ぶらり紀行

宝塚市近郊の神社仏閣・祭り山車を中心に訪れた様子をレポート

高津八幡宮

2012年04月22日 20時57分31秒 | 社寺まいり

京都府綾部市高津町(たかつ) 高津八幡宮

彫物研究にとって貴重な境内及び社殿ではないかと勝手に思っております。(笑)
少々ボリュームあるので2週にて掲載

高津八幡宮は、石清水八幡宮の別宮で、如意別宮といい、高津莊の総社である。
縁起によれば、もとは法道仙人の開いた密教練行道場であったが、元慶五年(881)山城国男山から金鳩が飛来したのを奇瑞として、八幡宮が勧請されたと伝える。明応九年(1500)災禍に遭い、社殿を焼失したが、翌文亀元年に再建された。別当寺は御所坊、極楽寺などと称え、後に究意院と改め、、醍醐三宝院派に属した。
近世初頃、福知山藩主有馬豊氏、綾部藩主九鬼隆季など歴代領主の尊崇を得て、社領の寄進をうけている。
現在の社殿は、九鬼隆都の企てにより、天保十年(1839)起工、嘉永五年(1852)に完成した。
宮大工は、地元延村の桑原兵右衛門で、向背の竜彫物は、大坂の彫物師の手になる。
その大坂彫物師=「相野徳兵衛」♪♪
貴重と思うのは、まず年代ですね。江戸末期この時期徳兵衛は綾部の地ですよね!!
それと境内摂社(小社)の彫物=私がはまってる相野安右衛門と推定
本殿腰周り木鼻彫物=中井一門ではないかと推定します。

今週は拝殿向排柱まわりを紹介









懸魚 鳳凰 隣懸魚 松





車板 獅子谷落し(群雄)







ここに銘・私のコンデジでは限界
大坂住 相野徳兵衛 彫刻



向排柱欄間 龍





持送り 牡丹籠彫



木鼻 獅子 獏









手挟み 波(雲)にツバメ





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