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写真とコメントで紹介する旭川の郷土史エピソード集

安部公房の〝凱旋〟公演

2016-02-12 08:00:00 | 郷土史エピソード

1993(平成5)年に亡くなった世界的な作家、安部公房(あべ・こうぼう)は、旭川とゆかりの深い小説家でした。
また安部は、作家としてだけではなく、演劇人としてもさまざまな活動を行った人物です。
そんな安部が、一度だけ、旭川でいわば〝凱旋公演〟とも言える演劇の公演を行っています。
今回も前回に続き、旭川の演劇史に関わるお話です。


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1977(昭和58)年9月7日、在京のある劇団の公演が旭川市で行われました。
劇団の名は「安部公房スタジオ」。
芥川賞作家で、国際的にも高い評価を受けていた安部公房が主宰して1973(昭和48)年に発足した劇団です。



安部公房(1924-1993)


「安部スタジオ」は、安部の盟友であり、辻井喬(つじい・たかし)の名で小説家・詩人としても活躍していたセゾングループ代表、堤清二(つつみ・せいじ)のバックアップを受けていたことでも知られています。
当時は、まだ珍しかった海外公演を行うなど、精力的に活動を進めていました。

その劇団がなぜ旭川で公演を行ったかというと、安部公房と旭川の浅からぬ縁があります。
安部の祖父母は、父方、母方とも四国から東鷹栖村(現旭川市)に入植した開拓民です。
安部の両親、浅吉(あさきち)とヨリミは、ともにこの入植地で生まれています。
このため安部の出生地は東京ですが、本籍は東鷹栖に置かれていました。
また医師であった父の海外留学に伴い、小学校3年生の1年間は東鷹栖の学校に通いました。

旭川での公演を望んだのは安部本人で、いわば一種の〝里帰り公演〟的な意味合いがありました。



1歳のころの安部公房と両親


会場は当時4条通16丁目にあったヤマハホール、出し物は3か月前に西武美術館で初演したばかりの「イメージの博覧会」でした。
「安部スタジオ」では、当時、戯曲を離れ、音や映像、俳優の身体表現を融合させた舞台作りを目指していました。
この作品もそうした実験的な作品でした。
当時のパンフレットが残されていましたので、ご紹介します。



「イメージの展覧会」パンフレット(1977年)


劇団の活動に関わっていた日本大学芸術学部助教授(当時)の戸田宗宏(とだ・むねひろ)は、旭川の観客に向け次のように書いています。

この「イメージの展覧会」は、安部公房の発想の種子を集約したエッセー「笑う月」の中から種子を拾いあげ、感覚的なものをいろいろな角度から志向し、構成、立体化したもので、特に俳優の肉体と言語を駆使し、安部公房自らシンセサイザーによる音創りや映像撮影と意欲満々に創られた作品です。音+光+映像+肉体+言語=イメージの詩(鞄につられてさまよう男と、枯木のように朽ちはてた仔象の物語)は、あたかも安部公房の頭脳をのぞいているような効果を充分にもたらしております。<郷土誌「あさひかわ」1977年8月号>



「イメージの展覧会」の一場面


このように前衛的な舞台で旭川に〝凱旋〟した安部でしたが、自らの劇団を率いる以前は、小説と並行し、優れたテーマ性を持つ戯曲を続けざまに発表して評価を高めていました。
その〝純劇作家〟時代の安部の代表作を、旭川を代表するアマチュア劇団だった「河」が2度に渡って上演していますので、最後にご紹介します。

1作目は、都会で一人暮らしをする若い男の部屋に、突然、「善意の隣人」と自ら称する大所帯の家族が押しかけてくるというストーリーで、海外公演も行われた「友達」という作品です。
「これは暴力だ」という男の訴えは、警察官や管理人、恋人にも理解されず、やがて男を始末(刺殺)した家族は、「善意の隣人」が必要な次の生贄を求めて部屋から出ていきます。
このブログでは何回か紹介していますが、「河」は1959(昭和34)年に旗揚げした旭川を代表するアマチュア劇団です。
「友達」は、1968(昭和43)年11月、星野由美子(ほしの・ゆみこ)の演出により旭川市公会堂で上演され、大きな反響を呼びました。



劇団「河」による「友達」の舞台


「河」による安部作品の2作目は、「ウエ-」と称する人によく似た動物を巡るグロテスクな喜劇「どれい狩り」です。こちらは1971(昭和46)年5月、和久俊夫(わく・としお)の演出でやはり市公会堂で上演されています。

なお劇団「河」は、こうした安部作品の上演以降、唐十郎(から・じゅうろう)や清水邦夫(しみず・くにお)など、当時「アングラ小劇場演劇」と呼ばれた作品を主なレパートリーとする劇団へと路線変更し、道内の他のアマチュア劇団に大きな影響を与えるとともに、在京の演劇人からも注目を集めました。




劇団「河」による「どれい狩り」の舞台