遅くなってすみません。
大正末から昭和初めにかけての旭川を舞台にした歴史群像劇。
今回は後半の2幕目です。
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<歴史群像劇「旭川グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ(後半)」(作・那須敦志)>
* 主要キャスト(架空の人物)・・・
○ ヨシオ(渡部義生)
○ タケシ(塚本武)
○ ハツヨ(江上ハツヨ)
○ エイジ(江上栄次)
○ トージ(松井搭司)
○ ウメハラ(梅原龍二)
○ カタオカ(片岡愛次郎)
* 主要キャスト(実在の人物)・・・
○ 小熊秀雄・詩人
○ 高橋北修・画家
○ 速田弘・カフェー「ヤマニ」店主
○ 斉藤史・のちの女流歌人
○ 佐野文子・社会活動家
○ 今野大力・詩人
○ 鈴木政輝・詩人
○ 小池栄寿・詩人
○ 田上義也・建築家
○ 町井八郎・楽器店店主
○ ヴィクトル・スタルヒン・のちの大投手
○ 三浦綾子・のちのベストセラー作家
* 舞台に登場する主な歴史上の出来事
○ 大正12(1923)年9月 関東大震災
○ 大正13(1924)年10月 旭ビルディングで「犬に喰われた絵」騒動
○ 大正14(1925)年6月 活動写真館、第一神田館焼失
○ 大正15(1926)年5月 糸屋銀行破たん・十勝岳噴火で死傷者多数
○ 大正15(1926)年12月 大正天皇崩御、昭和に改元
○ 昭和 2(1927)年1月 昭和恐慌始まる
○ 昭和 2(1927)年6月 右翼と左翼が常盤橋で大乱闘
(第2幕 ACT5・前半)
演歌師登場。バイオリンをキコキコ奏でながら歌うは「東京節」ならぬ「旭川節」。見ると、ACT1の活弁士のようだ。
師団通のにぎわいは
宮越 三浦の大旅館
いきな構えの丸井さん
四階建てだよ旭ビル
金子寿(ことぶき) 三日月で
寿司にうなぎに そばに牛(ぎゅう)
ヤマニ ユニオンでカフェ三昧
*ラメチャンタラギッチョンチョンデ
パイノパイノパイ
パリコトパナナデ フライフライフライ
北都と呼ばれし旭川
嵐山から眺むれば
大雪山に抱かれて
石狩川に鮭のぼる
常磐公園 神居古潭
馬鉄も通るよ旭橋
御料地いただく神楽岡
*くりかえし
(原曲は「東京節」添田さつき作詞 外国曲)
演歌師 いやー、きょうはなんて心地の良い晩なんざんしょ。こんな晩に、師団通を歩いているとね、こう小股の切れ上がったいい女とすれ違ってね。と、女が紙入れなんかを落す。「ちょいとお姉さん、落とし物ですよ」ってなもんで、声をかけると、女ァ振り向くね。「あら、御親切なお方。お礼に一杯奢らせてくださいな」てんで、そこらの店にしけこむ。さしつ、さされつ、しっぽりと、なんて、たまんないねー、ほんとに。
と、男たちの声が響く。
「おい、どこへ行った」、「ぼやぼやすんな。探せ探せ」等々。
派手な着物、酌婦姿の女が裸足で逃げてくる。江上(えがみ)ハツヨ、16歳。演歌師とぶつかりそうになり、膝をつく。
演歌師 おっとあぶねえ。
ハツヨ あ、ごめんなさい(立ち上がり、行こうとする)。
演歌師 お、姉さん。落とし物だよ。(ハツヨが落した写真を拾い上げる)おや、こりゃ写真か。
ハツヨ あ、それ(受け取って、一瞬押し抱く)・・・ありがとうございます(会釈して、走り去る)。
演歌師 ああ。・・・行っちまったよ。事情ありありってところだねぇ。
男たちがやってくる。あの旭川極粋会の男たちだ。
極粋会1 あのアマ、ふざけやがって。
極粋会2 なんだ、演歌師か。おい、女がこっちに走ってきただろ。どっち行った?
演歌師 え、女?女、女ね。ああ来た来た。そっち(ハツヨが行ったのとは見当違いの方を指さす)。
極粋会の男2 (男1に)おい、行くぞ。
男たち、去る。
演歌師 なんだ、演歌師かって。何様のつもりだい、えばりやがって。・・・なんか物騒だね。せっかくいい気分だったのに、興ざめもいいところ。さ、行くか。(歌いながら)ラメチャンタラギッチョンチョンデ パイノパイノパイ パリコトパナナデ フライフライフライ・・・。
歌が始まると、女給2が出てきて、手にした垂れ幕を垂らす。
「昭和二年六月 四条師団通 カフェーヤマニ」
北修と速田の2人だけ。けだるい午後といった感じ。
北修 大将よ。何というか、昼間のカフェーってのは、静かなもんだな。
速田 コーヒー一杯でも歓迎なんですけどね。でも、やっぱりヤマニは夜という印象が強いようで。
北修 ふーん、そうなのかい。
速田 ところで、北修さん、聞きましたよ。小熊さんと組んで、またきわどい集まり始めたんですって。(声を潜めて)・・・ヌード写生会。
北修 きわどい集まりたァなんだよ。ちゃんと赤耀社(せきようしゃ)って名前があんだから。あくまで芸術を追求する団体よ。
速田 でも絵なんて描けない奴らが、女のハダカ見たさに会費払って何人も入ってるって話じゃないですか。
北修 まあ金もうけの意味もあるからな。でもよ、ウワサ聞きつけて、覗きに来る奴の方が多いんだよ。こう窓の外からカーテン越しにな。俺も小熊もそういう連中追い払うのに忙しくてさ。ハダカ描いてるヒマなんてないのよ。
速田 それはそれは。
北修 ただそれもいつまで続けられるんだか。
速田 え、なぜ?
北修 小熊だよ。また東京に行くって言言い出してんだよ。
速田 ああ。でもまたすぐ戻って来るんでしょう。
北修 いや、そうでもないんだ。なんせ3度目だからさ。奴も背水の陣だって言ってる。前のように浮ついたところがないんだ。
速田 そうなんですか。
北修 しょうがない。小熊の代わりに、タケシやヨシオを使うか。
速田 よしなさいよ。そんなところに、あんな坊やたち連れてったら、鼻血出して、倒れちまうよ。
入口の鐘の音。第1幕で登場したアイヌの少年、トージが入ってくる。
北修 おお来たか。ま、こっち来いよ。(速田に)こいつが話してたトージだ。松井東二。ほら大将にあいさつせんか。
トージ ・・・こんちは。
速田 初めまして速田です。
北修 おい、例のもの。
トージ、カバンから自作の木彫りの熊を出し、速田に渡す。
速田 いいのかい?・・・こりゃ、見事だ。
北修 だろ?頼みは2つ。ここは旭川見物の客も来るだろ。だから会計のところにでも置いて、欲しいって奴がいたら、売ってやってくんないか。土産にいいだろ?
速田 そうですね。悪くない。
北修 それと、こいつ、こんなふうに器用だからよ。舞台の装置作りの仕事がある時は、使ってやって欲しいんだ。俺はいろいろ忙しいしよ。あと、こいつ、こう見えて仲間のアイヌと楽団もやってたんだ。ショーやる時の伴奏なんかもできると思うんだが、どうだい?
速田 わかりました。考えますよ。そういう重宝な人がいれば、うちも助かるし。
北修 頼むな。(トージに)ほら、すぐに礼を言うんだよ、こういう時はよ。
トージ ・・・よろしくお願いします。
北修 声が小せーんだよ。ほんとに、あいそがないんだから。
速田 まあまあ、北修さん。
と、鐘の音。元教師で、社会活動家の佐野文子(さの・ふみこ)が入ってくる。洋装。33歳。
文子 こんにちは。
速田 いらっしゃい。あ、佐野先生じゃないですか。。
文子 あら、開店前だった?
速田 いえ、開店してますよ。
文子 そう。人がいないからまだかと思っちゃって。
速田 かんべんしてくださいよ。(水を出す)。
文子 コーヒーお願いね。(トージに気付き)あら。
なぜかバツの悪そうなトージ、文子に見つけられて軽く会釈。
速田 なんだ、知り合いなんですか?
文子 まあ、ちょっとね。そちらにいるのは北修さんね?お久しぶり。奥さまはお元気?
北修 はい。あの、お、お元気です。佐野先生も、お元気そうで、なによりです。
文子 絵はちゃんと描いてるの?お酒ばっかり飲んでいるんじゃないの?
北修 いやいやとんでもない。真面目にやってますって。
文子 そうなの?また本業ほっといて、ろくでもないことやってるんじゃないの?前に奥さんこぼしてたわよ。
速田 ・・・するどい!
北修 (速田を目で制して)いやいや、そんなことは、あ、ありませんて。ちゃんと絵、描いてますって。(速田に)ちょっと向こう行って相手しててくれよ。俺、苦手なんだよあの先生。説教多くてさ。
速田 わかりましたよ。今コーヒーやってますから。そのあとね。
文子 なにそこでひそひそ話してんの?また良からぬ相談でしょ。
北修 いえいえ、そんな。違いますよ。良からぬなんて・・・。(トージを呼んで)おい、トージ。こっち来て、ちょっと真面目な仕事の打ち合わせしよう。な、真面目な。
北修、トージ、文子の様子を伺いながら、脇の席へ。
速田 (コーヒーを運んで)・・・でも、久しぶりですね、先生。
文子 忙しかったのよ。中島遊郭の娘(こ)なんだけど、先月も一人逃げ出したいって娘がいてね。いろんな人に手伝ってもらったんだけど、やっとふるさとの岩手に帰すことができたの。
速田 岩手!そんな遠くから。
文子 そうよ。東北からはいっぱい来てるのよ。向こうの農村は、特に貧しいからね。身売りされて。旭川の遊郭にも大勢来てるの。
速田 でも、遊郭の連中、黙っていないでしょ。
文子 遊郭の外に出てくるまでが大変なのよ。そこは、私も手助けできないから。出てきてくれたら、すぐいっしょに汽車に乗って遠くまで行っちゃうんで、大丈夫なんだけど。
速田 女はそうですけど、佐野先生ですよ。うらまれますでしょ?
文子 まあ脅されることはしょっちゅうだけどね。私はいいのよ。危険は承知でやってんだから。
速田 去年でしたっけ?遊郭のど真ん中で、逃げ出してここに来いって、自宅の地図入れたビラ撒いたの。あれはびっくりしたな。
文子 さすがにあの時は遊郭の外に連れ出されたけどね。こう両脇かかえられて。でも私は顔が売れてるから、奴らもそう簡単に手は出せないのよ。
速田 さすが廃娼運動といえば佐野文子と言われるだけありますね。肝が太いや。
文子 やめてよ。よけいに北修さんに怖がられちゃう。
と、裏口から、タケシが顔を出す。
タケシ ああ、北修さん、よかった。(声をひそめて)お客さん、誰かいる?
北修 いや俺とこいつと、あと佐野先生がいるだけだけど。
タケシ 佐野先生?
北修 廃娼運動の。
タケシ 廃娼運動?ああ。(後ろに向かって)大丈夫だから、中入って。
ヨシオが歩けないでいるハツヨに肩を貸して入ってくる。3人、目が点に。
北修 ・・・ど、ど、どうしたのよ、その娘?
ヨシオ ああ、後で説明しますから。とりあえず、ここ座って。・・・大将、水お願いできますか?
速田 ああ、ちょっと待って。
文子 いい?見せてもらって。・・・けがは大したことないみたいだね。撲られてもいない。で、どうしたの?
ヨシオ ちょうど店の裏の方にいたんです。はだしだし、どうしたのって聞いたら、逃げてきたって。
ヨシオ 途中で転んで、足くじいたようなんだよね。歩けなくなって、隠れてたみたいで。
ヨシオ で、どうも極粋会の連中に追われているようなんです。連中が血相変えて走っていったの見ましたから。
ハツヨ ・・・あの、すみません、迷惑かけて。落ち着いたら、すぐ出ていきますから。
北修 すぐ出てゆくって。とてもそんな感じじゃないな。なんか事情があるんだろ?
ハツヨ ・・・。
文子 大丈夫だよ。ここにいる人たちは、誰が追って来ようと、すんなりあんたを引き渡したりしないからさ。身なりから言ったら、どっかの店で働かされていたかしたんだろ?
ハツヨ ・・・はい、その通りです。15丁目にある「たまや」って店で、酌婦してたんです。
北修 ん、「たまや」っていやぁ。
タケシ 知ってんですか?
北修 いや行ったことはないが、あんま品のいい店じゃあないな。
ハツヨ はい。なので・・・。
北修 逃げ出したってわけだ。あんたいくつだい?
ハツヨ もうじき17になります。
文子 じゃあその店で働くには、わけがあるはずだね。
ハツヨ ・・・はい(考える)。
文子 いいよ、すぐ言いたくなきゃ。
ハツヨ ・・・いえ、話します。・・・私は江上ハツヨといいます。うちはもともと永山で雑貨を商っていたんですが、おっ父さんが急に病気で死んでしまって。そしたらたくさん借金があったことが分かったんです。で、その借金を返せないのなら、ここで働けって。
文子 金貸しが、そこの店に押し込んだということね。
速田 おそらく極粋会の連中は、その店か金貸しに頼まれて、彼女の行方を追ってるんでしょう。そういうのがあいつらの仕事だから。
ハツヨ ・・・あたし、お酒の相手をするだけならいいんです。でも来月からお客を取れって言われて・・・。
一同、顔を見合わせる。
文子 わかった。ハツヨさん。わたしは佐野ってもんだけど、あんたみたいな境遇の娘のことはよく知ってるの。だから、そんな店に戻させはしない。みんなで守るからさ。安心しなさい。
ハツヨ いえ、そんな。見ず知らずの皆さんに迷惑をかけるわけにはいきません。(ふところから写真を出し)・・・あの、ここに連絡をしていただけないでしょうか。兄さんがいるんです。
北修 ん、どれ?(写真を受け取って)これ、あんたの家族かい?
ハツヨ はい。裏に番地が。
北修 ああそうか。(裏を見て)・・・こりゃ驚いた。(文子に渡して)兄貴は黒色青年同盟だってさ。
文子 黒色青年同盟って、聞いたことはあるけど。
速田 極粋会と対立してるアナキストの組織ですよ。これは話しが複雑になりそうだな。
ハツヨ 兄さんは、おっ父さんが死んだあと学校を辞めて。おっ母さんがふせってしまったので、働きながら面倒を見ているんです。いろんな仕事を渡り歩いて、いまはそこで厄介になってるって言ってました。そこの人たちの力を借りて、店辞めさせてやるからもう少し待ってろって。
北修 なるほどね。わかった。トージ、お前、ひとっ走り行って、この娘の兄貴呼んできてくんないか。時間、あんだろ。
トージ ・・・。
北修 ん?どうした?
トージ ・・・それは、ちょっと勘弁してください。北修さんには悪いけど。
北修 なんだよ?かんべんしてくれって。
トージ ・・・関わり合いになりたくないんすよ。極粋会の関係者は、地元で顔の人が多いし、俺ら、ただでさえ邪険にされてんのに、余計なことして恨まれたくないんですよ。
タケシ 何よ。その余計な事って。
トージ だから、お前ら学生と、俺らは違うんだよ。
タケシ 何だって。
北修 分かった。待てよ。(ため息)・・・わかったから。いいよ。おめーはよ。・・・タケシ、行ってくれっか?
タケシ 北修から写真を受け取り、無言で裏口から出てゆく。
ハツヨ ・・・あの、兄が来たら、すぐ出てゆきますから。これ以上、迷惑はかけられないし。(トージに)あなたも、もうここにいない方が・・・。
トージ ・・・じゃ、悪いですけど、俺はこれで。
北修 ・・・。
トージ (いったん外に出るが、すぐに戻り)北修さん。何となく外が騒がしい。その子、隠れといたほうがいい感じですね。
北修 ん、誰かいるのか?
トージ (北修を手で呼んで)向こうにいる奴、そうじゃないかと思うんですよね。
北修 (同じく外をうかがって)・・・わかった。いいから、お前は行けよ。
トージ (うなづいて)それじゃ。(出てゆく)
ヨシオ (2人の後ろから外を見ていて)・・・あ、このあいだここに来た奴がいる。いそがないと、来ますよ。
文子 (速田に)ここには、女給さんが着替える部屋かなんかないの?
速田 ああ、それなら2階に。
文子 じゃ、あなたは外に出て時間を稼いで。
ヨシオ あ・・・はい。
文子 北修さんは、その子おぶって2階に行って。
北修 え、俺?
文子 速田さんはここにいないと、あやしまれるから。
北修 ・・・ああ、わ、わかった(速田に手伝ってもらって、ハツヨをおぶり、2階へ)。
速田 北修さん。一番奥の部屋だからね。まだだれも来ていないから。鍵は空いてる。
ヨシオの声 ・・・だから、誰も来ちゃいませんよ。うたぐりぶかいなあ。(鐘の音とともに、後ずさりしながら入ってくる)。え、なにもごまかしちゃいませんよ。
極粋会1 (ヨシオを押しのけるようにして入ってくる)だから、ウッセーんだよ、この小僧はよ。
極粋会2 おう、邪魔するよ。
鐘の音。遅れて、極粋会の男3とカタオカが入ってくる。
カタオカ 速田さん。何故かここに来るときは、同じような状況だねえ。若い女が来ている筈なんだが、出してもらおうか。
速田 若い女?ここは若い女たくさんいるからね。誰の事ですかね。もっともまだどの娘も出てきていませんが・・・。
極粋会3 ふざけんなよ。出せよ。
速田 どなたをお探しなんですか?カタオカさん。
カタオカ うん。よくある話なんだが、借金を踏み倒して逃げてしまった女がいてね。店主が困り果ててるんですよ。
速田 ・・・で?。
カタオカ なんせ額が大きくてね。働いて返すからって泣きつくんで雇ってあげたのに、恩をあだで返されたって。店主さんの方が泣いてるんですよ。あなたも同じ水商売の経営者なら、わかるでしょ?
文子 何が泣いているよ。弱い立場の女を食い物にしているくせに。そういうあこぎなやり方は、認められないんだよ。
カタオカ ・・・これはこれは、佐野先生ではないですか。最近は、遊郭だけではなくて、カフェーにもお出かけなんですね。
文子 あんたも右翼なら右翼で、ちゃんと政治活動しなよ。こんな用心棒のようなことやってないでさ。
カタオカ (無視して)速田さん、あなた、今は流行っているからいいものの、だんだんと商売がしにくくなりますよ。みんな借金抱えてる従業員には神経をとがらせてるんだ。今回みたいな踏み倒しが横行したら、たまらないってね。
速田 うちは借金の返済のために、女の子を働かせるような商売はしてないから関係ないよ。(カタオカの前に出て)カタオカさん。そもそもこの店には、あんたたちが探しているような女はいない。帰ってくれるね。
カタオカ ・・・わかりました。佐野先生もおいでになっていることだし、きょうのところは引き揚げましょう。おい。(引き揚げかけて)・・・ただあんまり深入りするのは止めた方がいいですよ。我々には我々のメンツってもんがありますから。・・・では。
カタオカら去る。鐘の音。
ヨシオ ・・・ああ疲れた。なんかあいつが来るとやたらと緊張感みなぎらせてるんで、こっちまで疲れますよね。
速田 ああやって、突っ張ってないと、いられないんだろうさ。もともとはおとなしそうな人だったんだが。
ヨシオ 大将、知ってるんですか?
速田 ああ、同じ旭川だからね。下っ端の時はよかったんだが、役職に就けられてから急に変わってね。根が真面目なんだろうね。だから無理してでも自分の役目を果たそうとする。力抜きゃあいいのに。
文子 あら大将もなかなか力が入ってたわよ。これからああいう連中と関わる時は、お願いしようかしら。
速田 先生、止めてくださいよ。
文子 さて、これからだね。まずはどこに匿うか。家に連れて行こうかと思ってたけど、私が絡んでるのが奴らに知れちゃったからね。場所もよく知られているし、ちょっと無理ね。
タケシが裏口から顔を出しているのに、ヨシオが気付く。
ヨシオ あ、タケシ。なにやってんの?
タケシ ・・・なんかバタバタしてたみたいだったんで。大丈夫?
速田 平気だよ。極粋会が来てたんだけど、もう帰った。
タケシ入ってくる。
タケシ ああ、やっぱり用心しといてよかった。鉢合わせするとまずいからね。(後ろに)こっち。入ってください。
ハツヨの兄、江上栄二(えがみ・えいじ)。18歳。次いでウメハラが入ってくる。
速田 あら、あんたも。
ウメハラ うちの江上の身内が世話になったって聞いたもんですから。いっしょさせてもらいました。
エイジ あの、妹は?
速田 2階にいます。ヨシオ君、お兄さん、連れてってあげて。
ヨシオ はい。こっちです(2階に連れて行く)。
速田 いつぞやの騒動以来だね。あんときはあんたが追われてたっけ。
ウメハラ その節はご面倒をかけました。
速田 (視線に気づいて)ああ、そちらは佐野文子先生。きょうはたまたま店に来ていて・・・。
ウメハラ お名前は存じています。廃娼運動の闘士としてご高名で。(頭を下げる)黒色青年同盟旭川支部のウメハラと申します。今回は、ご迷惑をかけて。
文子 佐野です。迷惑なんかかかっちゃいないわよ。ウメハラさん、江上さん?ハツヨさんのお兄さんはいつから?
ウメハラ ・・・ああ、彼は江上栄二といいます。ハツヨさんとは年子の兄です。去年の暮れでしたかね。当時うちが労働争議に関わっていた工場で働いていたんですが、劣悪な環境でね。話を聞いたら悲惨な境遇で。で、活動員に誘ったんですよ。
速田 その時に、ハツヨさんの事も?
ウメハラ そうです。聞きました。ひどい話しなんで、経営者というか、店主を糾弾しようと考えていたんですが、その前に店を抜け出してしまったということなんですよ。我々の方針をちゃんと説明しておけばよかったよかったんですが。まことに面目ない。
文子 ちょっと、抜け出してしまったって言い種はないんじゃないの。体を売ることを強要されかねないところだったのよ。
ウメハラ いえいえ、先生、そういう意味ではないんです。ハツヨさんには何も罪はないのはわかっているんです。ただ時期的に。
文子 時期的って何よ。・・・気に入らないね、私は(横を向いてしまう)。
ウメハラ ・・・。
エイジが戻ってくる。
エイジ ・・・あの。
速田 ああ、エイジさんでしたっけ。ハツヨさん、どうでした?
エイジ 思ったより元気で、そこは良かったです。・・・(ウメハラに)支部長、やっぱり手配が極粋会に回っているようなんですよね。家に連れて行ってもすぐに知れるだろうし。どこに連れてったら?
ウメハラ エイジ君、まずは落ち着くこと。奴らは奴らでメンツをかけて連れ戻しにかかるだろうが、大丈夫。うちはうちで、全力をあげてハツヨさんを守るからさ。同盟の力は、君が考えている以上なんだ。だから極粋会の好きにはさせない。そこは信じてくれていい。
速田 でも極粋会に目ぇ付けられてるという意味では、あんたたちは筆頭だろ?どっか極粋会が全く知らないところで匿った方がいいと思うんだが。
ウメハラ 速田さん。お言葉ですが、我々にはたくさんのシンパがいます。大丈夫ですよ。奴らには指一本触れさせません。エイジ君。うちの組織で、ハツヨさんを守る。それでいいね?
エイジ ・・・はい。それは、支部長にお任せしてますので。
ウメハラ うん、じゃ、夜になったらこの店の裏に車を回して、ハツヨさんを連れだそう。それまではそばに付いていてあげるんだ。僕はいったん事務所に戻って、算段を付けてくる。いいね。
エイジ はい、わかりました。
ウメハラ 速田さん。ということで、ご面倒をかけますが、もうしばらく力をお貸しください。
速田 (何となく納得いかないが)ああ、それはかまわないが・・・。
ウメハラ では、また夜に(裏口から去る)。
(間)
速田 (エイジに)・・・これ、おにぎり。2階に持って行ってあげて。
エイジ あ、ありがとうございます。持っていきます。(2階に)。
3人、エイジが2階に行くのを見届けて。
タケシ ・・・俺、ウメハラって嫌いだなー。こんなことになってるのに、逆になんかうれしそうな感じじゃん。指図しちゃって。
速田 先生、いいんですかね、あいつらに任せて。
文子 ・・・ま、実の兄さんがそうするって言ってるわけだしね。私達にもこれと言っていいあてがあるわけでもないし。・・・まあ、大丈夫よ。彼等も素人じゃないようだし、今回は任せましょう。
速田 ・・・わかりました。・・・そういえば、北修さんはどうしたんだっけ?確か2階に行ったっきりだよな。
ヨシオ (降りてくる)・・・あの、皆さん手貸してくれませんか。
速田 えっ、ハツヨさんがどうかした?
ヨシオ いや北修さんなんですよ。実は、さっきおんぶして2階に行ったとき、ぎっくり腰やっちゃったみたいで。動こうとしても、動けないそうなんです。
3人 えーっ。
(画像5−1)大正末期の旭川市街
(第2幕 ACT5・後半)
女給3現れる(エピグラフ朗唱)。
女給3 日を追って何かが煮えつまってゆくような重い予感がわたくしにも濃くなってゆきました。
しかし、どんな形で、いつあらわれるかは、全くわかりません。
あたりはかえって以前よりもしずかな感じさえあるのです。 (斎藤史 「遠景近景」より)
朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。
「数日後 四条師団通 (招魂祭) カフェーヤマニ」
ヨシオ、タケシ、文子が新聞を広げて腕組みしている。カウンターには速田。
タケシ 先生、やっぱりこれ・・・。
ヨシオ まずいですよねぇ。
文子 ほんと、そうねえ。
速田 (寄ってきて)・・・どうしたんですか、3人とも難しい顔をして。
ヨシオ これ朝刊なんですけど、この記事。
速田 ・・・どれどれ(読む)。「脱出の少女語る。親の借金のかたに、1年間に渡って酌婦として市内の飲食店「○○や」で違法な労働を強要されていた15歳の少女が、このほど住み込み先の店を脱出。悲惨な実態を赤裸々に語った」。エー、これって、この間の?
タケシ (うなづき)それに、ここ。
速田 「少女の訴えを受けた黒色青年同盟旭川支部(梅原竜也支部長)では、近くこの飲食店を当局に告発する方針」。えー、なにこれ。
ヨシオ でしょ?
速田 これって、あの娘、ハツヨちゃんが、黒色青年同盟のところに匿われているって言ってるようなもんじゃない。
タケシ それに極粋会にも、名乗りを上げて喧嘩売ってるようなものですよね。奴ら血眼になって居所探しますよ。
ヨシオ で、僕ら、まずいと思って佐野先生にヤマニに来るようお願いしたんです。
速田 そうか、それで佐野先生も。
文子 いや私もね。何となくもやもやしてたのよ。それにしても、こんなことになるならハツヨちゃんを渡さなければよかったって、つくづく思わされるわ。
速田 うーん、これ見ると、そうですよね。・・・あ、で、北修さんは?北修さんもハツヨちゃんのことはわかってるんだから、知らせた方がよくない?
ヨシオ いや、それが家に寄って来たんですが、まだ腰痛くて動けないんですよ。だから、あとは任せたって。
タケシ つくづく使えない親父。ちょっとの間でも弟子になったのが、恥ずかしいよ。
速田 まあ、そういうことならしょうがないじゃない。で、これからどうします?
佐野 うーん、それなんだよねー・・・。
と、入口の鐘の音。
速田 ん?誰かな?
ヨシオ ・・・あれ、エイジさんじゃないですか。
エイジ、崩れ落ちるようにして、中に入ってくる。青ざめた顔。頬には殴られた跡。
ヨシオ ・・・エイジさん。どうしたんですか?ちょっとタケシ、手を貸して。
2人、抱きかかえるようにしてエイジを店内へ。
速田 大丈夫かよ。
タケシ けがしてますね。殴られてるみたい。誰か、外にいるのかも。
速田 えっ?じゃ、ちょっと見てくる。
ヨシオ はい、お願いします。・・・エイジさん。話せます?
エイジ ・・・大丈夫。・・・さっき、男たちが来て、ハツヨが連れてかれたんだ。突然、何人も来て、あっという間に。
タケシ え?ハツヨちゃん、連れてかれたんですか?
エイジ 同盟の人が一人付いていてくれたんだけど、俺と一緒で、何にもできずに、殴られて・・・。(頭を抱える)俺のせいだ。やっぱり早くどっか遠くに行かせていれば。
文子 ちょっと、あんた。頭抱えてる場合じゃないよ。ちゃんと話してごらん。いつ、どこからハツヨちゃん連れてかれたんだい?
エイジ ・・・すいません。ハツヨと俺は、同盟のシンパの人が持ってる下宿の空き屋にいたんです。10時頃だったと思います。突然何人も土足で入ってきて・・・。
タケシ その中にさ、髪の毛がこんなんでさ、白い背広着て、目つきのこんな奴(カタオカのまねして)いなかったかい?
エイジ いました。指図してました。
タケシ やっぱり極粋会だ。
文子 でもそこにあんたたちがいるのは、奴らにはわからないはずなんでしょう?なんで、彼らが。
エイジ いっしょにいた同盟の人が言ってました。どうやら組織の中に情報をもらした奴がいるらしいって。
タケシ 何だよそれ、しょうーもねえな。
ヨシオ (新聞を示して)この新聞のことも、エイジさんはご存じなんですか?ハツヨさんのことが載ってる。
エイジ ・・・ウメハラさんには言ったんです。そんな記事が出たら、ハツヨが危なくなるって。でも社会正義のためなんだって。ハツヨのことを世の中に伝えて、それで、旭川の飲食業界の不正をただすんだって。・・・俺はそれも大事だけど、これ以上、妹を危険な目に会わせたくないって。早くどこか遠くに連れて行きたいって言ったんですけど・・・。
鐘の音。速田が息を切らせて戻ってくる。
速田 ・・・近所の人から聞いてきたんだけどさ、黒色青年同盟の連中が、極粋会のメンバーがやってる店を襲撃して、ガラス割ったりして暴れたそうなんだよ。中にいた奴もボコボコにされたらしい。
タケシ それって、ハツヨちゃんを連れ去られた仕返しかな。
速田 え?ハツヨちゃん、連れ去られたの?
タケシ そうなんです。
エイジ 恐らくハツヨを取り戻されたことへの報復に、その店を襲ったんだと思います。仲間は、このままじゃ引き下がれないと言ってましたから。
速田 でさ、極粋会の方も、非常招集をかけて人を集めているらしい。
タケシ なんだよきょうは招魂祭のお祭りだってのに。これじゃとんだ騒動になりそうじゃんか。
と、鐘の音。ウメハラが入ってくる。目がすわっている。
ウメハラ (入口で)せっかくのお祭りの夜に騒ぎを起こすのは、不本意なんだが、身にふる火の粉ははらわないといけないのでね。(中に入ってくる)・・・エイジ君、探したよ。すぐ事務所に来てくれって伝えたはずだが。こういうときほど、勝手な行動は困るんだ。
エイジ ・・・。
文子 あんたさ、エイジ君に文句付ける前に、私達に言わなきゃならないことがあるんじゃないの?今その話を聞いてたところなんだけどさ。
ウメハラ ・・・それはハツヨさんの件ですよね。どうもこちらにスパイが入り込んでいたようなんですが、大丈夫です。彼女は連れ出されましたが、こちらもすぐ居所をつかみました。いまハツヨさんは、1条6丁目の奴らの本部事務所のビルディングに監禁されています。それから我々の情報では、極粋会は我々同盟の事務所のある常盤橋のところに集結していて、今夜にも襲撃してくるつもりのようです。我々は彼等を返り討ちにして、そのあとハツヨさんを救出します。
タケシ あんたそんな簡単な。
ウメハラ 我々は、幾多の修羅場をくぐっていますからね。ご安心を。ということなんで、エイジ君、君も準備を。・・・ん?けがでもしましたか?
(間)
エイジ ・・・いや、けがはないが、俺は行かない。
ウメハラ ・・・どういうことだ?
エイジ ・・・俺は、もうあんたにはついていけない。あんたは、俺やハツヨが出くわしている世の中の理不尽さを分かってくれる人だと思ってたけど、間違ってた。
ウメハラ なぜ?世の中の不正を正したいって、君も言ってたじゃないか。権力の手先が憎いとも言ってたじゃないか。今夜は、あの犬どもを蹴散らして、我々の正しさをアッピールする絶好の機会なんだ。それが分からないのか?
エイジ 帰ってくれ。俺はもうそれがどれほど正しかろうと、あんたの言葉では動かない。たとえ間違っていても、自分が考えたことをやる。
ウメハラ ・・・真理の存在を認めん愚か者とは、一緒に行動はできんな。君とは訣別する・・・。勝手にやればよい。(去る。鐘の音)。
(間)
タケシ (エイジの肩に手をやって)・・・俺も優柔不断な人間なんだけどさ、あいつらと離れるのは間違ってないと思うよ。
エイジ ・・・でも、あいつを信じたせいで。妹が(こらえきれない)。
文子 エイジ君。めそめそしている時じゃないよ。いまはとにかくハツヨちゃんを救うこと。みんなも、それはわかるわね。
速田 というと、佐野先生、なんか策がありそうですね。
ヨシオ え?そうなんですか?
文子 うーん、まだ策と言えるほどのものではないんだけど。・・・極粋会と黒色青年同盟が、いま常盤橋のところでにらみ合っている状況なのよね。夜、本格的にぶつかれば、極粋会の本部は手薄になるはず。その隙をつけばって感じね。
速田 なるほど。で、どう動きます?
文子 具体的にハツヨちゃんを救い出すのは若い3人として、どう時間を確保するかかってとこなのよね。私は顔を知られているので、無理だし。・・・そうだ大将がいた。大将に協力してもらいましょう。
速田 え?私?
文子 いえいえ速田さんも私と条件は同じでしょ。力を貸してもらうのは、もう一人の大将よ。
暗転。
しばらくすると、祭りの夜の街の喧噪の音が聞こえてくる。金魚すくいや綿あめ売り、お化け屋敷やサーカスなど。
女給4現れる(エピグラフ朗唱)。
女給4 俺は疲れて帽子を釘に掛ける。
汗臭い襯衣(しゃっつ)を脱いで顔を洗ふ。
瓦斯に火をつけて珈琲を沸かす。
俺は独りだ晩飯の支度をする。
馬鈴薯と玉葱をジャック・ナイフで切り刻む。
俺はこのナイフで靴の泥を落した。
俺はこのナイフで波止場の綱(ろっぷ)を断(き)った。 (鈴木政輝 あぱあと)
朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。
「その夜 一条通六丁目 旭川極粋会事務所」
極粋会の事務所のあるビルのフロア。事務所の外に、ヨシオ、タケシ、エイジの3人と神田館の大将こと佐藤市太郎。佐藤は大きな紙を丸めたものを抱えている。事務所には、極粋会の男3が一人いる。奥にもう一室あり、そこに椅子に座ったまま縛られているハツエ。
佐藤 大丈夫かな。私は興行主なんで、この事務所には何度も来ているし、働いている人たちもほとんど知っているが。
タケシ 佐野先生の指示通りやってくれれば、大丈夫ですよ。
ヨシオ もう一度確認しましょう。大将、あ、ヤマニの大将が探ってくれたんですが、事務所には一人見張りがいて、その奥の部屋にハツヨちゃんがいる。どうやら縛られているようです。で、その見張りを、大将、あ、神田館の大将がうまいこと言って外に誘い出す。その隙に僕らは中に入ってハツヨちゃんを助け出す。ただしある程度時間がかかると思うんで、あまり時間が稼げなかったときは、頃合いを見てもう一度外に連れ出してください。その隙に外に出ます。
エイジ まあ、いざって時は、こっちは4人、むこうは1人だし、大丈夫ですよ。
タケシ でも刃物とか持ち出すかもしれないし。とにかく、大将にかかってますからね。お願いしますよ。
佐藤 速田さんと佐野先生の頼みだから引き受けたけど。責任が重いなあ。
ヨシオ 大将が頼みの綱なんです。
佐藤 わかりました。こう見えても活動写真の雄、神田館の大将と呼ばれた、不肖佐藤市太郎。若い時は、やくざものと渡り合ったこともあったんだ。なんとか頑張るよ。じゃあ。
エイジ すみません。妹のために、お願いします。
3人、廊下の隅に身を隠す。
佐藤 (一人、事務所の前に進みノック)ごめんなさい。邪魔するよ。(入る)カタオカさんはいるかい?
極粋会3 ああ、神田館の大将、いえ、佐藤社長じゃないですか。お久しぶりです。
佐藤 ああ君、なんていったけ?久しぶりだね。
極粋会3 山田です。カタオカはあいにく。
佐藤 あ、そう。いないんだ(ソファーに座り込む)。
極粋会3 あいにくきょうはちょっと込み入った事情があってみんなで払っているんですよ。俺一人で留守番。
佐藤 ああ、そうなんだ。
極粋会3 佐藤社長には、いつも神田館、顔で入れてもらって、助かってます。
佐藤 ああ、そうだっけ?
極粋会3 俺、活動写真が大好きなんですよ。だからちょくちょく。
佐藤 ああそう。・・・実はね、今度新しい館を建てる計画があるんだけど、そこの支配人にここの誰かを出してもらえないか、カタオカさんに頼みに来たんだ。
極粋会3 え、そうなんすか?
佐藤 おととし、第一神田館が焼けちまっただろう。そのあと、旭川は1館だけでやってたんだが、資金の手当てが付いたんでね。前と同じ2館体制に戻そうと思ってるんだ。・・・君、興味ありそうだね。
極粋会3 ええ、あります。あります。
佐藤 で、これ図面なんだけど。意見も聞きたくてさ。(男3興味津々)・・・どっか、外で話さない?
極粋会3 え?
佐藤 いや、酒でも飲みながらさ。じっくりと。
極粋会3 いやー、でも。ここでもいいじゃないですか。
佐藤 ここ?
極粋会3 ええ。
佐藤 どうしても?
極粋会3 ええ。
佐藤 そうか、じゃあ(図面を広げかけて)。その前に、おしっこ。
極粋会3 おしっこ、ですか?
佐藤 うん、年取ると近くなってね。どこかな?
極粋会3 ああ、入り口出て、左行って、右曲がって、突き当りです。
佐藤 ちょっと年取って目悪くしてね。ここの廊下暗いしさ。案内してくんない?
極粋会3 え、俺がですか?困ったな。
佐藤 私、そういう親切な人に支配人になってほしくてさ。
極粋会3 あ、わかりました。いきます。ご案内します。
佐藤 うん、じゃ手を引いてもらって。
極粋会3 え、社長、そんなに目悪かったですか?よくここまで来られましたね。
2人出て、便所に行く。その隙に3人、事務所に入り、奥の部屋へ。驚くハツヨに声を上げるなと指示。タケシが事務所の様子を伺い、ヨシオとエイジが縄を解こうとするが、堅くてなかなか解けない。
タケシ ・・・何やってるのよ。おしっこって言ってたんだから、もうじき戻って来ちゃうよ。
ヨシオ ごめん。堅くってさ。はさみかなんか持ってればよかった。
エイジ ハツヨ、もう少しだからな。
ヨシオ よし、解けた。
2人、縄をはずす。外に出ようとするが、男3と佐藤が戻ってきてしまう。
佐藤 (大きな声で)あー、おしっこして、すっきりしたー。もう事務所に戻ってきちゃったー。
極粋会3 なんすか?急に声でかくなりましたよ。
佐藤 そう?最近耳も遠くなってきたせいかな。普通の声だと思うんだが。
極粋会3 いやいやかなり張ってるんじゃありませんか。
佐藤 ところで、やっぱりどっか外で話さない?
極粋会3 いや、そうしたいところなんですが、ここ空にするわけにいかないんすよ。
佐藤 そうなんだ。
極粋会3 お願いしますよ。
佐藤 (図面を広げかけて)あー。今度は、なんか、下の方がもよおしちゃって。
極粋会3 えー、さっき一緒にしちゃえば、良かったじゃないですか。
佐藤 いや僕もそう思うよ。そうすりゃ、時間がかかって、一回で済んだのにって。でも、あー。悪い、もう一回連れてって。
極粋会3 しょうがないなー。これが最後ですよ。
佐藤 ああ最後、最後、最後だから。(声を張って)じゃあ、便所、行ってくるぞー。
極粋会3 ですから。声貼り過ぎですって。
2人、再び出ていく。見届けて、タケシら4人出ていこうとすると、ドアの外にカタオカがいて、通せんぼされてしまう。カタオカ、手に木刀。服装が乱れている。
カタオカ おっと・・・。これはこれは、皆さんおそろいで。そうですか。我々が、アナキスト共とやりあっている間にってことですか。(中に入る)絵を描いたのは、たぶん佐野先生あたりでしょうな。
佐藤と男3が戻ってくる。
佐藤 あー、またすっきりしたーって、もういないか。(中に入る)・・・と思ったらいっぱいいるね。どうしちゃったのかな。
極粋会3 え?カタオカさんまで。どうしたんですか?
カタオカ どうしたって、常盤橋で黒色青年同盟の奴らと乱闘になったんだよ。そしたら警官が割って入ってきて。どちらもほとんどの奴らがしょっぴかれた。俺は何とか逃れたんだが、ここに来たら、このありさまだ。お前、佐藤社長に騙されかけてたのが、わかんないのか?
極粋会3 えっ、社長、おれはめたんすか?勘弁してくださいよ。
佐藤、ごめんごめんと手を合わせ、ぺこぺこ頭を下げる。
極粋会3 部長、面目ありません。
カタオカ (苛立ちがおさまらない)
佐藤 ・・・あのー、カタオカ君。あんたの部下を騙そうとしたのは悪かった。が、ここは私の顔を立てて、娘さんを開放してやってくれないだろうか。メンバーもたくさん逮捕されたって言うし、けが人も出たんじゃないのかい。そんな状態なら、もうこっちの話はいいだろう。
カタオカ 社長。社長には、いろいろ世話になってる立場なんで、逆らうのは恐縮ですが、これはメンツの問題なんですよ。そんな小娘、どうでもいいっちゃいいんだが、こんだけ極粋会が舐められたうえ、素人さんたちにまんまと連れ戻されたとあっちゃ、もう俺らは今までのように旭川で仕事ができなくなる。悪いが、娘置いて、帰ってもらうしかないですね。
エイジ ふざけるな。ここまで来て、妹残していくなんてできるわけがない。力づくでも連れて行く。
カタオカ、木刀を捨て、ふところから刃物を出す。
カタオカ ・・・それならそれで、俺はかまわんが。
と、外で男の声が響く。
男の声 え、警察、何の用だよ?え?カタオカ?部長はここになんかいませんて。え?令状?容疑は何なんすか?だから、いないもんはいないって言ってるでしょうが。
カタオカ (男3に)誰だ?
極粋会3 誰か、若いもんが戻ってきたんじゃ。
男の声 え?傷害と監禁の容疑?だから、しつこいな、あんたたち。
極粋会3 カタオカさん、まずいっすよ。誰だか知らないが、時間稼ぎをしている間に、非常口から逃げましょう。階段使えば、まだ逃げられます。
カタオカ ・・・。
極粋会3 あんな小娘、もういいでしょう。それより現場押さえられると、かなりまずいことになりますよ。
カタオカ ・・・わかった。(一同を見渡して)この落し前は、あとできっちりつけさせてもらう。忘れるなよ。
極粋会3 カタオカさん。
カタオカ わかってる(去る)。
(間)
タケシ ・・・と、いうことは?
ヨシオ ・・・うまく行ったかも?
エイジ いや、外に極粋会の奴が。
男の声 だから、いないっていってるじゃないですか。いないんですよ、カタオカさんは。
男姿を現す、なんとトージである。
トージ カタオカさん?・・・いないですよね?(ドアを開ける)カタオカさん?いやしませんよね?
ヨシオ いや、今、出て行ったところなんだけど・・・。え、お前?トージ?
タケシ トージ?なんでお前、ここにいるんだよ?え、今のお前の芝居?
トージ もちろんだよ。警察なんか、逮捕した連中の対応でてんてこまいで、こんなところに来れるもんか。俺は佐野先生に言われてきたんだよ。さ、さっさとずらかろうぜ。
暗転
(画像5−2)大正期の常盤橋
しばらくすると、セミの声が聞こえ始める。続いて金魚売りの声、やがて天秤棒を担いだ金魚売りが現れる。見ると、活弁士、演歌師と同一人物のよう。
金魚売り きんぎょーえ、きんぎょー。きんぎょーえ、きんぎょー。えー、金魚はいかが、金魚でござい。きんぎょーえ、きんぎょー。(一休みして)ふう、きょうも暑いねえ。旭川は冬は寒くて、夏は暑いってんだから、困ったもんよ。でもまあ暑いから、こんな商売も成り立つってことだからね。お天道様に感謝しなくっちゃ。
おかっぱの女の子が駆け寄ってくる。
女の子 おじちゃん。金魚屋さん?
金魚売り そうだよ。金魚売りのおじさんだよ。
女の子 あのね。おっ母さんが、一匹もらってきなさいって。これとこれ(握った手とコップを出す)。
金魚売り おうそうかい。これはまいどありがとう。じゃあ、おあしをいただくよ。・・・この赤いのがいいな(コップに金魚をすくってやる)。
女の子 (受け取って)わあ、きれい。ありがとう。(金魚を眺めながら去る)
金魚売り (見送って)かわいいさかりだねえ。・・・さ、じゃ行くか。(天秤棒を担いで)きんぎょーえ、きんぎょー。きんぎょーえ、きんぎょー。えー、金魚はいかが、金魚でござい。きんぎょーえ、きんぎょー。
女給5現れる(エピグラフ朗唱)
女給5 平原のまん中に洋燈(らんぷ)のやうに輝いている街
光を増し、光を増し、
延びに延び、ひろごり、
高くその燈火(あかり)をかかげて、
陽の御座(みくら)を占める街、
光栄の町、
この町に祝福あれ! (百田宗治 「旭川」)
朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。
「昭和二年七月 四条師団通 カフェーヤマニ」
女給たちを中心に、お祝いの席の準備が進んでいる。ヨシオ、タケシ、ハツヨ、エイジ、速田、文子、トージも手伝っている。少し離れたところで、北修と佐藤が碁を打っている。
タケシ (テーブルから離れ、北修らのところへ近づく)北修さん、碁なんてやってないで、こっち来てくださいよ。もう始まるんだから。
北修 おれ、今回何もやってないしよ。部外者だべ。
ヨシオ 何言ってるんですか。そういうことじゃなくて。きょうはハツヨちゃんとエイジさんの就職を祝う会なんですから。北修さんがこっちにこないと、神田館の大将だってこっちに来られないでしょう。
北修 ・・・そうか?大将行きます?
佐藤 行こうよ。あっちの方が絶対いい。
北修 んー、じゃ行くか。
2人、席へ。拍手で迎える女給たち。
女給1 キャー、神田館の大将と北修さんだー。
女給2 キャー、スケベ―。
北修 (うれしそう)スケベはよけいだろ。お前らはよ。
速田 ・・・じゃ、これで全員そろったね。(立ち上がる)おほん、きょうはみなさんお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。きょうは、江上栄二くんとハツヨさんの就職がめでたく決まったことを祝しての集いであります。
タケシ もう結構前から働き始めてるけどね。
ヨシオ だから、茶化さないの。
速田 いや見習い期間が終わって、正式に採用されたってことなのさ。2人とも評判はすこぶるいいみたいです。それでは、乾杯のご発声を、佐野先生にお願いしたいと思います。
佐野 えー、私?
タケシ だって就職世話したの、先生なんでしょ?
佐野 そうだけど。
速田 みんな、のど渇いてるんだから。ちゃっちゃとお願いします。
佐野 わかりました。じゃ一言だけ。(立ち上がる)2人ともおめでとう。いろいろあったけどって言いたいところだけど、きっとこれからも2人の前にはたくさんの壁が立ちふさがると思う。だからちょっとずつでもいいから強くなっていって欲しい。で、強くなった分、ほかのみんなが困った時は、今度は助ける側になってあげて欲しい。これだけ。よろしくね。じゃ、みんないい?2人の前途と、ここにいるみんなの健闘を祈って、かんぱーい。
全員 かんぱーい。(拍手)。
女給3 ああ、あたしおなかペコペコー。
女給4 わたしもー(など賑やか)。
速田 ・・・でも速いですね。あの騒動からもうひと月以上経っちまった。
北修 そういや、極粋会と青年同盟の手打ちはここでやったんだって?
速田 ですね。極粋会の辻広会長に場所貸してくれと頼まれまして、警察署長さんが仲介役で。黒色青年同盟の方は、札幌から幹部が来まして。
北修 札幌?なんで?
速田 支部長だったウメハラがあの夜以来いなくなっちまったからですよ。どうやら東京に戻ったようです。
タケシ 極粋会のカタオカは?この間見かけたけど。
速田 乱闘の時の傷害容疑で逮捕されたけど、結局厳重注意で釈放されたんだよ。まあ、辻広会長からも大分お灸をすえられたようだし、当分はおとなしくしてると思うよ。
北修 それはそうとよ。俺はまだよく事情を呑み込めていないんだが、あの晩は、うまく佐藤の大将が見張りをおびき出して、その隙にヨシオたちがハツヨちゃんを助けようとしたら、カタオカが来ちまったんだろう。で、そこで、トージが、警察が来たって一芝居打ったわけだ。トージはなんで現場に行ったんだい?関わりたくないって言ってたくせに。
文子 それはね。私が頼んだのよ。トージはね、時々、私の所に来ていたの。最初は小学校出てからずっと働いているのでもう少し勉強したいってね。ただこの子も、音楽だ、木彫りだ、アイヌの解放だのいろんなことに手を出す割には、腰が据わらなくてね。なんか人生相談みたいになってたのね。だからアイヌはどうだとか言ってるんだったら、まず自分と同じように困ってる人のために働きなさいって、そう言ったら手助けしてくれたのよ。ね、トージ君?
トージ ・・・いや、まあ、そういうことです。
北修 なんだ、やっぱりやるときゃ、やるんだな、お前もよ。相変わらず素直じゃないが。
トージ (照れ笑い)。
北修 でも腰はすわってないとよ。(タケシとヨシオに)お前らとおんなじだ。
タケシ えー、なにそれ。待ってくださいよ。
文子 ヨシオ君、タケシ君。速田さんから聞いたけど、本当にやりたいことが見つからないのは、トージもあなたたちと同じ。だから、仲良くしてあげて、ね。
ヨシオ ・・・いや僕らも別に嫌っているわけじゃ。
タケシ だいたいわざわざ嫌われるようなことを言うからさ、俺らもそうしう態度になっちゃうわけだし。まあ、助けてもらったのは、感謝してるけど、かといって・・・。
ヨシオ お前、何言いたいんだかわかんないよ。
トージ (下を見てクックと笑う)
ヨシオ あ、そういう態度が癇に障るんだよ。お前、俺らよりいっこ下なんだからさ。もうちょっとかわいげがあんなら、仲よくしてやんのに・・・。
北修 まあ悩み多き若者たちよ。しょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしている小熊と俺も、友達っちゃ友達だしな。そんなもんよ。
ヨシオ そういや小熊さん、東京どうなんですかね?
速田 そういや旭川発ったのが、騒動の直後だからもう一か月か。最初は今野大力君や鈴木政輝君と合流した見たいだけだ、すぐ別れちゃったみたいだよ。北修さんのところには便りはないの?
北修 まあ、来ることは来るが・・・。ここにいない奴の事、話したって仕方ねえじゃん。それより主賓の話にしようぜ。
佐藤 わたしも聞きたいな。どこで働いているかとかさ。
速田 ああ、そうですよね。そろそろと思ってました。じゃ、エイジ君、ハツヨちゃん(促す)。
エイジ え?俺らですか?
北修 そうさ、さ、立った、立った。
2人、とまどいながら立ち上がる。どちらから話すか迷う。
ハツヨ ・・・あ、じゃ、私から。(お辞儀)皆さん、その節は本当にお世話になりました。皆さんの力がなかったら、私たち兄妹、いまもこんな風に笑うことを忘れたままだったんじゃないかと思います。それからきょうは私達のためのこんな素敵な会を開いてもらって、本当にうれしくってたまりません。ありがとうございます(再びお辞儀)。・・・お話があったように、私は佐野先生の紹介で、洋服なんかを扱う商社に勤めています。まだ全然慣れていないんですけど、商売のお仕事は本当に楽しいです。頑張って、いつか皆さんに恩返しができるようになります。きょうは本当にありがとうございました(お辞儀)兄さん。
エイジ ・・・ああ(緊張している)。あの、俺、いや僕も、佐野先生の紹介で作り酒屋で働かせてもらってます。まだ杜氏の仕事はやらせてもらってないですけど、周りの人たちが良くしてくれて、やりがいはあります。・・・それと、久しぶりに妹と一緒に暮らせて、母親が喜んでいるんです。体も少しずつですけど、元気になっているようで・・・。俺、もハツヨとおんなじで、家族のためにも、皆さんに恩返しできるようになるためにも頑張ります。だから、これからもよろしくお願いします(お辞儀)。
ハツヨもならってお辞儀すると、皆拍手。
北修 よし!2人とも良く言った!・・・あれ、大将なんだ、泣いちゃってるよ。
佐藤 ・・・だってさ。・・・年取ると、涙もろくなっちゃうんだよ。しょうがないんだよ。
女給たちなど、もらい泣きするものも。
北修 だから、祝いの会なんだから、しめっぽいのは止めようぜ。そうだ。お姉ちゃん方、得意な奴あんだろ。ヤマニのテーマーソング。あれ、やろうぜ。あれ。
文子 私知らない。聞きたいわ。やってよ。
女給1 そうですか?(仲間に)やる?
女給2 いいじゃない。やろうよ。
女給3 じゃ、やろう。
皆、位置に着く。
女給5 店長、お願い!
速田 それでは、ミュージック、スタート!
マイムを入れながら、女給たちを中心に皆で歌い踊る(「ヤマニのテーマ・そこ行く兄さん編」)
そこ行く兄さん いなせな兄さん
素通りは許さないよ
きれいな姉ちゃん 待っているよ
お楽しみはこれからだ
* 歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はペロペロペン 歌はペロペロペン
さァ ようこそヤマニへ
2枚目兄さん こちらへどうぞ
ビールにカクテル ウヰスキー
素敵なステージ 楽しい会話
コーヒーいっぱいでもかまわない
*くりかえし
男たち 女たち
いやなことなんか忘れて
歌おうよ 踊ろうよ
カフェーは街のパラダイス
*くりかえし
暗転、1番に戻って歌だけしばらく続く。
(原曲 「ベアトリ姉ちゃん」 小林愛雄・清水金太郎訳・補作詞 スッペ作曲)
(第2幕 ACT6)
女給1現れる(エピグラフ朗唱)。
女給1 「銀の滴降る降るまわりに、
金の滴降る降るまわりに」という歌を私は歌いながら
流に沿って下り、間の村の上を通りながら下を眺めると
昔の貧乏人が今お金持になっていて、
昔のお金持が今の貧乏人になっている様です。
海辺に人間の子供たちがおもちゃの小弓に
おもちゃの小矢をもってあそんで居ります。 (知里幸恵・アイヌ神謡集)
朗唱が終わると、手にした垂れ幕を垂らす。
「昭和三年三月 嵐山」
トージを先頭に、ヨシオ、エイジ、ハツヨ、タケシが山道を登っている。タケシは遅れ気味。
トージ タケシ、何やってるのよ。もう少しだから、根性出しなよ。
タケシ ・・・おい、なんだよその言い方は(息が切れている)。お前、俺らよりいっこ下だって言ってんだろ。あー、疲れた。
ハツヨ タケシさん。しゃべりながら登ると息が切れるわよ。
ヨシオ でもトージはやっぱり山に入るといきいきするな。
トージ 子供のころから、山が遊び場だったからね。ここが本来の俺らの領分なのさ。
エイジ まだ雪があちこちに残ってるってのに、ほっといたら、駆け上っていきそうな感じだもんな。・・・でも、やっぱり山は気持ちがいい。
ハツヨ 本当。来てよかった。
ヨシオ ほら。もうそこが展望台だ。
5人、到着する。
ハツヨ ・・・すごーい。石狩川が下を流れて。旭川の町が全部見える。
エイジ 大雪山が輝いているみたいだ。・・・そうか、こんなふうに見えるんだ。
それぞれかみしめるように眺望する。
ハツヨ ・・・ヨシオさんは、しばらくの見納めね。
ヨシオ (うなづく)
ハツヨ どうして師範学校やめて東京に行くことにしたの?
ヨシオ ・・・うまく言えないけど、なんかそうするべきだって声が自分の中で聞こえたんだ、向こうの大学に編入して、詩や小説を書く。プロになれるかはわからないけど、とにかく早くそうすべきだって。旭川は、ふるさとで好きな土地なんだけど、一度離れることが必要だって。で、タケシに言ったら賛成してくれた。
タケシ うん、自分がそう思うんなら、いいんじゃないかなって。だけど俺は行かないよって言ったのよ。前だったら、東京かっこいいな、俺も行くかなって言い出したと思うんだけど、そういう気持ちにはならなかったんだよな。・・・ほら、子供の中にはいろんな奴がいるじゃない。俺、いっぱいいろんな挫折してるからさ。くじけそうな奴、励ましてやれるんじゃないかと思ったのよ。だから、俺はこのまま学校続けて教師になろうって。
ヨシオ ・・・ということなのよ。だからエイジさん、ハツヨちゃん、トージも。タケシをよろしくね。こいつ俺がいないとさみしがると思うからさ。それに誰かがネジ撒かないと、学校卒業することもできないし。
タケシ おい。
ハツヨ わかってるわよ。頼まれないでも、怠けてたらお灸をすえるから。ね。
エイジ そう、その通り。特にハツヨは、もともとものすごいおせっかいやきなんだ。きっと、ちょくちょく様子を伺いに行くよ。
タケシ えー、勘弁してよ。
ヨシオ で、トージはどうするの?佐野先生が、最近家に来ないって言ってたけど。
トージ ああ、先生には悪いんだけど、最近、木彫り熊の仕事が多くってね。ずっとコタンにこもりっきりなんだ。
エイジ ということは売れてるってこと?
トージ うん、まずまず評判が良かったんで、まわりの若い連中にもやり方教えたんだ。そしたら俺も作りたいって奴が増えてさ。で、木彫りでみんなが飯食えるようになればいいなと思って。
エイジ それ、いいじゃない。コタンの人たちは狩りで生計立ててたのを禁止されて、みんな苦しい生活してるんだからさ。もともと木を細工するのは得意なんだし。
トージ うん、俺もそう思う。
ハツヨ そうか、私と兄さんは勤めがあるし、じゃ、みんな道は決まったってわけね。
タケシ 見ろよ。雲が晴れて。川がキラキラ光ってる。
再びみな景色を眺める。
ヨシオ (誰とはなしに)・・・この5年、美術展の手伝いがきっかけで、北修さんや小熊さん、トージと知り合って、ヤマニに行くようになって、史さんや佐野先生とも出会って。アナキストと右翼の騒動に巻き込まれて、ハツヨちゃんとエイジさんにも会って・・・。本当にいろいろなことがあって、楽しかったことも、つらかったことも、その全部が自分の中で混ざり合って・・・。勿論自分がまだ何者なのかってもは分からないんだけどね。そういうことがあったから、自分は新しいところに飛び込んでゆく勇気を持てたのかのかもしれないなって・・・。
北修と、スタルヒン一家の3人が現れる。
北修 おお、いたいた、やっと追いついた。はー疲れた。
タケシ え?北修さん?どうしたんすか、こんなところに。
北修 こんなところって。お前らが嵐山に行ったっていうからよ。俺も久しぶりに行きたくなっちゃったんだよ。そしたらまだ雪は残っているし。あーしんど。
ヨシオ その皆さんは?
北修 あれ、知らないか?8条通で喫茶店やってるスタルヒンの一家さ。俺、この子に絵教えてやってるのよ。嵐山行くって言ったら、今日は休みなんで連れてってくれって言われてさ。
スタ父 はじめまして。喫茶白ロシアのスタルヒンです。北修さん、いい人。いつも私の作るパン買ってくれます。
スタ母 はじめまして、スタルヒンの家内です。嵐山、始めてきました。すばらしい景色です。ヴィクトル、皆さんにごあいさつなさい。
スタルヒン はじめまして。ヴィクトルです。日章小学校の4年生です。
エイジ え、小学生!そんなに大きいのに?
スタルヒン はい。みんなに言われます。
タケシ すげえな。俺たちよりはるかにでかいんじゃん。絵習ってるって言ってたけど、やっぱ、運動だよ。運動選手になったらすごいんじゃないの?
スタルヒン はい、絵のほかに、日章小学校で、野球の投手やってます。
タケシ そうか、野球か。その体なら、すごい球を投げるんだろうな。もしかしたら将来、大投手になるかもしれないよ。プロ野球初の300勝投手とかなったりして。
ヨシオ またタケシの予言が始まったよ。この時代、まだプロ野球なんてないだからさ。いい加減なこと言うなよ。
と、少女が走ってくる。堀田綾子(ほった・あやこ、5歳)。ACT5で金魚を買いに来た少女のようだ。
綾子 (北修に)おじちゃん。あっちにお花が咲いていたよ。とってもきれいだったよ。
北修 おう、そうか。おしえてくれてありがとう。(みんなに)この子はな、綾子っていうんだ。親が忙しくてね。いつも一人で遊んでいるんだが、嵐山に行くって言ったら連れてってやってくれって言われてさ。賢そうな子だろ。
ハツヨ お嬢ちゃん、綾子ちゃんて言うの?
綾子 そう、綾子。堀田綾子。
ハツヨ お年は?
綾子 5歳。
エイジ 綾子ちゃんは、何が好きなの?
綾子 ご本を読むことです。
エイジ そうか。5歳なのにご本か。偉いね。
綾子 ありがとう。
タケシ 俺、この子も大物になりそうな気がするね。本が好きだっていうから、将来は作家かな。大ベストセラーを書いたりして。
ヨシオ だから予言は止めろって。
タケシ いや、なんとなくそんな気がするのよ。直感っていうのかな。
ヨシオ ひとの将来のこと考えてないで、自分の足元ちゃんと見ろよ。
タケシ あ、ヨシオさ、東京行くときは、ノート遺してってくれよな。
ヨシオ しらねーよ。自分で何とかしろよ。
トージ (くっくと笑う)
タケシ あ、トージはまた人を馬鹿にして。
北修 ・・・そうだ、忘れるところだった。これ、お前ら2人に、小熊から(封書を渡す)。
ヨシオ 何ですか?
北修 わかんねえ。ヨシオが東京に行くって話を聞いたみたいで、これを送って来たのさ。はなむけの詩だってさ。
ヨシオ、中の紙を取り出して読み始める。
(第2幕 ACT7)エピローグ
ヨシオ 新しいものよ、あらゆる新しいものよ、
正義のために生れた さまざまな形式を わたしは無条件に愛す、
然も、君が青年としての情熱をもつて ふりまはす感情の武器であれば
それが如何なるものであらうとも 私はそれを愛し、信頼す。
ヨシオの声に、小熊の声(ナレーション)が重なる。
小熊声 私はおどろかない、君の顔に よし狡獪な表情が現れようとも
私は悲しまない、君の行動に臆病さがあらうとも
若し、それが君を守るものであるならば、ましてや君の若い厳粛さと
青年の勇気は なんと新しい時代の 蠱惑的な美しさをもつて
相手に肉迫してゐることだらう。
青年よ、我々は環視の只中にある、あらゆるものに見守られてゐる。
熱心に祈りの叫びをあげながら 現実のつらさに
眼を掩つてゐる 君の老いたる父や母にもー、
吐息を立てゝゐる兄や妹にもー、これらの身近なものは君を守る
だがとほくのものは ただおどおどとしてゐる許りだ。
ふるへよ、君の肉体を、護れ、君の感情を
そして君は入つてゆけ もつとも旋律的な場所へ、
老いたるものにとつては 苦痛の世界であるが
我々青年にとつては 感動の世界である処へ。 (小熊秀雄 青年の美しさ)
途中から小熊の声小さくなり、かわりに音楽(スタンド・バイ・ミー=ベン・E・キング)。
次第に暗転し、スクリーンに主な登場人物のその後が投影される。
・ 小熊秀雄
上京後、アイヌ民族や朝鮮民族など虐げられた人々への共感を表す長編詩などを発表し、詩壇に新風を送る。昭和10年、第1詩集「小熊秀雄詩集」、長編叙事詩集「飛ぶ橇(そり)」を相次いで出版し、詩人としての地位を確立するも、生活は困窮を極める。昭和15年、赤貧の中、肺結核により死去。享年39歳。昭和43年、旭川市が小熊秀雄賞を創設。
・ 高橋北修
昭和6年、旭川の画家として初めて帝展に入選。戦後は旭川の純生美術展と全道美術協会の結成に参加するなど、地元画壇の重鎮として活躍した。大雪山を描いた油絵に定評があり、「大雪山の北修」と呼ばれ、親しまれた。晩年は病気のため、左手一本で絵筆をふるった。昭和53年死去。享年79歳。
・ 速田弘
昭和8年、カフェと喫茶、レストランを融合させた新店舗「パリジャンクラブ」を開店するなど事業を拡大したが、戦時色が強まる中で経営は悪化。翌年、借金の返済に行き詰って自殺を企てるも未遂に終わる。その後、旭川から姿を消したが、戦後、東京銀座でクラブチェーンを成功させ、実業家として復活を遂げる。
・ 佐野文子
戦前は、廃娼運動に加え、旭川初の託児所設立などに尽力。一方、国防婦人会支部長としての精力的な活動で全国に知名度を上げたことから、陸軍の要請を受け上京、東条英機首相の私邸で子供たちの家庭教師をつとめる。戦後は、戦災孤児、戦争未亡人の救援など数々の社会活動を行い、多数の公職をつとめる。昭和53年死去。享年84歳。
・ 松井東二
旭川のアイヌの間で盛んになった熊の木彫りは、その後の民族解放運動の資金源ともなった。戦後は、木彫り名人として後進の指導に当たる一方、アートとしての作品制作にも幅を広げる。昭和40年代には、尊敬する知里幸恵の著書「アイヌ神謡集」の世界をモチーフとした連作を発表、高い評価を受けた。昭和55年死去。享年70歳。
・ 江上栄治
旭川の作り酒屋で修業を積み、杜氏となる。真面目な仕事ぶりで将来を嘱望されたが、昭和13年、陸軍第七師団への召集を受ける。翌年、満州で勃発したノモンハン事件で現地に出動。ソビエト軍との交戦中、敵戦車の砲撃を受け死亡。享年29歳。
・ 江上ハツヨ
佐野文子の紹介で入社した繊維商社で働いた後、独立。女性服を中心に扱う商店を始める。才能のあるデザイナーを発掘し業績を高めるものの、戦時中は厳しい経営を強いられ、会社は閉鎖を余儀なくされる。戦後は、衣料品に加え、幅広く生活雑貨を扱う商社を立ち上げて成功。旭川を代表する女性経営者となる。平成6年死去。享年84歳。
・ 塚本武
師範学校卒業後、教師となり旭川市内の小学校に勤める。25歳の時に同僚教師と結婚するが、1年後に結核を発症。入退院を繰り返し、一時は職場復帰を果たしたが、再び病状が悪化。昭和15年死去。享年31歳。
・ 渡部義雄
昭和3年、明治大学文学部に編入。卒業後、東京の新聞社に勤め、戦時中は従軍記者も経験する。終戦後は旭川に戻って市役所に勤めながら創作活動を続ける。昭和39年、旭川市博物館長に就任。旭川の郷土史に関わる著書も多数執筆した。平成14年死去。享年91歳。
スクリーンに「FIN」の文字が映し出され、やがてそれも見えなくなる。
(画像6)嵐山から見た旭川