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写真とコメントで紹介する旭川の郷土史エピソード集

歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」(その2)

2019-02-06 19:00:00 | 郷土史エピソード
2020年夏に上演予定の旭川歴史市民劇。
前回から手直しした脚本を掲載しています。
今回はその2、第1幕の終盤からです。

                   **********


<歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ(その2)」(作・那須敦志)>

*主要キャスト(架空の人物)・・・

○ヨシオ(渡部義雄) 
○タケシ(塚本武) 
○ハツヨ(江上ハツヨ) 
○エイジ(江上栄二) 
○トージ(松井東二)
○ウメハラ(梅原竜也) 
○カタオカ(片岡愛次郎) 

*主要キャスト(実在の人物)・・・

○小熊秀雄・詩人
○高橋北修・画家
○速田弘・カフェーヤマニ店主
○齋藤史・のちの女流歌人
○齋藤瀏・史の父、軍人歌人
○佐野文子・社会活動家
○酒井広治・歌人、実業家
○今野大力・詩人
○鈴木政輝・詩人
○小池栄寿・詩人
○田上義也・建築家
○町井八郎・楽器店店主
○ヴィクトル・スタルヒン・のちの大投手
○三浦綾子・のちのベストセラー作家


(第1幕 ACT4 途中から)

店の外に出た史、スポットライト。

史   (たたずみながら、つぶやくように歌う)

待てど暮らせど 来ぬ人を
宵待草の やるせなさ
今宵は月も 出ぬそうな

(「宵待草」竹久夢二作詞・多 忠亮作曲)
     
わたくしが初めて旭川の土を踏んだのは、大正4年の夏。6歳の時でした。親父様にわたくし、おかあさまにおばあさまの順で人力車に乗って近文の官舎に向かいました。賑やかな通りを過ぎると、風の吹き抜ける長い橋にさしかかり、その下に大きな川が流れていました。親父様が後ろを向いて「これが石狩川だよ」と教えてくださいました。下を向くと、葦の中に川面がキラキラと光って・・・。それはそれは美しゅうございました。

史、去る。かわりに女給5出てきて、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十五年十二月 
常磐公園内上川神社頓宮 旭川歌話会例会控室」

第七師団参謀長で歌人の斎藤瀏と酒井広治、小熊が入ってくる。

酒井  いや、いや、お疲れ様でした。おかげで、今回もいい歌会(うたかい)になりました。
瀏   これも名幹事のたまものだな。小熊君。本当にご苦労さま。
小熊  いえいえ、皆さんに手伝ってもらってるんで、なんとか幹事の役目を果たせてるんですよ。お二人の方こそ、お疲れ様でした。
瀏   でも「旭川歌話会」、本当に結成して良かった。毎回、やるたびに作品の質が上がっている。
小熊  やはり創作は、切磋琢磨が必要なんでしょうかね。周りの刺激が、こんなにも大切なものかと再認識しました。
酒井  うん、僕もそう思う。ま、そういう意味では、旭川の短歌界も大きな刺激を受けて飛躍したってことだよ。軍人歌人として知られる斎藤参謀長が旭川勤務になり、去年は北原白秋先生、今年は若山牧水先生が旭川に来てくれた。こうしたことがなかったら、歌話会結成の話など持ち上がらなかった。
瀏   酒井会長が旭川に戻っていたことも大きかったと思いますよ。小熊君もそうだが、やはり地元で中心になる方がいないとね。
酒井  それはそうと、きょうの歌話会で言うと、やはり史嬢ですな。前回は最高点だったが、きょうは別の意味で驚かされた。
瀏   (苦笑)。
酒井  (持ってきた短冊の中に作品を探す)これこれ。(短冊を示して)長髪の小熊秀雄が加わりて 歌評はずみきストーブ燃えき(繰り返す)。・・・こりゃ、短歌を始めたばかりの人が作る歌じゃないですぞ。あまりに斬新だから、点は前回よりは高くなかったが、いや驚いた。
小熊  (何と言ってよいか分からない)。
酒井  また当の本人を目の前にして、こうした思いを込めた歌を発表するというのは・・・。や、父君を前にしてこれは失言だったかな。
瀏   いやいや、わたしは一向にかまわんのですよ。ただなりは大きいが、まだまだ子供だからね。そういう含みは、やはりないのでしょう。
小熊  もちろんですよ。幹事の立場を忘れて、私があれこれ批評を言うので、印象に残ったのだと思います。
酒井  まあ、ここはそういうことにしておきますか(笑い)。

歌話会の備品などを抱えたヨシオとタケシが入ってくる。

ヨシオ 小熊さん。これはこっちでいいんですか?
小熊  ああヨシオ君。初参加の君に手伝わしてしまって悪いな。そう、そこに置いておいてくれれば。次回の会合まで預かってもらうから。タケシ君も会員でもないのに使ってしまって。
ヨシオ 僕は一番下っ端なんですから当然ですよ。こいつは、どうせ暇なんで。
タケシ 暇とはなにさ。お前が付いて来てくれって言ったんだろ。

遅れて史も入ってくる。明らかに緊張するヨシオ。

史   親父様。迎えの車が着きました。酒井先生もごいっしょにどうぞ。
瀏   おおそうだ。お送りしましょう。どうせ師団の差し向けの車なんだから、遠慮せずに。
酒井  そうですか。それは助かりますが。でも史さんは?
史   わたくしは皆さんともう少しやることがありますから。
酒井  申し訳ないねえ。本当はあなたに幹事業務をしてもらうのは気が引けるんだが。
瀏   いやいやそれは私が命じたんだ。もう女学校も出てしまったんだし、家でぶらぶらしているんだから、少しお手伝いをしなさいと。
史   あら、ぶらぶらとは失礼だわ。でも会のなかでは年少者ですから、当然のことです。親父様、あまりお待たせすると・・・。
瀏   ああそうだな。さ、会長。
酒井  では、先に出るとするか。悪いね。
小熊  あとは会場をもとに戻す程度ですから。気にせんでください。
酒井  そうかい。それじゃ、また。
瀏   では、失敬。

瀏、酒井出てゆく。一同お辞儀して見送る。

ヨシオ ・・・さてと。
史   ヨシオさん。
ヨシオ あ、はい!
史   始まる前は、時間がなくて失礼しましたが、やっと来てくださったんですね。ありがとうございました(お辞儀)。
ヨシオ あ、いえいえ、なんもです(お辞儀)。
史   1回目、2回目とお見えにならなかったので。やはり短歌には興味がないのかなって、残念に思ってたんですのよ。
ヨシオ いえ、そんなことはないんですが、その・・・。
タケシ ああ、こいつ、行きたくてしょうがなかったんですが、いい作品持ってかなきゃ史さんに恥ずかしいって言い出して。いいじゃないか、会いたいんだったら行けよって言ったんですが・・・。
ヨシオ (引っ張って)よけいなこと言わなくていいの。小熊さん、会場もとに戻すって言ってましたよね。僕らでやりますから。おい、行くぞ。史さん、またあとで・・・。
小熊  あ、ざっとでいいからね。・・・何あわててるんだ。

ヨシオ、タケシ去る。

    (間)

小熊  史さんに会計をやってもらうと助かりますな。金の計算とか、全く苦手でね。
史   詩人さんで、お金の計算が得意な人って・・・やっぱり似合いません。
小熊  そりゃそうだ。史さんの言うとおり。
史   ・・・あの、迷惑でしたか?
小熊  え?
史   きょうのわたくしの歌。
小熊  ああ。・・・自分の名前が出てくる歌は初めてだったんで、少し驚きました。
史   それだけ?
小熊  うん。・・・斬新で、とても良かった。
史   (微笑む)わたくしが最初に小熊さんとお会いした日のこと、覚えていらっしゃます?
小熊  もちろん。旭川に来られてすぐ、父君に会いに官舎にお邪魔した。その時ですよね。
史   親父様が新聞記者の方がいらっしゃると言うから、てっきり軍担当の
方かと。
小熊  父君は軍人でありながら、歌集も出して、絵も描かれると聞いたんで、どんな人か会ってみたくなったんですよ。
史   でも親父様の前で、いきなり軍の悪口を言い出して。わたくし、なんて人なのと思いました。
小熊  いやー、思ったことは口に出してしまうたちなんで。・・・でも、父君は度量が広い。だから歌話会の幹事も引き受けたんです。ただこの長髪だけは、お嫌いのようですな。会うたびに、その黒珊瑚はどうにかならんかと言われる。
史   わたくしは、新聞に「黒珊瑚」という署名記事を見つけて吹き出しました。すぐ貴方だとわかりましたから。それと、わたくし、小熊さんのこと、ずっと独身だと思ってたんですよ。最初に来られた時、男やもめになのでと、おっしゃってたから。
小熊  ああ、でもその時は確かに。
史   ええ、その後にご結婚されたんですよね。確か、旭ビルディングの美術展に来られた小学校の先生が今の奥様なんですよね。
小熊  はい、その通りです。よくご存じで。
史   ええ、いろいろと探らせていただきましたから(いたずらっぽく微笑む)。
小熊  ・・・そうか、じゃ僕の素行の悪いところは、史さんにはみんな知られているんだ。
史   そうですわ。いろんな女性に声をかけている事とか、お腹の大きな奥さまを、樺太の実家に一人残して旭川に戻ってきた事とか。奥さま、なんてお気の毒。
小熊  いやあれは・・・。話せば長くなるんだが、僕があれ以上いると母の機嫌が直らないと、本人が言うので・・・。
史   (さえぎって)勘弁してあげます。(笑う)そんなに言い訳なさらなくても。
小熊  ・・・いや、失敬。

(間)

史   (目を合わさず)・・・わたくし、そろそろ旭川を去ることになりそうですの。
小熊  え?それはもしかして父君の異動で・・・。
史   ごめんなさい。それ以上詳しくは・・・。
小熊  なるほど、失礼しました。
史   父もわたくしも旭川が好きなんです。だからとっても残念。
小熊  うーん、急な話で、びっくりですね。他の方には?
史   いえ、本当に内々の話で、変わる可能性もあるそうです。なので・・・(何かを言ってくれることを待っている)。
小熊  そうですか・・・。せっかく歌話会もできたばかりなのに、残念です。
史   (目を伏せ、暗い表情)
小熊  ・・・でも史さんはぜひ歌を続けてください。僕は、短歌は古い芸術だと思っていたが、あなたの歌を見て思い直した。牧水先生の言葉じゃないが、史さんはぜひ歌をやり続けてください。
史   ・・・(顔を上げ)ありがとうございます。(立ち上がって)小熊さん、ひとつお尋ねしていいですか?
小熊  (立ち上がって)・・・何でしょう?
史   小熊さんは、いずれまた東京に行かれるおつもりなんでしょう?
小熊  ・・・うーん、ま、そうなるでしょうなあ。
史   どうしてわざわざ東京に行かれるのですか?旭川には、良いお仲間と仕事場があって、とてもいきいきしているように見えますのに。
小熊  ・・・確かにそうですね。いい仲間がいて、理解者がいて、大好きな姉もいるし、なにより妻子を養うことのできる記者という仕事もある。次々とやることがあって充実もしている。
史   なら。
小熊  でも、心の奥にいるもう一人の自分がそれじゃいかんと言うんですよ。それじゃ本物の詩は書けないって。・・・僕はね、弱い人間です。だから温かい所にいると、ちゃんと自分と向き合えなくなる。
史   創作って、そんなに不自由なものなのですの?だったら、わたくしはやりたくない。
小熊  いやいや、それはね、自分がそうなんです。私という人間の業であり、それが使命なんですよ。あなたには、あなたの使命があるように。
史   ・・・使命って、変えることはできないんでしょうか?
小熊  ・・・。
史   ・・・(立ち上がり、窓の方へ)。

    (間)

史   (後ろを向いたまま)・・・申し訳ありません。師団通まで送っていただけませんでしょうか。
小熊  ・・・わかりました。お送りします。・・・ええと、ヨシオ君とタケシ君はどこにいるのかな。(奥に向かって)ヨシオ君、タケシ君。

2人出てくる。

小熊  ああ、そこにいたのか。会場の片づけは?
タケシ はい。終わりました。・・・というか、とっくに終わってたんですけど。お話し中だったんで・・・。
小熊  ああ、ご免、ご免、そりゃ申し訳なかった。で、もう一つ悪いんだが、僕は史さんを送ってゆくので。
タケシ はい。宮司さんのところに、荷物置かせてもらえばいいんですよね。やっときますから、どうぞ、遅くなりますから。(ヨシオに)な。
ヨシオ はい、どうぞ、行ってください。
小熊  そう?悪いね。(史に)じゃ。
史   (ヨシオのところに行き)ヨシオさん、きょうは来てくれて本当にありがとう。じゃ、タケシさん、お言葉に甘えて、お先しますわね。御機嫌よう。

2人去る。

タケシ いやいやいや、参ったんでないかい。
ヨシオ ・・・。
タケシ ・・・全くさ。部屋に入るったって。あの雰囲気じゃ入れないべさ。なあ。
ヨシオ ・・・。
タケシ ・・・あのさ。知ってる?ここの公園のボートってさ、アベックで乗ると、あとで別れちゃうんだって。(その場にふさわしくない話題と気付いて)あ、いっけね・・・。
ヨシオ ・・・そう、気ぃつかわないでいいべさ。
タケシ 何よ。
ヨシオ いくら鈍感な俺だって分かるっしょ。あの会話聴いてりゃさ。・・・史さん、小熊さんのこと好きだったんだな。ものすごーく。
タケシ ・・・うん。まあな。
ヨシオ しかも会った時からさ、すっと好きだったんだわ。
タケシ ・・・そだね。
ヨシオ で、せめて自分の気持ち、伝えておこうってさ。
タケシ ・・・うん。
ヨシオ もしかしたら、2人きりになることって、もうないかもしれないしさ。だから・・・。
タケシ ・・・うん、ま、そういうことなんだべな。・・・あれ、お前・・・(覗き込む)泣いてるんかい。
ヨシオ ・・・したってさ。史さんの気持ち考えたらさ。可哀想だべさ。
タケシ ・・・うん。・・・ま、俺はお前の方が可哀想だけどね。史さん、いなくなるって言ってたし。
ヨシオ ・・・うん、俺も史さんと同じくらい悲しい。

    (間)

タケシ ・・・あのさ。俺、歌作ったんだけど、聞いてくれるかい?
ヨシオ え、なに、歌ってなにさ。短歌のこと?なんでお前が?
タケシ いいじゃん。浮かんだのよ、歌。・・・タケシ作。
ヨシオ うん。
タケシ いいか(立ち上がる)。・・・慰めの言葉探すも見つからず 初恋やぶれし友よ許せよ。
ヨシオ ・・・(吹き出す)なんなのよそれ、全然歌じゃねーべ。
タケシ え、歌じゃん。
ヨシオ 歌じゃねーって。普通の会話、五七五七七にしてるだけだべさ。ほんとお前って、何やらしても下手くそだよな。
タケシ 何よ、下手くそって。
ヨシオ 初恋やぶれし友よ許せよ、って、なんだよそれ。ククク。
タケシ フフフ。
ヨシオ ・・・腹減ったな。どっか行こうか。
タケシ お、いいね。どこ行く?お前の行きたいところでいいよ。
ヨシオ ・・・ヤマニでライスカレーかな。
タケシ おお、こないだ大将が始めた奴な。うん、じゃ行くべ。

2人立ち上がり、出口へ。

ヨシオ ライスカレー、タケシのおごりな。
タケシ え、なんでよ。
ヨシオ 当然だろ。友よ許せよって謝ってんだから。
タケシ なによそれ、意味わかんねーし。

など、じゃれあいながら退場。

暗転

舞台そでに史登場。スポット。

史   十二月に入ると、いよいよ北海道らしい激しい吹雪がつづいた。
土地に生まれ育った人々が、落ち付き払って冬に籠り、当り前の事とし
て毎日の雪を眺め、平気に凌いで行くのが羨ましかった。
折から、大正天皇の御容態についての報せがしきりにきこえていた。
天皇崩御の知らせを受けた夜は、殊に寒く、絶えず父の勤めさきからかか
る電話を待って、誰も寝るどころではなく、黙りあって座って居た。
馬橇の鈴の音ひとつ聞えない、くらい夜であった。
そしてわずか一週間の昭和元年が過ぎ、年が明け、昭和二年となった。

  (斎藤史 散文集「春寒記」から「師走の思い出」より・一部改変)

史、去る。かわりに女給1出てきて、手にした垂れ幕を垂らす。

「昭和二年三月 四条師団通 カフェーヤマニ」

午前中の店内。カウンターに速田。店内にはヨシオとタケシ。他に客はいない。ヨシオは新聞を読んでる。

タケシ あのさ、お前、駅いかないの?
ヨシオ ・・・うん。
タケシ うんじゃねーよ。史さんの出発、きょうだべさ?
ヨシオ ・・・うん。
タケシ 新聞なんて、読んでないでさ。
ヨシオ 「斎藤参謀長御一家、きょう旭川駅から出発」って、新聞にまで書いてあるんだもの。どうせ行ったって物凄い人なんだろ。おれなんか行ってもしょうがないべさ。
タケシ でもさ。この間の送別歌話会でも話できなかったんだろ?気持ち伝えておいた方がいいんじゃない?後悔するよ。
ヨシオ いいのよ。もう俺は踏ん切りがついたんだから。
タケシ 踏ん切りって何よ。
ヨシオ 踏ん切りは踏ん切りっしょ。だいたいさ、自分でも思うんだよね、どうかしてたんじゃないかって。よく考えたら、そんなすげえいい女かなーとか、思ってさ。
タケシ お前だよ。ここで、天使が舞い降りた、とか言ってたやつ。まさに、この場所で。
ヨシオ いやいや、天使って。ついそういう言葉が浮かんだだけなんだわ。俺、いちおう詩も書いてるしさ。(話している最中に史が店に入ってくる)まあ普通に考えたら、言い過ぎだよな。史さん、結構、気い強い感じだし・・・。
史   え、気が強いって誰の事ですの?
ヨシオ (慌てて立ち上がり)。・・・ど、ど、どうしたんですか、いきなり。はー、びっくりした。だって、きょうは・・・。
史   ええ、でも最後にヤマニの美味しいコーヒーを飲んでおかなくちゃと思って。そしたら親父様まで飲みたいって言い出して。

瀏が遅れて入ってくる。

瀏   ・・・ああ、わかっとる。コーヒーを一杯飲むだけだ。すぐに戻るから、少し待っていてくれ。(ヨシオを見つけて)おお、ヨシオ君だったな。それに・・・。
タケシ タケシです。
瀏   ああ、タケシ君。君らにも世話になった。ここでは、酒はよく飲んだが、コーヒーは飲んだことがなくってね。
史   大将、お願いできるかしら。わたくしと親父様と。
速田  よござんすよ。お2人に最後に飲んでいただけるなんて、光栄の限りです。でも参謀長、いや今度は少将になられたんですよね。少将閣下、駅で皆さん待っておられるのでは。
瀏   そうあらたまった言い方はせんでくださいよ。どうせ固い挨拶ばかりだから、あまり早くいきたくないのが本音なんだ。ゆっくりとあいさつしたい人たちとは、もう済ませてあるしね。
タケシ そういや酒井会長と小熊さんは、直接駅に行くって言ってましたよ。小熊さんは記事も書かなきゃならんと言ってました。
史   歌話会の皆さんには、先日、送別の歌会を開いてもらったんです。その時に御挨拶させていただきました。
速田  (タケシに)タケシ君、手伝ってくれるかい?
タケシ いいすよ。

2人で手分けしてコーヒーを出す。

史   (飲んで)・・・ああ、おいしい。わたくし、ここのコーヒーの味は忘れません。
瀏   うん。こんなおいしいコーヒーがヤマニにあったとは。知らないでいて損をした気分だな。ますます旭川に思いが残る。

2人、コーヒーを味わいながら飲む。

速田  熊本へは直接行かれるのですか?
史   親父様は直接、わたくしと母、祖母は東京の親戚のところに寄ってから向かいます。
速田  向こうはもう暖かいんでしょうね。
史   そうですね。もう桜が始まっているんじゃないかしら。着いたときは、もう見れないかも。
速田  そうか、九州は経験済なんですね
史   はい。ここと同じで2度目です。



瀏   ・・・そうだ、ヨシオ君。
ヨシオ (居住まいを正して)あ、はい。
瀏   小熊君といっしょで、君も専門は詩らしいが、ぜひ短歌も続けてほしいと思っているんだ。特に歌話会に君のような若い人が加わっていることはよいことだ。ぜひ会の活動も続けてほしい。期待しているよ。
ヨシオ はい。ありがとうございます。
瀏   それじゃ、あわただしいが、そろそろ行かねば。お代はここに置くよ(史に)おい。
史   はい。先に車に乗ってらしてください。すぐ行きますから。
瀏   そうか。うん。じゃ御一同、お達者で。お世話になりました(去る)。

皆立ち上がり、見送る。鐘の音。

史   (ヨシオに)ヨシオさん、短い間だったけど、本当にありがとう。
ヨシオ (また居住まいを正して)いえ、とんでもないです。
史   この3か月、わたくしの使命って何なんだろうって考えていたんです。そうしたら、わたくしにとって大切なのは、毎日のなにげない暮らしや周りの方々との関わりのように思えてきました。だから、これからはそうした日常やさりげない人との関わり中で生まれてくる言葉といっしょに生きていこうと思っています。・・・あまり多くの作品を見せていただいたわけではありませんが、ヨシオさんは、人にはない感性をお持ちの方と思います。創作がそうなのかはわかりませんが、ヨシオさんはヨシオさんで、きっとご自分の使命を全うされていくんだろうなって思いました。
ヨシオ ・・・ありがとうございます。僕にはまだ使命と言えるものは見つかっていませんが、きっと見つかるんだろうなって思います。いや、きっと見つけます。
史   ・・・行かなくては。(一堂に)それでは皆さま、御機嫌よう、さようなら(去りかけて、一度足を止め、店内を見渡し、外へ。鐘の音)。

舞台、ゆっくり暗くなる。舞台中央奥のスクリーンに、斎藤親子送別歌会の際の記念写真(実物)。と、駅での送別の様子が音で聞こえてくる。

男の声 それでは、斎藤少将閣下の御栄転を祝しまして、万歳三唱でお見送りしたいと存じます。斎藤少将閣下、バンザーイ。バンザーイ。バンザーイ(集まった人たち続く)。大日本帝国陸軍、バンザーイ。バンザーイ。バンザーイ(集まった人たち続く)。

途中から、軍靴の音。強くなる。スクリーンに、斎藤瀏、史のその後が映される。

・ 斎藤瀏 

昭和4年、第2歌集「霧華(きばな)」を出版。昭和5年、予備役となり、軍の実務を離れて東京に住む。昭和11年、二・二六事件で決起した青年将校を支援したとして拘束、翌年叛乱ほう助罪で禁固5年の判決を受ける。昭和28年7月死去。享年74才。

・ 斎藤史

二・二六事件で、北鎮小学校以来の付き合いだった栗原安秀、坂井直ら青年将校が処刑されたことに大きなショックを受ける。以来、事件は、生涯を通して創作上の大きなテーマとなる。昭和15年、第1歌集「魚歌」出版。以降、読売文学賞、現代短歌大賞などを受賞。

昭和55年、53年ぶりに旭川を訪問。
牧水も来て宿(とま)りたる家のあと 大反魂草(おおはんごんそう)は盛り過ぎたり など19首を残す。
平成14年5月死去。享年93歳。


暗転。

第1幕終了。


(第2幕 ACT5・前半)

演歌師登場。バイオリンをキコキコ奏でながら歌うは「東京節」ならぬ「旭川節」。見ると、ACT1の活弁士のようだ。

師団通のにぎわいは 
宮越 三浦の大旅館  
いきな構えの丸井さん
四階建てだよ旭ビル
金子寿(ことぶき) 三日月で
寿司にうなぎに そばに牛(ぎゅう)
ヤマニ ユニオンでカフェ三昧
*ラメチャンタラギッチョンチョンデ
パイノパイノパイ
パリコトパナナデ フライフライフライ

北都と呼ばれし旭川
嵐山から眺むれば
大雪山に抱かれて
石狩川に鮭のぼる
常磐公園 神居古潭
馬鉄も通るよ旭橋
御料地いただく神楽岡  
*くりかえし

(原曲は「東京節」添田さつき作詞 外国曲)
   
演歌師 いやー、きょうはなんて心地の良い晩なんざんしょ。こんな晩に、師団通を歩いているとね、こう小股の切れ上がったいい女とすれ違ってね。と、女が紙入れなんかを落す。「ちょいとお姉さん、落とし物ですよ」ってなもんで、声をかけると、女ァ振り向くね。「あら、御親切なお方。お礼に一杯奢らせてくださいな」てんで、そこらの店にしけこむ。さしつ、さされつ、しっぽりと、なんて、たまんないねー、ほんとに。

と、男たちの声が響く。

「おい、どこ行った」、「ぼやぼやすんな。探せ探せ」等々。

派手な着物、酌婦姿の女が裸足で逃げてくる。江上(えがみ)ハツヨ、16歳。演歌師とぶつかりそうになり、膝をつく。

演歌師 おっとあぶねえ。
ハツヨ あ、ごめんなさい(立ち上がり、行こうとする)。
演歌師 お、姉さん。落とし物だよ。(ハツヨが落した写真を拾い上げる)紙入れじゃなくて、おや、写真だね。
ハツヨ あ、それ(受け取って、一瞬押し抱く)・・・ありがとうございます(会釈して、走り去る)
演歌師 ああ。・・・行っちまったよ。訳ありありってところだねえ。

男たちがやってくる。あの旭川極粋会の男たちだ。

極粋会1 あのアマ、ふざけやがって。
極粋会2 なんだ、演歌師か。おい、女がこっちに走ってきただろ。どっちいった?
演歌師 え、女?女、女ね。ああ来た来た。来ましたよ。んー、そっち(ハツヨが行ったのとは見当違いの方を指さす)。
極粋会の男2 (男1に)おい、行くぞ。

男たち、去る。

演歌師 なんだ、演歌師かって。何様のつもりだい、えばりやがって。・・・せっかくいい気分だったのに、興ざめもいいところ。さ、行くか。(歌いながら)ラメチャンタラギッチョンチョンデ パイノパイノパイ パリコトパナナデ フライフライフライ・・・。

歌が始まると、女給2が出てきて、手にした垂れ幕を垂らす。

「昭和二年六月 四条師団通 カフェーヤマニ」

北修と速田の2人だけ。けだるい午後といった感じ。

北修  大将よ。何ちゅうか、昼間のカフェーってのは、静かなもんだな。
速田  コーヒー一杯でも歓迎なんですけどね。でも、やっぱりヤマニは夜という印象が強いようで。
北修  ふーん、そうなのかい。
速田  ところで、北修さん、聞きましたよ。小熊さんと組んで、またきわどい集まり始めたんですって。(声を潜めて)・・・ヌード写生会。
北修  きわどい集まりたァなんだよ。ちゃんと赤耀社(せきようしゃ)って名前があんだから。あくまで芸術を追求する団体よ。
速田  でも絵なんて描けない奴らが、女のハダカ見たさに会費払って何人も集まってるって話じゃないですか。
北修  まあ金もうけの意味もあるからな。でもよ、ウワサ聞きつけて、覗きに来る奴の方が多いんだわ。こう窓の外からカーテン越しにな。俺も小熊もそういう連中追い払うのに忙しくてさ。ハダカ描いてるヒマなんてないわけさ。
速田  それはそれは。
北修  ただそれもいつまで続けられるんだか。
速田  え、なぜ?
北修  小熊だよ。また東京に行くって言い出してんのよ。
速田  ああ。でもまたおっつけ戻って来るんでしょう。
北修  いや、そうでもないんだ。なんせ3度目だからよ。奴も背水の陣だって言ってる。前のように浮ついたところがないんだわ。
速田  そうなんですか。
北修  しょうがない。小熊の代わりに、タケシやヨシオ使うか。
速田  よしなさいよ。そんなところに、あんな坊やたち連れてったら、鼻血出して、倒れちまうよ。

入口の鐘の音。第1幕で登場したアイヌの少年、トージが入ってくる。

北修  おお来たか。ま、こっち来いよ。(速田に)こいつが話してたトージだ。松井東二。ほら大将にあいさつせんか。
トージ ・・・こんちは。
速田  初めまして速田です。
北修  おい、例のもの。

トージ、カバンから自作の木彫りの熊を出し、速田に渡す。

速田  いいのかい?・・・こりゃ、見事だ。
北修  だろ?頼みは2つ。ここにゃ旭川見物の客も来るだろ。だから会計のところにでも置いて、欲しいって奴がいたら、売ってやってくんないか。土産にいいだろ?
速田  そうですね。悪くない。
北修  それと、こいつ、こんなふうに器用だからよ。舞台の装置作りの仕事がある時は、使ってやって欲しいんだわ。俺はいろいろ忙しいしよ。あと、こいつ、こう見えて仲間のアイヌと楽団もやってたんだ。ショーやる時の伴奏なんかもできると思うんだが、どうだい?
速田  わかりました。考えますよ。そういう重宝な人がいれば、うちも助かるし。
北修  頼むな。(トージに)ほら、すぐに礼を言うんだよ、こういう時はよ。
トージ ・・・よろしくお願いします。
北修  声が小せーんだよ。ほんとに、あいそがないんだから。
速田  まあまあ、北修さん。

と、鐘の音。元教師で、社会活動家の佐野文子(さの・ふみこ)が入ってくる。洋装。33歳。

文子  こんにちは。
速田  いらっしゃい。あ、佐野先生じゃないですか。
文子  あら、開店前だった?
速田  いえ、開店してますよ。
文子  そう。人がいないからまだかと思っちゃって。
速田  かんべんしてくださいよ。
文子  コーヒーお願いね。(トージに気付き)あら。

なぜかバツの悪そうなトージ、文子に見つけられて軽く会釈。

速田  なんだ、知り合いなんですか?
文子  まあ、ちょっとね。・・・そっちにいるのは北修さんね?お久しぶり。奥さまはお元気?
北修  はい。あの、お、お元気です。佐野先生も、お元気そうで、なによりです。
文子  絵はちゃんと描いてるの?お酒ばっかり飲んでいるんじゃないの?またどっかで喧嘩したんじゃないの?
北修  いやいやいやいや、とんでもない。そ、そう、矢継ぎ早に言わんでください。ま、真面目にやってますって。
文子  そうなの?また本業ほっといて、ろくでもないことやってるんじゃないの?前に奥さんこぼしてたわよ。
速田  ・・・なんて。するどいんだ。
北修  (速田を目で制して)いやいや、そんなことは、あ、ありませんて。ちゃんと絵、描いてますって。(速田に)ちょっと向こう行って相手しててくれよ。俺、苦手なんだよあの先生。説教多くてさ。
速田  わかりましたよ。今コーヒーやってますから。そのあとね。
文子  なにそこでひそひそ話してんの?また良からぬ相談でしょ。
北修  いえいえ、そんな。違いますよ。良からぬなんて・・・。(トージを呼んで)おい、トージ。こっち来て、ちょっと真面目な仕事の打ち合わせしよう。な、真面目な、真面目。

北修、トージ、文子の様子を伺いながら、脇の席へ。

速田  (コーヒーを運んで)・・・どーぞ。久しぶりですね、先生。
文子  忙しかったのよ。中島遊郭の娘(こ)なんだけど、先月も一人逃げ出したいって娘がいてね。いろんな人に手伝ってもらったんだけど、やっとふるさとの岩手に帰すことができたの。
速田  岩手ねえ。
文子  そうよ。東北からはいっぱい来てんのよ。向こうの農村は、特に貧しいからね。身売りされて。旭川の遊郭にも大勢来てるの。
速田  ま、うちの連中の中にも、同じような理由で東北から流れてきた娘がいますからね、でも、遊郭の奴ら、黙っていないでしょ。
文子  郭の外に出てくるまでが大変なのよ。そこは、私も手助けできないから。出てきてくれたら、すぐいっしょに汽車に乗って遠くまで行っちゃうんで、大丈夫なんだけど。
速田  女はそうですけど、佐野先生ですよ。うらまれますでしょ?
文子  まあ脅されることはしょっちゅうだけどね。私はいいのよ。危険は承知でやってんだから。
速田  去年でしたっけ?遊郭のど真ん中で、逃げ出してここに来いって、自宅の地図入れたビラ撒いたの。あれはたまげたな。
文子  はいはい。さすがにあの時は遊郭の外に連れ出されたけどね。こう両脇かかえられて。でも私は顔が売れてるから、奴らもそう簡単に手は出せないのよ。
速田  さすが娼婦の開放=廃娼運動といえば佐野文子と言われるだけありますね。肝が太いや。
文子  やめてよ。よけいに北修さんに怖がられちゃう。

と、裏口から、タケシが顔を出す。

タケシ ああ、北修さん、よかった。(声をひそめて)お客さん、誰かいる?
北修  いや俺とこいつと、あと佐野先生がいるだけだけど。
タケシ 佐野先生?
北修  廃娼運動の。
タケシ 廃娼運動?ああ。(後ろに向かって)大丈夫だから、中入って。

ヨシオが歩けないでいるハツヨに肩を貸して入ってくる。3人、目が点に。

北修  ・・・ど、ど、どうしたのよ、その娘(こ)?
ヨシオ ああ、後で説明しますから。とりあえず、ここ座って。・・・大将、水お願いできますか?
速田  ああ、ちょっと待って。
文子  いい?見せてもらって。・・・けがは大したことないみたいね。撲られてもいない。で、どうしたの?
ヨシオ ちょうど店の裏の方にいたんです。はだしだし、どうしたのって聞いたら、逃げてきたって。
ヨシオ 途中で転んで、足くじいたようなんですよね。歩けなくなって、隠れてたみたいで。
ヨシオ どうも極粋会の連中に追われているようなんです。連中が血相変えて走っていったの見ましたから。
ハツヨ ・・・あの、すみません、迷惑かけて。落ち着いたら、すぐ出ていきますから。
北修  すぐ出てゆくって。とてもそんな感じじゃないな。なんか事情があるんだろ?
ハツヨ ・・・。
文子  大丈夫だよ。ここにいる人たちは、誰が追って来ようと、すんなりあんたを引き渡したりしないから。身なりから言ったら、どっかの店で働かされていたかしたんだろ?
ハツヨ ・・・はい、その通りです。15丁目にある「たまや」って店で、酌婦してました。
北修  ん、「たまや」っていやぁ。
タケシ 知ってんですか?
北修  いや行ったことはないが、あんま品のいい店じゃあないな。
ハツヨ はい。なので・・・。
北修  逃げ出したってわけだ。あんたいくつだい?
ハツヨ もうじき17になります。
文子  じゃあその店で働くには、わけがあるはずだね。
ハツヨ ・・・はい(考える)。
文子  いいよ、すぐ言いたくなきゃ。
ハツヨ ・・・いえ、話します。・・・私は江上ハツヨといいます。うちはもともと永山で雑貨を商っていたんですが、父さんが急に病気で死んでしまって。そしたらたくさん借金があったことが分かったんです。で、その借金を返せないのなら、ここで働けって。
文子  金貸しが、その店に押し込んだということね。
速田  おそらく極粋会の連中は、その店か金貸しに頼まれて、彼女の行方を追ってるんでしょう。そういうのがあいつらの仕事だから。
ハツヨ ・・・あたし、お酒の相手をするだけならいいんです。でも来月からお客を取れって言われて・・・。
 
一同、顔を見合わせる。

文子  わかった。ハツヨさん。わたしは佐野ってもんだけど、あんたみたいな境遇の娘のことはよく知ってるの。だから、そんな店に戻させはしない。みんなで守るからさ。安心しなさい。
ハツヨ いえ、そんな。見ず知らずの皆さんに迷惑かけるわけにはいきません。(ふところから写真を出し)・・・あの、ここに連絡していただけないでしょうか。兄さんがいるんです。
北修  ん、どれ?(写真を受け取って)これ、家族かい?
ハツヨ はい。裏に兄さんの居所が。
北修  (裏を見て)・・・こりゃ驚いた。(文子に渡して)兄貴は黒色青年同盟だってさ。
文子  黒色青年同盟って、聞いたことはあるけど。
速田  極粋会と対立してるアナキストの組織ですよ。これは話が複雑になりそうだな。
ハツヨ 兄さんは、父さんが死んだあと学校を辞めて。そしたら今度は母さんがふせってしまったので、働きながら面倒を見ているんです。いろんな仕事を渡り歩いて、いまはそこで厄介になってるって言ってました。そこの人たちの力を借りて、店辞めさせてやるからもう少し待ってろって。
北修  なるほどね。わかった。トージ、お前、ひとっ走り行って、この娘の兄貴呼んできてくんないか。時間、あんだろ。
トージ ・・・。
北修  ん?どうした?
トージ ・・・それは、ちょっと勘弁してください。北修さんには悪いけど。
北修  なんだよ?勘弁してくれって。
トージ ・・・関わり合いになりたくないんすよ。極粋会の関係者は、地元で顔の人が多いし、俺ら、ただでさえ邪険にされてんのに、余計なことして恨まれたくないんですよ。
タケシ 何よ、その余計な事って。
トージ だから、お前ら学生と、俺らは違うんだよ。
タケシ 何だって。
北修  分かった。待てよ。(ため息)・・・わかったから。いいよ。おめーはよ。・・・タケシ、行ってくれっか?

タケシ 北修から写真を受け取り、無言で裏口から出てゆく。

ハツヨ ・・・あの、兄が来たら、すぐ出てゆきますから。これ以上、迷惑はかけられないし。(トージに)あなたも、もうここにいない方が・・・。
トージ ・・・じゃ、悪いですけど、俺はこれで。
北修  ・・・。
トージ (いったん外に出るが、すぐに戻り)北修さん。何となく外が騒がしい。その娘(こ)、隠しといたほうがいい感じですね。
北修  ん、誰かいるんかい?
トージ (北修を手で呼んで)向こうにいる奴、そうじゃないかと思うんですよね。
北修  (同じく外をうかがって)・・・わかった。いいから、お前は行けよ。
トージ (うなづいて)それじゃ。(出てゆく)
ヨシオ (2人の後ろから外を見ていて)・・・あ、このあいだここに来た奴がいる。いそがないと、来ますよ。
文子  (速田に)ここには、女給さんが着替える部屋かなんかないの?
速田  ああ、それなら2階に。
文子  じゃ、あなたは外に出て時間を稼いで。
ヨシオ あ・・・はい。
文子  北修さんは、その娘(こ)おぶって2階に行って。
北修  え、俺?
文子  速田さんはここにいないと、あやしまれるから。
北修  ・・・ああ、わ、わかった(速田に手伝ってもらって、ハツヨをおぶり、2階へ)。
速田  北修さん。一番奥の部屋だからね。まだだれも来ていないから。鍵は空いてる。
ヨシオの声 ・・・だから、誰も来ちゃいませんよ。うたぐりぶかいなあ。(鐘の音とともに、後ずさりしながら入ってくる)。え、なにもごまかしちゃいませんよ。
極粋会1 (ヨシオを押しのけるようにして入ってくる)だから、はんかくせ
     ーことすんなって言ってんだろうが、この小僧はよ。
極粋会2 おう、邪魔するよ。

鐘の音。遅れて、極粋会の男3とカタオカが入ってくる。

カタオカ 速田さん。何故かここに来るときは、同じような状況だねえ。若い女が来ている筈なんだが、出してもらおうか。
速田  若い女?ここは若い女たくさんいるからね。誰の事ですかね。もっともまだどの娘(こ)も出てきていませんが・・・。
極粋会3 はんかくせーよ。出せよ。
速田  どなたをお探しなんですか?カタオカさん。
カタオカ うん。よくある話なんだが、借金を踏み倒して逃げてしまった女がいてね。店主が困り果ててるんですよ。
速田  ・・・で?
カタオカ なんせ額が大きくてね。働いて返すからって泣きつくんで雇ってやったのに、恩をあだで返されたって。店主さんが泣いてるんですよ。あなたも同じ水商売の経営者なら、わかるでしょ?
文子  何が泣いているよさ。弱い立場の女を食い物にしているくせに。そういうあこぎなやり方は、認められないんだよ。
カタオカ ・・・これはこれは、佐野先生ではないですか。最近は、遊郭だけではなくて、カフェーにもお出かけなんですね。
文子  あんたも右翼なら右翼で、ちゃんと政治活動しなよ。こんな用心棒のようなことやってないでさ。
カタオカ (無視して)速田さん、あなた、今は流行っているからいいものの、だんだんと商売がしにくくなりますよ。みんな借金抱えてる従業員には神経をとがらせてるんだ。今回みたいな踏み倒しが横行したら、たまらないってね。
速田  うちは借金の返済のために、女の子を働かせるような商売はしてないから関係ないよ。(カタオカの前に出て)カタオカさん。そもそもこの店には、あんたたちが探しているような女はいない。帰ってくれるね。
カタオカ ・・・わかりました。佐野先生もおいでになっていることだし、きょうのところは引き揚げましょう。おい。(引き揚げかけて)・・・ただあんまり深入りするのは止めた方がいいですよ。我々には我々のメンツってもんがありますから。・・・では。

カタオカら去る。鐘の音。

ヨシオ ・・・ああ疲れた。なんかあいつが来るとやたらと緊張感みなぎらせてるんで、こっちまで疲れますよね。
速田  ああやって、突っ張ってないと、いられないんだろうさ。もともとはおとなしい人だったんだが。
ヨシオ 大将、知ってるんですか?
速田  ああ、同じ旭川だから、ちょっとはね。下っ端の時は目立たなかったんだが、役職に就いてから急に変わってね。根が真面目なんだろうね。だから無理してでも自分の役目を果たそうとする。力抜きゃあいいのに。
文子  あら大将もなかなか力が入ってたわよ。これからああいう連中と関わる時は、お願いしようかしら。
速田  先生、止めてくださいよ。
文子  さて、これからだね。まずはどこに匿うか。家に連れて行こうかと思ってたけど、私が絡んでるのが奴らに知れちゃったからね。場所もよく知られているし、ちょっと無理ね。

タケシが裏口から顔を出しているのに、ヨシオが気付く。

ヨシオ あ、タケシ。なにやってんの?

タケシ ・・・なんかバタバタしてたみたいだったんで。大丈夫?
速田  平気だよ。極粋会が来てたんだけど、もう帰った。

タケシ入ってくる。

タケシ ああ、やっぱり用心しといてよかった。鉢合わせするとまずいからね。
(後ろに)こっち。入ってください。

ハツヨの兄、江上栄二(えがみ・えいじ)。18歳。次いでウメハラが入ってくる。

速田  あら、あんたも。
ウメハラ うちの江上の身内が世話になったって聞いたもんですから。いっしょさせてもらいました。
エイジ あの、妹は?
速田  2階にいます。ヨシオ君、お兄さん、連れてってあげて。
ヨシオ はい。こっちです(2階に連れて行く)。
速田  いつぞやの騒動以来だね。あんときはあんたが追われてたっけ。
ウメハラ その節はご面倒をかけました。
速田  (視線に気づいて)ああ、そちらは佐野文子先生。きょうはたまたま店に来ていて・・・。
ウメハラ お名前は存じています。廃娼運動の闘士としてご高名で。(頭を下げる)黒色青年同盟旭川支部のウメハラと申します。今回は、ご迷惑をかけて。
文子  佐野です。迷惑なんかかかっちゃいないわよ。ウメハラさん、ハツヨさんのお兄さんはいつから?
ウメハラ ・・・ああ、彼は江上栄二といいます。ハツヨさんとは年子の兄です。去年の暮れでしたかね。当時うちが労働争議に関わっていた工場で働いていたんですが、劣悪な環境でね。話を聞いたら悲惨な境遇で。で、活動員に誘ったんですよ。
速田  その時に、ハツヨさんの事も?
ウメハラ そうです。聞きました。ひどい話なんで、経営者というか、店主を糾弾しようと考えていたんですが、その前に店を抜け出してしまったということなんですよ。我々の方針をちゃんと説明しておけばよかったよかったんですが。まことに面目ない。
文子  ちょっと、抜け出してしまったって言い種はないんじゃないの。体を売ることを強要されかねないところだったのよ。
ウメハラ いえいえ、先生、そういう意味ではないんです。ハツヨさんには何も罪はないのはわかっているんです。ただ時期的に。
文子  時期的って何よ。・・・気に入らないね、私は(横を向いてしまう)。
ウメハラ ・・・。

エイジが戻ってくる。

エイジ ・・・あの。
速田  ああ、エイジさんでしたっけ。ハツヨさん、どうでした?
エイジ 思ったより元気で、そこは良かったです。・・・(ウメハラに)支部長、やっぱり極粋会に手配が回っているようなんです。家に連れて行ってもすぐに知れるだろうし。どこに連れてったら?
ウメハラ エイジ君、まずは落ち着くこと。奴らは奴らでメンツをかけて連れ戻しにかかるだろうが、大丈夫。うちはうちで、全力をあげてハツヨさんを守る。同盟の力は、君が考えている以上なんだ。だから極粋会の好きにはさせない。そこは信じてくれていい。
速田  でも極粋会に目ぇ付けられてるという意味では、あんたたちは筆頭だろ?どっか極粋会が全く知らないところで匿った方がいいと思うんだが。
ウメハラ 速田さん。お言葉ですが、我々にはたくさんの支援者がいます。大丈夫ですよ。奴らには指一本触れさせません。エイジ君。うちの組織で、ハツヨさんを守る。それでいいね?
エイジ ・・・はい。それは、支部長にお任せしてますんで。
ウメハラ うん、じゃ、夜になったらハツヨさんを連れだそう。それまではそばに付いていてあげるんだ。僕はいったん事務所に戻って、算段を付けてくる。いいね。
エイジ はい、わかりました。
ウメハラ 速田さん。ということで、ご面倒をかけますが、もうしばらく力をお貸しください。
速田  (何となく納得いかないが)ああ、それはかまわないが・・・。
ウメハラ では、また夜に(裏口から去る)。

    (間)

速田  (エイジに)・・・これ、おにぎり。2階に持って行ってあげて。
エイジ あ、ありがとうございます。持っていきます。(2階に)。

3人、エイジが2階に行くのを見届けて。

タケシ ・・・俺、ウメハラって嫌いだなー。こんなことになってるのに、逆になんかうれしそうな感じじゃん。指図しちゃって。
速田  先生、いいんですかね、あいつらに任せて。
文子  ・・・ま、実の兄さんがそうするって言ってるわけだしね。私達にもこれと言っていいあてがあるわけでもないし。・・・まあ、大丈夫よ。彼等も素人じゃないようだし、今回は任せましょう。
速田  ・・・わかりました。・・・そういえば、北修さんはどうしたんだっけ?確か2階に行ったっきりだよな。
ヨシオ (降りてくる)・・・あの、皆さん手貸してくれませんか。
速田  えっ、ハツヨさんがどうかした?
ヨシオ いや北修さんなんですよ。実は、さっきおんぶして2階に行ったとき、ぎっくり腰やっちゃったみたいで。動けないそうなんです。
3人  えーっ。

暗転。

(続く)




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