゃん」をちょっともじったのさ。(女給たちに)ああ、みんなは休んでて。
女給たち はーい(奥に消える)。
北修  いやー懐かしいねえ、浅草オペラ。東京時代はよく通ったもんさ。浅草六区に十二階、花やしき。華やかだったねえ。
速田  今回の出し物も舞台装置は北修さんに頼んだんだよ。あのベットが傾く仕掛けも北修さんのアイデアさ。なかなかだろ。
ヨシオ はい。よくできてました。どうやって動かしているんですか?
速田  うーんそれは・・・(ベッドの方を見る)
タケシ (ベッドの仕掛けから顔を出して)・・・俺だよ。(仏頂面で外に出てくる。ルバシカを着ている)北修さん、勘弁してくださいよ。中は狭いし、女は重いし。だいたいこのベッドだってほとんど俺が作らされたじゃないすか。絵の修業をさせてくれるっていうから弟子になったのに・・・。
ヨシオ え、なに、お前、大将の弟子だったんじゃなかったの?
タケシ いや店の手伝いはさせてもらっているよ。でも絵描きもかっこいいかなって。
ヨシオ 相変わらず、腰が据わんない奴だな。それにその恰好、いつも形から入るんだから。北修さん。いいんですか、あんなの弟子にして。
北修  装置作りはよ、手間がかかるからな。手伝いが一人いると重宝なんだよ。
タケシ あーあ、俺もう北修さんの弟子やめよっかな。きついし、きったなくなるし、儲からないし。
北修  まあ、そう言うなって。俺についてるといいぞ。看板描きも覚えられるし、小唄だって、都都逸だって教えちゃうぜ。
タケシ そんなの絵に関係ないじゃないすか。・・・(装置を指して)ちょっと引っかかっちゃうところがあるんで、直したいんですけど。手伝ってくれます?
北修  おう、いいよ。タケシ先生のご指示とあらば、何なりと。
タケシ 止めてくださいよ。そういうの(苦笑い)。・・・じゃ、そっち持ってください、いいすか。

北修・タケシ、ベッドを引きずって奥に。

速田  ・・・なんか、いいコンビだよね、あの2人。・・・そういえばヨシオ君。久しぶりだね。あ、そうか、先月の十勝岳の噴火で富良野に行ってたんだ。
ヨシオ はい。学校で支援隊が組織されたんで、参加したんです。2週間、上富良野に入ってました。
速田  どうなの、泥流がすごかったって聞いたけど。
ヨシオ そうすね。一面泥の海みたいになってて。ああ、これが100人以上も飲み込んだ泥流かって。助かった人たちも、泥を始末して、元の農地に戻すにはいったいどれ位時間がかかるんだろって話してましたね。
速田  同じ日に、旭川じゃ糸屋(いとや)銀行がつぶれちまってね。うちは取引はなかったんだけど、周りはね。景気は下りぎみだな。
ヨシオ 去年は、第一神田館の火事もありましたしね。
速田  そうだね。だからうちなんかが頑張って師団通を盛り上げなきゃならないと思うのさ・・・それはそうと、どうなの創作の方は。
ヨシオ ああ、そっちはなかなかうまくいってません。
速田  鈴木政輝君に続いて、今野大力君も東京に出たんだろう。向こうでバリバリやってるみたいじゃないか。
ヨシオ はい、だから自分も頑張ろうと思うんですけど・・・。
速田  ま、焦らないことだよ。いい作品なんて、そうそう書けるもんじゃない。
ヨシオ ・・・大将、上富良野の最初の1週間はタケシも一緒だったんですよ。言ってませんでした?
速田  え、ああそうか。・・・そういや用事があるから1週間休みますって。そうか、言ってくれたらよかったのに。
ヨシオ 照れ臭かったんじゃないですか。そういう奴ですから。
速田  なるほどね。

入口の鐘が鳴る。洋装の若い女が入ってくる。斎藤史(さいとう・ふみ)。17歳だが、大柄なのでもっと大人びて見える。大正モガ風の洋装に短い髪。

史   ・・・ごめん下さい。
速田  あ。
史   ごめんなさい。まだ開店前でした?
速田  あ、そうなんですが・・・コーヒーですか?
史   ・・・ええ。
速田  では、大丈夫です。お入りになってください。すぐ支度しますから。
史   ・・・でも。
速田  いや、いいんです。入ってください。

タケシと北修が戻ってくる。

速田  タケシ君、ちょうどいいところに来た。僕はお湯沸かすんで、そちらのお客さんにお水を。
タケシ お客さん?ああ、わかりました。(お盆と水の入ったコップを用意して、史のもとへ)いらっしゃいませ。・・・どうぞ。ご注文は?
速田  ああ、それは聞いてるんだ。(史に)コーヒーでよろしかったですよね。
史   ええ、お願いします。
タケシ (史が美人なので、少し緊張している)それでは、あの、少々お待ちください。
史   (タケシがカウンターに戻りかけたところで)・・・あの。
タケシ (トーンが上がる)え、はい、なにか?
史   こちらは旭川一おしゃれなお店と聞いてきましたが、ロシア風なんですね。
タケシ ロシア風?
史   ええ、とっても素敵。
タケシ (自分の服装に気付いて)・・・ああ、これですね。これはあの深いっていうか、別に深くないんですが、訳がありまして・・・。
史   (コロコロと笑う)とってもお似合いですわ。抱月、須磨子の芸術座の舞台に出てくる方みたい。
北修  もしかしてあんた、斎藤参謀長のところのお嬢さんじゃないのかい?
史   ・・・はい。斎藤瀏(りゅう)は私の父ですが。
北修  やっぱりそうか。一度、そこの北海ホテルで、父さんと一緒にいるところを見かけたんだわ。そのとき、連れの小熊が、参謀長と娘さんだって。あ、俺は高橋北修と言います。
史   高橋さま。(立ち上がり)初めまして、斎藤史と申します。(顔が明るくなる)そうですか、小熊さんのお友達。
北修  お友達って、そんないいもんじゃなくて、まあ喧嘩相手って言った方がいいかな。
史   (コロコロと笑う)ああ、面白いお店。やっぱり来てよかった。
速田  あの、北修さんはね、旭川を代表する絵描きさんなんですよ。(タケシにコーヒーを渡し)あ、これお願い。
史   そうですか、絵を。ああ、なので、こちらの方も(コーヒーを持ってきたタケシを見る)。
タケシ んー、それは関係あるというか、ないというか・・・(首をかしげて)よっぽどこの格好が気になるのかな。着替えてこようかな。

史、コーヒーを美味しそうに飲む。ちらちらと眺める男4人。

速田  (北修に促されて、史の近くに寄ってくる)・・・あの、参謀長のお嬢さんって言うと、やっぱりお生まれは。
史   ええ、東京の四谷ですが、小学校は旭川の北鎮(ほくちん)小学校に通ったんです。父の最初の旭川勤務の時。今回は父もわたくしも2回目の旭川の生活を楽しんでおります。
北修  そういえば、先週までお宅の官舎に若山牧水が来てたんじゃなかったかな。歌詠みの。新聞で見たぜ。
史   はい。父は軍人ですが、佐々木信綱(ささき・のぶつな)先生の門下で、短歌をたしなんでおります。なので、牧水先生とは、東京で一度お会いしたことがあって、それが縁で我が家を訪ねていらしたんです。ご飯はいらないので、毎日、一品のつまみとお酒を一升用意してほしいとおっしゃって。わたくし、あんなにお酒をめされる方とは、初めてご一緒しました。
北修  牧水と言えば、酒と旅が好きな歌人と聞いている。そりゃ間違いなく本物だ。
速田  そういや小熊さんが最近、新しい短歌の会を旭川に作るから忙しいって言ってましたけど、何か関係があるんですか?
史   はい。牧水先生の歓迎の歌会を開いたんですが、その時、うちの父や酒井広治先生が、旭川歌話会を作ろうというお話になって。
速田  かわかい?
史   はい。歌とお話で歌話会。それで黒珊瑚、ごめんなさい小熊さんに幹事をお願いしたところ、こころよくお引き受けいただいて、それでいま準備を進めてくださっているんです。
速田  そうか。小熊さん、このところ顔を出さないと思ったら、それで忙しいんだ。ま、こんな美人のお嬢さんに頼まれれば、小熊さんも頑張るよな。なあ、ヨシオ君、タケシ君。
ヨシオ え、あ、はい、そうですね。
タケシ そうですね。美人、みんな好きですからね。なんちゃって。
北修  歌話会にはあんたも?
史   はい。実は牧水先生が、あなたも短歌をやりなさいと勧めてくださったものですから。見よう見まねで始めているんです。
速田  短歌と言えば、そこのヨシオ君も小熊さんの集まりで詩を作っているんですよ。ヨシオ君も、その歌話会に入れてもらえばいいのに。
ヨシオ いえいえ、僕なんかが・・・。
史   あら、同じような年代の方に入っていただけると、わたくしもうれしいですわ。ぜひいらしてください。お待ちしておりますわ。
ヨシオ (立ち上がり、トーン高くなる)ご、御親切に。あ、あ、ありがとうございます。
タケシ おい、焦った時の北修さんみたいになってるっしょ。大丈夫かい。
史   (コロコロと笑って)やっぱり楽しいお店。(コーヒーを飲み干して)ではわたくしはそろそろ帰りませんと。お代はここにおきますね。(立ち上がり)それでは、皆さま、御機嫌よう。

4人、立ち去る史をうっとりした目で送る。

速田  (ためいき)いやー、普段水商売の娘ばかり見ているせいか、新鮮だねー。(奥を見て)みんなには悪いけど。
北修  おうよ。何ちゅうか、年に似合わず、優雅と言うか。
タケシ やっぱり、おじさん方も感じるところはおんなじなんですね。・・・ぜひいらしてください。お待ちしていますわ、だってさ。たまんないねー、なんまらめんこいわ、なあ(ヨシオをたたく)。
ヨシオ (立ったまま、恍惚の表情)・・・。
タケシ 何よ。お前、どうしちゃったの?熱でもあるのかい?
ヨシオ (ぶつぶつ、つぶやく)・・・。
タケシ え、なに、何言ってんだよ。・・・ん?天使?天使ってなんだよ?
ヨシオ ・・・天使だよ、天使。(突然タケシの手を掴み)タケシ、スゲーよ。俺、天使を見ちゃったよ。わかんないの?スゲーよ。天使が目の前に舞い降りたんだよ!スゲーよ!

暗転

(続く)

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「旭川歴史市民劇」解説⑩ エピグラフ

2019-02-04 19:00:00 | 郷土史エピソード
2020年公演予定の歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」の解説編。
今回は、最終回。
各場面の冒頭にカフェー・ヤマニの女給たちによって朗誦される引用句=エピグラフについて紹介します。



                   **********



<エピグラフとは>

小説などで、巻や章の初めに添える引用句のこと。
今回の戯曲では、旭川にゆかりの深い文学者の詩や文章を紹介するため、それぞれの場面の初めに、朗唱することにしている。



                   **********



「我が願ひ」 今野大力

今野大力は、旭川郵便局に勤めた大正10(1921)年ころから詩作を始め、雑誌や新聞などに投稿するようになる。
「我が願い」は、その最も初期の作品の一つ。
同じ年の4月22日付の北海日日新聞に掲載された。
時に大力17歳、進むべき道はまだ定まっていないが、前を見据える目はまっすぐである。


今野大力



                   **********



「無題(遺稿)」より 小熊秀雄

昭和15(1940)年11月20日に亡くなった翌月、雑誌「現代文学」に掲載された小熊秀雄の遺稿。タイトルは付けられていない。昭和42(1967)年に常磐公園に設置された小熊の詩碑には、親交の深かった詩人、壺井繁治<つぼい・しげじ>の揮毫によるこの詩が刻まれている。


小熊秀雄



                   **********



「片恋<かたこい>」 北原白秋

白秋は、数多くの詩、短歌、童謡で知られる明治18(1885)年、熊本県生まれの文学者。
旭川には、大正14(1925)年8月、詩人仲間との樺太旅行の帰りに、弟子に当たる酒井廣治<さかい・ひろじ>を訪ねて滞在している(実際には、この時、酒井は札幌に入院中で、かわりに齋藤瀏<さいとう・りゅう>らが接待に当たった)。
「片恋」は、明治42(1909)年、白秋25歳の時の作品。
第3詩集「東京景物詩及其他」に収められた。合唱曲としても知られている。


北原白秋



                   **********



「おやじとわたし―二・二六事件余談」より 齋藤 史

「おやじとわたし―二・二六事件余談」は、昭和54(1979)年2月、史がNHKのラジオインタビューのために用意したメモをもとに書き下ろした手記。
翌年刊行されたエッセイ集「遠景近景」に収録された。
エピグラフとして引用したのは、幼馴染の栗原安秀<くりはら・やすひで>ら青年将校が決起した二・二六事件直前の頃の史の心境を綴ったくだり。


齋藤史



                   **********



「あぱあと」 鈴木政輝<すずき・まさてる> 

昭和12(1937)年刊行の詩集「帝国情緒」に載せられた作品。
昭和3(1928)年、政輝は、上京した小熊秀雄夫妻と、やはり詩人仲間であった今野大力とともに巣鴨で共同生活を送るが、すぐに別れて本所3丁目の材木屋の2階のアパートに移る。
この詩の舞台でもあるアパートには、交流のあったのちのノーベル賞作家、川端康成<かわばた・やすなり>も訪ねてきたという。



                   **********



「旭川」 百田宗治<ももた・そうじ> 

百田宗次は、大阪市出身の詩人、児童文学者。
「どこかで春が」など童謡の作詞でも知られる。
「旭川」は、昭和11(1936)年6月、旭川を訪れた百田が、地元の詩人との交流会の席で請われて作った即興詩である。
百田は、東京大空襲で焼け出された後、交流のあった詩人、更科源蔵<さらしな・げんぞう>の支援で北海道に疎開。
3年間札幌に住み、道内各地を訪ねた。
特に親交が深かった住職が住んでいた愛別町安足間<あんたろま>には定住を考えた時期もあったという。
またこの時期、百田は請われて道内各地の小中高校の校歌を作詞しており、旭川では、昭和22(1947)年に、市立中央小学校(昭和45年に統合され、知新小学校となる)の校歌を手掛けている。



                   **********



「アイヌ神謡集」より 知里幸恵<ちり・ゆきえ> 

旭川で少女時代を過ごした知里幸恵は、大正7(1918)年にアイヌ語研究のために近文コタンを訪れた言語学者、金田一京助<きんだいち・きょうすけ>の勧めでカムイユカラ(神謡)の日本語訳に取り組む。
大正11(1922)年、幸恵は、病弱だった体をおして上京し、4か月後、金田一宅で原稿を書き上げるが、出版の直前に心臓麻痺により急逝した。金田一によって翌年出版された「アイヌ神謡集」は、幸恵自らの筆による「序」と、13編のカムイユカラによって構成されている。
エピグラフとして紹介したのは、最初におさめられたカムイユカラ「梟の神の自ら歌った謡」の冒頭部分である。


知里幸恵



                   **********



「『春寒記』から『師走の思い出』」より 齋藤史

エピグラフではないが、この舞台では、「第1幕ACT4」で、舞台袖に立った史が、大正から昭和への移り変わりについて回想するシーンがある。
ここで使ったのが、実在の史がエッセイ集「春寒記」に掲載した文章の一部。
一歩引いた場所から見ている師走の旭川の女たちの様子、そして大正天皇崩御前後の張りつめた齋藤家の雰囲気が簡潔な表現で伝わってくる名文である。
劇中では一部文章を省いて使っている。



                   **********



「青年の美しさ」より 小熊秀雄

これもエピグラフではないが、「第2幕ACT7」の劇のラストで、ヨシオ、次いで小熊自身によって朗読される。
昭和10(1935)年に刊行された第1詩集「小熊秀雄詩集」に掲載されている。





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