有田芳生の『酔醒漫録』

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激戦の沖縄県知事選挙ーー伊波洋一候補を支持する

2010-11-27 10:08:59 | 参議院

 11月27日(土)明日は沖縄県知事選挙。激戦、接戦。決戦の帰趨は深夜までもつれこみそうだ。私は普天間基地のグアム移転を主張する伊波(いは)洋一候補を一貫して支持してきた。参議院選挙の候補者だったとき、沖縄に向かい、宜野湾市長だった伊波さんから基地の歴史、現状、将来構想を伺った。印象的だったことは、資料をいっさい見ることなく、詳細に説明してくれたことだった。基地の跡地利用についても具体的で、跡地の近くには私が公約の柱のひとつとして訴えた、がん治療に有効な重粒子線治療施設を作ることも盛り込まれていた。「県外移設」を言いながら、辺野古移転に反対しない現職候補とも違う。私はこれまでツイッターで伊波さんの安全保障認識を毎日「つぶやいて」きた。現状を変える意志と構想力を持った伊波洋一さんが当選すれば、民主党政権も大きな影響を受ける。日本が変わらざるをえないということだ。日本が動けばアメリカも変わる。遠く離れた東京の地から伊波候補の支持を再度訴える。


国民新党をターゲットにする統一教会偽装組織

2010-11-24 15:40:17 | 参議院

 11月24日(水)霊感商法などの反社会的行為を続けてきた統一教会が、「全国拉致監禁・強制改宗の会」を立ち上げ、事情を知らない海外などで運動を続けている。8月6日に国会に近い憲政記念館で海外からのゲストや宗教ジャーナリストの室生忠氏などを呼んで「信教の自由と人権問題を語る」シンポジウムが開かれた。憲政記念館は国会議員しか申し込めないから、部外者が使用するときには、議員事務所などに依頼することになる。会場の申込者は民主党衆議院議員であった。運動の象徴である後藤徹氏の事件は検察審査会で「不起訴相当」と議決された。しかしあくまでもこの課題で社会的アピールをするのは、文鮮明教祖の4男の国進氏が「取り組みが弱い」と激怒したからと信者のなかでは言われている。その指示を具体化すべく12月3日午前11時から1時間の予定で「日本の人権を考える」特別集会が東京・日比谷野外音楽堂で行われる。主催は「全国拉致監禁・強制改宗の会」で3500人が集まるという。最大の目的は国会請願だ。そのために国際勝共連合の事務総長などがロビー活動を強化、与野党の議員に働きかけてきた。ところが民主党も自民党も請願を引き受けてくれるものはいない(11月24日現在)。請願を引き受ければ日比谷から国会までデモが行われたとき、道路に面した議員面会所でデモが通過するのをずっと見守っていなければならない。霊感商法=統一教会のフロント組織を公然と応援する議員はなかなかいないのが現実だ。このままでは日比谷屋音で集会を開いても国会にデモをすることができず、労組などが行うコースである常磐橋に向うしかない。そこでいま働きかけを行っているのが国民新党所属の国会議員である。はたして請願を引き受ける議員はいるのか。与野党ふくめて統一教会を公然と支援する議員が姿を現すのかどうか。多くのマスコミが注目している。


伊波洋一さんを支持するーー菅直人首相と普天間移転問題

2010-11-24 09:35:51 | 参議院

 菅直人首相と日本酒を酌み交わしながら余人をまじえず3時間ほど話しあったとき、沖縄の普天間飛行場移転問題についても聞いた。菅さんは夏休みに大城立裕さんの小説「琉球処分」(講談社文庫)を読んだ。社民党の照屋寛徳議員は、10月13日の衆院予算委員会で「あの大著を最後まで読破しましたか」と質問、菅さんは「夏休み、少し時間がとれましたので、そのときに文庫本の上下巻を読み終えることができました」と答えている。

 琉球処分とは、1879年に明治政府が巡査や歩兵など600人で首里城に乗り込み、473年も続いた琉球王国を消滅させたことをいう。照屋議員はこの歴史的事実を引いて、普天間飛行場を辺野古に移転する5月28日の日米合意を踏襲する菅政権を「平成の琉球処分」だと批判した。そのやりとりを私に紹介した菅さんは「平成の琉球処分という言い方にはまいったね」と真顔で語った。

 民主党の代表選時、菅さんから普天間移転問題で何度か電話をいただいた。「総理という立場では言えないことがあるんです」と何度も語る菅さんに私は「ニュアンスでも語らなければ伝わりませんよ」と伝えた。普天間飛行場移転について「菅プログラム」があることを知った私はそう言わざるをえなかった。その「ニュアンス」を照屋寛徳議員の予算委員会での質問で語っていたので、ここに速記録を引用する。

「この合意に多くの方が反対であることは承知をしておりますけれども、少なくとも、そこからスタートをした話し合いをしなければ、話し合いの立場があいまいなまま、混乱が一層継続するというふうに考えまして、私としては、五月二十八日の日米合意を踏まえて、そして同時に、負担の軽減に全力を挙げるということを申し上げたつもりです」

「県民の皆さんの反対を踏みにじる形で強引に推し進めることは、やるべきとも思っておりませんし、そういう形でできるとも思ってはおりません」
 
菅さんはオバマ大統領との会談もふくめて「時間」を味方につけようとしている。沖縄県民の負担を軽減するための調査を行っていることも知らされた。県知事選挙が終われば沖縄を訪問し、そこで新知事に提案するのだろう。普天間飛行場の移転先は、アメリカの基地再編戦略に沿ったグアムにあると判断しているはずだ。私はそう判断している。だからこそアメリカの軍事戦略に詳しく、一貫してグアムあるいはテニアンへの移転を主張し、行動してきた伊波洋一候補が県知事選挙で勝たなければならない。菅首相が普天間飛行場移転問題で新たな方向性に踏み出すためにも伊波勝利がどうしても必要なのである。



【続報】東京第5検察審査会(小沢一郎ケース)疑惑

2010-11-19 19:37:21 | 参議院

 11月19日(金)長い予算委員会が終わり、会館に戻ってきた。拉致問題の報告書を今夜中にまとめなければならないので「劉暁波さんのノーベル平和賞を祝う会」に出席することができなくなった。仕方なく「北朝鮮難民救援基金」の加藤博さんに電話をしてファクスで会場にメッセージをお送りした。東京第5検察審査会(小沢一郎ケース)の審査員について最高裁判所から回答がきた。「起訴相当」とした第1回の議決(4月27日)の男女比は、男7人、女4人、第2回議決(9月14日)は男5人、女6人だったという。「本当にそうか」と再確認したところ、「改めて確認した」との返事だった。2回とも平均年齢が34・55歳。会議録を何とか公開させることはできないものか。しかし最高裁回答を仮に本当だとすれば、抽選ソフトに問題があったのではないかとの疑惑が出てくる。その課題は森ゆうこ議員が追及しているところだ。さらに調査する。


【改訂版】小沢一郎ケースーー検察審査会から回答が来た

2010-11-16 15:37:45 | 参議院

  11月16日(火)和歌山県知事選挙の応援から戻って議員会館。第5東京検察審査会の議決(小沢一郎ケース)について、法務委員会で質問したとき、2回とも平均年齢が34・55歳とは「統計的にはありえない」と質した。裁判員制度では辞退率が51・5%と公表されている。では検察審査会あるいは第5東京検察審査会の小沢ケースではどうかとも訊ねたのだが、「承知していない」と最高裁判所長官代理は答弁した。その疑問に対してさきほど回答が寄せられた。1回目の起訴議決に参加した11人は平成21年度2群(有権者から任意で選ばれた100人から審査員、補充員それぞれ6人を抽選。計12人)、平成22年度1群(同それぞれ5人の計10人)。辞退率は22%と40%。つまり78人と60人で抽選をしたという。2回目の議決は平成22年度2群と3群。辞退率はそれぞれ33%と29%だった。ここでは67人と71人で抽選したことになる。第5東京検察審査会の抽選は、これで明らかとなったが、果たして選ばれた審査員が会議に出席したかどうかはこれまた不明のままだ。正式に審査員に選ばれた者全員が審査会に出ているとは限らない。その場合には補充員が代わりに出席すると説明を受けたからだ。いったい何人で議決が行われたのか。やはり法律(検察審査会法第28条)に定められた議事録が公開されないと疑問は解決しない。ところが東京第1検察審査会の課長は「議事録といったものはつけておりません。会議の実施日時や参加者を記録する会議録ならありますが……」と答えている(「週刊プレイボーイ」11月15日号)。しかも審査員の間で何が話し合われたかも残っていないというのだ。まずは議決時に何人の出席があったのかを改めて質問する。


横田めぐみさん拉致から33年にあたって

2010-11-15 10:03:07 | 参議院

 11月15日(月)33年前の「この日」夕刻。新潟で13歳の中学生だった横田めぐみさんがバドミントン部のクラブ活動を終えて学校から帰るとき、自宅まであと50メートルという場所で北朝鮮工作員によって拉致された。めぐみさんはいま46歳。私が就職のために京都から上京したのも77年。それから33年のいままで紆余曲折さまざまな経験をしてきた。振り返れば短くもあるが長い時間の変転。しかしどんな環境にあろうと、自分の意志で行動することができた。めぐみさんは自由な人生を強制的に奪われ、思春期、青年期を経ていまなお北朝鮮のいずこかにいる。13日に横浜市磯子区の杉田劇場で「横田夫妻を励ます会」があった。太田正孝市議の御尽力で、高世仁さんの講演も行われ、私も思いを語り、横田滋さん、早紀江さんも訴えた。早紀江さんの話で驚いた。めぐみさんが拉致され、招待所で暮らしていたとき、1年後に拉致された曽我ひとみさんが連れられてきた。2人は北朝鮮の歴史と国語、物理、算数などを教えられたという。2人はあるとき布団のなかで小声で拉致されたときのことを語りあう。めぐみさんは自宅まであと少しという曲がり角まで来たとき、物陰に隠れていた男に襲われた。それが北朝鮮の工作員だったのか、あるいは日本にいる支援者だったのかは不明だ。曽我さんはとてもそこまで聞けなかったと早紀江さんに語った。工作船に乗せられためぐみさんは爪がはがれるほど泣き叫び、救出を求めた……。早紀江さんは「そこに溺れている人がいればたとえ自分が泳げなくても必死で助けようとする」のが人間だと訴えた。拉致問題解決は人権の課題なのだ。北朝鮮はめぐみさんが自殺したと主張している。あとの7人も死亡というが、実はそうでもないだろうことを私は知っている。だからこそ政府が本気で交渉しなければならないのだ。菅直人首相や小沢一郎さんともこの課題の解決のための方向性を語り合った。横田滋さん、早紀江さんは「私たちには時間がないんです」と語る。そう、時間がないのだ。解決への道筋はある。


「議員の反論は外まで聞こえてきた」だって?

2010-11-13 11:17:08 | 参議院

 11月13日(土)昨日は本会後が終わってから政治改革推進本部の総会に出た。テーマはインターネット選挙の解禁や議員歳費の1割削減など。賛否両論というよりも反対論が多かった。議員定数の削減が野党の反対などが強く難しいから、まずは歳費削減をという論理が施行部の提案だ。プロセスがおかしい。公約実現のために全力を尽し、その結果として新しい提案をすべきなのに、まずはマスコミ辞令で議員も知らないうちに新方針が報じられる。消費税しかりTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)しかり。まずは民主的手続を経なければ反対論は高まるばかりだ。この議論を報じた「朝日」記事は「非公開の室内で思い思いに口を開いた議員の反論は外まで聞こえてきた」などとしらっと書いている。私は所要があり最後まで議論を聞くことなく部屋を出た。そこに見たのは立ったまま、あるいはしゃがみこんで壁や空気孔のような隙間に耳を押し当てて内部の声を聞いている記者の姿だった。取材においてそれが普通のことだとは知っている。しかし「議員の反論は外まで聞こえてきた」という表現では現場の状況を正確に描いたことにはならない。厳しい反対論が続出したことを表わしたい気持ちはわかるが、表現としては違和感を感じた。「聞こえてきた」のではなく「聞き耳を立てた」のだから。そうは書けないから微笑ましくもあるのだが。菅政権は大波の連続だ。普天間問題、尖閣問題、北方領土問題、検察問題などなど。これほどの難問がいっきょに押し寄せた政権は珍しいのではないか。政治が国民の運命を担っている以上批判は受忍しなければならない。しかし難問打開の課題はすべての政治家の仕事でもある。ただただ攻撃の舌鋒を鋭くするだけでは何も解決しない。


「人魚の嘆き」(神保町)8周年を祝う

2010-11-11 23:29:22 | 酒場

 101111_194901 11月11日(木)明日は本会議。もう寝なくては。しかし記録すべきことがある。今晩は神保町に開店して8年目になる「人魚の嘆き」のお祝いが学士会館で行われた。元編集者の松本彩子さんが東京堂書店の近くに店を出してから、あっという間に文壇バーに育っていった。その松本さんの誕生日でもある。中上健次さんなどが通った文壇バーといえばたいてい新宿界隈だから「人魚の嘆き」は界隈では唯一といっていいだろう。私はもう1年以上顔を出していないが、御案内をいただいたので出席した。司会は丸山真男研究で知られる苅部直さん。久しぶりに茂木健一郎さんと握手したことには理由があった。われらが先輩の佐野眞一さん、素敵な表現者の高山文彦さんとも久しぶりで、みなさんと不義理の数々。20代から交流ある「Insideline」編集長の歳川隆雄さんからは政界のディープ情報を教えてもらった。分子生物学者の福岡伸一さんとは四方山話。乾杯の音頭は「キョンキョン」こと小泉今日子さん。そのあとビックリは1928年の無声映画で活動弁士が実演。さらに小津安二郎さんの映画(「東京物語」だったか)を使っての「人魚の嘆き」物語。言葉で表現できないのがもどかしい。『酔醒漫録』を出してくれた「にんげん出版」の小林健治さん、解放出版の多井みゆきさんたちとも懇談。俳句の会で先日もご一緒した吉田類さん、坂崎重盛さんもいらした。そうして懐しい方々との交流から離れてひとり「ボン・ヴィバン」で食事。ちあきなおみの「紅い花」を流してもらう。こんな夜に心に染みる。どうやら店を出たあとに吉田類さんが来店したようだ。


足利事件周辺の新情報を聞く

2010-11-11 16:10:51 | 参議院

 11月11日(木)法務委員会に出席。午後は行政監視委員会を傍聴。民主党の風間直樹議員が「文藝春秋」の足利事件キャンペーンを取り上げたからだ。この問題は同誌に書かれているようにいずれ委員会で質問するために私も現場取材や関係者からの調査を重ねてきた。はたして当局が何と答えるかという視点で傍聴。足利事件の菅家利和さんを有罪に導いたMCT118法。このDNA鑑定で有罪判決が確定したのは8人という法務副大臣の答弁が新しかった。さっそく事件の内容、量刑などを問い合わせることにした。警察庁の科学警察研究所によると、平成3年から15年までに地方をふくめて141件の鑑定が行われたとの答弁もあった。傍聴に来ていた日本テレビの清水潔さんと参議院議員会館の喫茶店で打ち合わせ。


北朝鮮 ーー 政治犯収容所の驚くべき実体

2010-11-09 13:46:30 | 参議院

 11月9日(火)衆議院の第2議員会館。民主党の北朝鮮難民と人道問題についての議連で、政治犯収容所で13歳から28年暮らしたキム・ヘスクさんの話を聞いた。大規模な収容所は6か所。そこに20万人が収容されているが、最近は脱北者が強制送還されているため、30万人ぐらいに増えているという。キムさんが収容されたのは連座制。収容所には学校もあり、そこでは国語と算数が教えられるが、あとは労働が課せられる。キムさんは17歳から31歳まで採炭工として働いた。トウモロコシの配給が減ったときには、向かいの収容所から盗んだ者が公開処刑されたそうだ。97年から2000年にかけては月に7回から8回もの処刑が行われたという。キムさんはいったん中国に脱出、しかし北朝鮮に戻ったとき逮捕。再び中国に脱出、09年3月に韓国へ。キムさんの話では飢餓がひどいときには、精神に異常をきたし、子どもを食べる母親まで出たそうだ。拉致もまたこの人権蹂躙思想が根っ子にある。北朝鮮の人権状態と拉致問題はつながっているのだ。集会には「ザ・ワイド」でもご一緒した「Daily NK」の高英起さん再会。