京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

悪口の解剖学: 日本人は劣化しているのか?

2019年11月20日 | 悪口学
 
 
 
香山リカ『劣化する日本人』-自分のことしか考えられない人たち
KKベストセラーズ (2014)
 
 著者の香山さんは精神科医師で立教大学教授である。ここでは平成の終わり頃におこったトンでもない事件をいくつか取り上げて、日本人が自分本位で劣化していると憂いている。いまや何事も考えない社会となり、知性も言語も脆弱になっていることが事件の背景にあるとした。
 
理研のスタップ細胞問題、全聾者 (?)の偽ベートーベン騒動のなどの偽造事件の他にノバルティスファーマ社と大学の研究者が行ったデーター偽造事件についても述べている。この会社の降血圧治療薬ディオバン(バルサルタン)は約1000億円近い売り上げをあげていた。これの「効果」に関する研究がいくつもの大学(京都府立医科大学・東京慈恵会医科大学・滋賀医科大学・千葉大学・名古屋大学)の医学部でなされ、そのすぐれた「効力」が喧伝された。それにより人気があがり、売り上げがさらに約300億円アップしたという。これらの研究室には、総額で約11億円もの研究費がノバルティスファーマ社から寄付されていた。
 
ところが、この論文作成に関わっていた当時のノバルティスファーマ社員の一人(S.N)がデーターを偽造していたことが判明したのである。いわゆるディオバン事件である。S.Nは逮捕されて薬事法違反で起訴された(1、2審とも不思議なことに無罪)。これに関する全ての論文は撤回され、責任をとって京都府立医科大学の松原教授が辞職するなどの処分がなされた。しかしディオバンそのものの認可が取り下げられたというわけではない。認可時のデーターは確かだったというわけだが、本当だろうか?まあまだ使っているので少しは効き目があるのだろうが。
 
S.Nは、すべて個人の意志で行った単独犯であると主張した。しかし一流大学の医学部研究室で複数の共著者がおりながら、学術論文の結論がデーター解析員一人の意志で決まるわけがない。会社と研究室が最初からグル(計画的)だったのか、あるは金をもらった医者達が「忖度」したのか?金さえもらえれば何でもやるというのが昨今の大学の医師の特性なのであろうか?生真面目で真摯な医師もいるに違いないが、たぶん研究費が足りなくて出世できないのだろうね。
 
香山さんのこの著書は、精神科医としての立場から専門的な分析をまじえた社会評論になっている。ところが第五章の「劣化する政治家たち」では大阪市長だった橋本徹氏の悪口がヤンヤヤンヤと展開されていてオヤッと思った。橋本氏が人を公然とバカよばわりすることなどをやり玉にあげている。香山氏自身も橋本氏にサイババ呼ばわりされたことで、少しカチンときたようである。全体として研究者らしい落ち着いた筆致なのに、このあたりは文章に少し感情がこもっている。
 
追記(2020/04/25)
 
2012年、T.F氏は臨床研究論文を捏造したとして東邦大学医学部を解雇された。彼が書いた183編もの論文は不正を理由に掲載雑誌から撤回・抹消された。この数は科学論文としては、ギネスブック並みの世界記録だそうだ。麻酔医であったF氏は、全身麻酔のときの吐き気と嘔吐を予防するための措置に関する論文を多数出していた。ここでもある種の特定の製薬の有効性を強調した論文があった(ジル・アルプティアン『疑惑の科学者たち』原書房 2018)。
 論文監視サイト「リトラクションウオッチ」によると、2018年には研究論文の総数がたった5%しかない日本人の論文撤回数がずば抜けて多い。その上位10位のうち、5人を日本人が占めているそうだ(「榎木英介「サイエンス誌があぶりだす医学研究不正大国ニッポン」)。
 
追記 (2021/11/29)
一方で優れた論文の数が増えておればよいのだが、エクセレントペーパーは年々数が減っている(「日経サイエンス2021/11月号p11:薄まる日本の存在感)。統計ではインパクトファクターは90年代には世界で3位だったのが、2018年にはインドにも抜かれて10位になり下がさっている。ちなみに1位は中国で2位のアメリカを抜き去った。この記事では若手をもっと抜擢せよと言っているが、問題は自由な独創的研究を行える文化的環境の整備である。
 
 
 
 
 
 
 
コメント
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