礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「事変以後」に登場した新熟語

2015-11-19 03:27:14 | コラムと名言

◎「事変以後」に登場した新熟語

『科学評論』の一九四一年(昭和一六)一一月号に掲載されていた稲垣伊之助の論文「国語国字問題最近の動き」を紹介している。本日は、その三回目。

  国定文字一千字
 財団法人カナモジカイの研究部長岡崎常太郎〈ツネタロウ〉氏(主査松坂忠則氏)が昭和十三年〔一九三八〕に発表した「漢字制限の基本的研究」は、調査資料の漢字の数において、その精密さにおいて、また調査事項の着眼において、実に優秀な研究書である。その中の一調査として……
 東京朝日、大阪毎日、読売、報知、時事の五大新聞紙上の漢字を、一年各月にわたり、(六十日分から)全部あつめ、その使用回数の調査をした。
 その総計字数     四四七、五七五字
 漢字の種類        三、五四二字
 一年仲に一回だけ使われた文字 四六七宇
 一年中に一千回以上使われた漢字 八三字
 最も多く使われた漢字から五百番目までの漢字を合せると
 全紙面印刷の…………七七・三%をしめている。
 同じく…………二千番目までの漢字を合せると、
 全紙面印刷の…………九一・七%をしめている。
 この調べによつてみれば、我々は多数の漢字を使つているようであるが、百字の内七十七字までは、わすか五百種の漢字をくりかえし使用していることがわかり、また百字の内九十二字は一千種の漢字を使つていることが明かとなつた。この統計調査から見ると、総字数(種類)三千五百四十二字の多数であつても、二千五百四十二字は、わすか八%強しか現れていないのである。故にその八%をカナガキにする、或はコトバをかえて書くならば、一千字で十分用が足りることが分つたのである。
 今、国民は頭の中に多数の漢字を貯蔵しているが、その内多数の漢字は死蔵に近いのである。一年に二三度位使う漢字を、学ぶために時と力をムダにしているのである。故にここに、国定文字とゆうものを明かに定めて、それだけをおぼえる、それだけを実用に使うとゆう限界を明かにすることは急務であると信じる。
 その国定文字は一千字位が穏当な案と思う。国民の国字問題に対する理解が進めば、五百字でも十分である。
 国定漢字一千字は
1、公式、おもてむき、印刷文字の制限で、個人のカキモノ、私的の通信などは当分ソクバクしない。
2、古典、経文〈キョウモン〉などには、一千字以外の従来使用のものを許す。
3、満洲、支那の地名人名は、その記し方を一定して外国なみにカナ書きにする。
4、人名は国定字でなければ、戸籍に受付けない。名字は当分そのままとして、次第に改めるようにみちびく。
等の使用規則をもうける。
(私はカナモジ国字を理想とするものであるが、今ただちに国家が権力で国民に実行させ得る実行案として、国定字一千字案を提唱する。これならば、実行がきわめて容易である。)
  聞いて分る国語
 漢字が無制限に使われる外〈ホカ〉に、漢字を組合せて無造作に一つの語を新〈アラタ〉につくることが、勝手に行われている。事変〔日支事変〕以後に使われかけた新しい熟語をあげても次のようなのがある。
 聖戦、自粛、興亜、完遂、猛爆、盲爆、防諜、精勤、物動、共栄圏、肇国、節電、職域
 これ等は、聞いて分りにくいコトバで、ラジオ放送などには不向きのコトバである。一つの新な思想概念が発生した時に、或は特別なカンガエを述べる時、ヨトバを工夫することなく、漢字を結びつけて、新しい勝手な熟語をつくる。これが日本語を混乱させると甚しい。
例 ○鉄道省の掲示―「多客につき……」
  ○新聞記者の勝手な新語―輪禍、暖冬、闘魂、熱技、派閥、冷化、急航
  ○或る仏教書の熟語―独朗、聖意、深義、和韻、洞見、識破、参窮
 私は、日本語を聞いただけで(漢字を見なくとも)分る国語にして、ラジオに放送してすぐ分り、よく分るようにせねばならぬと、つねに思つている。
 新聞記事を話の種にする時、ことばを言いかえなければ相手に通じないのようなのは困る。
○ドイツ軍がソ連の要塞を二十一センキヨした。………「センキヨ」と聞いても分らぬ。文字「占拠」を見て分るようなことでは、よい国語と言えない。
 われわれが毎日新聞雑誌で見る漢字のコトバには、次のような〝口から耳え〟伝えるに適しないコトバが多数ある。
 歪曲、喫緊、示唆、昂揚、依存、媚態、翹行望、希求、佳話、掉尾、機構、払拭、志向、衆庶、制覇、思惟、衝撃、芟除、曠古、招致、犀利、雅懐、卑陋、巨姿
 文は〝読むのをそばで聞いていて分る〟とゆうのをメヤスにおいて、書く人が〝聞いて分るコトバ〟を使うように心がけて書いてくれるとよい。その標準によつて、「これだけが日本語である」とゆう国定国語辞典がはやくできることがのぞましい。
 漢語のうちでも
①約束、説明、親切、勉強、経済
これは聞いてよく分り、国語のうちによくとけこんでいるから日本語として認めてだれも異存はあるまい。
② 絶体、関係、時局、矛盾、準備
この程度の漢語も日本語に内に入れてよいと思う。
③ 要諦、画期的、強化、昂揚、迷夢
漢字で見れば分る普通の熟語であるが、聞いて分りかねる点から、このようなことばを国語とするかは考えものである。
④ 進駐、妥結、空爆、電撃的、滞空
新につくつた熟語で、字引にはない。聞いて分らない。このような新語をつくらさぬためにも、国定の国語辞典が必要である。
 以上例を示した①②③④の漢語は、耳でよく分る程度のコトバの順位である。筆を持つ人々が、①②程度がコトバを使い、それをなるべくカナガキにして、③④程度の漢語は止むを得ぬ時に使う、(これはカナガキでは分りかねるから、山本有三氏の補助文字である漢字でかく)このようにすれば、自然に耳で分らぬ漢語がそのあとを絶つて、日本語は、聞いて分る国語にシダイに改まつて行くであろう。【以下、次回】

今日のクイズ 2015・11・19

◎次の言葉の読みを答えましょう。
肇国(   )
喫緊(   )
翹望(   )
掉尾(   )
思惟(   )
芟除(   )
曠古(   )
卑陋(   )

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1 コメント

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大賛成です (余白)
2015-11-19 09:05:15
礫川全次さま

耳で聞いて分かる言葉を使うべきである、というご主張に大賛成です。

人はえてして、知ったかぶりをして、難しい言葉を使いたがるものですね。
(これは自戒でもあります)

つでながら、文章にも漢語(漢字語)や抽象的な言葉を、むやみに使いたがる人が
いますが、わたしは自分のブログなどでは、

「できるだけ無駄を省いて、できるだけ具体的に、易しく柔らかい」

言葉を使うことを心がけています。

漢語や抽象的な言葉を安易に使うと、自分でも分かったつもりになって、
物事を深く掘り下げないで終ってしまうことが、ままあるからです。
(これも自戒です)

これは(かつての)編集者としての体験から学んだことです。


◎クイズの答えは、以下の通り。

 肇国(ちょうこく)
 喫緊(きっきん)
 翹望(ぎょうぼう)
 掉尾(ちょうび・とうび)
 思惟(しゆい・しい)
 芟除(せんじょ・さんじょ)
 曠古(こうこ)
 卑陋(ひろう)

漢和辞典などを使ってしまいました。スミマセン。
(間違えているものもあるかもしれませんが・・・

調べずにすぐに分かったのは、喫緊、掉尾(とうび)、思惟(しゆい)くらいです。
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