現在、私は町内会の班長をやらせてもらっている。
私の班は13世帯で成り立っているので、13年に1度、自動的に班長の役目が回ってくる。
私→Aさん→Bさんと回覧板が回る順番で、次の班長になるAさんに引継ぎの話をしに言ったところ「もう年齢も年齢で1人暮らしなので班長はできない」と言われる。
「それでは次のBさんに話をしてみますね」と言ってBさん宅に行くと「私もAさんができないなら、私の方がAさんより体調が悪いので私もできない」と言われる。
確かにBさんは杖をつかないと歩けない不自由な方だった。
2人も飛ばすとなると問題になると思い同じ班で様々な役員を経験されているCさんに電話で相談してみると「仕方ねえだろ、それは」という返事。
Cさん自身も70歳を超える方であるが昔から脚が速く運動会になると必ずリレーを走ってくれていつも活躍されるカッコいい存在。話し方がいつもべらんめえ口調の人で、あまり品があるとは言えない。
仕方がないという返事をもらい、Bさん宅にその事を伝えに行き自宅に帰ろうとするとCさんが私の家に来てくれていた。
「色々と昔の資料を探して、班長ではないが役員にならなくてもいい条件などが書いてある紙を探してきたぞ」とわざわざ私にそれを届けに来てくれた。この時点でこの人はなんて優しい人なんだろうとぐっと来る。
そして「Bさんに班長飛ばすの仕方ないということを伝えて来ました。そうしたらBさんが『班のみんなに申し訳ないから一軒一軒挨拶に回って謝りますよ』とBさんが言ってましたよ」とCさんに伝えた。
するとCさんは「バカ、お前あの人に一軒一軒回らせるな!あの人歩いて回るのも大変なんだぞ!お前が行ってやれ!」「あの人に回らせるな」
私はBさんが一軒一軒挨拶して回ればみんな納得してくれるからいいと納得していたがCさんの一言を聞いて自分が恥ずかしくなった。確かに脚の不自由なBさんに一軒一軒歩いて挨拶させるなんて優しさがない。
言葉はいつもべらんめえ口調だがCさんの人への優しさが伝わって来ました。カッコいいなあと心から思いました。
しかしCさんが私との別れ際に「俺はお前の親父が大好きだったんだよなあ」と昨年亡くなった私の父のことをそう言ってくれた。「ちびまるこのおじいちゃんの友蔵だと思ってたんだよ」とも言っていた。
確かにウチの父は、友蔵のように大ボケなことをやらかす父親だった。ただ本当に声を荒げたりすることのない穏やかでいつも優しい父親だった。
人の優しさについて、考えさせられる1日でした。