有田芳生の『酔醒漫録』

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赤坂3LDK10 万円以下の議員特権

2006-09-30 09:27:37 | 立腹

 9月29日(金)惰性の酒ではなく、心底疲れた日の酒はうまい。銀座「ル・ヴェール」。「酒とつまみ」第9号の原稿の打ち合わせをしてから、佐藤謙一さんにカクテルを作ってもらった。「マティーニ」と「マンハッタン」。「ああ疲れた」と夕方1時間半の取材相手に虚しい怒りを覚えつつ、身体がほぐれていく。こんな感覚は久しぶりのこと。忙しい一日だった。昼すぎの神保町。「伊峡」で「半ちゃんラーメン」(580円)を食べてから東京堂書店で岩井紀子・佐藤博樹『日本人の姿 JGSSにみる意識と行動』(有斐閣)を買う。タクシーで国会図書館へ。市販されていない「BC級戦犯」関係の著作と『きけわだつみのこえ』の初版(1949年)を請求した。「A級戦犯」についての著作は多いのに、「BC級戦犯」については圧倒的に少ない。「A級戦犯」は28人が起訴され、判決は25人に下された。死刑は7人。ところが「BC級戦犯」は、約5600人が逮捕され、1000人近くが処刑されている。そのなかには冤罪も多かった。戦争の不条理はここにある。竹内まりやの「返信」を聴きながら若くして戦死、刑死した人たちのことを思う。椅子に座って待ってるとき、受付カウンターの上の壁に鮮やかな文字が記されていることが眼に入った。羽仁五郎さんが何度も強調していたので心に焼き付いている言葉だ。ドイツに留学していたとき、羽仁さんが大学で見た銘文である。もともとは新約聖書にある言葉が、戦後の国立国会図書館法の全文に採用されたのだ。

 
真理がわれらを自由にする

060929_15240001  『きけわだつみのこえ』は最初、東大協同組合出版部から出版された。マイクロフィルム4枚に納められたものを見ていくと、「木村久夫」が「木村久男」になっていた。必要部分をコピーする。会社勤めを終えてフリーになってから、図書館といえば広尾の都立中央図書館に行くことがほとんどだった。しかしここのところ国会図書館を利用するようになってから、使い勝手がいいことがよくわかった。空間が広いことと検索機能が機能的なのがいい。時間がきたので慌てて衆議院に向う。庶務部広報課で取材したのは「ザ・ワイド」で10月5日に放送される予定の企画だ。国会議員の赤坂新宿舎は現在建設中。都内の一等地にできる宿舎は3LDKで82平米。28階の最上階にはスカイラウンジがあり、スポーツジムも設置される。相場で判断すると家賃は70万円を下らない。ところが!国会議員はここに10万円以下で入居できる予定だ。しかも駐車場付きの家賃である。その根拠を広報に問いただすのだが、まったく無駄な時間だった。徒労とはこういうことをいう。自民党から共産党まで賛成しているのだから驚く。いや呆れる。不快感を引きずりながら赤坂へ。「不安定研究会」のテーマは、林雄一郎会長の「ポスト冷戦後時代」。21世紀半ばまではアメリカと中国の「G2」時代になるという。世界構造はしかし欧米主体からアジアの時代へ。200年前から形成されたヨーロッパ的価値観からアジア的価値観へと大きく転換してゆくという予測だ。その兆しのなかで安倍新政権の真の課題はアメリカ問題だという刺激的な議論があった。

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安倍晋三36回の「思います」

2006-09-29 09:36:48 | 思索

 9月28日(木)朝6時すぎから単行本『X』の原稿を書く。電車のなかでも歩いていても、そしてプールのなかでも頭のなかは昭和24年あたりのことを考えている。「ザ・ワイド」で困ったことが起きた。最初のテーマは東京駅で火災が発生して京葉線がストップしたというニュースからはじまった。「発生もの」といって、放送までに起きた事件などを急きょ取り上げることがある。情報番組だから当然のことなのだが、コメンテーターとしては大変だ。予定されていたテーマならそれなりに準備ができる。しかしテレビ局に行ってから新しい項目が入っていると、そこから「仕込み」が必要となる。「困った」というのは、どうしても情報が限られるからだ。スタジオでは草野仁さんから3回も質問がやってきた。2回までは処理できたが、最後は具体的な情報ストックがなくなってしまった。何とか「切り返し」てようやく次のテーマに移ったとき、困惑がはじまった。何かといえば「思う」という言葉に囚われてしまったのだ。コメントの結びを「思います」としていることが気になってしまったのだ。そしてすぐに浮かんだのは安倍晋三の総理就任記者会見のことであった。これからの政治を語ったとき、「思います」という言葉を36回も使ったのだ。心理学者などは「思います」という言葉の多用は、自信のなさの現れだと分析する。そうなのだろうか、だとしたらコメントの終わりをしばしば「思います」で締めくくっているぞと気になり出した。コメントはいかに着地するかが難しい。技術的問題でもあるが、本質的には認識の程度の反映だろう。たとえば自分が実際に調査し、蓄積のある問題では断定をしているからだ。

060928_19410001  しかしそうではなく情報として獲得した問題では、どうしても断定はできず、「思います」「~ではないでしょうか」となる。ある大学教授のコメントがいつも「~なんですね」だったとき、口調は柔らかでも、高見に立って語っているように伝わってきた。語尾の処理は難易度の高い問題だ。自信のなさとしての「思います」と開かれた「思います」がある。安倍総理が「思います」を多用するのも無意識なのだが、政治家としては頼りなさを感じさせてしまうのだろう。『日本国語大辞典』(小学館)で「思う」を引いてみた。最初に「何か具体的な考えや感情を心にいだく」とある。さらに見ていくと「そうだと深く信じこむ。また、自信をもつ」ともある。ならば「思います」に自信のなさを感じるのは、語義的には問題があることになる。こんな説明もあった。「『考える』は『筋道を立てて客観的に判断する』という頭のはたらきを表すもの」だが「『思う』は思考や感情の具体的内容に重点がかかり、またどちらかと言えば想像、決意、心配、恋情など、主観的、感情的な要素が強くはいっている」とある。精神活動を表す「考える」と具体的な感情を喚起する「思う」ということだ。安倍総理の言葉遣いが断定でないことから弱さを感じさせるのだろうが、それが多用されることでより自信のなさに映ってしまうのだ。コメントとしての「思う」の使い方を「考え」よう。大山の「ちくら」でホームページ管理人の澤田篤さんと飲む。長芋ソーメン(680円)の芸術的な包丁さばきに感嘆した。

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安倍晋三と統一教会(4)

2006-09-28 06:17:48 | 政談

 9月27日(水)雨降る朝。午後からは晴れ、夕刻には美しい夕陽を部屋の窓から眺める。市川昭介さんの訃報を報じるテレビを見ていても、都はるみさんの姿はコメントをふくめていっさい出てこない。遺体に寄り添って2人だけで4時間を過ごしたことに悲しみの深さが現れている。他者には想像もできないほどの慟哭を前にはどんな言葉も虚しい。外出せずに終日単行本『X』の原稿を書く。安倍新政権の布陣は、スキャンダルぶくみの危うさを抱えている。利権人脈だけではない。「目玉」のひとりは女性をすぐ誘うことで永田町ではよく知られている。そんな負債を覆うためにも北朝鮮対応やアジア外交が急速に進むだろう。まだ地下鉄サリン事件が起きていないときのこと。坂本弁護士の奥様である都子さんの周辺から依頼され、密かに調査を進めていたことがある。福岡市内の不動産屋を訪れた。そこで働いていた女性従業員は、取材拒否。なぜかオウム真理教と統一教会の友好組織である国際勝共連合をそれぞれ担当していた。2つの組織が彼女の斡旋でビルを借りていたのだ。不思議なことに彼女は福岡市内に自己所有のマンションを2つ持っていたこともわかった。統一教会が北朝鮮との関係を密にすることに日本政府の情報部門は当時から注目していた。在日韓国人である不動産屋の女性従業員が、何度も平壌に行っていることを政府機関は掴んでいた。北朝鮮と統一教会を結ぶ線は、すでに10年以上も監視の対象になっている。安倍政権ではさらにこの体制が強化される。

060927_17200001  これまで北朝鮮は統一教会が資金を提供してくれることで蜜月の関係を維持してきたが、最近ではきしみが見えはじめている。いま詳細は書かないが北朝鮮で一時だがスパイ容疑で逮捕された古参信者もいる。そこでの尋問は、統一教会が北朝鮮で何をしようとしているかという問題に集中していたという。
普通江ホテルを統一教会が経営していることをわたしは「週刊文春」(1994年7月28日号、有田『「神の国」の崩壊』教育史料出版 会、1997年所収)に書いた。そこでは触れなかったが、統一教会は平壌に教会を建設する予定で、北朝鮮当局もそれに肯定的だった。日本や韓国の信者たち の間には建設予想図が示されていた。ところが北朝鮮はこの教会建設を認めなかった。そのかわりに建築されているのが世界平和センターで ある。いま内装が進んでいるところなので、いずれ完成披露が行われるはずだ。安倍政権はこうした情報を通じて北朝鮮政権の基盤を分析、政策に反映していく という。北朝鮮にとって、統一教会は「南北統一」のために関係を保っているのではなく、あくまでも財源として尊重しているのである。安倍晋三にとっても、 そうした役割を果している統一教会への警戒感は薄れるどころか、強まっているのが現状である。

 

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「カフェーパウリスタ」で「銀ブラ」

2006-09-27 07:43:14 | 単行本『X』

 9月26日(火)いろいろなことのある一日だった。都はるみさんを育てた市川昭介さんが73歳で亡くなった。中村一好さんに病状の悪いことを知らされていたのは、『歌屋 都はるみ』を増補・改訂するとき、市川先生とはるみさんのことを深く書く必要があったからだ。そのための聞き取りを病院でできるかと依頼されたのはつい先日のこと。もちろんできると答えたものの、残念なことにそうした時間はすでに残されていなかった。先週末に東京堂書店で行われたトークショーで、市川先生との想い出を語ってもらったのも病状を意識していたからでもあった。はるみさんも中村さんも事前の打ち合わせでもちろん病状の話など何もしなかった。黙していてもそれぞれの思いがあることはよくわかっていた。来年発売となる「蛍の宿」が市川昭介さんの遺作となってしまった。この作品は病室で完成させたと聞いている。合掌。安倍晋三政権が発足した。自らの経験なき強固な保守思想で共通する「仲良しクラブ」。論功行賞的な色合いが濃いという印象だ。知人が入閣したので花を贈る。朝は満員電車で原宿へ。地下鉄のホームで新聞を読んでいた。電車が来てドアが開いたので、乗り込もうとしたところ、駅員が顔色を変えて走ってきた。「すみませーん」と慌てているので何だと思っていたら「ここは女性専用車です」という。たしかに満員の車両には女性しか乗っていなかった。あのまま乗り込んでいたらどうなっていたのだろうか。面倒な社会になったものだ。電車のなかで気を遣う男性は多い。ならば通勤時間帯はすべて男性車両と女性車両とに分けてしまえばいいとさえ思う。

 乃木坂で降りて国会議員のための青山宿舎へ。民主党の河村たかし議員に1時間半ほどインタビュー。いったん日本テレビに寄って、京橋の映画美学校で「敬愛するヴェートーベン」の試写を見る。「第九」の演奏を支えた女性アンナとヴェートーベンとの激しい軋轢と愛情の交錯する物語だ。雨のなかを銀座8丁目まで歩く。「カフェーパウリスタ」で珈琲を飲みながら単行本『X』のためのメモを取る。この喫茶店は明治43年に開店している。当時の店は銀座6丁目。そこに佐藤春夫、堀口大学、小泉信三などの慶応義塾大学生が集まってはブラジル珈琲を飲んだ。銀座でブラジル珈琲だから「銀ブラ」。これが語源だという。「銀座をブラブラ歩く」から「銀ブラ」だと思っていたが、そうではなかったようだ。タクシーで国会図書館へ。昭和23年の新聞を読み、ある記事を探す。検索でも出てこず、小さな文字をたどるのだが、結局探し当てることはできなかった。昭和24年の朝日新聞に関連記事を見つけたが、木村久夫さんを「京大卒」としたり、戦没学生の手記が3000編を数えたなど、基礎的情報に間違いが多い。当時の新聞はたった2ページ。東京裁判の記事も小さなものだ。「連合軍要員緊急募集」「警察官大増員募集」などの広告が連日のように掲載されていた。閉館時間の7時になったので退館し、強い雨のなかを永田町に向って歩く。

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野田聖子と飲んだ

2006-09-26 06:16:20 | 政談

 9月25日(月)朝6時に起きて7時半まで単行本『X』の原稿を書く。ッ本当に至福の時間だ。そのあと「ザ・ワイド」の準備で昼前。何だかネットで「日本と中国を、どのようにして戦争に突入させるか、そのプラン作り」という日米の会議が昨年10月にあったと報じられているが、まったくのデマだ。そもそも会議の内容が違う。「ネオコン」主催の会議のテーマは「日米同盟」だった。中国問題での討論は主として靖国問題。そこに安倍晋三自民党幹事長代理などが出席していたことは事実だが、日本と中国を戦争に導くための会議があれば、新聞やテレビで大きく問題になり、国際問題にもなる。常識で考えてそんな会議を開催することなどありえないという想像力が働かないのだろうか。いくら安倍に対する批判があっても、事実をもとにしなければならないことは当たり前のことだ。わたしは安倍の憲法や教育基本法の改正路線には断固として反対だが、だからといって誇張した統一教会との関係や、今回の中国と戦争をする企てがあるといったデマなどを流すことには虫ずが走るほど不快感を感じている。夕方ジムで泳ぎ、神保町。「家康」を借り切っての飲み会があった。ゲストは郵政国会で小泉路線に反対した野田聖子さんと元共産党参議院議員の筆坂秀世さん。参加者はマスコミ関係者をふくめ10人ほど。とても愉快な時間だった。野田さんとは初対面だったが、テレビなどで感じていたとおり、まったく庶民的感覚のある議員だ。演説でも自分の言葉で語れることが何よりの強みだろう。これからも少子化問題を訴えていきたいということに対して筆坂さんが「それは違うな」と異論を唱えて酒のうえでの議論になった。

060925_21350001  わたしも野田さんに言ったのだが、少子化問題は大事であって、それをこれまでどおり主張するのはいい。しかしもっと大枠で新鮮な問題を提起することが必要なのではないかと隣に座る野田さんに伝えた。筆坂さんが言いたかったこともそういう趣旨だっただろう。なにしろカウンターだけの店だ。会話はあちこちへ飛び交うばかりだ。安倍新政権についても議論百出。自民党三役の顔ぶれを見ても、「仲良しクラブ」のような人選だということでだいたい共通した。自民党のなかで圧倒的な支持を得たことと国民的人気は違うのだ。01年の総裁選挙で小泉純一郎が渋谷で演説したときには2万人が集まった。ところが安倍には5000人しか集まらなかった。夕刊紙も安倍を取り上げても売り上げには結びつかないという。テレビもそうだ。安倍、麻生、谷垣の3人が出演して、いちばん視聴率グラフの下るのが安倍だという。ここで誤解が生れるなら、来年の参議院選挙は厳しいだろう。組閣も派閥の思惑が働くことで、そんなに斬新な人事にはならないような気がしている。安倍側近に忠告しておきたいことは、批判的なマスコミに対して強圧的な対応をすれば、テレビはいざ知らず、新聞や週刊誌はさらに批判を続けるということだ。安倍晋三に本当の意味での側近がいないことが、これからの政権運営に大きな影響を与えることだろう。

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中上健次の小説作法を読む

2006-09-25 07:41:16 | 読書

 9月24日(日)秋晴れの東京。朝6時半に書斎の窓を開ければ寒いほどの風が入ってくる。終日単行本『X』の原稿を書く。このままでは原稿枚数からして「プロローグ」ではなく「序章」になりそうだ。資料として鶴見祐輔『成城だより』、『新潮社100年図書総目録』を読む。構想などあったものではない。書くうちにどんどんと訂正され、思いもよらぬ方向に進んでいってしまう。だから書くことは面白いのだ。その合間に気分を変えるため明日締切りの映画コメント(「キング 罪の王」)と「今年読んでよかった本3冊」のアンケート原稿を書いた。テレサ・テンの中国語曲を流していると、急にベトナムの街を思い出してしまった。とくに「千言萬語」の悠然として穏やかな調べを聴いているとホーチミン市のナイトクラブやフエのホテルの情景が浮かんできた。「みんなどうしているんだろう」と感傷にふけることしばし。男も女も生きることに懸命だった。それでもどこかゆとりを感じるのだった。豊かさとは決して物質的なものだけではないのだ。気分を変えて中上健次さんの連続講座の記録を読む。1984年に東京堂書店で行われた「現代小説の方法」の第1回は「小説を阻害するもの」。喫茶店や食堂での会話、あるいは電話を使った連絡などの設定は陳腐だというのが中上さんの小説観だと理解した。そうではなくあらゆるものの原質を描くこと。それが小説だというのだ。こう書いているのはあくまでも自分なりの理解と言葉であって、中上さんの発言からは離れている。一例として正確に引用すればこういうことだ。

 目星つければ何か出来るだろうと単純に狙ってやるのが、テレビドラマのシナリオライターたちですね。これは非常に下等な生物です(笑い)。何時もだいたい話が方々に散っていくでしょう、するとまとめるのにもの食わすんですね。(中略)卓袱台とか喫茶店とか、お茶飲ませたりして。

 ここには作家にとって「場」とは何かという問題が提出されている。整然とした「場」ではなく、そこには必ずといっていいほど「動く」者がいる。それをトリックスター(悪戯者)ということもできるが、単純に考えても現実には猫や犬なども動いている。「宙づりにされたもの」としての「場」を書くことが小説なのだ。中上さんはパキスタンの少年アミンを例に説明をしている。難民の生活は日本人にはとても理解できないものがある。電話で連絡すればいいものを、いつもいつも歩いて連絡をしに行く。しかし電話で済ませばそこに小説世界は生まれてこない。現代の小説につまらないものが多いのは、技法はあっても小説の背骨となる理論がないからなのだろう。「小説家」として売れているからといって、それが小説だとはいえないのだ。中上さんの講演を読んでいて幾人かの作家の顔が浮かんできた。実は小説の世界だけではなく、コメンテーターやライターの問題でもある。講演記録は「熊野誌」第50号記念別冊に収録されている。定価は1000円。申込先は新宮市立図書館(0735ー22ー2284)だ。

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都はるみと長嶋茂雄

2006-09-24 08:41:35 | 人物

 9月23日(土)昼食をどこにするかを考えながら水道橋で降りた。学生時代を思い出し「王将」に決めた。カウンターに座り、当時のように餃子に焼きそば、そしてビールを注文する。しめて976円。「あのころ」の味覚はそのままだ。神保町まで歩き、高岡書店。欲しいコミックは出ていない。午後2時半すぎに東京堂書店の前まで行くと佐野衛店長が出てきた。すでに都はるみさんたちが到着しているので気になっていたようだ。120席はすでに埋まっているという。トークショーは3時から。何でも開店の朝10時にシャッターを開けると、すでにトークショーの客がいたというから驚いた。6階の会場に行くと確かに満席だ。テレビカメラも3台。日本テレビの「ザ・ワイド」、テレビ朝日、TBSと新聞各紙の取材が来ていた。はるみさん、カメラマンの鬼海弘雄さん、中村一好さんと打ち合わせをする。午後3時からはじまったトークショーは、普段は知られていない都はるみさんの素顔を引き出したいという思いで進行した。2年前になるが、中村さんから松浦亜弥の「渡良瀬橋」のCDを受け取った。都はるみさんが「聞いて欲しい」というのだ。その2004年の大晦日。深夜の電話ではるみさんはこう言った。「ほら、若いころこんな気持ちだったことがあるでしょ」。その直前まではるみさんは新宿コマ劇場で12日間のコンサートを行った。その行き帰りの車のなかで「渡良瀬橋」を聞いていたというのだ。初心に戻るということなのだろう。昨夜タクシーで帰宅するとき、この曲を聴き、トークショーでも語ってもらおうと思ったのだった。中上健次さんとの出会いは引退を表明した直後に行われた「月刊カドカワ」での対談だった。そこに当時大学生だった作家の重松清さんがいたというエピソードもはじめて紹介した。緊張していた中上さんは対談の前に自分で伸びた髪をはさみで切ったというのだ。

060923_16420001  実は1984年5月から6月にかけて、中上健次さんは東京堂書店の同じ会場で「小説の方法」をテーマに4回の講演を行っている。因縁の場なのだ。はるみさんと中上さんがはじめて出会うのはこのすぐあとのことである。最後は都はるみにとって歌とは何かという質問をした。コンサート会場に立っていると歌の方が自分に迫ってくるという。「歌屋」とひとことでいうけれど、大変なことなのだといった趣旨の発言があった。質疑応答ではファンの気持ちがストレートに出てよかった。病気のとき、離婚したときに曲を聴いて励まされたという女性の意見もあれば、21世紀になってのめり込んでいると語る男性ファンもいた。トークショーが終わりサイン会。その時間を使って新刊を見て歩く。鈴木宗男・佐藤優『北方領土「特命交渉」(講談社)を買う。神楽坂「もきち」で打ち上げ。酒を飲み力が抜けた。どこかで緊張していたのだろう。この店は松井秀喜選手が巨人時代によく食事に来ていた店だ。ジャイアンツファンの店主・安部俊彦さんの話が面白かった。長嶋茂雄さんは深夜でも松井選手に電話をしてきたという。「松井君、バットを振ってくれるかな」松井選手はバットを振る。すると置いたままの受話器から「ダメダメ」と声がする。そこで松井選手がさらにスィングすると「いいよ」と声がしてガチャンと電話が切れる音がしたそうだ。長嶋さんらしいエピソードだ。その長嶋さんと都はるみさんが先日あるところで出会っている。はるみさんが「好きになった人」をカラオケで歌い出すとすぐにマイクを取って、ご自分で最後まで歌ったという。さらに「千年の古都」も熱唱。長嶋さんが着実に回復していることは都はるみさんの話からもうかがえた。

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日垣隆の『知的ストレッチ入門』

2006-09-23 09:30:15 | 読書

 9月22日(金)目黒で取材をしてから自民党本部へ行った。インタビューは森派の衛藤征士郎議員。元防衛庁長官で現在は自民党の行革推進本部長である。終ったところで「安倍晋三と統一教会」についての雑談をした。その内容はこういうものだった。「衛藤さんはかつて国際勝共連合が推薦をしていましたよね。いまはどうなんですか」「ああ、あれは選挙になると有権者に電話などをして協力してくれたんです。いまは『勝共推進議員』などという組織はないんじゃないですか」「何の接触もないんですか」「霊感商法でしょ。あれからきっぱりと関係を絶ちました。自民党でもそう判断した議員が多いですよ。祝電を求められてもいっさい出しません」「北朝鮮を財政的にも支援していることで安倍さんも批判的でした」「そうでしょう。議員会館のなかを関係者がよく歩いていますよ。いまでも協力している議員もいますが、霊感商法に北朝鮮じゃあねぇ。話になりませんよ」。こんな話をしていてわかったことは、統一教会がいまでも日常的に国会議員に接触をしていることであり、関連組織の集会に祝電を求めているという事実であった。統一教会の国会対策の責任者はOだと信者は教えられているが、実質的には霊感商法の張本人のKだと政府筋は把握している。売店で「憲法改正のポイントー憲法改正に向けての主な論点ー」という20円のパンフレットを買う。汐留の日本テレビに戻り、近くの書店で日垣隆さんの『知的ストレッチ入門』(大和書房)を買う。帯には「地道な努力にサヨウナラ すぐに使える21世紀版知的生産の技術」とある。ぱらぱらと眺めて、これは売れるなと思った。編集者時代の癖が抜けず、1ページの字数がすぐ気になってしまう。数えれば15行。すぐに読んでしまった。日垣さんがメルマガで書いていたが、このタイトルだけで判断して不勉強な書店員はスポーツコーナーに置くこともあるだろう。本を探しにくい三省堂書店本店がどこに置いているかをそのうちに見に行くつもりだ。

060922_15210001_1  この本は日垣流のノウハウが公開されているので、とても刺激になる。仕事のスタイルはそれぞれだ。日垣さんの机周りが整然としているのでかつてこの眼で見て感嘆したものだ。それに比べていまこの机の周囲は混とんである。これからも日垣さんの仕事場のようにはならないだろう。なぜかといえば、ズボラだからだ。もはやそれでいい。これが自分のスタイルだからだ。それでも他者の仕事の方法は参考にしたほうがいい。自己流を日垣流と比較することで見えてくるものがある。こんどの日垣本のカバーになった資料整理箱などはそう遠くないうちに真似たいと思った。日垣さんが「憧れの」と評した南伸坊さんが装幀を担当したが、そこに書類ラックの写真を使ったことは、やはり印象的だったのだろう。知的生産の技術系の書籍は何冊もあるが、それを参考にして自分なりのノウハウを確立していけばいい。わたしの場合は京大式カードを使ったこともあるが、それも一時のこと。抜き書きなどをしなくなったからだ。いまはテレビの取材時には「RHODIA N。 11」を、インタビューの準備メモには「伊東屋」の「LEGAL PAD」を使ってる。他者の「方法」を読むのは楽しいものだ。そういえば飲み友達の岩田一平が編集長として10月14日に創刊する「朝日新書」の第一弾のなかに外岡秀俊さんの『情報のさばき方』がある。ジャーナリズムで仕事をする者にも参考になる内容だと聞いている。創刊12冊のなかではこれだけを読むつもりだ。電話で言ってしまった。「外岡さんのは楽しみだけど、あんな変なヤツのなんて出さないでよ」。

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安倍晋三と統一教会(3)

2006-09-22 08:00:43 | 政談

 9月21日(木)「安倍晋三と統一教会(2)」で紹介した060921_17120002  日本陸海軍のインド洋への展開を記した記録を探すが見つからず。とりわけアンダマン・カーニコバル諸島での作戦について触れた記録はそもそも少ないのだ。この1年で収拾した公刊物、私的記録でほぼ尽きているように思えてきた。古書を漁ってるうちに「BC級戦犯」として処刑された人たちの情報はなかなか日本にまで届かなかったことを知る。たとえば木村久夫さんがシンガポールのチャンギー刑務所で絞首刑となったのは、1946年5月23日。日本の新聞で報じられたのは7月のことである。しかもそこで報じられたのは、死刑判決があったということだった。帰国兵士からの聞き取りでわかったことで、正式に政府に報告があったということではないのだ。留守家族からすれば刑の執行があったかどうかも不明だ。何と残酷なことだろうか。驚いたことに厚生省が処刑された日本兵の名前を公表したのは、1955年4月のことだった。すでに10年ほどの時間が過ぎていた。冤罪で死刑となった日本兵もいたが、その無念が伝達されるのに、これほどの時間が必要だったのか。戦争の混乱とは人間性を蹂躙してはばからないものなのだ。「倉木コーヒー」で喫茶「エリカ」で使っている珈琲豆を買って「萱」。まだ5時だがビールを飲む。昨年57歳で亡くなった画家の貝原浩さんが描いた「アルバイト募集」の絵があった。似顔絵や風刺画をさっさっと描ける才能はすごかった。階上にあるジェイティップルバーで軽く飲んで神保町を歩く。

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安倍晋三と統一教会(2)

2006-09-21 08:16:44 | 政談

 9月20日(水)ジムで泳ぎながら単行本『X』のことを考えていた。至福の時間だ。1週間に400字10枚を書き、1年で約500枚。その合間に推敲と再取材、再々取材を行い、完成原稿は来年の末。2008年の1月に出版社に原稿を渡し、発売は木村久夫さん生誕90年の4月9日の奥付にしたい。そんなスケジュールで進めようと思ったが、さてどうなることやら。自民党総裁に戦後生れの安倍晋三が就任した。「ザ・ワイド」では、携帯メールを駆使するはじめての総裁であること、問題は何をしようとしているかであって、戦後の総裁ではじめて憲法改正を前面に出していること、アメリカの『Newsweek』、『TIME』では、危険なナショナリスト、国家主義者などと評価されていること、それは対アジア外交への危惧だということなどを語った。安倍晋三は26日に総理大臣に就任する。その直前に行ったのが北朝鮮への金融制裁だった。小泉政権のもとでの制裁発動だが、この方針は安倍主導だ。「北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器に関連する資金の移転を防止する等の措置について」という案件を総裁選前日に閣議了解したのは、制裁発動が総裁選の国会議員票に影響すると読んだからであった。アメリカでは12企業1個人に資産凍結などの制裁が発動されたが、日本では15企業、1個人が指定された。そこで注目すべきことは、「朝鮮リョンボン総合会社」が制裁リストにあげられていることである。マスコミは書かないが、この会社は統一教会系企業である「平和自動車」と北朝鮮の「朝鮮民興総会社」が資本比率70対30で設立した「平和自動車総合会社」の提携先なのだ。

 「平和自動車総合会社」は2002年4月から北朝鮮の南浦工業団地で自動車の組み立てを行っており、宣伝用看板は平壌市内でも見ることができる。社長の朴相権は、1952年生まれで「2075双」と統一内部で呼ばれる合同結婚式に参加した。この指定がなぜ重要かといえば、統一教会から北朝鮮への送金ルートとして「平和自動車総合会社」が最大の比重を占めているからである。送金責任者のHは、慶応大学文学部を卒業し(卒論テーマは「紫式部」)、1975年の合同結婚式に出席(「1800双」)した古参幹部で、1982年から香港で暮らしている。北朝鮮への送金のための会社は「GBL」といい、北朝鮮への振込口座は中国の瀋陽にある「平和自動車」だ。日本からの送金は韓国第一銀行を通して行っている。そこに「朝鮮リョンボン総合会社」が複雑に関わっている。統一教会から北朝鮮への送金ルートはほかにも2つある。ひとつは平壌で経営するポトンガンホテルで働いている従業員の人数を水増しして「給与」を送る方法であり、もうひとつは信者の定州ツアーである。それらに比べて「平和自動車総合会社」を通じての送金が比較にならないほど大きい。金融制裁はそこにくさびを打ちこむものである。安倍晋三は北朝鮮への強行姿勢ゆえに、祖父の岸信介や父の安倍晋太郎が親密だった統一教会に対し、距離を置くだけではなく厳しい対応を取っているのである。

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