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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

橘正一「昭和方言学者評伝」(1937)

2019-02-12 00:23:50 | コラムと名言

◎橘正一「昭和方言学者評伝」(1937)

 先日、橘正一(たちばな・しょういち)の『方言読本』(厚生閣、一九三七)を入手した。この言語学者の論文や著書は、どれも読んでもハズレということがないが、この本は、特に面白いという気がする。
 本日は、同書のうちから、「課外 昭和方言学者評伝」を紹介してみたい。この評伝は、五〇ページに及んでいるが、今のところ、その全部を紹介する予定でいる。

  課外 昭和方言学者評伝

 方言研究は、明治に一度盛んにして、大正に至つて衰へ、昭和に入るや、再び盛んになつた。明治の最盛期三十五六年頃から、昭和の興隆期五六年までに三十年の歳月は流れて居る。彼の時三十歳の青年であつた人が、此の時は六十歳の老齢である。この時間的距たりから見ても、明治方言学と昭和方言学との間に何の関係も無いと言ふ事が明であらう。単に研究者の顔ぶれが違ふのみならず、研究者の心構へも亦著しく違つてゐる。明治卅五六年頃は、時恰も全国に鉄道が開通し、交通が便利になり、他県人の往往する者が頓に〈トミニ〉多くなり、従つて標準語を必要とする機会がふえた。そこで、一方では、標準語修得の要求が増大し、一方では、方言匡正〈キョウセイ〉の必要が痛感される様になつた。この結果、悪い言葉の見本として、方言を集めようといふ事になり、かくして出来上つた方言集は、標準語を主とし方言を従とするかの様な外観を呈して居た。しかし、今日は時代が違ふ。方言匡正の必要は今日も尚あるが、しかし、方言には昔ほどの勢力は無い。方言の衰退は眼前に見る事実であり、やがては滅亡すべき運命を各人が自覚して居る。そこで、今の内に蒐集し、記録して置かなければ、永久にその機は無いといふ自覚から、半ば愛惜の念に駆られて蒐集したのが今日の方言集である。その直接の刺戟も、昔と今とでは、全く違つた方向から来た。明治のそれは東京帝国大学から、各県に向つて、方言蒐集を依頼むしたのが始まりで、その依頼は多くは県郡の教育会に伝へられ、従つて教育会が中心となつて働いた。然るに、昭和のそれは柳田〔國男〕さんを中心とする土俗学者の側から起つたもので、個人が主となつて居る。前者は上から起り、後者は下から起つた。彼は義務として、半ば強制的に働かせられ、是は趣味として自発的に動いた。他動的に起つた活動は、その活動の原動力である上司の命令が止むと同時に止む。自動的に起つた活動は、その活動の原動力である趣味や性格が変らぬ限り永続する。明治の活動が方言書刊行と同時に終熄したに反して、昭和のそれが執拗に継続する理由はここにある。昭和方言学者の中には極めて熱心な人が多い。その熱心は、障礙〈ショウガイ〉に突当ると、それを突抜けるために超凡の行動となつて現れる場合がある。私はさういふ行動を伝へて、感奮興起の資となさうと企てた。これは書評が目的ではない。人物評である。だから、その人物について異常の事が無い限り、いかに立派な本を著しても、二三行で片附ける外は無かつた。異常の行動は多くは逆境の場合に現れる。だから、本篇で詳しく書かれた人人は多くは逆境に遭遇した不幸な人人である。二三行で片附けられた人は不満を抱く代りに、自身の順境に感謝すべきである。
 以下は主として、単行本を著した人について、その序文や後記に拠つて書くつもりだから、単行本の無い人人は、遺憾ながら、原則として、洩れてゐる。しかし、井上一男、金城朝永〈キンジョウ・チョウエイ〉、加藤義成、岸田定雄、瀬川清子、高木稲水,高荻精玄、千代延尚寿〈チヨノブ・ショウジュ〉、野村伝四、橋浦泰雄、吉町義雄諸氏には、方言の単行本こそ無いが、雑誌「方言」に度々(三回以上)登場して、読者に親しい名である。また、有坂秀世、石黒魯平、泉井久之助、岩淵悦太郎、上田万年〈ウエダ・カズトシ〉、内田百間、尾崎久彌、江實〈ゴウ・ミノル〉、小林秀夫、近藤國臣、佐藤鶴吉、新村出、田中茂穂、土井忠生、服部四郎の諸氏は、それぞれの専門に於て一家を成す方々であるが、その名を「方言」誌上に見受ける機会は多い。しかし、私の今の目的は、中央に知られざる地方の熱心な研究者の行状を伝へるにある。
〔北海道〕
 北海道は今まで方言書皆無の地方であつたが、最近、小笠原文次郎氏が「函館語の方言的研究」を著して、この欠を満たしてくれた。同君は尚分布調査をも企てて居ると聞く。【以下、次回】

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