礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

幣原喜重郎、六義園で「赤穂義士」を語る

2012-12-30 05:11:27 | 日記

◎幣原喜重郎、六義園で「赤穂義士」を語る

 一昨日に続いて、幣原喜重郎『外交五十年』(読売新聞社、一九五三)から。同書の一篇「二・二六 逃避行」に出てくる話である。

 余談だが、六義園〈リクギエン〉という庭、私の駒込の矮屋〈ワイオク〉に不相応な名園については、いろいろ話がある。私が外務大臣在職中、アメリカの庭園協会の人が来たので、外人を集めて園遊会をやったことがある。その人が帰国後、日本へ来る人に必らず私を紹介してよこす。それは私を紹介するよりは、私の庭を紹介するのであった。外人客が帝国ホテルヘ着くと、会いたいといって電語をかけて来る。会って何の用かと思うと、庭を見せてくれという。
 それにはその理由があった。この庭は、柳沢保恵〈ヤナギサワ・ヤストシ〉君の祖先の柳沢吉保の作った庭で、赤穂義士の討入りの直前に完成したものである。それで外人客が庭を見に来たとき、私は一度おもしろ半分に、ちょっと四十七士の話をした。それから来る者も来る者も、四十七士の話をしてくれという。何度も繰り返させられて、英語の下手な講談師、いささか閉口したものであった。
 徳川の将軍家がこの庭が好きで、よく遊びに来た。それで将軍様の威光で、玉川からわざわざ堀割を作って、池に水を引いたという大したものである。五代将軍綱吉が屡々当園に遊びに来られた。とにかくその当時、赤穂の四十七義士に死を賜うか、それとも無罪にするかが幕府の大問題であった。頃は元禄の終りごろで、世の中が柔弱淫蕩に流れていた際であったから、義士の行動は一世を感奮せしめた。それで綱吉将軍自身も何とかして義士を救いたいと思ったが、将軍家の発意で無罪放免を申渡すことも異例であるから。菩提寺の寛永寺の坊さんに内々旨を含めて、四十七士の命乞いをさせたなどと伝えられている。
 ところが柳沢の家来で顧問格の荻生徂徠〈オギュウ・ソライ〉という学者が居て、四十七士を助命することはいかん、断然死を賜うべしという意見を唱えた。それを主人の柳沢に説いたことは無論だが、間接にそれが綱吉の耳に入ったか、あるいは六義園へ微行などの折、酒間直接に徂徠が綱吉に説いたのか、それは判らんが、とにかく徂徠の論が容れられ、義士に死を賜うことに幕議が一決し、表面は三、四ケ所の大名屋敷で切腹したことになっているが、実は今の高松宮邸になっている南部屋敷に一同を集めて切腹させたということである。荻生狙徠の説というのは、四十七士の行動は誠に美事なもので感嘆に堪えない。しかし人生は最期が大事である。芳名を万世に伝うるには死を賜うべきである。もしこれを助命すれば、その壮烈な業績はいつしか世人の記憶から失われる。しかも数多き者のうち晩節を汚すものなしとも限らない。彼らの忠節を活かすのは唯だ死あるのみという意味であったらしい。私はよく判らんが、これは徂徠の卓見で、後世、泉岳寺に香煙の絶えないゆえんであると思う。

 幣原喜重郎が、六義園で、外国人に「赤穂義士」を語ったという話は、あまり知られていないはずである。
 幣原は、荻生徂徠が四十七士に切腹を命じたのは、彼らの「芳名を万世に伝うる」ためであり、これを「卓見」と評価しているが、私見では、荻生徂徠が四十七士厳罰説を唱えたのは、彼らの行為を是認しなかったからであって、「芳名を万世に伝うる」ためではなかったと思う(結果的には、「芳名を万世に伝うる」ことになったが)。なお、寛永寺住持・公弁法親王が、綱吉に対し、「芳名を万世に伝うるには死を賜うべきである」と説いたという説があるらしい。

今日の名言 2012・12・30

◎今の高松宮邸になっている南部屋敷に一同を集めて切腹させた

 幣原喜重郎の言葉。幣原によれば、四十七士は南部屋敷に集めて切腹させたという。『外交五十年』(読売新聞社、1953)195ページに出てくる。上記コラム参照。この説の当否については、今、これを判断するだけの蓄積がない。いずれにしても、幣原喜重郎は、「赤穂義士」については、一家言を持っていたようである。なお、南部屋敷というのは盛岡藩の江戸藩邸のことで、維新後は、有栖川宮家用地となり、その後、高松宮家に引き継がれた。今日、有栖川宮記念公園(中に都立中央図書館がある)となっているところである。

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