礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

陰極まれば陽を生ずと云う(徳富蘇峰)

2017-01-01 04:10:10 | コラムと名言

◎陰極まれば陽を生ずと云う(徳富蘇峰)

 年末に片付けをしていたら、徳富蘇峰の『敗戦学校――国民の鍵』(宝雲社、一九四八)という本が目にとまった。新年のブログは、この本の紹介から、と思ったが、世の中は広いもので、すでにこの本を紹介している「歴史資料」というブログがあることがわかった。
 右ブログと重ならない範囲で、同書を紹介してみたい。この本は、「敗戦学校」と「国民の鍵」の二部から構成されているが、本日、紹介するのは、「敗戦学校」の部の「八」の全文である。

 八、外 尊 内 卑

 日本人が己惚〈ウヌボレ〉根性の為めに、殆と九分九厘まで、日本国を亡滅に瀕せしめたる、大なる現実を前にして、日本人の国民性に、自国卑下、外国崇拝の血が流れてゐると云ふやうな話は、余りにも辻褄の合はぬ妄評らしく聞こゆる。ではあるが、之も亦た動かす可からざる歴史的事実である。
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 奈良朝に於ける唐土かぶれと、明治の御代に於ける西洋かぶれとは、之を証拠物件として、何人も異存言ふ事の出来ない歴史的事実である。予は唯だ顕著なる事実に就て語つたが、仔細に吟味すれば、日本の国史を一貫して、如何なる時代にも、如何なる人物にも、外国崇拝の潜在意識を持たぬ者は、なかつたと言ふ事が出来る。或人には、それが外面に表白し、或者には、それが内部に沈潜した。けれども、いざと云へば、己惚が国民性である如くに、自国卑下、外国崇拝も、亦た国民性であると云ふ事ができる。而して其の何れが原因であつて、何れが結果であるかと云へば前にも述べた通り、卑下崇拝の極まる所却て〈カエッテ〉それが自国崇拝、他国卑下と、一変したものである。云はゞ大晦日と元日とは、たゞ一夜を隔てただけであつて、陰極まれば陽を生ずと云ふが、此事であらう。
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 個人に就て見ても、例へば自ら一代の学者を以て任じたる荻生徂徠〈オギュウ・ソライ〉の如きも、自から「東夷の人」と、卑下してゐるではないか。前野良沢〈マエノ・リョウタク〉の如き、西洋科学の率先者たる人も、自から「蘭化〈ランカ〉」と称したではないか。徂徠が清国に対して、良沢が西洋に対して、執りたる態度を見れば、此処に日本の国民性の一端が、発露した事が分明だ。
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 此の外国崇拝の気分は、日本を一口に呑んだる、豊臣秀吉の如きさへも、免かれなかつた事は、彼が其の為めに沈惟敬〈シン・イケイ〉の為めに、甘くも欺かれ、自分は勿論、徳川家康、前田利家などの歴々さへも、皆な明の衣冠を着けて、自ら喜こんだ事で判かる。云はば足利義満が、明国に対して、極めて卑屈なる文書を送り、明国から与へられたる、日本国王の冠服を着けて、恰かも驕児が竹馬に乗つて、室内を歩き廻る如く、京都市中を練り行きたるに比べて、五十歩百歩と言ふのは、或は酷論かも知れぬ。何となれば、秀吉は「汝を封じて日本国王となす」と云ふ言〈ゲン〉は、断乎として聴き入れなかつたからである。然し又秀吉に足利義満が持つてゐた素質の或る部分を、持つてゐたと云ふ事も、抹殺する事は出来ない。
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 更に近い話が、日本の陸軍では、殆ど独逸を崇拝し、日本の海軍では、始ど英国を崇拝し、又た日本の官僚は、独逸が本家であり、日本の民間言論者は、英米が本家であるかの如く、何れも皆な彼等に取ては、第二の祖国と言ふべきものを、持つてゐたやうだ。ムッソリニ、ヒットラーの全盛時代には、日本人の殆と大半が、其の崇拝者であつて、今日敗戦学校の生徒達は、昨日迄はムッソリニ、ヒットラーの崇拝者であつたが、今はそれに代るべき何ものかの崇拝者であることは、今更多言する迄もない。
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 此〈カク〉の如く自然の侭に放任すれば、日本人は精神的には、何れかの属邦となるか、外藩となるか、外に仕方がなかつた。そこで日本国民の自覚心と云はんか、自衛心と云はんか、期せずして其の自然の傾向を押へ付ける心要を生じ、凡有る〈アラユル〉手段を講じて、勉強の結果、自ら陶酔して、茲に己惚国と己惚国民とを、作り上げたものである。一口に言へば、卑下は天性である。己惚は第二の天性である。
       (昭和廿二年十月廿五日午前)

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