有田芳生の『酔醒漫録』

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「ニュース23」キャスターの発言に唖然とした

2011-01-31 23:51:38 | 参議院

 1月31日(月)いまなお放送中の「ニュース23」。夕刻の小沢一郎元代表の「ぶらさがり」記者会見で松原キャスターは「起訴は起訴。離党するつもりはないか」などと聞いていた。これがキャスターかと唖然とした。これがキャスターなのだ。詳しいことは明日書く。

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小沢一郎元代表に対する「離党勧告」に反対する

2011-01-31 17:51:00 | 参議院

 1月31日(月)外出先から急いで戻ってきたのは、小沢一郎「強制起訴」に対する各種取材があったから。今日の強制起訴はすでにマスコミでも報じられていた。ところが昼をすぎても動きは見られなかった。そこでこの問題を取材している記者に聞いたところ「日にちが報じられたので指定弁護士が怒っている。どうも明日か明後日に延ばすらしい」という。しかし午後になって「強制起訴」が行われた。記者会見で「なぜ今日なのか」と問われた弁護士は「きりのいい日だから」と答えたそうだ。これもよくわからない。たとえば「2月1日」でもきりがいいからだ。「理屈はあとからついてくる」。そんな程度なのだ。取材では、この起訴が無理筋であること、そもそも東京第5検察審査会が不透明であることを語ったあとで、この問題を政争にする愚について強調した。野党は統一地方選挙や国会対策の道具として利用してくるだろう。そんなときに民主党内から分岐を激しくするような動きがあるならば、それこそ歴史によって断罪されることだろう。政治家のみならず、人間の出処進退は自らが行うものだ。こんどの「強制起訴」を受けて、離党勧告などを行うべきでない。世間では「もういいよ、この問題は。この暮らしを何とかしてくれ」という声が多いのである。

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酒を飲めば小沢一郎の悪口ばかりの政治家について

2011-01-31 14:33:22 | 参議院

 1月31日(月)参議院の五車道書房で青木理さんの『ルポ 拉致と人々』(岩波書店)を注文。外出までの時間に書いている。小沢一郎元代表への「強制起訴」が今日行われないのは、時事通信と朝日新聞が「31日」と書いたことに指定弁護士が怒ったからだ。(「怒った」ことは事実。午後3時前に起訴されました。ツイッターでの誤記についてお詫びいたします)。そもそも昨年9月14日の議決から、すでに4か月以上の時間が経過した。いずれ小沢「無罪」となれば、検察審査会のありようそのものが問われることになる。指定弁護士への懲戒請求も準備されているようだ。今朝のブログで〈「酒を飲めば8割は小沢さんの悪口ばかり」の政治家〉と書いた。もう少し正確に書いておけば、いま問題となっている小沢ケースが捜査の対象になるずっと以前の話である。そうした心性を持っている者が権力中枢にいるという意味である。そもそも心の深いところにある本音が「正論」にまぶされて主張されているのだ。歴史のなかでナポレオンや西郷隆盛の評価はさまざまに行われてきた。たとえば西郷についていえば、黒竜会という右翼的立場だけでなく左翼の歴史家であった井上清もまた高く評価していた。人物評価が万華鏡のようになるのは、それだけ複雑な多面体だからである。いまの政界にあって小沢一郎とはそうした存在なのだ。

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小沢一郎「強制起訴」の虚構に踊る政治家たち

2011-01-31 10:12:08 | 参議院

 1月31日(月)小沢一郎元代表に対する「強制起訴」が今日にも行われると報じられている。第5東京検察審査会が小沢一郎元代表に対して「起訴議決」したことについて、私は昨年10月の法務委員会で質問した。検察審査会の意義を認めつつ、改正された審査会法に問題があることを具体的に問うたのだ。審査員の平均年齢が2度の人選ですべて異なるはずなのに、なぜか34・55歳と発表されたことなど、統計上はありえないことも専門家からの取材で明らかにした。何よりも議事録がないことには驚いた。そこで何が議論されたかも不明だ。あえていえば審査補助員である弁護士の誘導があった可能性もある。それは当人が新聞記者の取材に暴力団と政治家が同じようなものとの趣旨を審査員に語っていたからだ。昨年から今年にかけては森ゆうこ議員の執拗な追及によって各種書類が明らかにされた。2度目の審査事件票に「切り貼り」が行われたのではないかという指摘もある。疑惑はさらに深まっている。私は法務委員会の質疑でさらにこの問題を取り上げていく。制度上何が問題なのか。それは検察審査会の構成、議事内容などの不透明さはもとより、そもそも「嫌疑不十分」なケースまで「強制起訴」できる仕組みである。「週刊朝日」(2月4日号)は「小沢強制起訴やっぱりヘンだ!」という特集を組んだ。そこでは「事件」の重要証拠の信憑性が疑われているため、議決の根拠が崩れる可能性があることが明らかにされた。この特集のなかでは、強制起訴権限の制度設計にも携わった高井康行元特捜部検事・弁護士が〈「嫌疑不十分」の事件は強制起訴から外すべきだ〉と主張している。高井さんは「証拠があり有罪はほぼ間違いないが、情状などを勘案して不起訴とした」起訴猶予に対して「嫌疑不十分」についてこう語っている。「嫌疑不十分というのは、検察官が証拠を精査した上で『証拠が足りない』と判断したもの。検察官がそう判断したものを、プロでない審査員が証拠を精査しないで有罪だというのは不合理でしょう」。検察が1年以上も捜査をしたうえで2度も不起訴処分にした小沢ケースは、新しい証拠もないもとで、いくら強制起訴されても無罪になることは確実である。しかし頑迷固陋あるいは「小沢憎し」の本音を理屈で隠して権力闘争に利用する姑息な政治家たちは、詳しい事情を伝えない既成マスコミに影響された「世論」なる不確実な実体に依拠している。「酒を飲めば8割は小沢さんの悪口ばかり」の政治家が、小沢排除の急先鋒なのである。

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菅政権の北朝鮮政策についてーー「醜悪な苦悩」を超えるために

2011-01-25 16:47:22 | 参議院

 1月25日(火)「人間の苦悩のなかでもっとも醜悪なものは、おおくのことが理解できるのに何もなしえないということです」(シモーヌ・ヴェーユ)。昨日第177回通常国会がはじまった。菅直人首相の施政方針演説を聞きながら、さまざまなことを考えていた。国会議員となったはじめての国会では、野次のひどさに心底あきれ果てたものだ。「これが国権の最高機関か」といった思いである。今度もまた低劣な野次が飛び交ったが、もはや雑音にしか聞こえないことにいささか驚いた。慣れなのだろう。もっと正確に言えば、エスプリの利かない野次をいくら放っても、この国の行方には何の影響もないという諦念でもある。民主党政権を支えつつ、菅政権の個々の政策にいかなる態度を表明するのか。ここしばらく自己の「立ち位置」に思案を巡らせている。消費税増税、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)などへの賛否である。白紙の状態から調査を続けている。しかし一国会議員としてまず向かい合わなければならないのは有権者に語ってきた公約だ。その課題は拉致問題である。第177回通常国会での姿勢方針演説で菅首相はこう語った。「我が国は、日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的解決を図るとともに、不幸な過去を清算し、国交正常化を追求します。拉致問題については、国の責任において、すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現するため、全力を尽します」。菅内閣になってから、所信表明(2010年6月11日、10月1日)が2度、施政方針演説が1度(2011年1月24日)行われた。そこで「北朝鮮」に触れたのは、それぞれ4行(151字)、4行(134字)、5行(182字)だ。最初になくてあと2回の演説で付け加えられたのが「日朝平壌宣言に基づき」という部分である。あまり注目されていないが、菅民主党政権は2002年9月17日に小泉元首相が訪朝したときに結んだ「日朝平壌宣言」を原点にして国交正常化をめざすということだ。そのプロセスにおいて拉致問題の解決を図る。その具体的プランはいくつかある。私は拉致被害者を数人(これまで政府認定されていない日本人)でも奪還することができるなら、その交渉はすべきだと私は判断している。なぜならそこには拉致被害者や日本で待つ家族がいるからである。北朝鮮もそれで終わりになるような日本の世論でないことは充分に知っている。しかし被害者帰国が北朝鮮批判の大キャンペーンとなった2002年の情況が再燃することを恐れてもいる。あれから9年目。横田めぐみさんが北朝鮮によって拉致されたことが判明してから小泉訪朝まで5年。その時点からいまやそれ以上の歳月が過ぎ去ってしまった。日朝国交回復交渉を追求するなかで拉致問題解決のための具体的行動を起すべきだ。

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【資料】分裂進む統一教会ーーある信者の嘆き

2011-01-15 12:06:04 | 統一教会

   主流派(亨進・国進派)による粛清を「憂う」食口たちの登場と顕進

今韓国では、私の知る限り統一教にかかわる4つのデモがある。
  
日本大使館への従軍慰安婦と「拉致監禁・強制改宗」、ヨイドでの開発事業パーク1に対するデモ、そしてすでに皆さんも知っておられると思うが韓国統一教の天福宮前で免職された牧師が一人で、復帰をめざして統一教に対して行っている抗議デモである。

最近、韓国サイト・カフェに書き込まれた日本人食口の、牧師の抗議デモに耳を貸さない事態を「憂う」書き込みが韓国で注目を浴びているようである。
  
今ネット上で、文鮮明師の息子たち(御子女様)たちの深まる対立を「憂う」記事があふれ出ているようである。私も調べてみたが韓国ネットで3件ほど見つけることができた。

子女の一人の権進氏までがメールで信徒たちに、自らの「憂う」気持ちを発信しているようである。

統一原理が人類史上最高の世界観ならば、後継者は嫡流にこだわる必要はないだろう。イエスキリストは子供がいなくても世界に拡がった。
  
統一教会は、現在の教祖夫婦の嫡流であるはずの長男が数年前に不審な死をとげ、文鮮明も痴呆と癌を患い、余命わずかとなった。

結局妻と残された子供たちによる、家元の跡目争いとなんらかわりない人間の醜いエゴイズムの闘いとなっている。

  どういう理由か、私の読んだ韓国ネットの「憂う」記事やコメントは、真の御父母様(文鮮明夫妻)はそんなことは望んでいない、ということで一致している。
  

昨年の6月公開された文鮮明直筆の宣言文で、亨進以外は「異端だ、爆破者」だと文鮮明自身が書いている。

しかし、宣布文を書いている時の動画流出事件でも明らかなように、判断力の鈍った爺さんが、○○才も年下の妻から、都合良く誘導され遺言書を書かされているようにも受け取られるとんでもない事態が明るみとなった。
  
痴呆症とも言われている夫にかわり、妻の韓鶴子がなんとか混乱を収拾しようとした宣布文が、動画流出により混乱と対立を更に深めたようだ。

判断力が鈍くなっているとはいえ、文鮮明が「爆破」という言葉を使わざるを得ないほど、混迷と対立は深くなっているのだろう。

顕進派としては、影響力が減少している韓国、日本では、対立をすることは「御父母様」の真意ではないと宣伝しながら、亨進・国進派をけん制しているが、巻き返しは難しい。となれば、当面影響力の強い海外での資産を守りながら、Xデー以後の巻き返しを図りたいところだろう。
  
そのためには、配下の信者を離さないように、自分のやっていることが文鮮明の意志であることを貫かなければならない。

その意味で、嘗ての統一教NO2である義父の郭錠煥が統一教から公的に排斥されたことについて怒りはあるだろうが、今は耐えるしかない立場だなのだろう。

こうして考えて行くと、残念ながら私はネット上の「憂い」を素直に読みとれない。

ただ現在の主流派が、この際顕進派粛清に名を借りて、煙たい牧師や教会長などを一気に排除し始めた可能性も否定できない。
皆さんがご存知の通り、昨年11月にヨンギ教会のジョン・マネ教会長が不本意な免職処分を受け、毎週日曜日、天福宮の前で[礼拝の後]デモを行なわれています。

抗議内容は主に次の通りです。

「牧会者の人権を無視する免職は不当です」

「強制的忠誠盟誓のビデオ撮影の映像は、直ちに破棄して下さい」

「真の御子女様は、誰一人として堕落したアダム・エバではありません」

「真なる兄弟の秩序が正される事によって、御父母様も安息されます」

ジョン氏は、UCIや文顕進様サイドと全く関わりが無いのに、協会側は完全にそちらの教育や経済的援助を受けて行動していると信じきった上で、免職処分にしたりデモの対処をしている現状です。

又、協会側はジョン氏の言動に付いて、誤った情報を協会のカフェに載せたり全国の食口にEメールで送っています。

それに対処したくてもジョン氏は、協会のカフェにすらログイン出来ない状態です。

祝福家庭でありながら、どうしてこの様な不当な事が許されるのでしょうか?

ヨンギ教会の食口達も、2年数ヶ月お世話になったジョン教会長が突然辞めさせられる羽目になり、不当な免職の撤回要請書を連名入りで協会に挙げましたが、受け入れられずに公文の通り、次の礼拝には新しい教会長の就任式が執り行われました。

(就任式の知らせすら受けていない食口も多く、当惑しているにも関わらず・・・)

新しい[日本人の]教会長は翌日の牧会者会議の席で自ら、○局長にヨンギ教会に来て下さる様、申請されました。

○局長は、全国を回りながらUCIや文顕進様と郭会長を批判する教育をされている方です。

その後、2週間連続で礼拝の代わりにその教育がされた以外にも、個人的に教会の中心人物を呼び集め、平日の夜その教育がなされました。

何故ならば、協会側はヨンギ教会の食口達も皆、2年以上UCI側の教育を受けていると信じているからです。

(食口達はUCI側という言葉すら、○局長の教育で初めて聞いたのに・・・)

「何度も同じ教育を聞かされるのでは礼拝に行きたくなくなる」と言う食口の声も多く、その事を伝えてようやく普通の礼拝になりましたが、既に殆どの食口が不参加の現状です。

私は不思議でたまりません。

何を恐れて協会側は3週間も教区長や局長を、小さな教会に送り教育し続けたのか?

ジョン教会長もヨンギ教会の食口達も皆、UCI側だと確信して対処されるのは、本当に不愉快なものでした。

真の御父母様の元、顕進様側もなく、亨進様・国進様側もなく、皆同等の祝福家庭であるはずなのに・・・

ジョン教会長は実際この2年数ヶ月、原理講論・原理原本を順に進められるという、普通の礼拝をされました。

礼拝前の2世教育や、食後の祝福候補者の為の原理講義も熱意を持ってしておられました。

それ以外にも、様々な問題の有る食口達の為に、時間やお金も惜しまれずに全力投入して下さった、情深い教会長でした。

免職になられる1ヶ月程前から、礼拝最後のお知らせの時間に現状を報告される形で、協会のビデオ撮影や、教会長の[良心宣言]について等を教えて下さっただけです。

ジョン教会長は、御父様の摂理やみ言に真剣に取り組んでおられるからこそ幅広い友人・知人のネットワークから様々な情報を得、原理と良心の尺度の元、行動しておられるだけだと思います。

一日も早く、ヨンギ教会に復職される事を願ってやみません。

殆どの教会では真実が隠され、協会の都合の良い内容のみ伝達され、UCI側の批判教育がなされている事と思います。

御父様の本当の願いまでもが曲げられて伝えられている現状をとても悲しく思います。

ただ、上の指示のみによって動かれるのではなく今、統一家で何が起こっているのか、関心を持って見聞される事を願うのみです。

一 般人の方が食口達より多くの情報を知り、冷静な判断をしている事が、虚しく残念です。

是非、CARPの[実名討論コーナー:700・701]等や、月刊/朝鮮[1月号]:「2兆ウォンをかけて争う統一教[王子の乱]」等を読んで見て下さい。

610年程前の[王子の乱]は、異母兄弟間で後継者候補の義弟を殺害する事件でしたが、真の御子女様達にそのタイトルが当てはめられ、世間のさらし者にされるという事がどういう事か、痛感されると思います。

ヨンギ教会の日本リーダーは、ジョン教会長が辞めさせられる様になった成り行きや言い分を、何も知らない食口の為に、新しい教会長の就任式の前に、教区長に[免職の理由やUCIについて]を日本人の皆に説明して下さる様お願いしたり、日本人集会をリーダーの家で行い、その場にジョン氏をお迎えしてお話を聞く機会を作ったり、礼拝での○局長の教育も受ける様に薦めました。

そして「両方の話を聞いたり、御父様や顕進様・亨進様・国進様のみ言も読んだりした上で、自分の良心に従って判断して下さい」と言いました。

しかし、新しい[日本人の]教会長は「ジョン氏は嘘つきです。連絡をとってはいけないし、会ってもいけません」と言っておられたので、一部の日本食口がジョン氏と会った事を、新しい教会長に報告しました。

そして新しい教会長は早速リーダーに電話し、開口一番「あなたは御父様をメシアだと信じていますか?」「あなたは御父様について行きますか? 顕進様に従って行きますか?」と聞かれたそうです。

リーダーはその質問に対しとても驚愕し、何も事情も聞かないまま一方的にUCI側だと決めつけ話をする新しい教会長にあきれると共に可哀相に思った・・・と、他の日本食口達にEメールで知らせてきました。

「心情を蹂躙する言葉である」とも書かれてありました。

 そのEメールも直ぐに新しい教会長の耳に入り、リーダーや日本食口宛てにお詫びのEメールが送られて来ました。しかしお詫びと言うよりは、更に日本食口達(14人)をほんろうさせる内容でした。

「5人の食口が次々と自分に報告してくれ、ジョン氏と会った事やその内容まで全て知っています。皆さんはお互いの事を多分、ご存知無いのではと思います」

・・・新しく来たばかりの教会長にその様に指摘され、悲しくなったのは私一人ではないと思います。

 今迄10数年前後、同じ地で苦楽を共にしてきた姉妹達なのに・・・と。

 その上、ヨンギ教会が所属する大田・忠南の代表リーダーにまで「うち(ヨンギ)のリーダーがおかしいんです。」と電話を入れた人が何人かいると聞き、リーダーは「自分の言動の為に他の姉妹が迷惑を被るのであれば・・・」とリーダーを辞める事を他の食口達に報告し、そのまま日本に行ってしまいました。

「帰って来ないかも・・・」という言葉を残しながら。

 その後、副リーダーが新しい教会長に「新しいリーダーをその5人の中から選んで決めて下さい」と要求しましたが、「リーダーは無しで行きましょう」と決められました。

 何という事でしょう。新しい教会長は、ヨンギ教会の食口達をバラバラにしに来られたのでしょうか?

 ただでさえ、色々とお世話になったジョン教会長を突然失い、そのジョン氏の事を否定され、協会から様々な教育を受けた挙句、姉妹の為に一生懸命してくれていたリーダーまで失い、姉妹同士が信じられなくなってしまった私達は、このまま何も無かった様に過ごしていいのでしょうか?

「両側の言う事はもうこれ以上聞きたくない」と、思う人の気持ちも解らない訳ではありませんが、矛盾が正当化されている協会の言いなりになっていて、御父様の願われる天一国は本当に到来するのでしょうか?

 私達に出来る事は何も無いかも知れませんが、ヨンギ教会の現状を少しでも多くの方に知って頂きたく、文を挙げさせて頂きました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*参照 月刊/朝鮮[1月号]:「2兆ウォンをかけて争う統一教[王子の乱]」

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予定通りの与謝野馨「たちあがれ日本」離党ーーその背景

2011-01-13 10:18:26 | 参議院

 1月13日(木)「連立打診スクープの背景にあるのは、与謝野馨さんが離党するための条件作りではないか。私が得ている情報通りに動くなら、その時期は年初だ」こう書いたのは昨年12月26日のブログだ。詳しくは書けないが「確実な情報」だった。昨年後半に何度か菅首相と与謝野さんが会談を持った。当時の報道では政権運営の相談とされていた。実はそうではない。菅首相は税と社会保障の課題でアドバイスを受けたのだった。与謝野さんは麻生内閣当時にまとめた「安心社会実現会議」の報告書がいまでも必要だと説いた。座長代理の渡辺恒雄(読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆)は、厚生労働省を「医療・介護省」と「厚生・年金省」に分離すべきだと主張。しかし麻生首相は「社会保障省」という構想があったので実現の道筋には至らなかった。いまもなお与謝野さんは渡辺構想に賛同している。そうしたプランもふくめて菅首相に提言したのが会談の核心だった。その動きと連動したのが「たちあがれ日本」からの離党である。平沼赳夫共同代表と方向性が異なるために、年が明ければ離れることは既定路線だった。ならば「たちあがれ日本」との連立構想は、与謝野離党のために煙幕であったともいえよう。与謝野さんからすれば計算したうえでの離党だ。「民主党打倒」を掲げた「たちあがれ日本」と民主党が連立できるはずもない。小党内部での対立が高じて、与謝野さんが離党する道筋だけが残り、実際にそうなった。あとに残る問題は離党した与謝野さんが「新党改革」(舛添要一代表)に入党するかどうか。連立の「さざ波」のような枠組み変更の可能性はまだ残っている。

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内閣改造人事めぐる情報戦

2011-01-11 13:39:29 | 参議院

 1月11日(火)「大変な幕開けになりましたね」ある参院議員からそう声をかけられた。今日から1週間は政治が動く。報道では内閣改造が話題となっているが、その情報の出方によっても、菅直人政権の行方が見えてくる。新しい官房長官には参議院からと新聞1面で報じられたのは、年初めのこと。情報源を探っていけば「なりたい人物」からのものであった。人事は漏れればつぶれる。この基本原則に基づいて、ある有力議員の名前が浮かんでは消えていった。情報戦だ。しかし内閣周辺から具体的人物名が流れるならば、それは麻生太郎内閣の教訓が生かされていないことになる。失言や政治的ブレの続いた麻生政権は、内閣改造で乗り切ろうとした。首相周辺から党三役人事が漏れることで、反対派が勢いづき、人事に失敗。政治決断ができなくなり、結果として解散、総選挙へと流れ込んでいった。その果実が政権交代だった。国会対策に長けた判断があるなら仙谷由人官房長官は続投させるという。そうなれば野党の猛反発で国会は冒頭から動かない。それも7日から10日だ。その間に辞任カードで交渉、予算の通過を約束させて官房長官と国交大臣を辞任させる。しかしこれもまた政略にすぎない。歴史観や国家観が見えないからだ。こうした時代情況をどう捉えるべきか。中曽根康弘元首相の情勢分析が新鮮だ。「政治制度というものが成熟するには3年、5年はかかります。新しい路線を目指して進むといういう以上は、国民にも忍耐する義務があると私は思いますね」「あと1年くらい経てば、政権も3年目で、落ち着きと慣れが出てくる。そうすれば独自の戦略も生まれてくるかな。しかし首脳部の力量不足が目につく」(「週刊ポスト」、1月14日、21日号)。

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菅首相「報道ステーション」出演の内実ーー視聴率をどう評価するか

2011-01-08 13:27:54 | 参議院

 1月8日(土)「総理は内閣支持率が上らないのは小沢問題と自分がやろうとしている政策の広報宣伝が不十分だからと本気で思っている」(首相周辺)。菅直人首相が新年になって積極的にマスコミに出るようになったのはそうした認識があるからだ。5日には「報道ステーション」、7日には「ニコニコ動画」である。政治記者から次のような話を聞いたのは6日のこと。「報道ステーション」は最低でも10パーセントの視聴率がある。ところが総理が出演するとグラフは8パーセントに落ち込み、さらに6パーセントまでになった……。たしかに視聴率は番組全体で6・9パーセントと「報道ステーション」では珍しい低水準を記録した。前4週間平均が14・7パーセントだから、なんと半分だ。しかし調べてみれば政治記者から聞いたことは大雑把な流れであって正確ではなかった。

「報道ステーション」がたいてい10パーセント以上の視聴率を獲得しているのは、基本的に「視聴習慣」があるからだ。その時間になれば「報道ステーション」を見るという生活習慣である。視聴率はグラフで1分ごとに表示される。私が「ザ・ワイド」に出ていたとき、前日の視聴率グラフを見て、どのコーナーの視聴率が高いかを見ることにしていた。VTR部分からスタジオトークに移ったところで視聴率が上がって行くならば、視聴者はそこで何が語られるかに関心があったということになる。「ときの人」が出演すればたいてい視聴率は上がる。典型的なケースはスキャンダルを起した人物だ。特定の番組に独占的に出演すれば、視聴率が上るのは当り前でもある。では菅首相が出演した「報道ステーション」の「6・9パーセント」をどう捉えればいいのか。

 21時54分に番組がはじまったとき、画面には司会者とともに首相の姿があった。そのときの視聴率は5・4パーセント。そもそも「入り」から低視聴率だったのだ。その原因はテレビがまだ正月体制にあったからである。日本テレビは午後7時から11時24分まで「ザ!世界仰天ニュース」、フジテレビは同時間に「超ホンマでっか!?」という特別編成だった。この2番組が高い視聴率をあげたことは翌日に明らかとなった。それに対抗した「報道ステーション」は、最初から苦戦を強いられていたのだ。菅首相の出演は2つのCMを挟んで22時40分まで続く。その間の最高視聴率は8・7パーセント、コーナー終了時は6・7パーセント。菅首相が出演したコーナーの平均は7・2パーセントである。

 そこから次のコーナーに移り視聴率が下がった結果が6・9パーセントという数字となった。菅首相が出演したから視聴率が下がったのではないことが、この流れからも明らかである。菅首相が出ていた同時間帯の日本テレビの視聴率は19・7パーセント、フジテレビが20・8パーセント。多くの視聴者が総理の話を聞くよりも娯楽番組にチャンネルを合わせていたということである。安倍晋三元総理がかつて「報道ステーション」に出たときは16・7パーセントだったと報じた産経新聞は、放送時期などの比較条件を欠いたため、いささか単純にすぎる。菅首相の出演についていえば、チャンネルを合わせた人の多くはコーナーの最後まで見ていたということが視聴率グラフから見えてくる。ただし首相が語ることを聞きたいという新しい視聴者が増えなかったと評価することもできる。

 私はかねてから、首相は予算編成など政治変化の時期に応じて国民に具体的かつわかりやすく語りかけるべきだと主張してきた。したがって菅首相がテレビやネットで語ることには賛成だ。しかし首相や幹事長が支持率が上がらない原因として小沢問題を前面に出すことは世間=生活現場を知らないと断ぜざるをえない。いま菅政権に何が必要なのか。2人の忠言を紹介する。「菅政権になると今度は冒険的な発言をまるでしなくなった。追われてばかりいて、押し返す力がない。あと1年くらい経てば、政権も3年目で、落ち着きと慣れが出てくる。そうすれば独自の戦略も生まれてくるかな。しかし首脳部の力量不足が目につく」(中曽根康弘元首相、「週刊ポスト」1月14日、21日号)。「菅さんと鳩山さん(由紀夫・前首相)の一番の共通点は、歴史を理解するセンスがないことだ。歴史的思考法の訓練を受けた痕跡はどうも感じられない。理科の人(理工系の大学卒)ということもあるのだろうか」(山内昌之東大教授、「アジア時報」2011年1、2月合併号)。

 私は民主党政権が確固とした基盤を築くことをめざしつつも、いかなる執行部体制にあっても北朝鮮による拉致問題早期解決と少子高齢時代に見合った医療・福祉・介護の「人間らしい」充実のために引き続き行動することを政治活動の基本とする。

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「現状追従内閣」では国家が滅びる

2011-01-04 11:28:15 | 参議院

 1月4日(火)。1935年から45年の敗戦までの10年間。日本の総理大臣は、岡田啓介(海軍)、広田弘毅(外交官)、林銑十郎(陸軍)、近衛文麿(華族)、平沼騏一郎(枢密院)、阿部信行(陸軍)、米内光政(海軍)、東条英機(陸軍)、小磯国昭(陸軍)、鈴木貫太郎(海軍)と10人を数えた。長くて東条の約2年9か月、短くは林の約4か月ほどだ。ときどきの大臣の名前を見ても、ほとんど聞いたこともない人物たちである。「戦争追従内閣」だ。とくに44年7月22日から45年4月5日まで続いた小磯国昭内閣は、戦局が悪化するにも関わらず、無策に終始した。45年はじめには最高戦争指導会議で本土決戦体制を強化(1月18日)、アメリカの本土攻撃やソ連の対日参戦の可能性を認識(2月15日)したが、国民党政府との和平工作も閣内対立で頓挫。B29による東京空襲(3月9日~10日)、硫黄島の玉砕(日本軍守備隊2万6000人、3月17日米軍による占領)、沖縄本島への上陸開始(4月1日)と敗戦への道を進むばかりであった。「鬼畜米英」「一億火の玉」という言葉をマスコミが流行させ、映画界も「加藤隼戦闘隊」(山本嘉次郎監督)、「陸軍」(木下恵介監督)など戦記物が公開されている。軍部、政治家、メディアの共演である。戦争経験ある中曽根康弘元首相は、この時期を「政治および国家統治の基本原則によらず、その場しのぎの対応に終始してしまいました」と総括している。敗戦から65年あまり。とくに冷戦終了後の1991年からいままでの政治もまた不安定な状態が続いている。海部俊樹内閣から政権交代を果たした民主党政権の菅直人内閣まで数えれば13人である。とくに小泉純一郎政権が終わった2006年9月以降は、わずか4年で4人も総理大臣が代わっている。まさしく「政治および国家統治の基本原則」どころか、「その場しのぎ」の連続である。歴史のエッセンスを応用し、5年から10年後の日本像から「いま」を捉えることが政治には必要なのだろう。ともすれば政局=政争に影響される言動からもっと自由にならなければならない。古在由重さんがしばしば口にしていた「着眼大局 着手小局」である。歴史は「現状追従内閣」では国家が滅びることを教えている。2011年。現代史の関頭にあたって再びしばし沈思する。

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