Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

062-未遂(前編)

2012-12-10 22:58:29 | 伝承軌道上の恋の歌

 果たして僕達は街に紛れることができた。僕とアノンが向かうのはかつての『聖地』神宮橋だ。公園を改修してできるはずだった巨大なテーマ・パークは第二東京タワーが建設中止になったのと同じ時期に計画が頓挫して、今も更地になったまま。ここが一週間に及んだ『管理-kanri-』の最後を飾るイベントが行われる約束の地だった。
 辿り着いた時には既に前夜祭を終えて、万を超える群衆が野外会場にひしめいていた。僕とアノンの目的は彼らに混じることじゃない。向かうのは背の高い柵で覆われたその先に、ハリボテの骨組みがさらされたバックステージだった。『Staff Only』そう掲げられた通用門の前に二人で立つと、まるで当たり前のように僕達は二人で通ろうとする。
「…ちょっと、あんたたち!」
 あわててそれを止めに入るのは自身もマキーナ神話のキャラに扮した若い男だった。
 しかしアノンは振り返ると黙ってその男を見つめる
「アノン、おまえ…」
 男はそう言ったきり、身をこわばらせている。その顔に僕は見覚えがあった。アカと一緒にアノンたちを裏切ったかつてのスフィアの仲間だった。
「…いこう、シルシ」
 アノンが再び歩を進めると、もう誰も僕達を止めるものはいなかった。その一本に伸びた細い通路を歩いて行く。長く続いたその先から光と歓声が漏れ伝わって、進む一歩ごとにこれまでいたい場所と違う空気に染まっていく。そして辿り着いたステージの裏では凄まじい音圧が鉄パイプの骨組みをびりびりと揺らしていた。
「こんなハリボテでも誰だって夢は見られるんだよ」とアノンは笑う。
「アノン…」
 僕はアノンにある一点を視線で促した。ステージの脇、そこに佇む人影に僕が気づいたから。それは身じろぎせずただこちらを見ている。上半身に差した陰ではっきりと分からないが、華やかなステージ衣装をまとったその姿から、彼女もまたマキーナを端末化した一人で、これから始まるステージの主役となるはずの誰かだった。
「…アカ」
 アノンが彼女をそう呼んだ。しかし彼女はただ立ち尽くしている。
「…アカ、怒ってる?」
 ゆっくりと歩み寄るアノンの歩幅は心の葛藤をそのまま現していた。アカが応えるようにようやく一歩を踏み出すと、黒影から彼女の表情が初めて浮かび上がった。ピンクに染めた髪、涙の跡のように伝う動線状のメイク、それはマキーナを端末化したアノンの不器用なイミテーションだった。そして不安げに彼女を見つめるアノンにアカは微笑で返す。
「アノン、遅い。待ってたよ」
「いいの?」アノンがためらいがちに聞く。
アカは返事の代わりにヘッドセットマイクをアノンにつけてやった。それからアカはアノンを抱きしめて
「頑張ってね…」とかすれた声でつぶやいた。やがてアノンは長い二つ結びの髪を翻してアカと僕に背を向ける。名残惜しそうに「…シルシ」と一度だけ後ろを振り向いたが、
「行ってこい」
 僕は微笑んだ。アノンはそれに答えるように「うん!」と大きく頷いて騒々しい光のなかに早足で踏み込んでいった。

…つづき

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