有田芳生の『酔醒漫録』

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帝銀事件のビックリ取材

2006-12-11 08:44:24 | 事件

 12月10日(日)長女から国際電話があった。雪が降っているけれどこれから友人たちとバーに行くという。アメリカか。遠い土地と歴史に思いを馳せ、長田弘さんの『知恵の悲しみの時代』(みすず書房)を読みはじめた。「人びとを、人びとが、人びとのために」とはリンカーンのゲスティバーグでの有名な演説の一節だ。南北戦争で亡くなった人たちの墓地で行われた短い追悼演説だった。「the people」を「人民」と訳した書物が多いが、長田さんは「人びと」とした。「只の人間」(高村光太郎)こそ頼もしいからだという。日本語の「人民」とはもともと孟子(尽心)からきたそうだ。午後から池袋へ。ドコモショップで長女の契約を解除。スターバックスで珈琲豆を買い、西武百貨店。冬用のキャップを探してからリブロへ。飯島勲『小泉官邸秘録』(日本経済新聞社)、半藤一利編著『昭和史探索 1』(ちくま文庫)、石牟礼道子『苦海浄土 第二部』(藤原書店)を入手。東武へ移動して7階の鳩居堂でお礼状用の葉書を買う。隣にあるCDショップではバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ集を探した。これは先日行われた辺見庸さんの講演会場で流れていたものだ。演奏はチェコを代表するスークである。地下鉄を降りて地元の書店で雑誌などを見る。『ダ・ヴィンチ』に中島みゆきさんのロングインタビューを発見。一志治夫『失われゆく鮨をもとめて』(新潮社)を立ち読みしていたら、とても面白い。本ばっかり買って読む時間はあるのかと自問するが、仕方ない。酒も飲まずに本を読む。

 北海道新聞の橘井潤編集委員が若林邦三『報道カメラマン』(図書出版社、1972年)のコピーを送ってくれた。10月11日のブログで帝銀事件のことを書いた。国会図書館で事件当時の朝日新聞を見ていたところ、逮捕された平沢貞通が犯行を実演している写真が掲載されていた。そのことに触れ、警察はこんなことまでリークしていたのかと書いた。ところがリークではなかった。橘井さんが送ってくれたのは、その写真をスクープした当事者の証言であった。「毒殺の実演」を16ミリのトーキー映画で撮影したとの情報が朝日の警視庁記者クラブが入手、社会部と写真部が緊急に会議を開く。「何とか盗み出す方法はないか」というのだ。警視庁に映画フィルムの現像場はない。やがて35ミリのフィルムは横浜のある現像所に依頼していることがわかる。では16ミリはどこか。フィルムメーカーの現像所だろうと判断、そこで小西六だとわかった。そこにはカメラマンの知人がいた。ところがその営業部の責任者は「いえない」という。しかし重要なヒントを教えてくれた。警視庁のフィルムは営業を通さず、工場に直接届けられるというのだ。その現場には酒井カメラマンの先輩、後輩がいた。そこで酒井は白い作業着を着て警察官からフィルムを受け取る。こうして衝撃的写真を朝日新聞がスクープしたのだ。写真が掲載されたことに警視庁の捜査陣は驚く。それでも問題にはしなかったそうだ。事件で生き残った人たちの声を聞こうと記者たちが病院に潜入するなど、実にすさまじい取材が行われていたものだとビックリした。こうした著作が埋もれてしまうのは実に惜しい。