◎日本は世界七大国の一つである(本多熊太郎)
書棚を整理していたら、『世界新秩序と日本』という小冊子が出てきた。表紙には、「元駐独大使本多熊太郎氏講述/世界新秩序と日本」とあり、奥付には、「昭和十五年十月十五日発行 (非売品)」、「編輯兼発行人 河野已一」、「発行所 東亜連盟」などとある。本文五九ページ。
内容は、「現前の世界情勢と日本の立場」と題する講演記録、および「外交建直しに就ての若干の考察」と題する新聞掲載論文である。講演がおこなわれたのが、一九四〇年(昭和一五)七月、論文が新聞に掲載されたのが同年八月だという。
講演・論文とも、「世界新秩序」を強く訴える内容になっている。日独伊三国同盟の調印は、同年の九月二七日であった。時期から言って、日独伊三国同盟を推進する立場から、世論に働きかけようとした講演であり、論文であったと見てよいだろう。国立国会図書館架蔵で、インターネット公開されている。
本日以降、講演記録「現前の世界情勢と日本の立場」を紹介してみたいと思う。講述者・本多熊太郎のプロフィールについては後ほど。
現前の世界情勢と日本の立場
元駐独大使 本 多 熊 太 郎
昭和十五年〔一九四〇〕七月六日夜秋田県記念会館に開催された
秋田魁新報〈アキタサキガケシンポウ〉主催の最近外交問題講演
会に於ける講演要旨
先づ私は緒論として、外交問題に関するわが同胞の態度と言ふか、心構へについて、常に私が遺憾としてをる一、二の点を腹臓なく披瀝したい。それは日本の人の多数、しかも、此の頃若い人達の所謂支配階級に属する御連中ですら国際政局に於ける日本の地位を自覚しないといふことである。この連中は、国際政治において日本は被治者の立場に居るかの如き誤つた観念を持つてゐる。或はさう意識しないまでもさう云ふ風な観念に惰性的に捉はれてをる。日本は世界政治において被治者にあらずして治者であり、世界政治を動かす主勢力の一つであるといふことを、日本の政治、経済、外交等の要部に立つ連中はしつかりと自覚して居らない。
解り易く例を引いて言へば、世界は一つの大きな会社の如きものと考へればよい。この「世界」といふ大きな会社において日本はその最も有力な重役の一人であり又最も有力なる大株主の一人である。その事実を忘れて日本人の多数は、十株か二十株の小株主時代の日本の国際的地位に頭がこびりついてをる。明治以来、日本の地位を被治者より治者に進転せしむるため働いた政治家外交家は少くとも三人や四人はあつた。その人達の働きによつて日本は、世界大国の一人となつて所謂治者の仲間入をして今日に至つてゐるのだが、依然として明治初期の日本のやうな考へ方に捉はれて居る者が多い。
国際政治といふものは、大国政治である。世界大国間の利害感情等の摩擦やら調和やら、之が世界政治の動きを形つくつてゐるのである。これを会社に例へるならば、一つの大きな会社の事業経営の方向を决める者は、少数の大株主若くは其等を代表する或は特殊の経営才能をもつ重役であつて大多数の株主は順当に配当さへしてくれゝば満足して居る。この秋田市民について言つても二つか三つに区別できるとおもふ。市民の少数者には、其の財力、勢力、或は徳望の故を以て、単に善良なる秋田市民といふ立場に満足せず市民も亦それだけに見ずして秋田市の運営、福祉に貢献すべき実力をもつて居る,即ち指導者と見られる人がある筈である。其他の多くは善良な市民で其の平常の努力の目標は概して自己の商売繁昌、一身一家の安全と繁栄に局限され、市の運営等といふような、役割を自ら任じて引受る地位も、抱負も持ち合はさぬ、所謂一般の良民があり、又一部には、公共団体の厄介者になつて居る人もあるだらう。これを国際間について見るならば世界の七大国が世界政治の支配者であり、此等の動きが世界政治に波紋を描く。其他の五十幾ケ国は善良なる平凡なる国であつて其の関心は自国と自国民の安全以上には出でず、中にはそれすら自力を以ては能はず大国の力に依存するか、然らずんば其の領土を大国に取られてしまふものもあるなど最近の欧洲状勢に其の例見るが如しである。もう一つは支那の如く隣国に迷惑をかけるのもある。これは難物たる例外的市民と言つたやうなものである。
日本が世界大国の一つであるといふことの意味を自覚せず、政府も国民も単に格式で床の間に据ゑられる仲間だ位に解してゐるやうだが、日本は其の地理的環境からして、実は日本人が自覚する以上に或は日本の有する実力以上に、世界政治上の大なる力となつてゐるのである。それを今日此の頃の政府では余りお分りになって居ない、論より證拠、帝国は自主的外交云々と誠に妙な文句を頻に〈シキリニ〉連発してゐる。日本は世界七大国の一つであり亜細亜に於ける誰一の大国である。然るに今更らしく自分の外交を、今度は自主的にやるんだ、と力む。かういふことは自己のもつてゐる劣等感から来るのである。明治二十五六年〔一八九二・一八九三〕頃、幕末の条約を西洋人に窮屈に励行してやらうといふ運動が政治社会に行はれた。之は日本の独立自主を考へなければいけないといふ奮発心から出たものである。当時の日本としては強ち〈アナガチ〉怪しむに足らんが、今日の時代に於て何々問題は、今度自主的に解決するんだなどゝ言ひ出すのは,之は国際環境に於ける日本の立場を知らないで、相変らず日本は一個の被治者だと卑下する、五十年前の観念に膠着してゐるものである。日本の動き一つで英国の存亡を決する力さへ持つてゐることを知らないのである。皆さんは、日本は世界七大国の一つであり、世界政治に於ける支配者の地位にある国の一つであるといふことをハツキリと常識として頭に置いていたゞきたい。【以下、次回】
ここで本多熊太郎は、「日本は世界七大国の一つ」ということを強調している。この当時の「世界七大国」というのは、たぶん、アメリカ、イギリス、フランス、日本、イタリア、ドイツ、ソビエト連邦の七か国を指したのであろう。