感染症禍の2020年。世界中がパンデミックで本当に厳しい毎日だった。
何があったのか、だんだん忘れてきているのは、私、齢のせいだろうか。
「答えは市役所3階に 2020心の相談室」(辻堂ゆめ著;光文社)は、その時期にあったことを題材として描いている。
発行元の光文社による本書の内容紹介は、次のようになっていた。
「こんなはずじゃなかった」。進路を断たれた高校生、恋人と別れたばかりの青年、ワンオペで初めての育児に励む女性…。市役所に開設された「2020こころの相談室」に持ち込まれたのは、切実な悩みと誰かに気づいてもらいたい想い、そして、誰にも知られたくない秘密。あなたなりの答えを見つけられるよう、二人のカウンセラーが推理します。最注目の気鋭がストレスフルな現代に贈る、あたたかなミステリー。
本書は、5章から成っていて、市役所の感染症禍に設置された相談室の5事例を扱っている。
それぞれの相談者は、失ったものがある。
それを挙げてから、相談者の物語が進んでいく。
第1章 17歳女性 将来の夢を失った
第2章 29歳男性 婚約者を失った。
第3章 38歳女性 幸せな未来を失った。
第4章 46歳男性 人間の尊厳を失った。
第5章 19歳男性 生きる気力を失った。
まあ、そうだよなあ。
COVID-19感染症禍。
本当にいろいろあった。
特に、感染が始まった2020年は。
本書に出てきた、当時のできごとだけでも、なかなかの量だ。
主なものを列挙してみる。
NHK学校音楽コンクールの中止 / 感染予防用のアクリル板のパーテーション / 緊急事態宣言 / 2月の終わりから5月までの休校 / 3つの密 / 夏の甲子園の中止 / 病院の面会禁止 /病院の救急と発熱外来の看護師 / PCR検査 / 医療従事者の労働環境の悪化 / 託児所に子どもを預けられない自宅待機 / SNSを使ったオンラインコンサート / 飲食店の営業終了 / Go To トラベル政策 / ボーナスカット / 孫と会わせてもらえない / 立ち合い出産の全面中止 / 入院中の面会の一切禁止 / クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染と海上隔離 / 濃厚接触者 / 14日間の隔離生活 / 小さい布マスクの配布 / マスクの値段の高騰 / マスクをしないと向けられる非難の目 / ネットカフェの休業 / テレワーク、時差通勤の普及 / 大学のオンライン講義 / 学校のリモート授業 / ワクチン接種 …
作者の辻堂ゆめさん、当時のできごとをからめながら、よくこの物語を作ったものだ。
さすがだなあと思った。
感染症禍で起こった1つ1つのことが、登場人物たちを苦しめる。
それぞれの章で、それぞれの主役の心情を困りごとを描きながら、そこにこころの相談室の2人が話を聞くことで悩みから解放されていく。
5人の相談者が生きていく中で、それぞれがバラバラではなく実はつながり合った時間があったりするのも面白い。
5人をリレーのバトンのようにつなげていくのが、Nの刺繡が入った巾着型の御守。
それぞれの手に渡って、幸福や幸運が訪れていくように描かれていた。
そして、毎回各章の最後に、「昼休みのひととき」という場面があり、そこではカウンセラーが、相談者の真の姿や悩みを、鋭くあばいていく。
その若いカウンセラーがあばく真実には、感心する。
感染症禍で起こった事実を題材として、よくまあ、5話ともに良質なミステリーだこと。
そのうえ、第5章からまた第1章に戻るようなストーリー。
こういった細かさは、まさに辻堂ミステリーの真骨頂だ。
辻堂ゆめさんの作品はこれで3冊目だが、毎回違った魅力を味わわせてもらっている。
引きつけられるなあ。