有田芳生の『酔醒漫録』

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藤原新也さんのこと

2015-06-30 07:28:50 | 日記
SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)が渋谷のハチ公前で行う集会の前に、近くのホテルで藤原新也さんに会いました。ずっと思案してきたあるお願いをするためでした。意を決して話をすると「お引き受けします」と快諾してくれたのでホッとしました。藤原さんの存在は『東京漂流』を故・山川暁夫さんから薦められて知りました。川崎で両親をバットで殺した少年の分析と、その家の写真がいまでも鮮やかに蘇ります。「文章がうまいねえ」と山川さんは言っていました。何よりも世間を見る眼が違います。それから藤原さんの視点で書かれた著作を熱心に読むようになったのでした。あるとき文藝春秋の編集者から連絡がありました。藤原さんの文庫を出すので、その解説を書いて欲しいというのです。驚いたことにご本人からの申し出だといいます。『空から恥が降る』が発売されたのは2004年5月。ぼくの原稿は「方法としての藤原新也」と題しています。いま読み直してみて、辺見庸さんに影響を受けた文章だと自覚しています。藤原さんが大宅ノンフィクション賞を辞退していたことを思い出しました。「状況が厳しければ厳しいほど人間はユーモアを忘れてはならない」「戦争を批判するにしても、がちがちに硬直した批判は危険である」ーー藤原さんのこんな表現も引用してあります。藤原さんと実際にお会いするのは、この解説を書いたことがきっかけになったのです。藤原さんがハチ公前の集会に行ったのは、どんな若者が集まっているかが気になったからだといいます。そして政治家が渋谷という土地でどんな言葉で語るかも関心の対象でした。「CAT WALK」(6月29日)で報告がありました。藤原さんのアトリエで会員とともに話を聞き、新大久保のタイ料理屋で懇親を終えて、最終電車で帰宅する充実した1日でした。藤原さんとの写真は「師匠」と呼んでいるカメラマンの戸澤裕司さんが撮影してくれました。かつて「朝日ジャーナル」で江川紹子さんと宗教問題でルポを書いたときにはじめてお会いしました。もう25年も前のことです。(2015/6/29日)
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