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福島章恭 合唱指揮とレコード蒐集に生きるⅢ

合唱指揮者、音楽評論家である福島章恭が、レコード、CD、オーディオ、合唱指揮活動から世間話まで、気ままに綴ります。

イラスト付モツレク記事 続編発見!

2014-11-16 13:18:38 | コーラス、オーケストラ

以前、ご紹介した厚木モツレクに関する「Azumaのブログ」さんの記事。続編を発見しました!
イラストも文章も実りあるレッスンの空気を伝えてくれますね。

ぜひ、お訪ねください。

モーツアルト レクイエム その2 -Requiem 2- |Azumaのブログ|Ameba (アメーバ)




祝!CD化決定 福島章恭ブルックナープロジェクトvol.1 ライヴ

2014-11-15 00:01:34 | コーラス、オーケストラ

愛知祝祭管弦楽団による「福島章恭ブルックナープロジェクトvol.1」全曲がCD化(自主制作2枚組)されることになりました。

収録曲目は演奏会丸ごと。即ち、ワーグナー「マイスタージンガー」前奏曲、バッハ:ドッペル・コンチェルト、ブルックナー「8番」となります。

ただいま、テスト盤第1弾を試聴したところ。良い感じです。

ワオンレコードさんによるワンポイント録音は優秀。

今回のCDは、編集、修正、イコライジング、エコー付加など一切なし、ありのままの姿で勝負となります。

日本のプロオケはもちろん、ベルリン・フィル等、世界トップクラスのオーケストラでさえ、複数の本番やリハーサル音源までも含めて、完成品を作るのが常識となっているところ、

アマチュアの分際で、化粧ひとつないスッピン勝負というのは、まこと度胸のいることです。

演奏会場では気にならない小さなミスも、録音では気になったりするものですが、しかし、ミスやハプニングを含め、それが紛れもなき演奏の真実。

我々はその真実にまやかしの手を加えたくなかった!

と言えば、聞こえはいいのですが、実のところ、開演は13時半、午前中のゲネプロで全曲を通すことなど有り得ず、差し替えをしようにも、その音の材料がないのです。

しかし、そのお蔭で心爽やか。迷いが生まれなくて、良かった気もしています。

もちろん、この演奏をウィーン・フィルやドレスデン・シュターツカペレと同じ土俵の上で語るわけにも参りませんし、演奏会場と同じだけの深い感動をCDで追体験するのは不可能と思われます。

ただ、それでも伝わる何かはあるのではないか?

そう信じてのCD化決定です。

発売は、年明けになると思われますが、日付、価格、販売店など、詳細が分かり次第、ご報告させて頂きます。

乞うご期待!!

 

 


マーラー8の頃

2014-11-14 16:19:59 | コーラス、オーケストラ

Facebookにアップしたところ、なかなか評判が良かったので、こちらにも紹介しておきます。

病気療養中だった家内が、親戚宛てに近況報告のために発行していた家族新聞「ふくふく通信」2012年3月24日号に、マーラー8と格闘中のボクの記事が!

その約2か月前、井上道義先生よりオーケストラ指導のご依頼を受け、いくら何でも無茶振りだろうと断りかけるも、「こんなチャンスは一生に何度もあるものではない!」と一念発起。まるで受験生のように勉強したのを思い出します。

その最初のレッスンでコンマス高橋さんはじめオーケストラとの友情が芽生え、愛知祝祭管とのブルックナーに繋がったのですね。

このような貴重な機会を与えてくださった井上道義先生には足を向けて寝られません。改めて心より感謝したいと思います。



マレイ・ペライア & アカデミー室内管弦楽団

2014-11-14 01:57:37 | コンサート



お前、blogなんか書いてる場合か?
と言われるくらい切迫している原稿締め切りのあるため、以下「これを聴いた!」という記録程度にてお許し願いたい。

ボクにとって初の生ペライア、素晴らしかった!
モーツァルトのK.467は、イキイキと躍動するオーケストラにペライアの透徹したタッチが見事に絡んだ名演。殊に第2楽章は一片の感傷とも無縁。生と死の狭間を揺られる舟のような美しさはまさにモーツァルトの本質を突いていた。

ハイドン「驚愕」は、指揮者ペライアを披露。その棒は、指揮者のそれではない。指揮のテクニックがあるとは言えないボクから見ても、不器用だ。第2楽章など、明らかに分割して振りすぎて、却って演奏しにくい筈だ。

しかし、演奏そのものは最上級の愉しさであり、美しさであった。それはペライアの全身から音楽が溢れているからである。レコードやCDで感じてきた以上に、止むに止まれぬパッションを感じられたのが嬉しかった。

それにしても、アカデミー室内管は良く鳴り、良く歌うオーケストラだ。メンバー一同がペライアを敬愛している様のひしひしと伝るのも爽やかで良かった。

 

11月13日 19:00 サントリーホール

メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲 第7番 ニ短調(オーケストラのみ)
Mendelssohn: Sinfonia No.7 in D minor

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 K.467
Mozart: Piano Concerto No.21 in C-Major, K.467

J.S. バッハ:ピアノ協奏曲 第7番 ト短調 BWV 1058 
J.S.Bach: Piano Concerto in G minor, BWV 1058

ハイドン:交響曲 第94番 ト長調 Hob.I-94「驚愕」 
Haydn: Symphony No.94 in G Major "Surprise"


間違っていた半身浴

2014-11-13 01:01:40 | 日記
先週、長岡に水・木・土・日と4泊(金曜日は東京ジングフェラインの
レッスンのため帰宅)したばかりなのに、また長岡に来ている。
市民音楽祭の第九が終わったので、今週からは1泊のみ。たちばな本舗の味噌だまカレーや味噌煮込みうどんと、しばしお別れとなる。
まあ、チェックアウトを11時半過ぎにすれば、いつでも行けるのだが、帰れるなら早く帰って、雑用を片付けたいところ。

さて、今宵も宿で半身浴。
今では、味覚で生理食塩水の大凡の濃度が分かるまでに立派に成長した(笑)。



ところで、我が半身浴の方法に重大な過ちのあったことが判明。
これまで、鳩尾から下の半身浴が30分が終わると、肩までザブンと湯に浸かったものだが、これがNG。シャワーはおろか、掛け湯すらご法度なのだ。

身体の下半分が暖、上半分が冷であるからこそ、ちょうど、窓を開けると温かな部屋の空気が寒い外に逃げだすように、体内に循環が起こり、いまのわたしの体調復元に役立つのだとか。

というわけで、今宵が正しい半身浴の2日目。湯に浸からなかった部分は堅めにに絞った濡れタオルで汗を拭い、頭髪は水に近いぬるま湯で洗うという徹底的ぶりだ。

さて、明日は今日よりも、咳をすることを忘れている時間が増えるであろうか?

モーツァルトの命日にレクイエムを ・・・ その概要と意味

2014-11-11 00:20:41 | コーラス、オーケストラ

Kunst und Kultur ohne Grenzen(国境なき芸術と文化)の清水一弘様より力強いメッセージを頂戴しました。

同社こそ聖シュテファン大聖堂で行われる全ての演奏会をマネージメントする(即ち、唯一の)事務所であり、2009年1月のシュテファン大聖堂主催グランドコンサートでモーツァルト「レクイエム」を指揮させて頂いた時からのお付き合いです。

今回の2017年12月5日公演の出演者選定は激戦だったとのことですが、上記2009年の演奏の成功が大きな理由であったと聞いております。

清水様からのメッセージには、モーツァルトの命日にレクイエムを演奏することの意味やコンサートの概要などが記されておりますので、ここにご紹介させて頂きます。

それにしても、ウィーンでモーツァルト「レクイエム」を3回も、しかもシュテファン大聖堂で2回、ムジークフェラインで1回指揮することができるなんて、

ライプツィヒ聖トーマス教会でバッハの「ロ短調ミサ」と「マタイ受難曲」を指揮することと併せ、自分は幸せ者だと思います。

 

なお、下の写真は、グランドコンサート終演後、レセプション会場にての撮影です。

Kunst und Kultur ohne Grenzen(国境なき芸術と文化)
http://www.kunstkultur.com

 

 

福島 章恭先生の指揮によるモーツァルトのレクイエムを
2017年12月5日夜中零時より
聖シュテファン大聖堂の中央祭壇で
モーツァルトの亡くなった時刻に演奏して頂くことが
正式に決定いたしました。

モーツァルトの命日の亡くなった時刻に、
聖シュテファン大聖堂でレクイエムを演奏されたい
世界中の団体からオファーがあり、演奏できるかできないかのお返事に
かなりの時間がかかってしまいました。
ウィーン市内だけで、5団体の合唱団からオファーがありました。

福島 章恭先生は、2009年1月24日に聖シュテファン大聖堂主催による
グランドコンサートにてモーツァルトのレクイエムを演奏して頂き、
大成功を納めて頂きました。

私は今週から出張でウィーンを3週間離れるので、
今年内には良いお返事ができないかも!と思っていたので
昨晩、演奏決定のご報告が出来て本当にうれしかったです。

福島 章恭先生はモーツァルトを敬愛されていらっしゃるので、
モーツァルトの魂へ捧げる演奏をして頂きたいです。

モーツァルトの亡くなった時刻には、世界中からモーツァルトファンが、
聖シュテファン大聖堂に集結いたします。

1791年12月5日0時55分 
モーツァルトは享年35歳の若さで亡くなり、
聖シュテファン大聖堂で葬儀を行いました。

聖シュテファン大聖堂では、モーツァルトの魂に捧げる為、
彼のレクイエムを毎年12月5日
夜中0時から中央祭壇で演奏し、0:55に終演いたします。

曲が終わる度に、大聖堂内の明かりを一つづつ消していき、
終演直後に大聖堂内は真っ暗になります。
もちろん、拍手なしです。

そして静寂の中、祭壇の後方から
聖職者達がマントを羽織り
鐘を鳴らす方、十字架を持つ方、
光を灯す方々がモーツァルトの魂に祈りを捧げる為に
大聖堂内をプロセシオン(聖行進)いたします。

モーツァルトのご自宅から大聖堂まで遺体を運んだ際、
当時使用された本物の鐘とカズラ(マント)
ロウソク立てで聖行列を行います。

聖シュテファン大聖堂ならではの
雰囲気を存分に味わって頂けると思います。

モツレクのシチュエーションは、
すべて揃っています。

私は2009年の時よりも、
若干ですが経験を積んで進歩していると思います。笑
聴衆動員力、スターソリストのキャスティング、
地元合唱団とプロオーケストラとのコンタクト等、
私にすべて任せておいてください。


アマデウスは永遠に不滅です。

Das Herz adelt den Menschen.
1781,Wien W.A.Mozart

聖シュテファン大聖堂専属音楽事務所
Kunst und Kultur ohne Grenzen
Area Consultant 
清水一弘拝


ようやく峠を越すスランプ ~ さらば、アイバンラーメンPLUS

2014-11-10 14:37:24 | コーラス、オーケストラ
長岡より帰宅の途中、経堂のリエール整体院にて身体の調整。

わたしの咳込む音を聞いて、「ああ、もうその咳なら大丈夫です。体力はかなり戻っているので、あとは出し切っちゃってください」と仰るのは津端先生。

先週の火曜日に始まった咳のピークが、長岡市民音楽祭の手前から本番当日に重なってしまったのは、何の因果であろう?

しかし、我が体調不良を超えて、コーラスは素晴らしい歌声を聴かせてくれた。頼もしいことである。
自分も声を出せれば、テノールパートの1人としてステージに載る筈だったが、叶わなかったのは無念。

さて、本日のランチは、整体院向かいのアイバンラーメンPLUSにて、塩ラーメンの全部のせ。



残念なことに、アイバンラーメンPLUSは明日11日にて閉店。季織亭につづき、経堂から無化調のラーメン屋の名店が消えることになる。この塩ラーメンが惜別の一杯となった。






長岡市民音楽祭に寄せて

2014-11-09 05:07:49 | コーラス、オーケストラ
本日は長岡市民音楽祭。
わたしの指導した総勢200名を越す祝祭コーラスはベートーヴェン「第九」のほか、「大地讃頌」「花は咲く」を歌う。「大地讃頌」のみ福島章恭の指揮(ピアノ: 小山恵)、残りはこの企画のために結成された祝祭オーケストラ演奏との共演となる。

市民音楽祭といえば、文字通り、市民による市民のための音楽の祭だ。常設団の定期演奏会のような格式張った重さはなく、華やかだったり、楽しかったりといった祝典的要素はあって当然である。
しかし、本番に至るまでのレッスンに、気の緩みや妥協があってはならない。
スポーツに於いても、真剣に取り組めば勝利の歓びもひとしお。反対に、ちゃらんぽらんな練習に終始していたなら、勝っても負けても、嬉しさも悔しさもほどほどで、試合後の飲み会がメインだったりする。

世の中にそういう種類のお楽しみもあって良いが、殊ベートーヴェンの音楽を歌う、演奏するにあたって、そのような安易な姿勢で臨むのはあまりに勿体ない。人類の至宝たる音楽、しかも技巧的難易度の高い作品と取っ組み合いをするわけであるから、常に全身全霊を傾け、ときには心に血を流さねばならぬこともあるのだ。音程、発声、発音、バランスやアーティキュレーションなど音楽づくりのいずれに於いても、アマチュアだからこの程度で良いということはない。

然るべき努力と苦労の先にこそ、真の歓喜があり、自由があるわけで、そこそこのレッスン回数で本番には大きな声を出してスッキリした、などという態度は最も戒めるべきことであろう。

と書くと、わたしのレッスンが鬼監督さながら血も凍るようなものと思われるかもしれないが、実際レッスン会場は終始にこやかで円満。為すべきことを無駄なく的確に為した充足感に満たされ、毎度毎度、皆さん笑顔で帰宅の途につかれたものだ。

昨夜のゲネプロを聴き、まだまだ修正すべき点や本番直前の高揚による勇み足なども散見されたが、トータルとしては、5ヶ月もの間レッスンを共にした連帯感溢れる爽やかなパフォーマンスであった。プロオケと共演しても恥ずかしくない出来栄えだと思う。

本日のステージも熱く、真摯で、歓びに溢れた歌声となることを信じているところである。

半身浴2日目

2014-11-08 00:20:24 | 日記
今夜というか、昨夜も、整体と昼寝で貯えたエネルギーを、レッスンで使い果たし、帰り道はえらく咳き込んでしまった。

体内エネルギーの虚している今は、半身浴をつづけた方がベターとのことで、2日目を実践中。

今宵は、生理食塩水の濃度もバッチリ。昨夜は、500ミリリットル当たり4.5gのところ、少なくとも6.0gは入れていたことが判明(笑)。道理で塩辛いワケだ。

しかし、家の風呂より、ホテルのユニットバスの方が、半身浴には向いてるかも。我が家の浴槽は縁が高くて、肘の置き場に困るから。冬場は寒そうだし・・。

既に15分経過したが、まだ汗は出ず。あと15分くらい、頑張ります。

写真はアップしないでおこう。

追記

というわけで、日中は昼寝、夜はレッスンというのが精一杯で、原稿執筆は全く進んでおりません。
関係各位には、今しばらくお待ち頂きたく思います。

追記2
なるほど、30分とはよく言ったものだ。25分を過ぎたあたりから、上半身に猛烈な汗が!

塩は偉大だ

2014-11-07 09:52:45 | 日記
ウィーンから嬉しい便りが届いたというのに、春からつづいた仕事の疲れが一気に噴出したのか、ここ3日ばかり寝込んでいた。
咳が止まらず、倦怠感のため歩く気にもならない。

昼寝をしては体力を養い、夜のレッスンで使い果たす、という繰り返しであったが、今朝の明け方をピークに咳が浅くなってきたような気がする。身体も心なしか軽いような。

昨夜の半身浴が良かったのかも知れない。身体が火照り、発汗したいのに出来ないというもどかしい状況を打破するための、リエール整体院・津端先生のアドバイスである。
「生理食塩水を少しずつ飲みながら」というのがミソだ。500ミリリットルの水に4.5gの食塩を、というこどで、鹿児島の温泉水に高知の海洋深層水から成る塩を加え、宿のバスルームに持ち込んだ。
計量スプーンなど旅先に持ち歩かないので、目分量。おそらく、かなり辛目ではあったが、これが身体に染み込むのだ。まるで身体が塩に飢えていたかのように。
また、汗を掻いたから飲む、というより、飲めば汗が出る、という感覚も新しい。

塩水を飲んで、美味いと感じたのははじめてのことだが、生理食塩水はあっても、生理砂糖水はないことからも理には適っている。やはり、人間には良質の塩が必要なのだ、ということを身をもって体験した次第。