Schreib mal wieder!

自分の感じるままに...それがクレームと言われても

ふらっと西荻窪

2006-10-24 23:27:19 | 西荻
 
新宿で用事を済ませて時間が余ったのでふらっと西荻に向かうことにした。開いているかなと思いながら寄った登亭で遅い昼をとり、そのまま帰るのもどうかと思い、ちょっと歩いてみることにする。いまだ変わらずにある小さな飲み屋の数々。一番先の戎の店先の焼き台にかかった大きな鍋の中には、いっぱいの炭が赤々と燃えていた。店員たちは思い思いに仕込みをしている。日常の風景なのだろう。

そこを左に曲がると正面はきんせい食堂。昔は昭和時代じゃないのと思うくらいの風情のまさに食堂みたいなところだったが、あの当時改装して以来、おしゃれな店になっちゃったんだよな。

そうだ、上品な女性店主ひとりでやっていた喫茶店、まだあるのだろうか。何ていう名前だったかな? ここを入るんだっけ? いやもう一本先だったような...

そういえばあのころは、遅くなれば松屋、早く帰れればてんやという生活だった。それに比べれば、今はえらくなったもんだ。でも、まだまだ過去を振り返るにはまだ早い。よくよく考えれば、浦和に越してもうすぐ10年になる。それほど経っているわけではないのだ。

何本かの道を確認したが、喫茶店はどうやらマンションになっているようだった。街の方に戻っていくと松寿しがある。ここの太巻きはよく食べた。当時1本330円。まだ牛丼が400円だった時代の話。

手前を右に入ると、右手にあるのはとんかつ黒。窓に飾ってある色あせた写真に書いてある値段は、どうやら昔と変わっていないようだ。いや写真もそのままではないか。当時はやたらと高く感じたが、今思うと明らかに安い。

戻ってバス通りを右に入ると、友人がべた褒めしているアイスクリーム屋。当時はえらそうな店だと思ったが、代が変わったのだろうか。その先の三井住友銀行はマンションになっていた。

そのまま西荻銀座通りをまっすぐ進むと、やけに視界がよくなっている。
店舗はなくなっているが、辛うじて本屋の看板だけが見える。近づいていくと、信愛書店は新しくできたマンションの1階に収まっていた。店番に立つおばちゃんは昔と変わらない。店内を2-3周するうちに、ボソッと「ただいまー」と言いながら、トラファンのオヤジが配達から戻ってきた。彼と最後に話したのはロコが潰れて以来だから15年は経つだろうか。入れ替わりに店を出る。別に言葉を交わすほどの仲でもない。チラッと顔を見て彼も何かに気付いたようだが、それだけでいい。それこそが僕がそこにいた証になる。入れ替わりに店番に立ったおやじの頭に軽く会釈した。

友達の先輩の家でもある蓬山を正面に見ながら、右に曲がる。マンションの立地から無理だと悟ったが、やっぱり田毎はなくなっていた。屋台を店内に持ち込んで作ったような店に、やっぱりがんこなオヤジがいたけれど、まわりを見渡しても、そのおでん屋の影はなかった。

もう少し入って右を向くと見える、たみは健在だった。トラオヤジはいまだに通っているのだろうか。ヒゲ面だからそうも感じなかったが、今思うと、当時は案外若かったのかも知れないという気がした。

戻り道をした正面、当時開店したお好み焼き屋の華。誠一郎の友達の家だったが、よくもっている。西荻でここまで続けば立派なものだと思う。そのまま銀座通りを進む。右手に有名な流泉食堂を見つけて、ここだったんだと思う。当時の僕には数百円高くて、入ったことはなかった。というよりも入りづらかったのかも知れない。

オリーブを左手に確認し、蕎麦屋、酒屋を通り過ぎ、三ツ矢酒店の前まで来る。ここが住んでいたアパートの大家だった。あの親父にはなぜか目の敵にされて、こっぴどくやられた記憶がある。今は若夫婦が切り盛りしているのだろうか。しばし中を覗いて姿を探してみるが見えない。

そこへ鳥源のおやっさんが自転車で目の前を通り過ぎる。相当なスピードで過ぎていく背中をしばらく見送るが、向こうは一向に気付かない。そう、こんな時間に僕がここに居るはずはないのだ。

来た道を引き返し、松寿しで太巻きを1本買う。380円。切ってくれる板さんの何か面白くなさそうなのは相変わらず。会計と包むのはおねえさんの仕事という役割分担も相変わらず。

信号を渡って、有名になったパン屋を覗き、風神亭の存在を確認すると、向かいのドトールでコーヒーを買って、仲見世に出た。不思議な衣料品店に未だに客がいることに驚きながら、しぶとい肉屋を通り過ぎ、角の果物屋の盛況振りを確認して、駅に戻ってきた。改札をくぐる前に、一度駅を通り抜けて、てんやの存在だけ確認して電車に乗った。そう、今日は赤い電車が止まる日だ。

何のことはない西荻の風景。今日は冷静に眺めることができた。たったの10年。それほど変わることはない。でも、確実に変わっている。自分自身も。


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3 コメント

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10年。 (マダムLee)
2006-10-28 01:42:15
私は10年前のYhさんですら、すでに知らないんだなー、と ちょっと驚いてみたりして。西荻のころはコーヒーに凝ってませんでしたっけ?

私は中央線沿線に住んだことは無いのですが、なんだかそんな疑似体験ができた、風景が目に浮かぶような日記ですね☆

私は、ジッカを出たのが26歳と遅かったのですが、そのときに住んだ世田谷の急行の停まらない駅は、今でも車で通過すると、胸の中がつぅぅぅんとなります。必死で生きたよね、あの頃の私、みたいな…。でも、その頃があるから、今の自分に辿りつけたんですよね。
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Unknown (Yh)
2006-10-29 18:35:24
確かに就職した当初って必死だったよね。みんなそんなもんなんだろうね。

しかし、何サバ読んでるの? 出会った当初はまだまだ西荻にいたよ。むしろ浦和に越してからは1・2度しか会ってないでしょ??!

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いえいえ(笑) (マダムLee)
2006-10-29 23:17:10
私がYhさんを存じあげているのは、15年前から12年前までなので、10年前のYhさんはどんなだったか…知らないのですよ~

その頃、OB会でお会いできてたかしらん?

就職当初は、急に世界が広がって、必死でいながら、自分に無限の可能性を感じていた頃ですね~。今も必死かしら…?
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