有田芳生の『酔醒漫録』

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拉致問題、マルクス、北朝鮮

2010-09-30 10:13:39 | 参議院

100929_141601 9月29日(水)東京ブルーリボンの会が主催して議員会館会議室で行った拉致問題の集会に出席。横田滋さん、早紀江さんがそれぞれ10分ほど語った。いつも思うことだが、重い苦渋の経験から発せられる言葉には圧倒的な説得力がある。国会議員は平沼赳夫さん、原口一博さん、長尾たかしさん、衛藤晟一さん。私は民主党代表選挙で拉致問題についての公開質問状を菅直人、小沢一郎両氏に提出し、回答を得たことを報告。集会後には北朝鮮向けに流されている短波ラジオ「しおかぜ」で拉致被害者に向けて「思い」を語った。そのあと佐藤優さんが講師を務めるマルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」の勉強会に出席。マルクスによるフランス2月革命当時の議会分析を日本の現状分析と対比して解説する佐藤さんの視点は新鮮だ。終了後は赤坂に移動。韓国大使館Cさんと懇談。韓国の官僚は定年が55歳だと聞いて驚いた。一部官僚でも60歳まで。やはり天下りはあるようだ。北朝鮮情勢について意見を伺う。

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北朝鮮向けラジオ放送「しおかぜ」での訴え

2010-09-30 00:08:46 | インポート

  9月29日に衆議院内で行われた拉致問題のための集会(東京ブルーリボンの会主催)で、北朝鮮向けのラジオ放送「しおかぜ」の録音が行われました。私の語った内容を紹介します。

 許すことのできない北朝鮮の犯罪行為、拉致によって、いまだ祖国日本に戻ることが叶わないみなさん。私は参議院議員の有田芳生です。いま日本は亜熱帯になったかと言われるほどの猛暑の夏がようやく終わり、秋の気配が漂ってきました。

 季節が移ろうように、みなさんもみなさんのご家族も1年1年と年齢を重ねています。しかしみなさんを何としてでも祖国日本へ取り戻さなければならないとの私たちの怒りと熱情は深まりこそすれ、衰えることはありません。
 
 この政治課題は一度限りの人生の自由を取り戻すための崇高で普遍的な人権問題への取り組みであり、日本の国家主権への侵害との闘いでもあります。そこにおいて政治に携わる私たちの責任は重大です。
  
  みなさんを祖国日本に取り戻すためには強い政治と強い世論が必要です。私たちは議員それぞれに国家観の違いなどがあれども、みなさんが一刻も早くご家族のもとで暮らすことができるようにするために「小異を保留して大同に立ち」この重大問題解決のために全力を尽します。
  
 みなさん。決して諦めることなく、心の中で希望の灯をともし続けてください。ナチスによる強制収容所で暮らしたヴィクトール・フランクルは「どんな時も、人生には意味がある」と自らを励ましました。やがて待ち受けていたのは解放でした。遠くない日にみなさんがご家族と抱(いだ)きあう歓喜の瞬間がやってくることを信じつつ、そのために行動することをお約束いたします。

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所属委員会が決定した

2010-09-29 10:31:25 | 参議院

 9月28日(火)所属委員会が決まった。参議院選挙が終わったとき、民主党参議院執行部から所属委員会の希望を求められた。そのとき、文教科学、予算、拉致問題特別委員会と書いて出した。厚生労働委員会は希望者が多いことや、決定は参議院3役によって行われ、最終的には輿石東会長が決済すると聞いていた。文教科学を希望したのは、重粒子線治療施設の普及や教育問題を深めたいと思ったからだ。議員会館に森ゆう子さんから電話があったとの知らせを受け、国対に電話をすると、所属委員会が知らされた。法務委員会、予算委員会、拉致問題特別委員会だという。法務委員会とは意外だった。予想もしなかった。しかし決まった以上は全力を尽して取り組むつもりだ。拉致問題対策本部から組織と取り組みの現状などを聞き取り。「可視化議連」で郷原信郎さんの「検察官による証拠改竄事件と特捜検察の構造的問題、取調べ可視化問題」と題した講演を聞く。前田恒彦検事のいう「時限爆弾」とは、弁護人が「検察の構図とFDデータの矛盾」を主張することを封じる目的だったのではないかと分析。新橋で雑用を済ませ、家族と劇団四季「海」で「55Steps」を観る。

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民主党参議院議員総会に出席

2010-09-28 11:38:59 | 参議院

 9月27日(月)冷たい雨。猛暑から一転。すでに秋か。4時から議員総会。輿石東会長の挨拶で「所属委員会の通知があるので今晩から明日にかけて連絡が取れるようにしておくように」とのこと。「いつかけても留守電の人がいる」との話に笑いが広がる。ある衆院議員から拉致問題、脱北者問題で相談あり。午後7時から草加市文化会館で「埼玉3区」の集会。50分ほどの講演を行う。インド、インドネシアなどの人口増大社会との対比で日本の少子・高齢時代の行方を語る。ここは厚生労働大臣に就任した細川律夫さんの選挙区だ。会場がぎっしりなのは、大臣に就任した細川さんに会えることを期待してのことだろう。残念ながら多忙で出席できず。長男の運転で大山に戻り、10時ごろから遅い夕食。

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『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』の薦め

2010-09-27 10:11:26 | 読書

 9月26日(日)一気に秋が来たかのような爽やかな一日。石神井公園でも歩くかなと思ったものの、時間切れ。石川知裕議員が主催し佐藤優さんを講師に月1回議員会館で行われる勉強会の準備。テキストはマルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(平凡社ライブラリー)。20代に読んだのは大月文庫版で「第2版」。平凡社版(もともとは太田出版刊)は「初版」で、マルクスの辛辣で巧みな形容詞や風刺が削除されず残されている。とはいえ1848年前後のフランスの歴史を知らないから理解するにはなかなか難解だ。2月革命で第2共和制が生まれ、ルイ・ボナパルトが選挙で74%の支持を得て大統領に就任。さらに2年後にクーデターを起し、議会を解散、戒厳令を敷いた。それでもクーデターの是非を問う国民投票では92%もの支持を獲得する。「大衆の熱狂」の源泉はどこにあるのか。これは現代日本政治を理解するうえでも必要な普遍的テーマだ。マルクスがいまでも有効なのは、偏狭なイデオロギーではなく、そこに歴史政治哲学があるからだ。インドの旅は調査が目的ゆえに自由に街を歩くことができなかった。その「不満」を解消すべく「スラムドッグ$ミリオネア」を見る。公開時に見たかったものの、選挙準備で叶わなかった。スラムで育った子供たちの「夢の行方」がどこにあるのかが見事に描かれている。過酷な現実をテーマとしたゆえにラストシーンはこれでよし。

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尖閣諸島問題と福沢諭吉の「抵抗の精神」

2010-09-26 13:42:33 | 参議院

 9月25日(土)ジムで体重を計ると1・7キロも増えていた。インド・インドネシアへの旅では移動時間が長いため、飛行機や車に座りつつ、食事だけは3食きちんと取っていたからだろう。意識的に歩かなければ大変だ。尖閣列島で逮捕された中国船船長が釈放されたことについてツイッターにこう書いた。〈中国船長釈放が本当に那覇地検だけの判断だというなら、政府は国家主権の侵害を放置、容認したことになる。政治判断があったなら、それを明らかにすべきだ。逮捕に覚悟とヴィジョンはあったのか。露呈したのは「なかった」ことだ。藤原新也さんいうところの「無政府」である〉。いま明らかになってきていることは、船長の逮捕や釈放に政治が関わっていたであろうことである。毎日新聞は首相官邸筋の話としてこう書いている。「尖閣諸島問題では危機対応マニュアルで何通りものシュミレーションができている。このケースは現行犯逮捕だったが、仙谷由人官房長官が渋った」。危機対応マニュアル通りではなく、中途半端な対応だったというのだ。外務省や法務省も「検察の責任にするのはどうか」と政府に批判的だ。海上保安庁が違法行為を行った中国船船長を逮捕したことは当然である。すかさずビデオを公開すべきであった。さらには起訴して法に基づいて裁判を進めなければならなかった。政府筋はしかしそれでは日本製品の不買運動や国交断絶までありえたとする。拘束されたフジタ社員も最悪の場合は死刑になり、レアアース輸出措置も滞ったままで事実上の禁輸だというコメントを流した。そうした危惧を解決することこそが外交力だ。ここで大切なことは原則である。尖閣列島は日本領土であるから、中国船の違法行為は日本の法律に基づいて厳正に対処する。日本にとっての領土問題とは北方領土と竹島だけだ。これが基本原則である。そこに中国が圧力を行使してきたなら、主権国家として外交努力をしつつ、福沢諭吉が唱えたように「痩我慢の説」による「抵抗の精神」を毅然として発揮しなければならない。

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「反小沢? 親小沢? 頑固な”中間派”です」

2010-09-24 11:30:36 | 参議院

「スポーツ報知」(9月24日)にインタビュー記事が掲載されました(クリックすれば拡大します)。
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「仕分け」の本丸への道 ー「スズキ」の鈴木修さんとの会話

2010-09-24 10:55:16 | インポート

 9月23日(木)インド、インドネシアから戻ってきた。16日からの旅は、参議院重要事項調査第1班による環境調査が目的だった。団長には民主党の広野ただしさん(比例区)、団員は牧山ひろえ(神奈川選挙区)さん、自民党から山田俊男さん(比例区)、末松信介さん(兵庫選挙区)、そして私だ。参議院からは環境委員会調査員の金子和裕さん、委員部から持永和将さんが同行、総勢7人の調査団だった。地球温暖化などについてのインド、インドネシアの取り組みは、年内に国会に報告書が提出されるので、このブログでも紹介する。私にとってはこれまでに書いたように「そこに生きる人たち」の印象が残っている。インドではいまでも脳裏に蘇るように、どこでも車のクラクションがまったく途切れることがなかった。ところがジャカルタでは、車の往来は多くとも、ほとんどクラクションは聞かなかった。都心に続くハイウェイでも高層ビルの林立など「成長のインド」に遜色ない、いやむしろ発展しているようなジャカルタ市内であった。アジアでの経済発展も、こうして見れば、それぞれの風土に対応した進み方をするのだろうと思えた。日本型経済成長が「お手本」ではないのだ。私にとって新鮮な経験は、外務省の大使、公使、書記官たちとの交流だった。「官僚」の仕事ぶりは見事なまでに献身的で、気持ちのいいものだった。政治家が主導して政治を進めるということは、官僚のすぐれた資質を充分に引き出すことだと実感した。たとえば財務省の筋書きで「仕分け」を行うだけでなく、いずれ警察組織などの裏金などにも切り込むには、政治家のイニシアチブがなければならない。それが本当の政治主導なのだ。ジャカルタでは偶然だがスズキの鈴木修会長兼社長にお会いした。「民主党を応援していたのに、これではダメだ」と言われた。それには理由がある。鈴木さんはいまでも中小企業時代の精神を経営に活かしている。たとえばカラーコピーをやめ、ホッチキスも共有することで何億円もの無駄を省くことができた。日本もぞうきんを絞るように徹底して無駄を省けば、もっともっと財源はあるということだろう。またぞろ消費税論議が全面に出てきそうな政治は菅直人首相がつい先日語ったように「前のめり」なのだ。

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インド  スラムの子供たちの瞳の先

2010-09-21 10:20:00 | 参議院

 9月20日(月)サザンの「真夏の果実」などをを聴きながらデリーからクアランプールに向う機内で書いている。ゴールドマン・サックスの予測によれば、インドは2032年までに日本を越える経済大国になり、50年には5%以上の経済成長を続ける世界で唯一の国になるという。そのときインド経済はアメリカの4分の3の規模になるというのだ。垣間見ただけでもそうしたエネルギッシュな息吹を感じることはできた。「マルチ スズキ インディア」を視察したときにもそう思ったのは、インド人の勤勉さだ。7846人のインド人が働く工場を見学すると、そこには大部屋食堂、ユニフォームなどに象徴される「日本的経営」が息づいていた。昨年は100万台、今年は120万台の製造で、日本国内での台数を超える。ラインで働くインド人を見ていると、きびきびと働いているだけではない。視力や聴力がすぐれているのだろう。点検時に問題を発見する比率が日本よりも高い。人口が多ければそれだけすぐれた能力を潜在的に持っている人間が多いということだ。

 三菱製の地下鉄を降りてオールドデリーを歩くと、そこはまさしく「人間の海」。1988年にはじめてベトナムを歩いたときよりも驚いた。藤原新也さんが撮影した「逆立ちした男」のような、どこか「哲学している」ような人物があちこちにいるのだ。気だるい動きをする犬までもが、何があっても動じることない哲学者のような挙措振る舞いに見えてくる。どこでも工事が行われ、車のクラクションは途切れることがない。きっと高度経済成長期の日本の街並みのフィルムの回転速度を速くしたようなものではないか。ならば矛盾もさらに深まるはずだ。貧困を克服する「包括的成長」とはいうものの、都市と農村の格差をはたして解決できるのか。都市部でもスラムをなくすというのだが、それは可能なのか。日本大使館のある方は「もっと無償援助を」と個人的意見を語っていたが、そうだとは思う。しかし日本の経済事情がそれを許さない。物質的豊かさという「パンドラの箱」を開けてしまえば、そこに待っているのはさらなる欲望の向上である。だからこそインドでも建国の父である「偉大な魂」マハトマ・ガンジーの「たとえ物質的に貧しくとも精神的に豊かに生きることが重要だ」と説いた思想がいまでもインド人を刺激するのだろう。

 インドは農村が8割だ。1991年ぐらいから市場が開放されたため、綿花栽培農家は中国やアメリカからの輸入によって大打撃を受けた。遺伝子組み換え種子が入ってきたものの、肥料代が高くつき、収穫したものの、市場価格には追いつかない。デカン高原から車で4時間の距離にあるビダルバ地区では1年間に1000人の自殺者が出るほどだった。そうした農村の実状については『インドの衝撃』(NHKスペシャル取材班、文春文庫)に詳しい。インドの識字率は国民の3分の1。日本人全体よりも多い。こうした現実を見つめたとき、スラムの子供たちの輝く瞳と希望の根底には、貧困からの脱出と「家族を楽にさせたい」という現実的な願望があるように思えてきた。深夜、クアランプール経由でジャカルタに到着。

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インドの衝撃

2010-09-18 11:15:30 | 参議院

Rimg0006  9月17日(金)昨夜デリーのホテルに着いたのは午前0時を過ぎていた。「もてなしでクーラーを強くする傾向がある」と聞いていたが、まさにその通り。震えるほどの寒さにスイッチを切り、ホッとして缶ビールを飲む。朝は8時半から堂道秀明大使から政治、経済、環境などインド情勢を聞いた。12億を超える人口で8%の成長を続けるインドは、アジア3位の経済国だ。携帯電話の増加は月に1500から2000万で、加入者は6億台で世界第2位。「中間層」が増えているといっても年収20万ルピーから100万ルピー(日本円にして40万円から200万円)。それでも携帯電話、自動車、家電製品などの売り上げは20%、30%と伸びている。食糧自給率も94%。このインドと日本はすでに地下鉄建設などで協力関係にあるが、このたびEPA(経済連携協定)を結び、10年以内に往復貿易額の約94%の関税を撤廃する。大使に話を聞いた後、移動してジャイラム・ラメシュ環境森林大臣と懇談。驚くほど老朽化したビルにある環境森林省にはびっくり。一階では古すぎて工事中の部分もあった。立派なのは、首相官邸、防衛省、財務省だという。人口13億に近いインドは、毎年1000万人の人口増だ。今後は教育、都市化、経済成長でいずれ落ち着くとの見通しだという。「牛を食べない」など「食糧安全保障」が必要との発言に、最初は冗談かと思ったが、そうではなかった。牛を飼育するには穀物が人間の7倍は必要だという。CO2の排出量は日本が4・3%に対してインドは4・7%。ちなみに世界1は中国で21%、2位がアメリカで20%、3位はロシアで5・4%。4位がインドで、日本が5位だ。13億近い人口の半分が25歳以下。貧困層も2億人を超えているという現実がある。昨夜到着したムンバイの人口は約1500万人。飛行機が空港に着く直前にはスラム郡が眼に入った。今日もITCグリーンセンター、ヤダフ合同組合(ネルー元首相も参加していた)などの視察途中にスラムを間近に見ることができた。ここで暮らす子供たちの夢は何だろうか。夜に大使公邸で行われた現地邦人との食事会で聞いてみた。堂道大使がかつてスラムの子供たちを公邸に招いて話を聞いたとき、子供たちは眼をキラキラと輝かせながら看護師や教師になる夢を語ったという。「現実が厳しいから夢に逃げるしかない」のか「現実が厳しくても夢があるのか」。私は後者だと思っている。かつてベトナムの子供たちの輝く瞳を見たときと同じである。インドはいずれ世界一の成長を達成するだろう。

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