有田芳生の『酔醒漫録』

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〈旅〉に「適齢期」があるのなら……

2008-11-30 09:39:50 | 読書

 11月29日(土)081129_20070001 池袋から西武池袋線で練馬で降りるときのこと。ドアからホームに出る瞬間に「頑張って下さい」の声がした。赤ちゃんを抱いた父親からだった。御酉様の練馬を歩き、この1年で知り合った商店に挨拶。「金ちゃん」に入ってレバー刺しなど。常連が近くの客に練馬から板橋に選挙区が変更したことなどを知らせてくれる。沢木耕太郎さんの『旅する力』(新潮社)は、〈旅〉をテーマとしつつも、沢木さんのこれまでのライター生活を振り返ったものだ。〈旅〉にも「適齢期」があるとの指摘はよくわかる。同じ土地を歩いても、それが20代と50代とでは感じ方がまったく違うことがある。それは他の世界でもいえること。好きな筆者の原稿を読んでも、20代の感動が失せていることにびっくりすることがある。筆者や文体への「慣れ」なのだろう。しかし、もしかしたら感受性の枯渇なのかもしれない。それが加齢の作用だとすれば、暮らしに対する意欲はどうか。辺見庸さんの『愛と痛み 死刑をめぐって』(毎日新聞社)を読みはじめる。

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上板橋「石田屋」の栗どら焼き

2008-11-29 09:26:58 | 随感

 11月28日(金)081128_20510002 ときどき激しい雨の降る上板橋駅の南口。靴に雨が染み込んできて、これまででいちばん寒いと感じた朝。それでも握手を求めてきてくれる男性や女性がいる。そこまでではなくとも傘を差しながら顔で会釈してくれる方々も多い。雨が小降りになったころ、シリコンバレーや、大手ホテルで働いている男性から挨拶された。一期一会。さまざまな出会いがある。8時半を過ぎたころだった。駅前の一本道の向こうに傘の列が増えていった。石田屋で毎日限定販売される栗どら焼きを求める人たちだ。朝の「辻説法」を終えて9時10分に店に入った。ところがすべて売り切れ。従業員に聞けば今朝の製造は400個。これも美味な栗饅頭を買って電車で本部へ。役員会の予定だったが参議院の議論が長引き、延期に。地下鉄駅で小さなフクロウを売っていた。コレクションとしてひとつ購入。もう12月か。

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事務次官襲撃事件で流れる怪文書

2008-11-28 06:09:30 | 怪文書

11月27日(木)081127_14580002 いくつの週刊誌から事務次官襲撃事件とオウム残党の関係についての取材あり。怪文書が流れていることへの反応だ。「それはないだろう」とコメントしつつ、「ひとりオウム」の不気味さの現実について語る。この事件とはまったく違うオウム関連のテーマで別の週刊誌からも取材あり。統一教会信者の会社でも摘発があった。「不幸になる」と水晶などを1400万円で購入させた新潟市の株式会社「北玄(ほくげん)」社長と従業員2人が27日に逮捕された。容疑は特定商取引法違反(威迫・困惑、不備記載書面の交付)の疑い。霊感商法は終わっていない。新党日本の街宣車で訴え。雨が激しくなってきたので大山の事務所に戻り、スタッフと実務。「にんげん出版」の小林健治さんに電話。『酔醒漫録』第5巻を選挙までに出せないものかと相談。すべて出ていればもう7巻目になるだろう。新宿で雑用を終え、花園神社を通ると御酉様の準備をしていた。出かけたいと思うものの、今年は無理か。JRで四谷。歩いて本部へ。実務を終えて神保町。

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高齢者医療の窓口負担をゼロに!

2008-11-27 09:00:12 | 政談

 11月26日(水)081126_09470001 上板橋駅の朝。ボランティアでOさん、Nさんが参加してくださり、5人体制。今朝から新しく「有田芳生のとことんレポート」を配布。ほぼ予想通りの枚数がはけた。民主党の石井一参議院議員の秘書で板橋在住のIさんが挨拶に来てくださった。ある男性が駅頭で後援会に入ってくれたこともうれしかった。イギリスのブラウン政権は消費税を17・5パーセントから15パーセントに下げる政策を取ることを決めた。個人消費を刺激するための施策だ。ところが自民党は相も変わらず増税路線を変えることがない。日本は国内総生産(GDP)の6割が個人消費。内需が延びない日本経済を活性化させるためには、新しい発想の政治が求められている。そんなことをコンパクトに語る。麻生政権の定額給付金は総額2兆円。所得制限がなされないのだから、金持ちにも給付される、まさにバラマキ。後期高齢者医療制度で75歳以上のお年寄りは入院、通院の「窓口負担」が約1・1兆円。独居者ほど医療費を懸念して身体を悪くしても医者にかからない傾向がある。お年寄りが安心して暮らすために、医療費の「窓口負担」を無料にすべきではないか。定額給付金の財源を高齢者医療に回す施策を実現すべきだ。大山の事務所で実務。「わいわい祭り」で買った柿を入り口ドアに飾っていたら、見事に熟してきた。枝を切った先にダイコンを刺しておくと水分が補給されて長持ちする。そう教えられたので実行している。丸の内で田中康夫代表と打ち合わせ。神保町の三省堂書店で沢木耕太郎さんの『深夜特急ノート 旅する力』(新潮社)を購入。地下鉄で読みはじめる。書店独自の新しいカバーが神保町のユニークな地図。これは価値あり。表参道のジムで久しぶりに泳ぐ。「週刊文春」の石井謙一郎記者と落合の「多幸兵衛」。

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ホームの黒い手袋

2008-11-26 06:10:38 | 随感

 11月25日(火)081125_11530002 車から訴えつつ「これでは遅刻する」と地下鉄に乗り換えて永田町。参議院の議員会館会議室で「慰安婦」問題アジア連帯会議の陳情を受ける。韓国、台湾、中国、東チモール、フィリピンのみなさんが出席。私は挨拶冒頭で辺見庸さんが書いた『もの食う人びと』(角川文庫)で紹介された韓国慰安婦の話をした。なんとそのご本人のイ・ヨンスさんが眼の前にいたことを知ってびっくり。地下鉄の駅を降りたら元鎌倉市長で「朝日ジャーナル」時代の担当デスクだった竹内謙さんとばったり、政界世間話。池袋で降りるとホームに黒い手袋が落ちていた。大山の事務所。「とことんレポート」を完成させ、印刷、そして三つ折りにする作業。そこへ民主党の小沢一郎代表から電話あり。日常活動について2つのアドバイス。これが現場を励ます「小沢流」なのだろう。池袋で「週刊新潮」のI記者、T記者と情報交換。気付けば深夜。

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小中陽太郎と小田実の決裂

2008-11-25 09:02:54 | 人物

11月24日(月)081124_17130001 朝から原稿を書く。窓の外では雨が降っている気配あり。午後遅くに第1稿を完成。気分を変えようと雨足の強いなかを池袋。リブロで新刊を見ていたら、小中陽太郎さんの『市民たちの青春 小田実と歩いた世界』(講談社)が眼にとまった。パラパラとページを繰っていたら、そこに私の名前を見つけた。入手して地下鉄で「第九章 別れ」から読んだ。「都知事選をめぐる決闘と別れ」という見出しの叙述に「きっかけは有田芳生だともいえた」とある。宮本顕治さんが小田さんを批判したきっかけだという。時期は1987年となっているが、これは1983年の記憶違い。「(有田の)父親は京都府知事候補にもなった共産党系の大物弁護士である」には苦笑した。まったくの事実誤認だからだ。多くの間違いがあるが細かくは書かない。しかし物語としてはすこぶる面白く、しかも小田さんとの訣別が都知事選挙での対立にあったことを、はじめて知った。表紙カバーを取ると、そこには若き日の小田さん、その隣に鶴見俊輔さんがいる。こうした回想は時代の息吹を知るためにとても貴重な作品だ。

 しかし回想は個人のなかで紡ぎ出された物語でもある。そこには事実もあれば思い込みも避けられない。ノンフィクションのジャンルに入るが、そういうものだと理解するしかない。単行本『X』の取材をしていてもこういうことがあった。木村久夫さんが処刑を待つ獄中で残した遺書は田辺元『哲学通論』の余白に書かれた。ある人物はこの本を「私が渡した」と回想記に書いている。それが事実ではないことを私は取材で確認した。証拠もある。おそらくご本人のなかで紡いできた物語のなかでは、「そういうこと」になっていたのだろう。記憶と回想記はそんなものだと割り切ればいい。吉村昭さんはひとりの回想を信じては間違うと語ったことがある。「本当にこの人は記憶力がすごくて、もう間違いないと思われる人でも、そういう記憶間違いがありまして、証言者の場合は3人以上いないと正確じゃないという感じを持ちましたね。ふたりだけじゃちょっと心もとないです」(『あの人に会いたい』新潮文庫)。『戦艦武蔵』取材時の感想だ。吉村さんらしい。

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「私は貝になりたい」のススメ

2008-11-24 09:39:04 | 映画

 11月23日(日)081123_14190001 朝から締め切りの原稿に取り組む。都内で後援会リーフレットのための撮影。あと少しというところで写真が気にくわないので何度も撮り直していただいている。これはカメラマンの問題ではなく、撮影される側の問題なのだ。表情、タイミング、そのときの気力などなどが、すべて写真には誤魔化すことなく反映する。豊島園で中居正広さん主演の「私は貝になりたい」を見る。冒頭のシーンで「これは大丈夫かな」と感じたのは、登場人物たちの演技がいかにも軽く見えたからだ。ところがこれは間違っていた。BC級戦犯に問われた「清水豊松」を的確に、深く演じた中居さんは、その表情で裁判の不条理を訴えていた。裁判の背景がわからなければなかなか難しい映画かもしれない。橋本忍さんの脚本は創作だ。それでも中居さんたちの熱演が60数年前の「事実」をいまに再現してくれた。お勧めの映画だ。上映が終わり、近所の商店街にご挨拶。選挙区が練馬から板橋に移ったことをご報告。

 本棚からふと「文化評論」を手にした。そこには小田実さんと上田耕一郎さんの対談が掲載されている。私が担当した企画だ。写真のお二人は、いまから28年前の「若さ」。上田さん53歳、小田さんは48歳。あれは1980年10月21日夜9時すぎからの対談だった。代々木の旅館にいたのは担当者の私と御両人の3人だけ。いまでもよく覚えている。私はまだ28歳か!パラパラとページを繰れば、そこには恩師のひとりである山口正之さんの原稿もあった。あの対談が出たときに当時の宮本顕治議長からも評価されたことはいまでは皮肉な、しかしもはやどうでもいい出来事だ。上田さんからは意見をいただいた。表紙と目次がおかしいという。そこには上田さんの名前が先にあったからだ。ゲストは小田さん。そのお名前を優先するのは当然のこと。権威にとらわれていた狭い視野の私には、そうした「世間」がまったくわからなかった。そのお二人もいまやいない。

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事務次官夫婦殺害事件の不可解な動機

2008-11-23 10:15:09 | 事件

 11月22日(土)081122_14260001 厚生元次官夫婦殺害事件の犯人が出頭。その生活環境などを知るにつけ、疑問はふくらむばかり。無職から自営業。父親は「フリーターのようなもの」という。しかし、その仕事が何かはよくわからない。「ペットを保健所に殺されて腹が立った」との供述が年金改革をした事務次官経験者と結びつくはずがない。何より現住所をどのように知ったのか。「識者」が「インターネットで知ることはできる」などといい加減なことを言っていたが、それはない。オウム事件当時の村井幹部刺殺事件を思い出す。実行犯は逮捕、服役したが、その背後にいた暴力団の意図はいまだ解明されていない。どうも「司令塔」があるような気がしてならない。

 都内某所。統一教会問題の解決を求める家族の集会でディープな情報を語り、選挙への支援を訴える。統一教会が相も変わらず政治家への接近を図っている最大の意図は、文鮮明教祖の入国だろう。次期総選挙で危ない政治家にとっても、組織的支援は背に腹をかえられない。統一教会の機関紙「中和新聞」を見ていたら、いまから16年前の私の写真(テレビに出演しているもの)が掲載されていた。関連記事では経歴まで紹介されていたが、事実誤認が多い。筆者は統一教会広報部長。かつて大阪の「一心館」で印鑑や壺などを売っていた人物だ。まさに霊感商法の販売員。プロテスタント系のクリスチャンだったから印鑑販売には多少抵抗を感じたようだが、「神の御旨」ゆえに熱心に販売していたとの証言がある。

 大久保にある東洋鍼灸専門学校。竹村文近さんたちと待ち合わせて「東鍼祭」の展示を見る。即売で「集毛鍼」を購入。肩凝りなどに使う鍼は自分で使用できる。シンポジウム「鍼灸医療の可能性」を少しだけ聞き、無料の「あんま」と100円の「棒灸」を体験。代々木の「馬鹿牛」で腹ごしらえをして六本木のサントリーホール・ブルーローズ(小ホール)へ。日本リヒャルト・シュトラウス協会の例会。高橋アキさんのピアノ、吉行和子さんの朗読で、ピアノのためのメロドラマ「イノック・アーデン 作品38(1897年)」を観賞。

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「不安の時代」に希望の光を!

2008-11-22 10:02:16 | 随感

 11月21日(金)081121_20340001 地下鉄の構内を歩いていると、正座をしている男性の姿が眼に入った。近くに行くと年のころ30代後半から40代か。背中は前かがみで大きなあくびをしたところ。その前には紙コップが置いてある。物乞いだった。小学生のころに傷痍軍人が正座をして、ハーモニカで悲しい曲を吹きながらお金を求める姿がしばしば見受けられた。しかし、上京した1977年以来、ホームレスが日常風景になっても物乞い姿を見た記憶がない。そういう時代がやってきたのだ。先日タクシーに乗ったときのこと。60歳を超えたと思われるドライバーに行き先を告げるとぶっきらぼうな言い方で「だいたいわかるよ」と返事があった。そんな言い方はないだろうといささか不快だったが名前が珍しいので会話をすると、青森からの出稼ぎだった。10月末に上京して春までタクシードライバー。故郷に戻って米を作る。もう4回目だという。東京の暮らしはどうですかと聞けば「女遊びができるからいいねえ」などと言うので、少しガッカリしたが、それもまた強がりに聞こえた。社会が不安にあふれた1930年代。加藤哲郎教授に勧められた橋川文三編著『アジア解放の夢』(ちくま学芸文庫)を読みつつ、テロの時代を再現してはならぬと強く思う。

 朝の東武練馬駅南口。生活保護を受け、いまはITのトレーニングを受けているNさんが9時までボランティアで参加。繰り返すほどに反応はよくなっていくから面白い。「似顔絵を見てアリタさんだってわかったよ」と高齢女性が声をかけてきてくれた。大山の事務所に寄ってから路地裏を歩き、マイクを持つ。ある商店街のお茶屋さんが知人たちを次々に紹介してくださる。携帯電話が鳴ったので出ると未知の方。「今朝リーフレットを受け取ったとき頑張ってと言い忘れた」とのこと。「見える交流」「見えない交流」が網の目のように広がっていく。予定を終えて京橋。「ホルテンさんのはじめての冒険」を見る。退職した電車運転手の新しい旅立ちの物語。ひとつの世界が終わっても新しい世界はいくつももあるんだよというメッセージ。ノルウェーは定年が67歳と知る。それに比べれば日本の退職年齢は早すぎる。銀座の教文館。川上弘美さんの新刊小説を手に取ったが、「いまは読めない」と平台に戻す。内田樹さんの『昭和のエートス』(バジリコ)を入手。12月から朝日新聞に移籍する高知新聞の「エース記者」依光隆明さんと電話で雑談。ある店で酒を飲んでいたら隣の2人連れが俗っぽい歴史修正会話。不快になり、このままでは口を挟みそうだと判断し、「ル・ヴェール」へ。佐藤謙一さんのマンハッタンを味わう。

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「麻生総理と朝日新聞編集委員のただならぬ関係」

2008-11-21 06:23:07 | 政談

 11月20日(木)081118_14480001 役員会が終わったところで議員会館の石井一さんの部屋へ。お礼にと思ったもののご本人は不在。平河町の本部に戻り、実務。表参道のジムで泳ぎ、新宿。竹村文近さんに鍼を打ってもらう。紀伊国屋書店で「オバマ演説集」(朝日出版社)を入手。上杉隆さんに電話。「麻生総理と朝日新聞編集委員のただならぬ関係」(「新潮45」12月号)の感想を伝える。麻生総理の所信表明演説や「文藝春秋」手記を書いたと言われている朝日新聞の曽我豪編集委員についての注目すべきリポートだ。「(曽我氏を)イニシャルで書くべきだ」「(上杉ではなく)ペンネームにしろ」などの忠告がすごかったという。この原稿の面白さは、個人攻撃ではなく、メディア論になっていることだ。ゴーストライターではなくアメリカのようにスピーチライターが当り前になる時代を作るには、政治とメディアとのいびつな関係を変えなければならない。水道橋の「萱」。前回この店に来たときに6人の女性たちがやってきた。はじめてのお客さん。常連はみんなが珍しいなと思っていた。何とこのブログを見たのがきっかけだったという。その当人がいたのにすれ違い。鍼で体調がよく、そのまま「家康」。店内と外に向けてポスターを貼ってくれていた。帰宅すると上田耕一郎さんの奥様の高子さんから手紙が届いていた。生きているものの思いはただ取り残されるだけだ。生者と死者。その距離は虚しいほどあまりにも遠い。

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