あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

北斎とドガ

2006-10-21 22:41:59 | 日本美術
あぁ、北斎もドガも主人公にしていただけにまま、女優さん一人、悦に浸って、それを見た人が強要されるという具合。

途中で私は何と、音を消すという強硬手段で見ることにした。

怖い視聴者だ。

しかし、あの北斎と、ドガを取材しているにも関わらず、あのテンションの高さと、へらへら笑っている声とおしゃべりに付き合わされる方が、ぞっとするのだ。

そう思っている私は、お堅いのか?

カメラも彼女を舐め回していた。

魅力だと思っているのは、北斎と、ドガなのに。

彼女の目線の奥の方に届かない部分を画面から抜き出そうとすることの方が、
逆に楽しかった。

それにしても、彼女のような人を通してしか、日本の美術の底力をアピールする番組はできなかったのだろうか??
ショックだった。

彼女は、もっと寡黙で、落ち着いている人なのかと思っていたけれど、
これにて終了だ。

北斎とドガを研究した日本人がいたことが嬉しかった。
これから、その人の本と付き合うのもまた、楽しみとなった。

また、ヨーロッパでジャポニズムが生まれたのも、日本人の自然との共生のあり方、自然に神を見る生き方、それが一番のショックだったのではないかと思った。

自然のどこにでも精神があり、神がいることを普通に感じ取れる日本民族文化が、征圧の繰り返しを続けてきた欧米人にはなかなか新鮮だったに違いない。

夏のプライスコレクションの図録には、プライス氏がフランク・ロイド・ライト氏から日本の美術を学んだ時、ゴッドGodと同じようにナチュラルNatureもスペルのの頭は大文字でとらえることを、とても凄いことのように書かれていたが、
日本人にとって、自然は、特別の物でもなく、
普段にそこここに神様がいるのだから、共生していることなのだ。

ゴッド、ナチュラルが特別な物ととらえているところが、外国の感じ方なのだなぁと、ふと、思い出した。

江戸東京博物館では、北斎をひっさげて、ボストン美術館展が開催されている。
いつ見に行けるかわからないが、
ともかく、しっかり卍画狂老人のガッツを確かめに行かねばならない。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「いまなぜ青山二郎なのか」... | トップ | 国宝の平家納経全巻紹介記事 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お礼が遅くなってごめんなさい (夜猫堂)
2006-11-14 09:13:51
あべまつさん、夜猫堂です。
先月、山口智子のエカテリーナにコメントをお寄せいただいたのにお礼が遅れてゴメンナサイ
ほんと最近は意味がなく声高なナレーションを入れる美術(?)関連のぶちこわし番組が多いね。

女優も悪いんだろけど制作側に問題があるんじゃないかな。中身よりも視聴率稼ぎたいんだろうね。
それにしても音を消すっていいアイディアだわ。
早速、わたしも真似してみます。
返信する
夜猫堂 さま (あべまつ)
2006-11-14 22:05:47
ようこそ、夜猫堂さま。
ご丁寧にお返事頂いて嬉しいです。
本当に、私一人で、ぶつぶつTVに向かって言っておりました。
友人達の評判も芳しくなく、残念な番組でした。
使ってるBGMも気に入らない場合、消音でいくことおすすめです!!また、よかったら、お立ち寄り下さいマシね★
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。