日々の泡

こころに浮かんでは消え、消えては浮かぶ
日常のありふれた風景をスケッチ

これからの10年

2022-01-14 10:57:33 | 日々

この世界を揺るがせたパンデミックも、いつかは終わりを迎える、はず。
その時、世界は。。。
変わっているのか、それとも忘れてしまうのか。

私が生まれてから、阪神淡路大震災、アメリカの9.11そして、
東北に住んでいる私にとって、一番「自分ごと」だった東日本大震災。。
歴史の中でも、きっときっと大きな出来事として記憶、記録されるだろう出来事が起こった。

東日本大震災の時、私の胸には「ああ、こういうことって現実に起こるんだ。」って
本当の意味で実感できた経験でした。
その時に強く感じていたこと。。

今は、支援されている側、支援している側
これがいつ逆転してもおかしくないんだ。。。というはっきりしたイメージ

私には3.11震災当時、不思議に思うくらい
今のこの状況を(この後、どんなことが起こるのかを、はっきりと見ておかなければいけないよ、という声が聞こえた気がするくらい)しっかり心に留めておかなければいけない、という思いにかられていました。

実は、待っていたのは「分断」でした。
山形にできた避難所で目にしたものは・・・
自分も含めて、支援という名の自己満足に近い行動(でも、何かしなくては、という思いで動いた、という点では、初めての経験なので、やっぱり動かない、という選択はなかったと思う。)
福島からの避難者が多かったので、原発の話を聞く機会は貴重でした。

避難所の中において、被災者の中での、また上下関係ができてくる様は異様、
衝撃でした。避難所を運営する役所や、受け入れる自治体の一部の住民の行動にも少なからずショックを受けました。

でも、人間の姿、こういう面が誰にでもあるんだ、ということを知れたことは大事なことでした。

あの時支援していた側、だった人たち。特にエンタメ業界は、今回のパンデミックでは特にダメージが大きい業種の一つだと思う。
私には、わからない。昔、自分が演劇に救われて、同じように誰かが救われればいい、と思って励んでいた時期もあるけど。実際入ってみると、(当たり前だけど)演じている作品の役と、演じてる本人とのギャップに疑問を感じることがほとんど、だったから。

まだまだ私は、大人になるための勉強が必要なのでしょう。

パンデミックが社会に与える変化。目覚めた人間の変化が、美しいものでありますように、と願って
自分も努力しなくちゃな、と。