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写真とコメントで紹介する旭川の郷土史エピソード集

歴史群像劇「旭川グラフィティザ・ゴールデンエイジ」(前半)

2017-02-06 20:00:00 | 郷土史エピソード
以前、このブログで、大正の末から昭和初めにかけ、旭川にキラ星のような若き才能が集い、交錯し、切磋琢磨した奇跡のような一時期=「ゴールデンエイジ」があったことについて書きました。
詩人、小熊秀雄と今野大力、画家、高橋北修、歌人、斎藤史、カフェー経営者、速田弘・・・。
当時、彼らのほとんどは20代。
その才能は、まだつぼみか、開花の途中でしたが、「自分はこうありたい」という旺盛なエネルギーはくっきりとした軌跡となって旭川の歴史に刻み込まれています。
そうした事実を、より多くの方、特に若い世代に知っていただきたいと、このほど、大正13年から昭和3年までの旭川を舞台にした劇を考えました。
劇では、この時代を実際に生きた人々とともに、架空の登場人物である10代の男女が登場、小熊、北修といった個性豊かな人々との出会いを通して自らの生きる目的を見つけていきます。
また劇中に起きるさまざまな出来事はあくまでフィクションですが、その多くが実際に旭川であった事実を元に、作者が想像を加えて描いています。
なお将来、この戯曲を上演することができないか、旭川の演劇関係者やNPO法人の皆さんと話を始めているところです。
今回は、まず前半(1幕目)を掲載します。
普段のブログと違って戯曲の形式は慣れないかと思いますが、ぜひお楽しみください。


                   **********


<歴史群像劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ(前半)」(作・那須敦志)>

* 主要キャスト(架空の人物)・・・

○ ヨシオ(渡部義雄) 
○ タケシ(塚本武) 
○ ハツヨ(江上ハツヨ) 
○ エイジ(江上栄次) 
○ トージ(松井搭司)
○ ウメハラ(梅原竜也) 
○ カタオカ(片岡愛次郎) 

* 主要キャスト(実在の人物)・・・

○ 小熊秀雄・詩人
○ 高橋北修・画家
○ 速田弘・カフェー「ヤマニ」店主
○ 斉藤史・のちの女流歌人
○ 佐野文子・社会活動家
○ 今野大力・詩人
○ 鈴木政輝・詩人
○ 小池栄寿・詩人
○ 田上義也・建築家
○ 町井八郎・楽器店店主
○ ヴィクトル・スタルヒン・のちの大投手
○ 三浦綾子・のちのベストセラー作家

* 舞台に登場する主な歴史上の出来事

○ 大正12(1923)年 9月 関東大震災
○ 大正13(1924)年10月 旭ビルディングで「犬に喰われた絵」騒動
○ 大正14(1925)年 6月 活動写真館、第一神田館焼失
○ 大正15(1926)年 5月 糸屋銀行破たん・十勝岳噴火で死傷者多数
○ 大正15(1926)年12月 大正天皇崩御、昭和に改元
○ 昭和 2(1927)年 1月 昭和恐慌始まる
○ 昭和 2(1927)年 6月 右翼と左翼が常盤橋で大乱闘


(第1幕 ACT1 プロローグ)

舞台中央奥にスクリーン、上手脇に演題。
女給1登場、深々とお辞儀して「東西声」2声、手にした垂れ幕を垂らす。


「大正十四年六月 三条師団通 第一神田館」

活弁士の声 え、もう始めちゃうの。待って、まだ心の準備ができていないんだから。え、くだくだ言うなって。え、そんな、あーっ。

舞台に押し出される活弁士。ぶかぶかの背広に、蝶ネクタイ。ちょび髭も生やしているが、何となく女性っぽい。

活弁士 もう乱暴なんだから。(気を取り直して)えー、おほん・・・。お集まりの紳士織女の皆さま、本日は、ご当地初の常設活動写真館、第一神田館への御来場、誠にありがとうございます。心より御礼申し上げます。これより上映いたしますは、「躍進する北都 大(グレイト)旭川」でございます。お時間まで、どうぞごゆっくりとご観覧ください。それではミュージック、スタート!

と、流れ出すのは、ご存じ「美しき天然」の哀愁のメロディー。
同時に、カタカタと映写機が回る音も。
スクリーンには「躍進する北都 大旭川The North Capital Witch Makes Progress. Great Asahikawa」の文字。
次いで大正末から昭和初期の旭川の映像が流れ始める。


活弁士 さて皆さま。この雄大な上川盆地に、神居、旭川、そして永山の三村が設置されましたのは、今をさかのぼること35年前、明治23年の秋のことでございます。翌、明治24年には、まず永山、次いで旭川の両兵村に屯田兵が入植し、31年には、住民待望の旭川駅が盛大に開業いたします。2年後には、町制が施行されまして、旭川村が旭川町に。さらに札幌からの陸軍第七師団の移駐が完了。それまで町はずれの田舎道にすぎなかったいまの師団通、名実ともに旭川一のメインストリートとなったのでございます。さらに北都、旭川の発展の歩みは続きます。大正5年には旭川初の本格都市公園、常磐公園が開園。そして3年前の大正11年8月、悲願の市制施行の記念式典が盛大に挙行され、旭川市となったことは記憶に新しいことでございます。開村時には、わずか3000人ほどだった人口も、いまでは6万5000を数えるほどに急増しております。今後も発展が見込まれる大旭川。どんな未来が待っているのか。50年後、100年後の姿を見てみたいという思いに、熱く熱くかられるのでございます。「躍進する北都 大(グレイト)旭川」。これにておしまい。ご観覧、まことにありがとうございました。
・・・はい。こんなもんですかね。よろしいですか? じゃ、これで試写、終わりまーす。・・・あれ、なんか焦臭くないですか? そこ、映写機から火が出てるんじゃない?やばい。火事ですよ、こりゃ。水、水ないの水。フィルムって燃えやすいんだからさ。あら、こりゃたまらない。

スクリーンにも火が。周りで騒ぐ声。

活弁士 (煙にむせて)・・・ダメだ。周りにも火がついて、手が付けらんない。みんな、逃げなきゃ。逃げてーッ!

真っ赤に染まる舞台。

暗転。




(画像1)第一神田館(大正時代)



(第1幕 ACT2)

女給2現れる(エピグラフ朗唱)。

女給2 おゝ平坦な地平に人は皆打伏す時
    我は一人楼閣を築かふ
    人が又我を真似るならば
    我は地下のどん底に沈む
    あらゆる者の生長する時
    我はいと小さくちゞんで行く
    人が皆美しく作り飾る時
    我は最もみにくゝ生きやう (今野大力・わが願ひ)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十三年十月 四条師団通 旭ビルディング 旭川美術協会作品展会場」

舞台明るくなると、そこはビル4階の催事場。展示される作品が壁際にいくつも立てかけてある。長身痩躯、眼光の鋭い男が作品を眺めている。画家、高橋北修(たかはし・ほくしゅう)26歳。一つ一つ手に取るが、どれも面白くない。1枚の抽象画を手に取るが、首をかしげる。と、作品を横にする。また首をかしげる。逆さにする。やはりなんだかわからない。首をかしげすぎて痛めてしまう。深いため息。そこに2人がかりで大きな絵を運んでくる若者。旭川師範学校1年の渡部義雄(わたべ・よしお)15歳と、塚本武(つかもと・たけし)15歳。その後ろにやはり大きな絵を抱えた同級生。

タケシ 北修さん。運んでいる最中にいなくならないでくださいよ。俺ら指示してくれなきゃわからないんだから。
ヨシオ (まあ、まあととりなし)あの、これはどこに置けばいいですか。
北修  おお、これは失敬、失敬。そうだな、それは・・・こ、ここらへんに置いてみようか。ここんとこな。あと、そ、それは、そっちな(あせると、少しどもる人のようだ)。
 
3人、指示された場所に絵を運ぶと、すわりこんで汗を拭く。

タケシ やっぱり旭川一の高いビルディングだけあるよ。1階から4階まで何度も往復するのはしんどいや。北修さん、話が違いますよ。ちょっと絵を飾る手伝いをするだけって言ってたのに。これじゃ手伝い賃を奮発してもらわなきゃ。なあ。
ヨシオ (笑みを浮かべて)いやあ、といってねえ・・・。
タケシ こいつなんか、もうかなりへばってますよ。お前さ、大丈夫?
同級生 (笑うしかない)いやあ、あははは。足、パンパン。
北修  (運んできた絵の梱包を外しながら)いい若いもんが、何言ってんだ。体鍛えるいい機会じゃねえか。まあちょっと休憩してろ。
3人  へーい。 
北修  (梱包を解いた絵を見る。顔を横にしたり、股の間から覗いたり)こーれもわかんねえな。どーも俺にゃ、抽象画って奴は性に合わねえんだよなあ。
タケシ わからないと言えば、北修さん、下の階にもとんでもないのがありましたよ。何と言ったっけ、あの旭川新聞の記者さん。
ヨシオ 小熊秀雄(おぐま・ひでお)さんだよ。別名、黒珊瑚。
タケシ そうそう、黒珊瑚、黒珊瑚。でも驚いたよね。何が描いてあるのかわからない上に、絵のど真ん中に本物のシャケの尾っぽが貼りつけてあるんだから。
ヨシオ あれは僕も驚いたな。コラージュって言うんですか。シャケのほかに、新聞紙も貼ってあった。見に来た人は、びっくりしますよね。
北修  ・・・おう、お前らよく聞け。あ、あんなのはな単なるこけおどしよ。あいつはなあ、いつもそうなんだ。か、変わったことをすりゃ、芸術になると思っていやがる。絵をなめていやがるんだ。だ、だいたいあの頭だってそうだろう。あのもじゃもじゃ頭が、モ、モダンだと言いやがる。

当の小熊秀雄23歳が、詩人仲間の小池栄寿(こいけ・よしひさ)20歳とともにやってくる。

小熊  誰がもじゃもじゃ頭だって。これは天然のパーパネントウエイブと言ってほしいな。ところで喜伝司(きでんじ)、まだほとんど絵を飾ってないじゃないか。この調子じゃ明日の開幕に間に合わなくなるぞ。搬入は俺に任せろって言ったのは、喜伝司、お前だろ。
栄寿  まあまあ小熊さん。そのために労賃払って旭川師範学校の精鋭に来てもらっているんだから。な、君たち、大丈夫だよな。
ヨシオ (3人顔を見渡して)・・・ああ、はい。大丈夫だと思います。とりあえず作品の搬入はほぼ終わったんで。あとは、梱包されてるのは外して、飾っていくだけですね。
栄寿  (小熊に)と、いうことだそうですよ。
小熊  この子らかい。師範学校の文芸部ってのは。
栄寿  ああ、小熊さんにはまだ会っていなかったっけ。
ヨシオ (立ち上がって)あ、はい。あの1年の渡部義雄です。よろしくお願いします。
タケシ (同じく立ち上がって)同じく塚本武です。ほんとに黒珊瑚みたいなんですね(余計なこと言うなと、ヨシオに肘で脇を突かれる)。・・・なんだよ。
同級生 (立ち上がれない)あの、ぼくは・・・。
小熊  ああ、いいよいいよ。休んでて。(3人に向かって)旭川新聞で、文芸欄を担当している小熊秀雄です。まあ絵は本業ではないんだが、描くことは好きでね。で、今回も顔をそろえているってところです。な、喜伝司。
北修  (答えない)
ヨシオ (小声で)喜伝司って?
タケシ 北修さんの本名らしいよ。

がっしりとした体つきの少年がやってくる。松井東二(まつい・とーじ)14歳。

トージ 小池さん。下の作業は終わりましたよ。あと何やればいいんすか
栄寿  おう、悪いね。まだ細かい作業があるんだよな。今、行くからさ。
トージ (いらだっている)早く片付けちゃいたいんですよね。これ終わったら、別のところで仕事あるんで。
栄寿  ああ、ほんとに悪い。すぐ行くからさ、先、行っててよ。
トージ ・・・(不満)。
栄寿  いい?
トージ (軽くため息)・・・わかりました。(ヨシオらを見ながら)俺らは、休んでるヒマはないんで。よ・ろ・し・く、お願いします。(出てゆく)
タケシ ・・・何だよ。あいつ、感じわりーな。誰だよ。
ヨシオ (知らない)。
小熊  ・・・奴はトージ。松井東二。近文コタンでは、ちったあ知られた名さ。親父とは飲み友達だったんだが、去年死んじまってね。だからあの年で、あちこち行っちゃあ稼いでる。今回も、いい仕事があるぞって、俺と喜伝司で誘ったんだ。
栄寿  うん。たしか君らより一っこ下じゃなかったかな。無愛想だけど、悪いやつじゃないんだよ・・・。おっと、ぼやぼやしてると、トージにしかられる。(同級生に)そうだ、下はもう力作業はないんで、君手伝ってくれる。お2人さん、彼借りて大丈夫かな?
ヨシオ そうしてください。彼もその方がいいと思うんで。(タケシに)いいよな。
タケシ ああ、大丈夫ですよ、俺らは。
栄寿  じゃ、外した梱包材は、できるだけまとめてひもで縛っておくこと。あとで別の子たちに取りに来させます。あと、作品の掲示が終わったら、作品名と作者名を書いた紙があるんで、取りに来るように。では、ここは皆さんに任せますよ。君、いいかい。じゃ、いくよ(去る)。
同級生 (急に元気になって、栄寿についてゆく)じゃ、また後でね。
タケシ 何だ、元気あんじゃん、あいつ。
ヨシオ (苦笑する)(小熊に)・・・あの、小池さんって、美術協会の事務局長さんなんですか。
小熊  いや、まったくの部外者だよ。あいつはあんたたちの先輩で、小学校の教師だが、やってるのは詩だ。美術協会には、誰ひとりこういう実務を仕切れるやつがいないんで手伝わされてるっていうことさ。そういう意味では、旭川の芸術界にとっては貴重な人材なんだが、ただそこが詩人としてのやつの限界ともいえる・・・なんてえことを言いまして。ま、君らとは関係のない話しさ。どれどんな作品が来ているのかな(作品を見に行く)。

ヨシオ (タケシに)・・・じゃ、俺らもやるか。
タケシ ああ。

2人、作業を始める。

(間)

北修  ・・・ところで小熊よ。お前が推薦したから出展させてやったんだが、「抽象画研究会」とかいう連中の作品、ここらへんにもあるが、どうにかならんのか。何描いてるか分かんない絵見せられたって客は喜ばんだろうが。(小声で)お前のシャケもそうだけど・・・。
小熊  ああ?聞き捨てならんことを言うな。お前は客を喜ばせるために絵を描いてるのか。第一、芸術は分かる、分からないで評価するもんじゃない。全身全霊で感じるもんだ。
北修  そ、そんなこたあ分かってる。ただ上か下かもわかんねえ絵を見せられても、俺りゃ何も感じねえってことよ。
小熊  あーあ、情けないねえ。自分の認識を超えた新しい作品に出会うと、とたんに拒否反応を示す。それじゃあ、進歩はないじゃないか。喜伝司、だからお前はだめなんだよ。
北修  (切れる)言いやがったなこの野郎。い、いつも言ってんだろ。お、俺はお前より3つも年上なんだから呼び捨ては止めろって。それから、き、喜伝司は本名だけど、言いにくいので北修で通してるんだ。分かったか、このき、菊頭のトンチキ野郎。
小熊  菊頭たあなんだ。このトウヘンボク。(ヨシオとタケシに)いいか、こいつはな、せっかく絵の修行がしたいと東京に行ったのに、震災にあって「こわーい」とか言って命からがら逃げてきた軟弱者だ。しかも仙台では朝鮮人と間違われて警察にしょっぴかれた大間抜けさ。
北修  お前だって、せっかくあのおっかねえ東京に付いていってやったというのに、2か月で尻尾を巻いてとんぼ返りしたじゃないか。どっちが軟弱よ。
小熊  何を。
北修  何だ。

2人つかみ合う。

ヨシオ ちょっと、ちょっと、2人とも止めてください。大人気ないですよ。落ち着きましょうよ。
タケシ そうですよ。まあ、いいじゃないですか。そんな喧嘩するような話じゃないじゃないですか。
小熊・北修 (その言葉に引っかかって2人を見る)ああ?
タケシ ・・・いや、止めましょうよ。喧嘩。
北修  お前、今なんて言った?
タケシ いや、喧嘩止めましょうって。
小熊  いや、その前だ。
タケシ えっ、ああ。・・・まあ、いいじゃないですかって・・・。
北修  おめえは?
ヨシオ あの、大人げないって・・・。

北修、小熊、離れる。

北修  まあ、いいじゃないか?大人げない?お、お前ら何寝ぼけたこと言ってんだ。俺らの世界に、まあいいじゃないかなんてことは、ひ、一つもないんだ。
小熊  そうだ。俺たちが主張することは自分の命そのものだ。それを否定されるってことは、自分を否定されたってことだ。それを喧嘩するような話じゃないと、お前らにどうして言えるんだ
北修  そうよ。お、お前ら、そもそも何なんだ。な、何をもって俺らの話をどうでもいいと断じるんだ。
ヨシオ (気圧される)な、何をもってとか言われても・・・(タケシを見る)。
タケシ (泣きそう)・・・そ、そんな大それた意味は・・・。
小熊・北修 ああ?
2人  (互いに目配せしてうなづき)ごめんなさい。許してください!
小熊・北修 (あきれる)・・・。
小熊  ・・・ダメだ、君たち、全然ダメじゃないか!

と、そこに同級生が駆け込んでくる。
      
同級生 (息を切らせて)あの、た、たいへんです。小池さんが、すぐ北修さんと、小熊さんを連れてくるようにって。
北修  ん?どうした。なんかあったか。
同級生 それが、の、野良犬が下の階に入り込んでいて・・・。
北修  野良犬う?野良犬がどうした。
同級生 絵を、小熊さんの絵を、齧ってるんです!
皆 (顔を見合わせ)エーっ!

暗転。



(画像2)旭ビルディング(昭和初期か)


(第1幕 ACT3)

女給4現れる(エピグラフ朗唱)。

女給4 なつかしい馬の糞茸よ
    お前は今どうしている
    馬の寝息で心をふるわせ
    馬小屋の隅で
    ふしぎに馬にもふまれず
    たっしゃにくらしているか (小熊秀雄 馬の糞茸)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十四年八月 四条師団通 カフェーヤマニ」

速田の声 大正14年夏、我がヤマニ軍は、総力をあげて攻撃するも敵の固い守りに跳ね返され、兵糧も残り少なくなるという窮地にあった。
女給1 隊長殿。われらヤマニ軍。攻勢をかけるも、敵、お大尽の懐はいっこうに緩まず、苦戦を続けております。
女給2 それはお前たちの攻撃が手ぬるいからだ。
女給3 どうすれば、よいでありますか。
女給2 もっと敵のふところに潜り込み、密着して守りを突破するのだ。
女給1・3 はい、隊長殿。もっと敵に密着して攻略します。
女給2 よし、いけー。

テーブルの客1(竹内武雄)に近づく。

女給1 たーさん。きょうは一段といい男。
女給3 ほんと、ほんと、お近づきになりたいわあ。
客1  なんだなんだお前たち。急にお世辞なぞ言い出して。だがわしはそんなことには騙されんぞ。
女給3 あら、たーさんのいけず、そんなことおっしゃってー。
女給1 わたしたち、そんな下心はありませんのよ。
女給3 そうよ、そうよ。たーさんがほんとに素敵だから言っているのに、そんないい方されると悲しいわ。しくしく。
女給1 わたしもしくしく。
客1  いやいやお前たち、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ごめんよ、ごめんよ。さあ、機嫌を直しておくれ。
女給1 やっぱりたーさん。やさしいわー。きょうはたくさんサービスしちゃう。
女給3 わたしも、わたしも。
客1  ほうほう、こりゃ極楽。
女給1・3 (木の機関銃で)隙あり。ダダダダダ。
客1  や、やられた―。(倒れる)。
女給2 (女給4・5に)よし次!お前たちはどんどん酒の弾を撃ち込んで、警戒心をなくしてしまうんだ。
女給4 はい、隊長殿。どんどん酒の弾を撃ち込んで、酔わせてしまいます。
女給2 いけー。

客2(町井八郎)に近づく。

女給4 まーさんって、本当に男らしい。さ、空けちゃってくださいな。
客2  そうかい(飲み干す)。
女給4・5 (拍手)すごーい。さすがー。惚れ直しちゃう。
女給4 さ、もう一杯どうぞ。
女給5 あら、今度はわたしよ。まーさん、わたしのも一気にどーぞ。
客2  え。大丈夫かな。
女給5 大丈夫よ。まーさんなら。男の中の男だもの。
客2  そうかい(飲み干す)
女給4・5 (拍手)すごーい。さすがー。もっと惚れ直しちゃう。
客2  (べろべろに)いやあ、こりゃ天国、天国。
女給4・5 (木の機関銃で)隙あり。ダダダダダ。
客2  いかん、わしもやられた―(倒れる)。
女給5 大正14年夏、こうしてヤマニ軍は、各戦闘員の奮闘で大勝利をおさめたのであった。
女給2 いいかみんな勝どきだ。
女給たち エイエイオー。
女給2 もう一度。
女給たち エイエイオー。

音楽始まる。浅草行進曲ならぬ旭川行進曲。はつらつと歌い踊る女給たち。

恋の灯かがやく 真赤な色に
胸のエプロン どう染まる
花の旭川 なみだ雨

妾(わたし)ゃカフェーの 渦巻くけむに
泣いて笑うて 仇なさけ
恋の旭川 なみだ雨

化粧直して 誰知らさねど
今宵一夜の 命なら
夢の旭川 なみだ雨     (作詞 多蛾谷素一 作曲 塩尻精八)

途中から速田のナレーション入る。

速田  カフェーヤマニ恒例の3分間劇場。きょうは「ヤマニ女給軍、激闘編」をお贈りいたしました。皆さま、盛大な拍手、ありがとうございました。なお当ヤマニでは、この春、始まりました本邦初のラジオ放送の受信免許をいち早く取得。2階特別会場で、旭川では唯一、お客様に無料で聞いていただいております。そちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします。では、この後も、ヤマニでごゆっくりとおすごしください。ありがとうございました。

ナレーションしながら速田弘(はやた・ひろし)が現れる。旭川一のモボと呼ばれたカフェーヤマニ2代目店主。24歳。カウンターの前にはタケシがいる。

タケシ 大将、お疲れ様でした。お水です。
速田  おお、ありがとう。ありがとう。タケシ君。君もボーイ姿が様になってきたね。
タケシ はい、もう働き始めて1か月ですから。
速田  でもいいの学校のほうは。学生の本分は勉学だよ。
タケシ 大丈夫ですよ。今は何と言ってもモボ・モガが最先端じゃないですか。大将のそばにいるだけで勉強になりますから。
速田  こんなことが勉強かね。

ガランガランと入口のドアの鐘が鳴る。店に入ってくる小熊、北修、少し遅れてヨシオ。

小熊  おーい。ヨシオ君、こっちだ、こっちだ。
速田  これは、これは、小熊さんに北修さんまで。あれ、小熊さん、上京したと聞いていましたが。
小熊  いやー、それがね。
北修  また戻ってきちまったんだとさ。今度は何、3か月でとんぼ返りか。少しずつ滞在期間は長くはなっているようだがね。
小熊  今度こそはと思ったんだが、なかなかうまくいかなくてね。いったん戻ってきたってわけさ。まあまた旭川で英気を養って、すぐに挑戦するさ。あ、大将、紹介するよ。師範学校の渡部義雄君。我が詩人結社に参加したての有望株さ。こっちは分かっているよな。旭川カフェー界の風雲児、旭川きってのモボ、速田弘大先生さ。
ヨシオ はじめまして、渡部です。
北修  別名、ヤマニの大将か。儲かってしょうがないんじゃないのか。また仕事回してくれよ。
速田  勘弁してくださいよ北修さん。ヨシオ君、君のことはタケシ君から聞いているよ。ここはお酒を飲まない人も来るところだから、ちょくちょくお寄んなさい。
ヨシオ はい、ありがとうございます。
速田  北修さん。時間ありますか。実は今度計画している店のイベントで手伝ってもらいたいことがあるんですが。
北修  お、商売の話かい。あるよ、あるよ。時間なんて掃いて捨てるほどあるよ。

2人店の奥に。小熊は、すでに店にいる詩人グループの席に。

タケシ (ヨシオを引っ張って)どうしたんだよ、お前。こんなところに来て。
ヨシオ 小熊さんに詩の結社の集まりがあるから来いと言われたんだよ。それにお前のことも気になってたし。・・・それにしてもすごいな。さすが旭川一のカフェーだな。
タケシ そりゃそうよ。ここの大将は何をやってもスケールがでかいのさ。俺はもう心服しているの。
ヨシオ 何が心服だよ。お前はね、なんにでも影響されやすいんだから、少し頭を冷やせよ。学校休んでばかりじゃないか。・・・まあいいや。ここって旭川の文化人のたまり場なんだろう?どういう人が来るの?
タケシ きょうもたくさん来てるよ。・・・教えてやろうか。
ヨシオ え、お前。そういうたちの名前分かるの?
タケシ 当たり前よ。・・・では、ちとお時間を拝借。ターイム・ストップ!

タケシの掛け声とともに、全員ストップモーション。立って話をしている3人にスポット。町井八郎(まちい・はちろう)・26歳、竹内武雄(たけうち・たけお)・30歳、田上義也(たのうえ・よしや)・27歳。

タケシ (駆け寄って)ここが音楽・建築関係だな。この人が町井八郎さん。吹奏楽にかけちゃ旭川で右に出る人はいない。町井さん、一言、お願いします。
町井  あ、町井です。去年、3条通に開店した町井楽器店の店主をしてます。
タケシ この人は竹内武雄さん。北海タイムスの旭川支社長さんさ。ちょっと先になるけど、この2人の発案ですごい企画が始まるんだ。ですよね?
竹内  はい。4年後になりますが、私達が中心になって音楽大行進という催しを始めます。長く続いてくれるといいんですが。
タケシ うん、きっと大丈夫ですよ。で、この人は札幌から来てるんだけど、建築家の田上義也さん。驚くなよ。なんてたって東京の帝国ホテルを設計したかのフランク・ロイド・ライトの弟子よ。これも先になるけど、ヤマニをかっこよく改装してくれるんだ。
田上  はい、その通りです。いずれも速田さんの依頼なんですが、旭川では3つのお店の設計をさせていただきました。
タケシ では次。(3人は連れ立って奥に消える)

別の場所で談笑する3人にスポット。加藤顕清(かとう・けんせい)・32歳、酒井広治(さかい・ひろじ)・32歳、佐藤市太郎(さとう・いちたろう)・58歳。

タケシ (そちらに移り)こっちは重鎮がお揃いだな。この人は加藤顕清さん。去年帝展に入選したすごい彫刻家さ。
加藤  私、今は東京で活動してますけど、育ちは旭川でね。今回は個展を開くために帰ってきてます。
タケシ この人の作品は7条緑道にたくさん飾られることになるんで、見といた方がいいよ。次はこの人、短歌の酒井広治さん。東京時代は北原白秋の一番弟子と呼ばれた人なんだけど、旭川信金の初代理事長になる人でもあるんだ。実は、来月、白秋が酒井さんを訪ねて旭川にやって来る。ですよね?
酒井  そう、急に連絡が入るんだが、実はわたし、このあと札幌の病院に入院してしまうんだな。なので、ほかの皆さんに接待を頼むことになるんだ、情けない。
タケシ おしまいはこの人、佐藤市太郎さん。速田さんはヤマニの大将だけど、こちらは活動写真館、神田館の大将。もともとは床屋さんだったんだけど、興業の世界に乗り出して大成功。いまじゃ全道各地に6つも映画館を持ってるんだ。ただ劇の初めに見てもらったけど旭川の第一神田館は、このあと火事を出して燃えちゃうんだけどね。
佐藤  え、なに火事って。何の話?聞いてないよ。
タケシ あ、ごめんなさい。ただの独り言だから気にしないで。(ヨシオの方を向いて)ま、こんなもんだ。
佐藤  気にしないでったって。ちょっと待ってよ君・・・。
タケシ ああごめんなさいね。これで終わりだから。では(指を鳴らすと、ストップモーションが解ける)。

佐藤、加藤・酒井になだめられながら奥に消える。

ヨシオ (拍手)お前、すごいな。なんか、預言者みたいなところもあったけど。そこは気にしないでもらうとして、よくわかったよ。すごい人たちが、ここに集まっているわけだ。
タケシ ちょっと見直した?
ヨシオ (何度もうなづく)
小熊  おーい。ヨシオ君。何やってるんだ。早くこっちに来いよ。みんなに紹介するから。
ヨシオ あ、すいません。すぐ行きます。(タケシに)じゃ、あとでな。

詩人グループの席に行くヨシオ。そこには、小熊のほか、鈴木政輝(すずき・まさてる)、今野大力(こんの・だいりき)、小池栄寿(皆21歳)の若手詩人たち。

ヨシオ すいません、遅くなって。
小熊  彼が話をしていた渡部君だ。栄寿は美術展の時に会ってるよな。こっちが鈴木政輝くん。この春、日大に進学して、今は帰省中だ。こっちは今野大力くん。郵便局に勤めている。
政輝  小熊さん、彼の書いた詩、この間、旭川新聞の文芸欄に載っていましたね。
小熊  うん、知り合いだから選んだってことじゃないよ。悪くはなかったろ。
政輝  思いが素直に表れているところは好感を持ちましたね。僕の流儀ではないですが。渡部君、詩はいつごろから書いているの。
ヨシオ まだ半年ほど前からです。新聞には載せてもらいましたが、まだ自分の思いをどう表現していいか、わからなくて・・・。
栄寿  まあ、そういう時期はあまり悩まずにどんどん書くべきだと思うな。書いていけば自然と自分の形ができてくる。今野君はそうじゃなかった?
大力  いや、自分もまだどう書いていいのかわからないです。自分の気持ちにふさわしい言葉が何日も出てこないことがあります。
小熊  なるほどねえ。でも珍しいな。大力がこういう席に出てくるのは。心境に変化でもあったか。いやこれは歓迎の気持ちをこめて言ってるんだが・・・。
大力  いや、鈴木君が旭川に帰ってきていると聞いたんで・・・。
小熊  諸君、これが今野大力だよ。友のためにあえて苦手な場にも出てくる。人間性だね。
大力  そんなんじゃないですから。
政輝  でも、僕もこうして会えてうれしいよ。

タケシの声 あの、すみません。困ります。
極粋会の男1の声 いーから、ここに入っていくのを見た奴がいるんだよ。

入口の鐘の音。タケシと極粋会の男たち、店の中に入ってくる。

タケシ 営業中なんすよ。本当に困ります。
極粋会の男2 うるっせーよ。おめーら、やつを匿うつもりなのかよ。
タケシ 何のことか、わかりませんよ。だから、困りますって。

速田と北修が奥から出てくる。

速田  タケシ君、どうしたの?その方たちは?
タケシ すみません大将。なにか探してる男がこの店にいるとか。
極粋会の男3 おう、おめえ店長だよな。黒色青年同盟のウメハラって男な。ここにいるはずなんだ。出してもらおうか。
速田  黒色青年同盟のウメハラさん?さて、何かの間違いじゃないですか。ここにはそんな人は来ていませんよ。
極粋会1 ふざけんな。だからここに入っていくのを見た奴がいんだよ。とっとと出せよ。
カタオカ まあ、ちょっと待て。(速田に)速田さんですね。旭川極粋会で行動部長をしています片岡と申します。実は、黒色青年同盟ってアナキスト、無政府主義者のグループがありましてね。そこにウメハラって男が、うちの会と関係のある町工場で悪さをしたんですよ。そこでうちの若い者が話をしようと呼びに行ったらいきなり駆け出していなくなてしまった。で、探してたら、この店に入るのが目撃されたというわけなんです。ということで、お引渡し願えないですかね。
速田  カタオカさん。きょうお店に来ていただいているのは、皆知っている方ばかりでね。そのウメハラさんを見たって人は、誰かとお間違いになったじゃないですか?
カタオカ 速田さん。ご存じだと思うが、うちは旭川の純粋な愛国者の善意で支えれられている団体だ。一方、黒色青年同盟っていうのは、日本の国体を否定するような狂信的な極左、アカの集まりです。我々はそんな奴らに天誅を加えるために行動しているわけです。ご理解いただけますよね。
極粋会2 おう、行動部長がこうやって言ってんだ。なめてねーで、さっさとウメハラ出せよ(突っかかろうとする)。
小熊  あーあ、今日日の蠅は、ブンブン飛び回るだけじゃなく、ギャーギャー喚くようになったんかね。うるさくってしょーがねえな。あ、「五月蠅い」ってのは、5月の蠅と書くのか、今は7月だから季節外れでギャーギャー言ってんのかもしんないな。

以下のやり取りの間に速田、タケシに耳打ち。タケシ、カウンターの中に入り、ヨシオ呼ぶ。ヨシオ来ると、カウンターの下にいったん隠れる。

極粋会2 何だと。誰だてめえ。
極粋会3 俺たちが蠅だって?いい度胸してんじゃねえか。
北修  ちょっと待て。お、お前ら極粋会ってのはあれだろ、第一楼の辻広(つじひろ)のとっつぁんが会長なんだよな。
カタオカ ・・・よくご存じで。
北修  おりゃ、ガキの頃から面倒を見てもらってんだが、辻広駒吉(こまきち)といやあ、旭川一の博徒、侠客と呼ばれた佐々木源吾(ささき・げんご)の右腕だった男だ。佐々木親分の引退で跡目を継いだが、博徒からは足を洗って今じゃ旭川有数の実業家よ。そうだよな。
カタオカ おっしゃる通り。
北修  ただな。お、俺の知っている辻広のとっつぁんは、こんな風に堅気の衆に迷惑をかけるようなやり方は大嫌いだったはずだ。だからよ(小熊を見る)。
小熊  おー分かった。喜伝司よ。なんなら俺が使いになろうか。その辻広のとっつぁんとやらに来てもらうんだろ。
北修  おう、そうよ。お願いするかな(カタオカの目を見る)。
カタオカ ・・・確か、画家の高橋北修さんですよね。会長の名前を出されちゃ、ことを荒立てるわけにはいきませんわな。・・・わかりました。おい、引くぞ。
極粋会1 いいんですか。
カタオカ いいんだ。機会はいつでもある。(帰りかけて、速田に)速田さん。ウメハラってのはね、東京から流れてきたそうなんだが、すこぶる危険な奴なんだ。ここで見かけた時は、ぜひうちに知らせてほしい。よろしくお願いしますよ。おい、いくぞ。(部下とともに去る。入口の鐘の音響く)。

(間)

速田  北修さん、小熊さん。すみません、とんだことに関わらせてしまって。
北修  いーのよ。いーのよ。俺も小熊も、喧嘩なら買ってでもしたいほうなんだからさ。(カウンターにいるタケシに)それよりタケシも頑張ってたんじゃないか。やめてください、営業中でーす、なんてさ。
タケシ え、いやー、からかわないでくださいよ。びびってちびりそうだったんだから。
栄寿  ・・・あれ、タケシ君、いつの間にか服変わってない? 
政治  あと、いつの間にヨシオ君、そっちに行ったの?
タケシ えーと、それは、その、なんていうか訳があって・・・。
ヨシオ あ、ぼくも、ちょっとタケシに手伝ってと言われて・・・(2人とも何か不自然)。
小熊  2人とも、もういいんじゃないか。そこで金庫番みたいに頑張っていたらバレバレだよ。ウメハラさんとやら、もう出ておいでよ。若い2人が緊張しっぱなしでいまにも倒れそうだ。

カウンターの向こうに潜んでいたウメハラ(梅原竜也・うめはら・たつや)、タケシとヨシオの間からゆっくりと立ち上がる。アナキスト集団「黒色青年同盟旭川支部」支部長。24歳。ボーイ姿。

ウメハラ 黒色青年同盟の梅原と言います。皆さんには、ご迷惑をおかけしました。
ヨシオ あのー、さっき大将にカウンターの下に人がいるから近くにいて匿ってろって言われてさ。で、もし見つかった時に、ボーイの格好をしてれば、ごまかせるかもしれないんで、服も交換しろって・・・。あと、一人じゃ不安だったので、ヨシオにも来てもらいました。
速田  実は北修さんと話が済んだあと、店の裏に出たらこの人がいてね。ま、何か訳ありだったんで、中に入ってもらったってわけさ。さ、こっちにおいでなさい。
ウメハラ (カウンターから出てきて)皆さん、改めてご迷惑をおかけました。(お辞儀する)。
速田  詳しい話はまだ聴いていないんだが、7条あたりで急に取り囲まれたんだそうだよ。
ウメハラ 普段は、できるだけ仲間と一緒にいるようにしてるんですが、きょうはたまたま一人だったんで・・・。
速田  それで逃げた。
ウメハラ そうですね。
大力  ・・・あの、ちょっと聞いていいですか。
ウメハラ はい。
大力  あなた、東京からきたといいましたよね。
ウメハラ そうですね。
大力  では、震災の時に虐殺された大杉栄や伊藤野枝と関係があったのではないですか。
ウメハラ ・・・そうですね。彼等とはとても近い所にいました。
大力  じゃ旭川には。
ウメハラ ・・・そうですね。東京では何もしなくても、憲兵に拉致される可能性がありましたから。事実、常に付きまとわれていましたからね。
大力  そうですか。・・・わかりました。ありがとうございました。
ウメハラ ・・・では私はそろそろ。
政輝  お仲間に来てもらった方がいいんじゃありませんか。連中、まだうろうろしてるかもしれませんよ。
速田  そりゃ、そうだ。誰か連絡に行かせますよ。
ウメハラ いや、大丈夫です。それに、これ以上迷惑はかけられません。
速田  でも・・・。
小熊  大将、本人が大丈夫と言ってんだから、好きにさせればいいんじゃないの。それよりウメハラさん。さっき極粋会のカタオカなにがしが言ってた町工場の話だけど、俺の耳にも入ってるよ。工場の労働争議に付け込んで、あんた社長を缶詰にして長時間、集団で問い詰めたそうじゃないの。で、結局社長はこれだ(首を吊るしぐさ)。俺は、労働運動を否定するものじゃないが、それじゃ暴力だ。賃金の不払いはあったらしいが、それも会社の業績が落ち込んだからだ。資本家とはいっても、しがない町工場の社長をそこまで追い込むのはどうしたもんかな、と思うがね。
ウメハラ 小熊さんでしたよね。失礼ですが、階級闘争ってのはね、情が入っちゃダメなんですよ。理念と、なにより行動がね、すべてなんですよ。特にこの旭川はね、第七師団の城下町だ。軍関係者や極粋会のような右翼団体が、街を闊歩している。そういう現状を打破するにはね、我々も時には非情になって行動しなければならない。ね、批判はあるかもしれないが、戦いに勝つことこそが目的なんです。(次第に高ぶってゆく)私はね、徹底的なリアリスト、現実主義者なんですよ。理念は語ったもの何も反撃しないで嬲り殺された大杉や伊藤とは違う道を行こうと旭川にやってきたんです。軍都旭川、この敵のふところで、私はね逆襲の足がかりを作るつもりなんだ。・・・失礼。仲間が待ってます。(お辞儀をして去る)。

(間)

北修  ・・・右翼にアナキスト、師団通はにぎやかだね。いろんな奴がいて。
小熊  詩人に絵描き、女給にモボ、軍人にヤクザ、まだまだいるよ。だから世の中は面白い。なヨシオ君、タケシ君。
ヨシオ え、あ。そうかもしれません。な(タケシを見て、ほほ笑む)。
タケシ (微笑みかけて、突然大声で)あ!
ヨシオ 何?どうした?
タケシ ・・・あの人、俺の服着たまま行っちゃった!

暗転



(画像3)カフェー‥ヤマニ(左の建物・昭和5年)




(第1幕 ACT4)

女給3現れる(エピグラフ朗唱)。

女給3 あかしやの金と赤とがちるぞえな。
    かたわれの秋の光にちるぞえな。
    片恋のうすぎのねるのわがうれい
    「曳船」の水のほとりをゆくころを。
    やわらかな君が吐息のちるぞえな。
    あかしやの金と赤とがちるぞえな。  (北原白秋 片恋)

朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。

「大正十五年十月 四条師団通 カフェーヤマニ」

明るくなると、ヤマニの面々が恒例のミニステージの練習をしている。出し物は、浅草オペラの代表曲「ベアトリ姉ちゃん」をもじった「ヤマニのテーマ(ヤマニの姉ちゃん編」。女給たち、歌に合わせて、寝坊助の新米女給(女給5)をからかうマイムと踊りを披露。「大将が呼びに来た」の下りでは、速田も登場する。

ヤマニの姉ちゃん まだねんねかい
鼻からちょうちんを出して
ヤマニの姉ちゃん なに言ってんだい
むにゃむにゃ寝言なんか言って
* 歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はペロペロペン 歌はペロペロペン
さア早く起きろよ

ヤマニの姉ちゃん まだねんねかい
早く目をおさましよ
大将が呼びに来た
お前さんが気になって
*くりかえし

ヤマニの姉ちゃん 新米女給さん
なぜそんなにねぼうなんだ
さあ早く起きないか
もう店が開く時間だ
*くりかえし

女給5 (3番に入ると、ベッドが次第に傾き、歌が終わったところで転げ落ちる。時計を見てびっくり。あわててかけ出してゆく)たいへん。遅刻しちゃうー!

(原曲 「ベアトリ姉ちゃん」 小林愛雄・清水金太郎訳・補作詞 スッペ作曲)

北修  (拍手しながら入ってくる)大将、いいよ、すごくいいよ。こ、これ見たら、またヤマニのファンが増えるぜ。な、ヨシオ君。
ヨシオ (同じく入ってくる)ええ、本当に楽しかったです。歌は、浅草オペラですよね。
速田  若いのによく知ってるね。エノケンが歌ってヒットした「ベアトリ姉ちゃん」をちょっともじったのさ。(女給たちに)ああ、みんなは休んでて。
女給たち はーい(奥に消える)。
北修  いやー懐かしいねえ、浅草オペラ。東京時代はよく通ったもんさ。あ、浅草六区に十二階、花やしき。華やかだったねえ。
速田  今回の出し物も舞台装置は北修さんに頼んだんだよ。あのベットが傾く仕掛けも北修さんのアイデアさ。なかなかだろ。
ヨシオ はい。よくできてました。どうやって動かしているんですか?
速田  うーんそれは・・・(ベッドの方を見る)
タケシ (ベッドの仕掛けから顔を出して)・・・俺だよ。(仏頂面で外に出てくる。ルバシカを着ている)北修さん、勘弁してくださいよ。中は狭いし、女は重いし。だいたいこのベッドだってほとんど俺が作らされたじゃないですか。絵の修業をさせてくれるっていうから弟子になったのに・・・。
ヨシオ え、なに、お前、大将の弟子だったんじゃなかったの?
タケシ いや店の手伝いはさせてもらっているよ。でも絵描きもかっこいいかなって。
ヨシオ 相変わらず、腰が据わんない奴だな。それにその恰好、いつも形から入るんだから。北修さん。いんですか、あんなの弟子にして。
北修  装置作りはよ、手間がかかるからな。一人いると重宝なんだよ。
タケシ あーあ、俺もう北修さんの弟子やめようかな。きついし、きったなくなるし、儲からないし。
北修  まあ、そう言うなよ。俺についているといいぞ。看板描きも覚えられるし、小唄だって、都都逸だって教えちゃうぜ。
タケシ そんなの絵に関係ないじゃないすか。・・・(装置を指して)ちょっと引っかかっちゃうところがあるんで、直したいんですが。手伝ってくれます。
北修  おう、いいよ。タケシ先生のご指示とあらば、何なりと。
タケシ 止めてくださいよ。そういうの(苦笑い)。・・・じゃ、そっち持ってください、いいですか。

北修・タケシ、ベッドを引きずって奥に。

速田  ・・・そういえばヨシオ君。久しぶりだよな。あ、そうか、先月の十勝岳の噴火で現地に行ってたんだ。
ヨシオ はい。学校で支援隊が組織されたんで、参加したんです。2週間、上富良野に入ってました。
速田  どうなの、泥流がすごかったって聞いたけど。
ヨシオ そうですね。一面泥の海みたいになっていて。ああ、これが100人以上も飲み込んだ泥流かって思いました。助かった人たちも、泥を始末して、元の農地に戻すにはいったいどれ位時間がかかるんだって話してましたね。
速田  同じ日に、旭川じゃ糸屋(いとや)銀行がつぶれちまってね。うちは、直接被害はなかったんだが、周りはね。景気は下降ぎみだな。
ヨシオ 去年は、第一神田館の火事があったばかりだし。
速田  そうだね。だからうちなんかが頑張って師団通を盛り上げなきゃならないと思うのさ・・・それはそうと、どうなの創作の方は。
ヨシオ ああ、そっちはなかなかうまくいきませんね。
速田  鈴木政輝君に続いて、今野大力君も東京に出たんだろう。向こうでバリバリやってるみたいじゃないか。
ヨシオ はい、だから自分も頑張ろうと思うんですけど・・・。
速田  ま、焦らないことだよ。よい作品なんて、そうそう書けるもんじゃない。
ヨシオ ・・・大将、上富良野の最初の1週間はタケシも一緒だったんですよ。言ってませんでしたか?
速田  あ、ああそうか。・・・そういや用事があるから1週間休みますって。そうか、言ってくれたらよかったのにね。
ヨシオ 照れ臭かったんじゃないですか。そういう奴ですから。
速田  なるほどね。

入口の鐘が鳴る。洋装の若い女が入ってくる。斎藤史(さいとう・ふみ)。17歳だが、大柄なのでもっと大人びて見える。大正モガ風の洋装に短い髪。

史   ・・・ごめん下さい。
速田  あ。
史   ごめんなさい。まだ開店前でした?
速田  あ、そうなんですが・・・コーヒーですか?
史   ・・・ええ。
速田  では、大丈夫です。お入りになってください。すぐ支度しますから。
史   ・・・でも。
速田  いや、いいんです。

タケシと北修が戻ってくる。

速田  タケシ君、ちょうどいいところに来た。僕はお湯を沸かすんで、そちらのお客さんにお水を。
タケシ お客さん?ああ、わかりました。(お盆と水の入ったコップを用意して、史のもとへ)いらっしゃいませ。・・・どうぞ。ご注文は?
速田  ああ、それは聞いてるんだ。(史に)コーヒーでよろしかったですよね。
史   ええ、お願いします。
タケシ (史が美人なので、少し緊張している)それでは、あの、少々お待ちください。
史   (タケシがカウンターに戻りかけたところで)・・・あの。
タケシ (トーンが上がる)え、はい、なにか?
史   こちらは旭川一おしゃれなお店と聞いてきましたが、ロシア風なんですね。
タケシ ロシア風?
史   ええ、とっても素敵。
タケシ (自分の服装に気付いて)・・・ああ、これですね。これはあの深いっていうか、別に深くないんですが、訳がありまして・・・。
史   (コロコロと笑う)とってもお似合いですわ。抱月、須磨子の芸術座の舞台に出てくる方みたい。
北修  もしかしてあんた、斎藤参謀長のところのお嬢さんじゃないのかい?
史   ・・・はい。斎藤瀏(りゅう)は私の父ですが。
北修  やっぱりそうか。一度、そこの北海ホテルで、父さんと一緒にいるところを見かけたんだよな。そのとき、連れの小熊秀雄が、参謀長と娘さんだって。あ、高橋北修と言います。
史   高橋さま。(立ち上がり)初めまして、斎藤史と申します。(顔が明るくなる)そうですか、小熊さんのお友達。
北修  お友達って、そんないいもんじゃなくて、まあ喧嘩友達って言った方がいいかな。
史   (コロコロと笑う)ああ、面白いお店。やっぱり来てよかった。
速田  あの、北修さんはね、旭川を代表する絵描きさんなんですよ。(タケシにコーヒーを渡し)あ、これお願い。
史   そうですか、絵描きさん。ああ、なので、こちらの方も(コーヒーを持ってきたタケシを見る)。
タケシ んー、それは関係あるというか、ないというか・・・(首をかしげて)よっぽどこの格好が気になるのかな。着替えてこようかな。
速田  (近くに寄ってきて)参謀長のお嬢さんって言うと、やっぱりお生まれは。
史   はい。東京の四谷ですが、小学校は旭川の北鎮(ほくちん)小学校でしたのよ。父の最初の旭川勤務の時。今回は父もわたくしも2回目の旭川の生活を楽しんでおります。
北修  確か、先週までお宅の官舎に歌人の若山牧水が来てたんじゃなかったかな。新聞で読んだ。
史   はい。父は軍人ですが、佐々木信綱(ささき・のぶつな)先生の門下で、短歌をたしなんでおります。なので、牧水先生とは、東京で一度お会いしたことがあって、それが縁で我が家を訪ねてきていらしたんです。ご飯はいらないので、毎日、一品のつまみとお酒を一升用意してほしいとおっしゃって。わたくし、あんなにお酒をめされる方とは、初めてご一緒しました。
北修  牧水と言えば、酒と旅が好きな歌人と聞いている。そりゃ間違いなく本物だ。
速田  そういや小熊さんが最近、新しい短歌の会を旭川に作るから忙しいって言ってましたけど、何か関係があるんですか?
史   はい。牧水先生の歓迎の歌会を開いたんですが、その時、うちの父や酒井広治先生が、旭川歌話会を作ろうというお話になって。
速田  かわかい?
史   はい。歌とお話で歌話会。それで黒珊瑚、ごめんなさい小熊さんに事務局長をお願いしたところ、こころよくお引き受けいただいて、それでいま準備を進めてくださっているんです。
速田  そうか。小熊さん、このところ顔を出さないと思ったら、それで忙しいんだ。ま、こんな美人のお嬢さんに頼まれれば、小熊さんも頑張るよな。なあ、ヨシオ君、タケシ君。
ヨシオ え、あ、はい、そうですね。(タケシに)な。
タケシ そうですね。美人、みんな好きですからね。なんちゃって。
北修  歌話会にはあんたも?
史   はい。実は牧水先生が、あなたも短歌をやりなさいと勧めてくださったものですから。見よう見まねで始めているんです。
速田  短歌と言えば、そこのヨシオ君も小熊さんの結社に入って、詩を作っているんですよ。ヨシオ君も、その歌話会に入れてもらえばいいのに。
ヨシオ いえいえ、僕なんかが・・・。
史   あら、同じような年代の方に入っていただけると、わたくしもうれしいですわ。ぜひいらしてください。お待ちしておりますわ。
ヨシオ (立ち上がり、トーン高くなる)ご、御親切に。あ、ありがとうございます。
タケシ おい、焦った時の北修さんみたいになってるぞ。大丈夫か。
史   (コロコロと笑って)やっぱり楽しいお店。ではわたくしはそろそろ帰りませんと。お代はここにおきますね。(立ち上がり)それでは、皆さま、御機嫌よう。

4人、立ち去る史をうっとりした目で送る。

速田  (ためいき)いやー、普段水商売の娘ばかり見ているせいか、新鮮だねー。(奥を見て)みんなには悪いけど。
北修  おうよ。何というか、年に似合わず、優雅と言うか。
タケシ やっぱり、おじさん方も感じるところはおんなじなんですね。・・・ぜひいらしてください。お待ちしていますわ、だってさ。たまんないねー、おい(ヨシオをたたく)。
ヨシオ (立ったままり、恍惚の表情)・・・。
タケシ 何だよ。お前、どうしちゃったの?熱でもあるの?
ヨシオ (ぶつぶつ、つぶやく)・・・。
タケシ え、なに、何言ってんだよ。・・・ん?天使?天使ってなんだよ?
ヨシオ ・・・天使だよ、天使。(突然タケシの手を掴み)タケシ、スゲーよ。俺、天使を見ちゃったよ。わかんないの?スゲーよ。天使が目の前に舞い降りたー!

暗転



(画像4)旭川のカフェーの女給(大正時代)



(後半・第2幕に続く)