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マツーイとイチローの不振の訳

2005-06-09 16:15:19 | Weblog
 読者から「今年の松井に太鼓判を押していたのにどうしたのだ?」とお叱りに近い問い合わせを頂いた。その読者が心配されるように、確かにここのところのヒデキ・マツーイ選手は完全に自分を見失ったバッティングをしている。
 ただ、オープン戦から開幕直後のバッティングと大違いかというと、そうでもない。問題は、「心の余裕」と「体の開き」だけだ。
 心の余裕は、差し込まれるのではないかとの気持ちの焦りをいうが、彼のように球を呼び込んで打つタイプのバッターは、「差し込まれるのではないか」と思い始めると、打てなくなる。この「差し込まれることへの恐怖感」から自らを解放すれば、ポンポンと打ち出すようになるはずだ。
 また、もう一つの身体の開きだが、これには2つのポイントがある。まず、松井選手の右足のつま先に注目していただきたい。現在、ボールを打つ前につま先が外側に引っくり返っているが、これでは球に体重が乗らない。彼の最高に調子がいい時は、バットがボールに当たった後もつま先が地面についている。またある程度調子がいい時なら、打つ瞬間までは地面についている。
 それと身体の開きに関してはもう一つ、上半身の回転が早過ぎる。大リーグの投手の球は、日本のプロ野球の投手に比べ、手元で微妙に変化する球を投げる投手が多い。渡米して1年目の前半に悩まされたカット・ボールというやつだ。それにタイミングを合わせようとするために松井選手は、バットの出が遅くなり、その分体が開いてしまうのだ。
 調子を落としていると言えば、イチロー選手の状態も気になるところだ。
 だが、彼のスイングには問題点はみつからない。あるとすれば、「心」の部分だけだろう。
 彼はよく「球の軌道の残像」といった言い方をするが、要するにいかに打席において球筋を見極められるかが、勝負の分かれ目だといいたいのだと思う。それからすると、現在の彼は自分を見失っているとしか言いようがない。昨日の試合でも、外角低めの球を見逃して三振をした際、主審のストライク・コールに珍しく文句を言い、不快な態度をあらわにした。これは、イチロー選手の脳裏に焼きつかれた「残像」を基準にしたらボールに見えたのだろう。しかし、何度その場面を見ても明らかにストライクだ。投球術の基本だが、2ストライクまで真ん中より(内角をつかないのがポイント)の球で攻めておきバッターの選球眼を狂わせて、仕留める決め球はコーナーギリギリに投げ込むのだ。すると、バッターからすると不思議なことに外角低めのボールに見えてしまう。
 こんな基本中の基本にはまってしまったイチロー選手を私はかつて見たことはない。これは彼の哲学からすれば、野球に負けていることになる。彼は、普段から哲学者かと思えるような「野球道」を探求している選手だが、心の余裕を失うと、こんな醜態を見せることもあるんだなと驚きをもってその姿を見ていた。
 まあ、しかし、2人とも図抜けた技術と運動能力を持った選手である。スランプから抜け出せば瞬く間に皆さんが喜ぶようなヒーローになるはずだ。もう少々、お待ち下さい。