あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

今夏の葬送

2009-08-29 16:43:49 | アート鑑賞記録
日本のJホラーの元祖、百鬼夜行も、
六道地獄絵も、
四谷怪談も、
閻魔様も、
どう生きたかによって
天国地獄。

どんな人間でも生きた価値によって死した後にも住まいが変わるとは。
どんだけ脅かされているのだろう。

しかし、それが教えで、
諭しで、生き方で、宗教で、人としての道。

エジプトの死者の書でも間違いは起こしてませんと訴える。

中国は死んだ後もいつもと変わらぬ
日常を送ってもらうために俑で主を守る。

「怪談 累(かさね)死霊解脱物語聞書」
にみえる地獄道の物凄い血みどろな表現も
念仏し石仏開眼しながら鎮魂すれば物の怪が収まる。
六条御息所の怨念も、鎮魂されたかったのだ。
耳袋は実におもしろい。

「百物語怪談会」東雅夫の編でちくま文庫から出版されている。
サブタイトルがすごい。
文豪怪談傑作選、挿絵は鰭崎英朋。
明治の文豪の中には岡田三郎助、北村四海、鏑木清方、
鰭崎英朋などの画家や、柳田國男、小山内薫、坂東薪左衛門など
様々な世界からの参加が興味深い。

怪談は怪奇小説に変化しつつ、その底流は
うらみつらみ、理不尽からの救いの言葉。
こんなあたしをどうしてくれよう。

TVでは天地茂の四谷怪談がBSで放映された。
それはそれでとてもおどろおどろしく、
美しい怪談だった。
イエモンは徹底的に自分都合主義で生きるそのために
振り回された女の恨み節。
谷中に幽霊図集合のお寺があるが、
湿気と暑さ、頬をなぞる生風、まとわりつく着物に
乱れに乱れる長い黒髪。
月明かりが一瞬あってもいい。
それがそろえばいつでも幽霊になれる。

そう思うと、今のJホラーも無駄に怖いのではなく、
こういった恨み節の歴史があるからこそで、
現代も人々も、
底辺には恨みつらみがあることに気がつくだろう。 
生きていれば、
誰もが理不尽と恨みの爆発を体験するものだ。

場面は変わって、現代。

茶の湯はすでに古色を帯びて、現代に息づくのは
趣味人のすさびな世界だろうと思っていた。
だから、茶器は好きでも茶の湯を習いたいとは思いつつも
動けずにいるのは、果たして緊張の美学の痺れを
感じられるかどうかで
仲良しこよしの楽しいお茶では食指が動かない。

尊敬する師匠の厳しい目線の下、
足袋裏の白さを気にしていたい。

まるで鞭打ちを所望している風だが、
美を語るのは緊張が必定だと思うのだ。
今の私にはその根性が欠片もない。
ついつい甘いお茶をしている。

で、
三越に行った。
三輪休雪の新作。パリ凱旋した茶器と思っていたら、
がつんと裏切られた。
怒涛の嵐、爆発、革命
そんな言葉が起きる。
三越のサイトはこちら
作品には好き嫌いがあるだろうが、
茶の湯のストイックに仕舞い込んだ魂を
思いっきり表に放り出してしまった。

つまり、ストイックの裏返し。
茶の湯はある種死の行で、
持ち合う美の合戦の場だと思う。
殿方の執拗なものに対する執着を
平然とさらしてどうだという戦い。
美学の戦い。
甘美な戦い。

ところがその場の地下水には
とうとうとエロスが介在している。
それを仕舞い込むのが茶ではなかったか。
生きることへの執着で、生きたことへの賛美。

休雪はそれをついに現してしまった。

一種のエクスタシーは性を喚起する。

漆黒の雲水の衣の下には生々しい性があるのだ。

極端ではあるけれど、
休雪の陶芸からは死への葬送、
生きることへのエネルギーが満ち満ちていた。
生への執着とでももいうべき表現。
ぎらぎらゴールドがそれを物語る。
オブジェのスケールがそれを現す。

たまたま私は片方の乳房を失っている。
その片方の乳房が砕けた作品があって、
ちょっとたじろいだ。
でも、生きているじゃないかと。
あれはそれでも生きている人への、
私への賛歌だと思うことにした。

北海道の祖母は今年99歳となった。
一番死に近いところにいるのに、
一番生きていることに純粋で、確かな存在だった。
そのことに感動さえした。

人々は愛している人と生きているのだ。

出光で見た、木製の俑にひどく惹かれた。
副葬品であるそれらは
埋葬される人を心底愛し、大切に思い、そして
一緒に黄泉の国までどんなときでも一緒だと願う
一筋な思いがあるようで、心打たれた。

こうしてみると、
今夏は様々な葬送の展覧会を見てきた気がした。
お盆という季節、
それは生きていることの今を感じる季節なのかもしれない。

そしてちょっと大人の切なさを、
悲しさを、生きてきた歴史を感じることができた
眩しい夏となった。

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2 コメント

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Unknown (一村雨)
2009-08-30 06:01:38
十二代休雪の作品で、茶室を埋め尽くしたら
どんな、お茶になるのかと考えていましたが
想像はつきませんでした。
ただ、濃茶なんか飲めないなぁとは、感じました。
一村雨 さま (あべまつ)
2009-08-30 22:07:15
こんばんは。

茶碗の中で、萩焼きはどちらかというと
生々しくて苦手な方ですが、
ものすごいパワーでしたね。

もう、お茶碗のこと忘れてしまいそう~です。

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