礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

戦災地から連日、三万貫の銅屑を回収

2016-07-30 05:14:41 | コラムと名言

◎戦災地から連日、三万貫の銅屑を回収

 一昨日からの続きである。黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)から、七月三〇日~八月二日の日誌を紹介する(二三九~二四五ページ)。

 七月三十日 (月) 晴
 午前八時、上番のために情報室に入る。下番予定の田原候補生は、
「班長殿、ただ今、敵機コンドル〔B29〕五羽、珠江沿いに東進中です。午前七時四十分、徳慶通過、午前七時五十八分、肇慶通過で、もうそろそろ白土なら来るころですし、三水の珠江沿いならまだ十分くらいあるのですが、どうしましょうか」と、レシーバーをかけたままいう。
「そのほかに申し送りは?」「ありません」という。
「よし、そのままで引き受けた」と変わる。
 午前八時五分ベル。――こちら月山、月山コンドル五羽、浅間山方面に進行中――「了解」自分は珠江沿いという頭で、まだ時間がある、まさか月山の白土の方を通るとは思わなかった。受けて座ってから三分くらいか四分くらいでやって来た。ただちに発信ベルのボタンを押して放送する。「各所! 各所! 月山よりコンドル五羽、浅間山に向かって進行中」――了解――の声続く。【中略】
 午後九時十六分ベル。――こちら富良野岳〈フラノダケ〉、富良野岳コンドル五羽、海岸沿いに西に向かって脱去中――「了解」富良野岳とは斗門である。発信ベルのボタンを押して放送する。「各所! 各所! コンドル五羽、富良野岳より西に向かって脱去脱去」――了解。了解。了解――
 広東に敵機が来て白雲飛行場に来ないのは珍しいことだ。隊長も、
「白雲に来ないと、もの足りないなあ」といわれた。上山中尉は、
「先週、白雲上空で高射砲弾によっておそらく隊長機と思うが撃墜され、残りの機がいっせいに北に進路を変えた件があるが、同じグループではなかったのでは。白雲ば恐いという印象があって避けたのだろう」と。
 朝早くからのお客さんがやって来たので、その後は一段落の形で、隊長も上山中尉も、他の所要のためか情報室から出て行かれた。もちろんその後は、午前、午後を通して来客もなく静かであった。
 午後六時五分、下番する。下番後、田原と二人で、入浴、洗濯、夕食を共にする。
「班長殿、自分が下番してすぐ空襲警報が出たので、鉄甲をかぶっておったんですが、とうとう音がしないんで眠りました。が、やっぱり来たんですか」と聞く。
「ああ、あれは広東には来たんだよ。白雲に来たんでは君が眠れないだろうと思って、白雲を避けて天河飛行場から黄埔の港の方に南下して行ったよ」と答えた。

 七月三十一日 (火) 晴
 午前八時、上番する。下番者田原候補生の報告によると、
「前勤務者田中候補生の申し送りでありますが、昨夜午後十時のニューディリー放送では、昨日(七月三十日)、米海軍航空母艦十数隻は、関東地方南岸に接近し、延べ二千機の艦載機により関東各地を空襲し、銃爆撃を致しました。また昨日(七月三十日)、これとは別の艦隊は清水市を艦砲射撃致しました。以上であります」
「なに、二千機」自分も驚きのあまり声を発した。
 二千機とつづいたら、前後重なって放送できないだろう。放送よりも何よりも防空壕で手を合わせ、無事を祈る老人や女子供のことを思うと、隊長のいわれる通り一日でも早く和平への道を願いたいと、心の中の一部の心が思う。昨日の今日で、ここの敵さんは休み
の模様。
 正午、NHKのニュースが流れる。今日はまず農商省が、どんぐりの食糧化方針により五百万石を目標に、学童らに採取を寄びかけるという。つづいて情報局募集の標語は、「一機作れば一艦沈む。田畑が陣地だ、死守して増産。堪えぬく心、勝ち抜く心」を発表した。
 また、軍需省航空兵器総局は、銅屑〈ドウクズ〉を一貫目三円五十銭で買い上げ、戦災地からは最近、連日三万貫を回収しているという。連日三万貫の銅屑の回収とは、戦災地一帯が広大な範囲であることは事実である。この銅屑とは、家庭内に配電線された銅線をいうのであろう。
 それにしても、爆撃を受けたとか、艦砲射撃をどこがうけたとか一切いわない。ましてや二千機の敵機など全然いわない。本当にどちらが正しいのだろうか。あまりに極端ではないか。午後は午前につづいて静かであった。【後略】

 八月一日 (水) 晴
 午前八時、上番する。下番者田原候補生の報告は、
「前勤務者田中候補生の申し送りでありますが、昨夜午後十時のニューディリー放送によりますと、(一)昨日(七月三十一日)、米空軍は九州各地をB29約二百五十機で空襲し爆撃致しました。(二)昨日(七月三十一日)、米海軍潜水艦隊は北海道苫小牧の工場を艦砲射撃致しました。以上であります」
 このごろ敵機の多少はあっても、毎日のように空襲がつづく。これでもか、これでもかと。苫小牧の工場といえぼ、王子製紙の工場を思いだすのだが、紙が直接戦争とどう関係するというのだろう。とにかく日本の生産設備は、すべて破壊するのが目的らしい。潜水艦隊とはどのくらいの隻数をいうのだろうか。
 午前八時三十分ベル。――こちらは立山、立山コンドル八羽、珠江沿い東進中――「了解」立山とは徳慶である。一昨日やって来たのに、またもうやって来た。ただちに発信ベルのボタンを押して、「各所! 各所! 立山よりコンドル八羽、東進中」力をこめての放送だ。――了解。了解――の声か返って来る。【中略】
 朝の早い暑くならないうちに広東だけ、しかも軍関係の箇所のみをよく調べて、狙った箇所だけ爆撃してさっと帰っていった。
 正午、NHKのニュースでは、陸軍燃料廠が松根油採取に当たって千葉県松丘村および秋元村の両村が二週間で一年分を採取したことに対して両村を表彰し、賞品に地下足袋〈ジカタビ〉を贈ったという。
 午後は静かであった。午後六時五分、下番する。田中、田原の二人とも無事教育訓練終了す。この教育訓練が実際に効果を発揮するような時代の来ないことを祈りたい。この十日間、二人の子と入浴、洗濯、夕食がずっと一緒にできたことは楽しかった。
 二人ともよい子だ。すくすくと延ばしてやりたい。本当に世が世であれば、少なくとも中学が卒業できるまでは勉強第一にさせてやりたいものである。

 八月二日 (木) 晴
 午前八時、上番する。午前九時、突然インド・ニューディリー放送が流れてくる。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によりますと、米英ソ三国で打ち合わせ中のポツダムで、ドイツに関しては統一政権を作らないことが決定し、二ヵ国として分割統治させることになりました。国境線の決定は現段階で未決定で、平和会議に持ちこすこととなりました。繰り返し申しあげます。……。――
 二つのドイツができることになったのだとわかった。親と子が、兄と弟が居住地によって分けられる。そんな馬鹿な無理が通るのか。勝てば官軍で、相手のいうままか。上山中尉のいわれる「敗けるのなら生きてる意味はない」という言葉がしみじみとわかるようだ。
 正午にはNHKニュースが流される。今日は、(一)日本音楽文化協会が解散し、音楽文化職域国民義勇隊が決成され、隊長に山田耕筰氏、副隊長に堀内敬三氏が選任されたという。(二)民俗学者の間で沖縄の文化伝承の動きか活発となり、柳田国男氏の主唱で、書籍や音盤などの収集が進められていると伝えてくる。
 午後も今日は静かである。午後四時、下番する。午後六時の下番を十日間もつづけると、非常に早い感じがする。下番後も時間を持てあまし気味となる。

*このブログの人気記事 2016・7・30(9・10位にやや珍しいものが入っています)

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