有田芳生の『酔醒漫録』

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文鮮明教祖の「それから」

2008-08-31 22:48:02 | 統一教会

韓国家庭連合発表
統一運動(天宙平和運動)ニュース  2008年8月14日
去る7月19日、文鮮明総裁夫妻搭乗のヘリコプター事故がありましたが、下記のごとく、韓国の世界平和統一家庭連合からの発表と、その後の近況をお知らせいたします。

<韓国家庭連合発表>
発表者:梁昌植会長(世界平和統一家庭連合韓国協会長)
事故日時:7月19日17時頃
事故場所:加平郡雪岳面松山里
 搭乗者:文鮮明総裁夫妻、金孝律(補佐官)、ユン・キビョン(補佐官)、キム・プテ、鄭元周、朴・ジョンヒョン、イム・ヂソンなど13人(注、機長他を含めると16人)
 文鮮明総裁夫妻と補佐官など一行13人は、2008年7月19日、世界平和統一家庭連合宣教会所属のヘリコプターで加平郡雪岳面所在の天正宮博物館を午前9時9分に出発してソウルに到着した。
 文総裁一行はソウルパンポ所在のマリオットホテルで宣教会所属幹部らと昼食を兼ねた公式的な会議を終えて帰宅するために、午後4時41分に蚕室ヘリコプター発着地を出発して、清平に向かった。
 出発当時の気象条件はヘリコプター運行に全く支障がなく正常であり、定員18人のヘリコプターに乗務員3人を含み、16人の搭乗者がヘリコプターに乗った。
 着陸地点近くに到着すると、突然の気象変化でヘリコプターは直ちに着陸地点を探せないでいたが、ついにヘリポート周辺の山に不時着することになった。この事故によって搭乗客の大部分は無事であったが、搭乗者の中でイム・ヂソン(30才)だけが脊椎骨折で治療を受け、ユン・キビョン補佐官は軽い擦過傷で治療中である。幸い文鮮明総裁と韓鶴子総裁は無事にヘリコプターを脱出して、近隣の清心国際病院で診察を受けて安静にしている。搭乗者が全員脱出してから、およそ20分後にヘリコプターは全焼してしまった。ヘリコプターは米国シコルスキー社製作S-92で最新型である。
※その後、順調に回復された文鮮明総裁は、8月1日、天正宮博物館での訓読会に元気なお姿を見せられました。そして、8月7日の第12回「7.8節」記念式典には、文鮮明総裁夫妻が揃って公式行事を主宰されました。一時間以上み言を語られ、2時間にわたる式典を指導してくださいました。

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練馬「金ちゃん」に響く「有田コール」

2008-08-31 09:59:46 | 酒場

 8月30日(土)080830_20570002 第1期の「有田塾」最終回は練馬区役所20階。講師は加藤タキさんでテーマは「自分らしく輝いて生きる」。多くの方が熱心に聞いてくださった。対談のなかで「読売新聞」の意図的報道について解説。「改革クラブ」結成を1面トップ記事にするのは、民主党を切り崩す目的が背景にあること、さらに30日付け1面トップの「1月解散強まる」も福田首相をけん制する「新聞辞令」であることだ。「改革クラブ」の動きなど、まともな政治記者なら1面トップ記事になどしない。福田首相は、解散権を公明党の思惑で左右されたくないと思っている。本音は補正予算を通過させたところで、インド洋への補給問題と消費者庁設置を国民に問うことで解散をしたいというのだ。もしかしたら補正予算を通さなくとも解散をする可能性もある。「読売新聞」の書く「首相退陣論」などを本人が聞く気配などない。もちろん政治はさまざまな力関係の総和だ。福田首相の意志だけで進むわけではないが、それにしても「読売新聞」の報道は偏っている。夜はベジフルセンター練馬の夏祭り・盆踊りをBS11の「にっぽんサイコー!」で取材。現職の自民党国会議員に遭遇、ご挨拶。そういえば「有田塾」にこの議員の男性元秘書が参加されていたが、いびきを注意されるとすぐに退席。加藤さんのいいお話を聞いてもらいたかった。練馬駅前の「金ちゃん」にはじめて行った。つい先日BS11で少し話を伺ったばかり。抜群に美味しい煮込み、ハツ刺しにホッピー。店主の萬田金太郎さんが店を開いたのは東京オリンピックの年だから、44年前。モツを焼く萬田さんと四方山話。この店に居酒屋評論家の吉田類さんも何度か来たというので、吉田さんに電話。カウンター左隣のカップルと話をしていると、時期が違うが光が丘に住んでいた公団住宅の同じ棟にいたことがわかった。お客さん7人からサインを求められる。これまでは「一日一生」と書いてきたが、いまは「天下独往」。「有田コール」に送られて店を出る。雨はまだ降り続いていた。

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「家康」25周年の夜

2008-08-30 09:45:07 | 読書

 8月29日(金)080829_18230001 「はじめての本格的伝記」と銘打たれた川西政明さんの『吉村昭』(河出書房新社)を読み終えた。吉村さんがなぜ「逃げる」ひとたちを描いたのかがまとまって理解できた。とくに『破獄』は脱獄王といわれた白鳥由栄氏を主人公にした小説で、深い感銘を受けたことを思い出した。ところが川西さんが紹介する白鳥氏本人も登場するいくつかの著作と比べると脱獄の方法などが大きく異なっている。事実とフィクションのズレ、取材対象によって「事実」も変化することなど、方法論としても大きな示唆を受けた。しかし不満は後半になると史料がそのまま長々と引用されていることであり、なによりも吉村昭さんという人物像が浮かび上がってこなかったことである。伝記というよりもほとんどが作品論なのだ。吉村さんを知るにはやはり奥様である津村節子さんの著作を読むしかない。朝3時にふと目覚めたのは雨の激しさ。5時に起きると小雨だった。7時前から光が丘で2時間ほど訴える。絶好調。今度もまた栃木県からボランティアでOさんが参加してくださった。感謝!練馬の駅前で訴え終えたとき、民主党参議院議員の白眞勲さんとバッタリ、しばし立ち話。神保町「家康」25周年の飲み会に参加。開店当時から出入りしていたから多くの想い出がある。ジャーナリストの歳川隆夫さん、藤本順一さん、上杉隆さん、さらに医療問題に取り組んでいる早川幸子さんなどとワイワイ。「家康」では9月1日から5日までビールは何杯飲んでも無料にするという。ひとりで「北京亭」。また従業員が変わっている。好物の焼きそばを頼んだところ、何と辛子は小袋に入っているものを出してきた。こんなことははじめてのこと。練った本辛子を出すべきだと旧知の調理人に伝えて店を出る。「北京亭」がどんどん変質していく。

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「改革クラブ」と言葉の力

2008-08-29 05:32:20 | 政談

 8月28日(木)080828_18500001 民主党などにいた「隠れ自民党」が新党を結成すると報じられた。この時期の結成には政党助成金獲得などの思惑はあるだろうが、驚いたのは「改革クラブ」という党名だ。党名やスローガンには思想が宿っている。その言葉の奥深くにマグマのように蠢いているパッションが短い表現に昇華される。いいかえれば言葉は生命なのだ。言葉は発せられるとともに広がり、心をつかみ、やがて物質的な力に転化する。だからこそ表現者は言葉にあくまでもこだわる。最初にあるのも最後にあるのも言葉なのだ。そうした判断から新党を見れば、「改革クラブ」とはいかにもお手軽な名前だ。こだわりも感じられない。もしかしたら「新自由クラブ」にあやかったのかもしれないが、時代の躍動感がまったく違う。いずれ自民党に吸収されるだろう。定例の役員会。文藝春秋で松井清人さんと雑談。大佛次郎さんの『パリ燃ゆ』『天皇の世紀』(朝日新聞社)を読むことを勧められた。『パリ燃ゆ』は全共闘議長だった山本義隆さん推薦の著作でもある。全著作を読んだ松井さんによれば、フランスにあって日本にないものがある。それは民衆の蜂起だ。大佛次郎さんが描きたかったことはそれだという。市民革命の伝統は民主主義の深さにかかわっている。古書店で買っていた『パリ燃ゆ』を読むことにした。新宿で竹村文近さんに鍼を打ってもらい、体調を整える。東京ドームで長男と待ち合わせて巨人VS横浜を観戦。

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福田首相の「麻生禅譲」は幻話

2008-08-28 09:10:49 | 政談

 8月27日(水)080827_09350001 爽やかな朝。光が丘駅で水も飲まずに2時間20分訴え続ける。長年住んでいたところだから多くの知人に出会う。初対面のある女性は、会社の朝礼でわたしのことを部下たちに語ったと教えてくれた。終わったところで懐しい場所をしばし散歩。引き続き、練馬駅、中村橋駅などで訴えて、さらに住宅街を走る。近所の酒屋が閉店してしまった。大規模店が消費者のニーズに対応する商売をしていることは時代の変化に敏感なのだ。しかし、個性ある商店を「時代遅れ」などというだけでは地域経済を守れはしない。商店街がもっと変化に対応すべきことはいうまでもない。しかし、大規模小売店舗立地法による大型店の進出が街の歴史を破壊したこともまた事実だ。石牟礼道子さんが東京都心を墓場のようだと喩えたのも、街並み保存の思想がない日本の堕落だとわたしは思っている。晩年の須賀敦子さんも入院していた病院の屋上から東京を見渡して、「どうしてこんな街になってしまったんだろうか」と嘆いたことがある。経済政策とはそこに住むひとたちの切実な暮らしの問題であるとともに、思想問題でもある。夕方の御徒町。福田康夫首相の「本音」を知る人に会う。麻生太郎氏への禅譲などはまったく考えていないことなどを聞く。麻生人気などはごく一部のことで、禅譲をして総選挙をすれば自民党への批判はより高まると判断しているというのだ。衆議院議員の任期はあと1年。総選挙は意外に早くなる気配がある。

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路上の光景(5)

2008-08-27 06:18:25 | 新党日本

 8月26日(火)080826_11490001 練馬の東神社にご挨拶。境内にある美味しい湧き水を飲んでから商店街を歩く。「おとり様商店会」は、戦後にとても賑わった通り。ところがいまや、イヤな言葉だが「シャッター通り」。美容室、魚屋、クリーニング店、総菜店、ブティック、天麩羅屋、豆腐屋、酒屋、洋品店などが消えてしまった。つい数日前に店を閉めたところもある。変化はこの10年ほどのこと。内閣は橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、そして福田康夫内閣。とくに大型店舗が進出してから商店街は破壊的打撃を受けた。大規模小売店舗立地法は平成10年。まさに橋本内閣以降の異常事態だ。街の顔が失われ、大型店が個人商店を押し潰していく。国内総生産(GDP)の6割が個人消費。このまま消費税を上げるような政治が進行すれば、ますます商店街は厳しい波に襲われてしまう。BS11「ニッポンサイコー!」の取材で巣鴨のとげ抜き地蔵を歩く。振り込み詐欺の被害は今年上半期に過去最高の約167億円。救済法案ができたとはいえ、その実体は問題だらけ。巣鴨信用金庫で担当者から話を伺う。東銀座でテンギズ・アブラゼ監督のグルジア映画「懺悔」を見る。1984年に公開されたこの作品はスターリンを戯画化したもので、世界的に話題を呼んだ。モスクワでも10日間で70万人もの観客を動員。しかしフィルムを買ったアメリカの会社が倒産して、これまで公開されることはなかった。ペレストロイカ(改革)を象徴するこの作品が、グルジアへのロシア侵攻のいま公開される皮肉。愚かな政治家が個人と民族の歴史を破壊することを教える名作だ。

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『経済の科学』から現実を見つめる

2008-08-26 09:37:25 | 随感

 8月25日(月)深夜2時に眠り、5時に起きて練馬春日町駅へ。雨のなかを訴えること2時間10分。学生時代の知人がいたので会釈。顔見知りが何人もできたのは繰り返しのため。終わったところで近所に住む高齢女性と立ち話。練馬駅前でマイクを持っていると、道路の向こうでスタッフが誰かと話しているのが見えた。あとで聞くと「頑張って」というコメントとともに「同じ職場だった」とのこと。いったい誰だったんだろうか。経済=暮らしの問題を訴えているとき、ふと山口正之さんのことを思い出した。経済理論を根拠にしつつ生きた経済を語らなければならない。そのために山口さんの『経済の科学』(青木書店)を読み返そうと思った。「先生の代表作として何が残ると思いますか」と聞いたとき、『マルクス主義と産業社会論』をあげると予想していたのに、以外にも『経済の科学』を口にした。初版は1975年。もう33年も時間が過ぎたのだ。表紙裏には「有田学兄へ 自由な連帯のために」と直筆でサインされている。練馬の住宅街を走る。平和台駅の近くにある「イクゥオール」というスーパーが閉店になった。障害者を雇っていることでも知られていたが、不可解なことにいきなりの店仕舞い。どうもオーナーが変わってから問題が起きていたようだ。従業員にはひとつき前に「8月いっぱいで閉めるかもしれない」といい、やがて「25日」となり、結局は23日に閉店。その知らせが貼り出されたのは数日前。多くの客が知らないままの仕打ちだ。サービス業のやることではない。店長は野党政党の所属。長年の客や従業員への無責任な対応に呆れるばかり。夕方になり義務感でジムへ。

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サザン「30周年」コンサートに思い出すこと

2008-08-25 06:06:41 | 芸能

8月24日(日)080824_20220001 まるで秋雨のような一日。後援会パンフレットに載せる原稿に呻吟。「なぜ新党日本か」は、かつて書いたものに推敲、加筆を加えて完成させた。そこまではよかった。いまの政治、経済、社会状況をふまえた新原稿がなかなか進まない。そのうちにタイムリミット。家人、次女とその友人たちと横浜へ向かう。日産スタジアムでサザンオールスターズのコンサート。熱狂の坩堝なかに入り込み名曲を聴く。サザンの曲が人生の節々の想い出と結びついていることを再確認。「30周年」ということは、上京して働きだした時間とすっぽり重なる。「勝手にシンドバッド」ではじまり、会社を辞めざるをえなかったころの「いとしのエリー」、そしていまは「希望の轍」だ。「30年」なんてあっという間。歴史のなかの個人時間は短いもの。サザンの再結成があるなら、それは数年後の期間限定だろう。そう思わせる雨のコンサートだった。閉幕後に小机駅まで行くのが大変だった。何しろ7万人の大移動だ。渋谷からもより駅に着くとすでに午前零時すぎ。「安楽亭」で遅い食事。次女たちが生れていないころに活躍していたサザン。その曲に想い出を持つ新しい世代。創造的活動とはすごいものだ。

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イッセー尾形と篠原ともえに爆笑

2008-08-24 09:37:05 | 芸能

 8月23日(土)「あらアリタさん」と自転車をとめた見知らぬ女性2人が声をかけてきた。「光が丘にお住まいでしょ」と言うので「いえ、いまはここをまっすぐ行って」といった会話からはじまった。いつものようにリーフレットを渡してからしばし四方山話。こうして練馬を歩く日々。小雨に濡れて肌寒い。時間が来たので新宿。ハイアットリージェンシー東京で取材。貴重な成果あり。新宿駅ビルのなかの書店に行こうと思ったが、なくなっていた。三越のなかにあるジュンク堂へ。津村節子さんの『ふたり旅』(岩波書店)を入手。吉村昭さんとの出会いから別れまでを描いた作品だ。新刊コーナーに行くと日垣隆さんの『ラクをしないと成果は出ない』(大和書房)の帯が「10万部突破」というものに変わっていた。そういえば森達也さんからは『メメント』(実業之日本社)が送られてきた。知人たちの着実な成果を喜びつつ、単行本『X』の行く末をふと思う。原宿で家人と待ち合わせてクレストホール。イッセー尾形さんと篠原ともえさんの「2人芝居」を観る。爆笑しばしば。「2人芝居」と謳いながら実際は6人というのも笑える。流れは決まっていてもおそらくアドリブが多いのだろう。イッセー尾形さんの発声法に「辻説法」にも通じる世界を発見。

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Kー1武蔵の「二つ先のパンチ」

2008-08-23 10:48:39 | 思索

8月22日(金)練馬の春日町駅で訴え。朝の空気はもはや秋。ほとんど汗が出なかった。こうしてまた季節が変わっていくことを実感する。「この間は中村橋でお見かけしました」「また会いましたね」と声をかけてくださる女性たち。握手の数はもはや選挙本番。ボランティアで再び参加してくださったYさんは昼まで手伝ってくれた。練馬駅近くの商店街店主はさまざまな情報を伝えに来てくれた。「辻説法」をしていると道路の向こうで知らない女性がスタッフからリーフレットをもらって配りだした。まさに「勝手連」。うれしいことだ。練馬駅周辺から大泉学園までの住宅街を走る。不安や焦慮を根拠にその場所に固着する「居着き」は、否定的ニュアンスがあるが、肯定的に捉えることもできるのは、「未来」を「現在」と見ることだというのが内田樹さんの見解だ。たとえばKー1の武蔵は「打たれたときは、それをもう忘れて、二つ先のパンチが相手にヒットしているときの感じ」を想定して、それを「現在」だと思うそうだ。このくだりを熟読していて思い出したのは、古在由重さんの教えだ。「僕は、変な言い方だが、『現在を過去として見る』というふうな習慣を持っています」「いまの現実というものもやがて十年たち、二十年たてば必ず過去になるということ。いま現実を未来からの過去として見るという見方をいつでもやっているつもりです」と丸山眞男さんとの対談(『一哲学徒の苦難の道』、岩波現代文庫)で語っていた。この視点こそ個人においても組織においても必要なのだ。いま進みつつある道を「未来圏」(宮沢賢治)から見つめると、気持ちが軽くなるから不思議だ。新橋から新宿へ。再び練馬に出て「ミクシィ」のオフ会。多くの方々が参加、励まされる。

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