private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over17.22

2019-09-29 05:23:32 | 連続小説

 そりゃね、朝比奈の側から言えばそうなるだろうけど、それをオトコ達が納得するかといえば、それでは世の中が余りにもつまらないものになってしまうなあなんて、女子達から舐めまわされるような視線を浴びたこともないおれが言うのもどうってハナシだけど、そうかと言って、そんな注目を浴びるようなオトコもオンナもごく一部なんだし、そもそもオトコの理論で世界が動いている前提ですべてが語られているからなあ。
 頭脳明晰、先読み抜群の朝比奈には、もうそれだけで充分なほど、その先の展開が目に浮かび、確信があるほどそれを破壊する必要に囚われていったっておかしくはない。
 前のクルマが右に回ろうか、それともこのまま真っ直ぐ行こうか決めかねているようで、朝比奈は車間をおくようにスピードを緩めていった。
「欲望の放出もあってしかるべきだろうけど、わたしたちにはそれほど多くの時間が残されているわけじゃない。そうね、それは、刹那的に生きていくのがすべてではないけど、それを追い求めるだけで貴重な時間を使っちゃっていいとは言えない。わたしたちは、多くの時間があるときになにもせず、時間がないとわかってから焦ってあれもこれもとやりたがるんだね。それじゃ、あまりにも時間の過ごし方が悲しいと。そこはあなたもね。ホシノくん」
 どうやら前のクルマは曲がりどころを逸したようで、黄色に変わった信号をギリギリで通過していいた。関わろうとしていなくてもひとつひとつの行為が、朝比奈から貴重な時間を、、、 何をしようとしてるのかまだ深くはわかってない、、、 奪いつづけている。今日もたくさんの時間をついやし、それを取り戻すためにさらに多くの時間が必要となっていく。
 朝比奈は不敵に笑った。おれはなにか間違ったことを言ったのだろうか。
「体験って、そう、それほど重要な要因にはなっていない。すべては脳の中で、電子が流れ、映像化され、想像が実体を越えて意識に植え付けられ動かす。ホシノが今こうなってるのもイメージの結合の結果でしかない」
 そうなのか。イメージだけで生きられれば、ずいぶんラクで幸せな人生が送れそうなんだけど。ああそうか、イメージが貧困だからその程度の人生しか送れないんだ。成功より失敗を恐れ、幸運を祈り不幸を探してしまう。なんだかんだと言いながらも、平和を願いつつ、戦いを避けてはいないしな。
 信号待ちの先頭に立った朝比奈は、じわじわとエンジンをふかし、黄色から赤、赤から青になる秒数を心音と重ねていった。短距離走のスターターがそれをフライングと指摘するには勇気がいるタイミングでチンクをスタートさせ、空白の交差点を一番で駆け抜けていくとき、おれの頭脳に快感が走った。
 体験が電子化され意識に植え付けられ、過去との照合のもとに、カタルシスを感じていた。もしもさっきのクルマみたいに無理やり通過しようとするクルマが横切っていけば事故になりかねない状況でいとも簡単にそれはおこなわれていた。
「そんなものね。すべては不安がそのひとを縛り付けている。こうなったらどうしよう。ああだったらどうなる。そうしたらこんなひどいことが起こるんじゃないか。心の均衡を保つために不安から逃れようとする行動をとるとともに、過度の幸福は、あえて不安要素を探そうと求めていく」
 それはつまり意思の強い朝比奈はあらゆるものを手にして、不幸を想像しない分、そこに陥ることもない。じゃまするヤツラは排除され、戦わずして自分の棲みを勝ち取っている。それでもままならないのはオトコ達の好奇の目なんだ。近づいてくるオトコを振り払うことをできても、その代償として貴重な時間が消費される。
 最善は誰からも絡まれないことだとしても、そこまでコントロールできないのは朝比奈の持つイメージを、助平根性を持ったオトコ達が凌駕しているからなんだろうか。おれだってイヤらしいことを考えるパワーはかなり自信がある、、、 想像は貧困でも妄想は群を抜く、、、 虚しくともそれで人類が生きながられてきたんだって言い訳してみる。
「みんながみんな、何かの考えのもとで生きている。それが自分の保身であるのか、誰かのための献身なのか。正しき行いか、悪の所業か。わかっているようで、何もわかってないとか、知らないようで、全部わかっているとか。すべては偶然の積み重ねであって、私自身が飛びぬけていると思うのはまわりの勝手な判断… でしょ?」
 だからおれは、どうでもいい考えばかりが浮かんで要領を得なかった。自由思考の中で、深層心理があいまいになっていく。あのときこうすればよかったなんていくらでも考えられる。そうでない今を生きている自分を肯定しようとしているだけなのに、いまはまだ考える時間はある。期限は限られてるけど、そのなかでベストの判断をしてきたはずなのに多すぎる情報がそれらを無力にしていくみたいに。
「ホシノだって、全部わかってる。そうじゃないって、それじゃダメだって。だからそういう場所を避けて、そういう道を通らないできたはずなのに、どの場所にいるかとか、どの道を通るか、それは自分の意志でもあり、誰かに対しての反発であったり、他の力のせいでもあるって理由付けを求めている」
 シートからズレて天をあおぐ、天井を支えるフレームには無数の傷やら塗装の剥がれがあった。長年の使用でできていったんだ。よごれの原因はいくつもあり、でも誰の記憶にも残っていない。ひとの記憶も脳の中にいくつも点在しているのに、二度と取り出せないで傷跡として残っているだけなんだろうか。
「小学校に入ったばかりの冬にこんなことがあった」
 そんな言い方で話し始めた。朝比奈は自分を解放しにいっている。おれという存在がそうさせているとしたら、それはそれで満更でもなかった。
「明日は雪の予報が出ていた日の帰りの会で、先生が私たちにこう聞いてきた。『明日、雪になってうれしい人は手を挙げて』って、そりゃ小さなこどもにとって雪って最高のシチュエーションだし、浮かれた気分も後押しして、なんの疑いもなくみんなは手を挙げる」
 つまり朝比奈は手を挙げなかった。先生の意図が読めたからだ。おまえたち子どもは雪が降ってうれしいかも知れないけど、大人はそうではない。きっと、クルマの事故が起きたり、電車が止まって社会生活に支障をきたす。そんな問題点をあげ、子どもで良かったな。なんて話でまとめて、さよならするつもりだったんだ。
「先生も段取りを組みなおすのに大変そうだった。でも、そうしたのはわたしじゃなくて別のコだったけど」
 うっ、とんだ先走り、、、 若さゆえ、いろいろと先走るモノがある。しかしなんだろ、小学生のうちからどれだけまわりの心理や、状態を見抜いてるんだろうか。おれなんか帰りの会なんか、早く終わんないかなあとか、終わったら今日はどこの駄菓子屋でなに買おうかぐらいしか考えてなかったけどな、、、 高校になっても変わらないし、、、
「そのコの意図がどうだったかわからない。仲が良かったわけでもなかったから、あとで訊くこともなかった。でもそのおかげで確認できた。そのコに感情移入したわけじゃない、自分の合わせ鏡として見た。ひどいのかもしれないけど、そういう打算をしないと集団生活のなかで自分がいる場所を失ってしまう」
 別に朝比奈がそのコをおとしめたわけじゃない。目の前でおこなわれた行為を読みほどいて、たまたまそういう結論に至っただけであって、そこに自分の分身を見たに過ぎない。そんなことをひとつひとつ気にかけていたら、どれだけ強靭な神経があれば保つことができるんだろうか、、、 ああおれは鈍感な男の子でよかった。
「もともと問題定義するつもりはなかった。そのときも事の成り行きを観察していた。だからもうそれ以降はないんだけど、どうしてみんなは、なにも変だとは思わないのか不思議ではあった。そんな話しがあとからあったわけでもなく、もしかしてそう思っててもなにもしないようにして、丸く収まる方向に流されていくのを待っているのか。それが普通なのかなって。だとすればここでしゃしゃり出れば、誰かの思惑に踊らされると自分を押しとどめようとする力が働いた」
 クラス全員がそんなことを考えているなんて、可能性はほぼないはずなのに、あえてそこまで降りてくることも朝比奈には必要だったんだ。先生がおこなった集団心理を利用して自分の地位を確立しようとするやりかたも、生徒が知らないうちに、自分が他の誰でもない唯一無二であると知らずに主張していることも、朝比奈には問題定義してなにかを変えようと思うとき、自分が動かずともそれをあやつる方法を学んでいったんだろうか。
「遠足なんかでグループを作ると、当然私たちの仲間に入るだろうと思われるときだったり、クラス内で対立があったとき、あなたは私たちの方に付くわよねって、確信されていたり、どこにそれだけの根拠のない自信があるのか私にはわからない。みんな自分を見失っていることに気付いていない。誰もが正義は自分にあると思い込んでいる。そういうのがね見えちゃうと、どうにも真っ直ぐになれない。これが私の問題なのはわかっているわよ。だからって、見えてしまうのに、見えない振りをするのも、見えてるうえでその人たちと付き合うのもわたしにはできなかったし、これからもしない」
 一歩引いていないと、変な仲間意識のなかに取り込まれて、自分たちとは違う誰かをおとしめることには労を惜しまない、いくつかのグループができあがっていく。
 明確な答えが出ないのは、すべてを数値化できない見た目であったり、感覚であり、感性とかに似ている。振り分けられる個人の感情は、その時でさえなんの実体もなく真実といえることもなく、その時は間違っていない自分がすべてであり、体内に入り込んだ異分子は排除するか、滅せられるかのどちらかだ。
「だったらね、それを利用して生きることにした。どうすれば相手にされなくなるかわかっていたから、どうすれば取り入れてもらえるかもわかっていた。集団ってものがなにを求めて、どうしたがっているかがね」
 それにしては、学校ではうまく立ち回れていない気がする。
「それはね、いまの状態が、わたしが学校生活をするうえでラクだから。必要以上に絡まれることもなく、自分のペースで時間が遣えている。残念だったね。ホシノが思っているほど、学校生活に困窮しているわけじゃないし、はけ口を求めてもいない。こうだろうって思い込んでしまうのは、自分の可能性を小さくしていくだけなのよ。常にこうじゃないか、こうかもしれないって拡散的思考を持たないと、お人形遊びで両親がいるのが当然だと決め込んじゃうわけよ」
 きっとその指摘も深い意味があるんだろうけど、おれには有効に使うことはないだろう。それを含めておれの大きな、それこそなんの根拠もない期待と妄想が、気体と混相しながら青空に散っていった。