12月15日(金)午後から神保町。「いもや」で豚カツを食べる。満腹。ここのカツは腹持ちがいいのだ。「金ペン堂」でデルタの太字の万年筆を買う。自分で買うクリスマスプレゼント。店主の古矢健二さんに勧められたのは、ドイツのペリカンでなくイタリアのデルタだった。鮮やかなオレンジの軸でデザインがいいこととユーロとの関係で1月から1万円も値上がりするからである。南イタリアの職人の手作りだ。筆記の仕方を改めて教えてもらう。これで明日から年賀状を書く。ユーラン社で「武士の一分」のチケットを買い、松島清光堂で注文していたカード印鑑を受け取る。あれは80年代のこと。山川暁夫さんがこのカード型の印鑑を持っていた。当時は御茶ノ水の印鑑屋で売っていたのだが、いまではほとんど見当たらない。あれから20年も過ぎたのに、いまでも仕事用の文房具袋に入れている。名刺大だからとても便利なのだ。そろそろ新しいものに代えたいと思って聞いたところ、注文すれば手に入ると言われたのだった。東京堂書店の新刊のコーナーでハッとした。吉村昭さんの新刊『回り灯籠』(筑摩書房)が出ていたからだ。発見と同時に手が伸びた。死生観と取材の想い出を綴ったエッセイ集には「仁兵衛君」という文章があった。吉村さんと安東仁兵衛さんが中学の同級生だったことをはじめて知る。おそらくあと一冊ぐらいはエッセイ集が出ることだろう。それでももったいなくてすぐには読めない。タクシーで有楽町へ。若い新人運転手は行き先を伝えてもよくわからないようだった。カーナビを見てもおぼつかない。そのうち密閉された空間で放屁したようだ。臭くてたまらない。帝国ホテルの近くで下車する。
時間がない。急いで東宝本社の試写会場へ向う。周防正行監督・脚本の「それでもボクはやってない」を見る。裁判の現状をとてもよく調査したうえで撮影された教養娯楽映画だ。検察官、裁判官の雰囲気がうまく表現されている。検察官顔、裁判官顔というものがあるからだ。それに比べて弁護士はいささかカッコよすぎるように見えたが、役所広司だから仕方ない。テーマは切実だ。超満員の電車のなかで「痴漢だ」と叫ばれればどうしようもない。ホームから事務所に連れて行かれると、すでに警察官が到着していればこれで終わりだ。否認すれば拘留され、やったと認めれば示談で終ると言われて心なくも肯定する人がいる。否認して起訴されたなら99・9パーセントは有罪判決が下される。冤罪であることの証拠を集めても、それが採用されることはほとんどない。有罪の筋書き通りに裁判は進行するからだ。この映画は刑事裁判の問題を痴漢を題材にして描いている。では痴漢だと言われたらどうすればいいんだろうか。名刺を渡して逃げる、その場で鑑識警察官を呼ぶという意見がある。警視庁幹部に聞いたところ、大きな駅では毎朝5、6人は「痴漢」で駅事務所に連行されるから、いちいち鑑識などできないという。ならばどうすればいいのか。その場で弁護士を呼ぶことしか思い浮かばない。嫌な時代になったものだ。