礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ケルロイター教授の『現代日本国家体制』(1941)

2015-07-31 05:39:37 | コラムと名言

◎ケルロイター教授の『現代日本国家体制』(1941)

 今、グーグルで、「ケルロイター」を検索すると、「約10,700件」がヒットする。昨年初めに検索したときは、四桁にも届いていなかったように記憶する。
 ケルロイターというのは、ナチス時代におけるドイツの公法学者のことである。私が、この名前を聞いたのは、昨年の二月か三月のことだった。たまたま、『一冊の本』二〇一三年一〇月号に掲載された、「ラスプーチンかく語りき99」という対談記録を読んでいたところ、評論家の佐藤優〈マサル〉氏が、ケルロイターに言及していたのである。対談の相手は、ジャーナリストの魚住昭氏。なお、「ラスプーチン」というのは、佐藤優氏の異称らしい。

魚住 ナチスはワイマール憲法そのものを廃止していませんね。
佐藤 そうです。一九四〇年代初めまで、ナチス憲法理論の第一人者だったオットー・ケルロイターの著書『ナチス・ドイツ憲法論』に着目してみましょう。ケルロイターの主張を簡単に整理するとこうなります。ドイツの指導者(ヒトラー総統)には英米法のような目に見えない憲法が体現されているので、指導者国家(ヒトラーを総統とする国家)の法律や命令は必ずしも憲法の縛りを受けないというものです。
 少し長くなりますが、引用します。
《既にイギリスの国家生活に於ては、当時過激な個人主義は存在しなかったので、憲法構成ということには何等の価値も認められなかった。憲法は、イギリスでは政治的発展の経過の中で有機的に生れたもので、その故に又、今日に至る迄成文憲法即ち憲法典という形をとってはいないのである。併し同時にイギリス法も、既に早くから憲法規定は之を持っていたのであって、例えば個人自由権の保障を包含していた一六八九年の権利章典〈ビルオブライツ〉の如き、或はそれによって共同立法者としての上院の地位が非常に低められたところの、一九一一年の議院法〈パーラメントアクト〉の如きがそれである。
 この様な憲法規定は、ドイツ指導者国家の国法的発展の中にも亦見られる。それをナチス国家の基本法と称することを得る。それはその憲法的生活の基礎をなし、且新しい国家建設の大綱をなすものである。今日の発展段階に於ては、この意味に於て次の諸法律を、ドイツ指導者国家の憲法規定と称することが出来る》(『ナチス・ドイツ憲法論』オットー・ケルロイター、矢部貞治、田川博三訳、岩波書店〔一九三九〕)
 ここで「諸法律」として挙げられているのが、先ほど触れた三三年の全権委任法(ナチの国民及び国家の艱難を除去するための法律)、三五年のニュルンベルク法(国旗法、公民法、ドイツの血とドイツの名誉との保護のための法律)などです。さらにこれらの法律が、指導者国家、つまりナチス党が支配するドイツにおいて憲法規定だと称することができるのは何に由来しているのか。ケルロイターは次のように書いています。
《指導者国家に於ける憲法の構成及び完成の態様と方法に対しては、フューラー(引用者〔佐藤〕注:ヒトラー総統)によって確定される、ドイツの民族・及び国家生活の政治的必要だけが、決定力を持ち得るのである》(前掲書)
魚住 わかりやすく言うと、ヒトラーが憲法を決めるということですね。
佐藤 そうです。【以下略】

 この部分は、昨年三月二日のコラム「ナチス国家の指導者は憲法の縛りを受けない」で、すでに引用させていただいているが、重要だと思ったので、再度、引用した。
 ケルロイターによれば、憲法は、「憲法典」の形をとる必要はない。現に、イギリスには、憲法典は存在しない。ドイツにおいては、一九三三年の「ナチの国民及び国家の艱難を除去するための法律(全権委任法)や、一九三五年の「国旗法、公民法、ドイツの血とドイツの名誉との保護のための法律」(ニュルンベルク法)といった諸法律こそが、憲法規定なのである。――
 一九一九年に公布・施行された「ドイツ国憲法」(ワイマール憲法)を、ナチスは、廃止していない。しかし、同憲法は、「憲法典」(最高法規)としての位置を奪われ、ほとんど空文化していた。ケルロイターは、憲法は「憲法典」の形をとる必要はない、という説明によって、そうした事態を是認したのである。
 いま、戦前・戦中の『法律時報』の巻号を通覧しているところだが、数日前、「ケルロイター教授の『現代日本国家体制』」という記事を見つけた。一九四一年(昭和)六月に発行、同誌第一三号第六号(通巻一三八号)に掲載されていたもので、筆者は五十嵐豊作〈イガラシ・トヨサク〉。本日は、これを紹介してみよう。

 ケルロイター教授の『現代日本国家体制』  五十嵐豊作

 周知のようにドイツの政治・公法学者として著名なオットー・ケルロイター(Otto Koellreutter)教授は一九三八年〔昭和一三〕に日独交換教授として来朝し、約一ケ年滞在して帰国したが、教授は在留中の日本政治の研究を数多くの論文で発表して、ドイツにおける日本の理解を深めるために努力されてゐる。いふまでもなくドイツの日本研究家としてはすでに有名な地政学者ハウスホーファー教授などがゐるが、われわれとしては日本政治の研究家としてさらにケルロイター教授のやうな学者をもつに至つたことは欣快に堪へない。
 ところで教授はわが政治を研究するに際して、その基礎にまで遡つて理解しようとする態度をとられる。だから例へば日本憲法の解釈にしてもその独自性の把握に努力してゐるのである。このことは藤井新一氏が外国人に日本憲法を紹介するために書いた《The Essentials of Japanese Constitutional Law》1940にたいするきびしい批評によつても知られるのである。すなはちケルロイター教授は藤井氏が日本憲法の政治的基礎に立入らず、単なる立憲主義憲法であるかのやうに形式主義的実証主義的・叙述に終始し、ことに議会の叙述を英仏の立憲主義理論によつて長たらしくしてゐる点を指摘して「われわれドイツ人にはこの本書の部分はほどんど説明になつてゐない。藤井の著書は法規範をその政治的背景から分離しうると信じた実証主義方法の役にたたぬことを模範的に証明してゐる」(Zum Wesen des heutigen japanischen Verfassungsrechtes,AOR.,Bd.32,Hft.1,1940,S.3)といつてゐる。もつともなことである。外国人のために書くなら日本憲法の独自性をとくに強調し、したがつてその政治的基礎に重点をおくべきである。かやうな批評に明らかなやうにケルロイター教授が日本の政治をその根柢から理解しようとする態度はわれわれにとつては何よりも有難いことだ。それによつてのみ真に日独文化の提携が可能だらうから。
  ◇
 つぎにここで紹介しようとする『現代日本国家体制』(一九四一年)《Der heutige Staatsaufbau Japans》1941はケルロイター教授が昨年ウェーンの日独協会で行つた講演をまとめたわづか二十八頁の小著である。教授の日本政治の研究としてもつともまとまつてゐるのは一九四〇年にでた『日本の政治的容貌』《Das politische Gesicht Japans》であるが、これはわが風俗・文化・政治のレポートであつて、いはゞむしろ印象記といつた色彩がつよいものであつた。だから例へば北海道の登別温泉の男女混浴に日本人の無邪気さをみ、さうした無邪気さが「西欧の影響で」しだいになくなるのを歎いたり(S.17)、外事警察に不快を感じたとみえて、改まつて警察の機能をといて日本が本当に外国人の観光旅行を歓迎するなら「警察はもつとひつこんでゐたらよい」などとのべてゐるのである(S.50/52)。
 これに反して今回の著述はさうした印象記的色彩は全然なく、現代日本の国家体制とその動向を把握しようとしたものである。ことにわれわれにとつて興味のある点はいはゆる新体制のもつ意義を明らかにしようとしてゐることである。【以下、次回】

 文章は、まだ続くが、少し、コメントしておこう。ケルロイターは、藤井新一氏が大日本帝国憲法を「単なる立憲主義憲法であるかのやうに」紹介し、これを「英仏の立憲主義理論」によって説明していると捉えている。かつ、こうした藤井氏の立場は、「法規範をその政治的背景から分離しうる」する実証主義であるとして、これを批判している。
 このことから、少なくとも、ふたつの見方が導ける。ひとつは、大日本帝国憲法は、立憲主義憲法としての性格を持ち、それゆえに、「英仏の立憲主義理論」によって説明が可能だったということである。もうひとつは、ケルロイターは、「英仏の立憲主義理論」とは対立する立場にあったということである。おそらく、この立場は、法規範は、その政治的背景から分離しえないというものであったのだろう。
 なお、筆者の五十嵐豊作は、ケルロイターの藤井新一批判に対して、「もつともなことである」と応じているので、ケルロイターの立場に近い立場にいたと考えられる。

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