岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

スポーツジャーナリスト谷口源太郎さんから…

2007-06-04 07:02:10 | Weblog
    ※スポーツジャーナリスト谷口源太郎さんから電話があった

 一昨日、久しぶりに谷口さんの声を聞いた。本会と谷口さんとは長い付き合いになる。足かけ、8年にもなるのだ。
 最初の出会いは2000年3月に、鰺ヶ沢拠点館で開いたシンポジウム「岩木山のスキー場と水問題」に顔を見せた時だ。

 その次は同年10月21日に、弘前市民会館で開催したシンポジウム「鯵ヶ沢スキー場拡張と冬季アジア大会」で基調講演「コクドに売られた岩木山」をお願いした時である。
 彼は、基調講演で「西武グループの成長に関わる経営方針や開発の手口」などについて、長野五輪と岩菅山、秋田県森吉町や岩手県雫石町、北海道富良野の事例などを挙げながら話してくれた。
 さらに、まとめとして、一流から駆けだしの選手まで交流できるスキークラブ(ノザワ・スキークラブ)などの事例を紹介をしながら「今後、自然とも調和した、新しい価値観を持ったスポーツの土壌を創りあげていかなければ、一方的に自然を破壊するという悲劇はくりかえされていく」と言い切ったものだ。
 その中で、今でも思い出せる話しを一つ紹介しよう。
 プリンスホテルで提供しているスパークリングワインはIOCのサマランチ会長の親戚が製造しているもので、ホテルでそれを取り扱いをはじめた頃に、堤氏がIOCの名誉委員に指名されたということである。西武グループは色々と悪どいことをして「王国」を築いてきたのである。これもその一つの事例だろう。
 東京新聞が、堤氏が提訴されるなどして、退陣していく時に「落日の王国」の報じたことは、まさに当を得た表現であったと思う。
 
 その次は、アジア大会当日である。本会は、その時モーグルスキー競技が行われている鰺ヶ沢スキー場「拡張ゲレンデ」で、自然を破壊して競技が行われることに反対する抗議行動をした。
 その趣旨を染め抜いたゼッケンをつけ、その趣旨を印刷したパンフレットを観客に、説明しながら配って歩いたのである。谷口さんはその行動にも協力してくれたのである。この時のことは本会のホームページを見ていただきたい。

 4回目は3年ほど前になる。その時は、ひょっこりと弘前に現れた。「今駅前の…ホテルにいるんだけれど会いたい」と言うのだ。会長に連絡をして会長と3人でとある寿司やでかなり遅くまで飲みながら、語り合ったものだ。
 その時に彼から、上梓したばかりの著書の謹呈を受けたのである。
 
 彼の電話は「会報送付のお礼」と「鰺ヶ沢スキー場、その後」についてであった。
会報は本会では彼を「協力者」と位置づけているので、発行の都度送っている。
「鰺ヶ沢スキー場、その後」については、東奥日報07/03/27付の記事を参考に次のようなことを伝えておいた。

『鯵ヶ沢プリンスホテル、鯵ヶ沢高原ゴルフ場、鯵ヶ沢スキー場の3施設は西武グループとしての営業を終えて3月27日、米シティグループの投資会社が設立した運営会社「ウインターガーデン・リゾーツ」による経営へと移行した。
 従業員は同じ労働条件で、そのまま雇用が継続された。2008年5月まではプリンスホテルの商標を継続使用できることから、3施設とも当面は従来の名称を使う。
 西武ホールディングスから、このプリンスホテル系列の3施設を購入した「シティグループ・プリンシパル・インベストメンツ・ジャパン(CPI)」は、同時に購入した糠平温泉(北海道)、函館七飯(同)、阿仁(秋田県)、湯沢中里(新潟県)、表万座(群馬県)の各スキー場についても、ウインターガーデンに運営させる。
 ウインターガーデンの本社はCPIと同じ東京都港区赤坂で、CPIの柴尾英樹代表取締役がウインターガーデンの代表を兼務する。鰺ヶ沢3施設の総支配人に就任した高橋政由氏は「鰺ヶ沢はウインターガーデンの中で中核機能を担う。今までの経験を生かし、みんなで一緒になって頑張りたい」と決意を語った。このほか県内のプリンスホテル系列施設では、平川市の津軽高原ゴルフ場も6月1日付でCPIに譲渡されることが決まっている。』

 加えて、夏場の「ゴンドラ」運行についての懸念も伝え、ゲレンデ最上部に位置する「高層湿原」の調査についても、その計画を話しておいた。

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