「あっ、ソフトクリーム屋、あった。すごいなホシノ。犬並みにハナがきくのか」
いやいや、単なる人生の経験値ってやつです、、、 つーか、やっぱりイヌか、、、 朝比奈の目の先は、噴水の向こう側にあるワゴンを改造した移動出店車だった。
それにしても朝比奈は、この公園に来るのは初めてなんだろうか。土地カンっていうか、公園内カンがなさすぎる、、、 表現もイヌなみだな、、、 市内に住んでるヤツらなら、小さい頃に親に連れられて遊びに来ているはずなんだけどな。
「ふーん、そうなの。初めて来た。ここが良いって教えてもらったから」
そうなんだ。誰に? って、訊きたかったけど、やめといた、、、 知りたくないから。
「うーん。どれにしようかなあ」
さっきまでの独白の雰囲気とはうってかわって、ソフトクリームの味、、、 フレーバーっていうのか、、、 を何にしようか悩んでる姿が急に女子高生っぽい。そのあげくメニューボードにないストロベリーとチョコレートのミックスを注文し、困った顔の店員女の子からスイマセーン、メニューにありませんのでー、とその先は察しろよといったニュアンスで受け応えられ、しかたなくストロベリーとバニラのミックスを注文していた。
だからってわけじゃないけど、おれは無難にチョコとバニラのミックスを頼んだ。ソフトクリームを受け取った朝比奈は、フンマンやるかたない顔つきのまま噴水のそばのベンチのほうに行ってしまった。
店員はおれに愛想笑いをしてきたんで、おれもなんとなく苦笑いで、ふたつ分のお金を払う。きっと、大変ですねー。彼氏さんも、といったところで、彼氏に間違えてもらえるならおれとしたら全然光栄なわけで。
噴水のわきのベンチに座って、憮然とした表情でソフトクリームを頬張っているので、おれもとなりに腰掛ける、、、 ようやく座れたな、、、 と、すぐにアサヒナオリジナルミックスを断られたことに対する持論を述べ始めた。
「例えばさ、待たせる時間を効率化したりして、人の便利を追い求めていくでしょ。その先は画一的に整備された温かみのないやりとりだけが残るだけじゃない。規定と規約が世の中の魅力をせばめていくのを見るのは物悲しいし、ほら、ちょっと多めに入れときましたーとか、色づきのいいのを選んでおきましたよとか、それがホントじゃくても、えーっ、ありがとう、悪いわねえって、そんなたわいのないやりとりがうれしかったりして。それが気に障るひとたちは不公平があると正義感を振りかざし、自己防衛をつきつめていけば、サービス業とは、マニュアルから一文字も取りこぼさないような行為を言うようになるだけだよ。弱者がだけが残り、強者は日々移り変わっていく理論にみんな気づかないままにね。あーあ、チョコとイチゴって相性バツグンなんだけどな」
そう心底ガッカリした顔をして言った。ソフトクリームひとつでそれだけ世界とか未来を語ってしまうのはさすがだ。
こどものころ駄菓子屋のおばちゃん、、、 ほぼ、おばあちゃん、、、 なんか、適当な商売してたよな。ときどきおまけもしてくれたけど、クジつきのお菓子買っても当たったためしがなく、子供たちが欲しそうな景品がいつまでも飾られたままだったなあ、、、 ぜったい当たりくじ入ってなかったぞあれ、、、 そういうのいまじゃ考えられないのは買い手も、売り手もなにか損してるっていうか、大切なものを捨ててしまったのとおんなじだ。
ハンバーガーショップではシェイクを規定以上に入れないし、ポテトを2~3本余分に入れたりはしない。ましてやソフトクリーム屋で、チョコとイチゴをミックスするなんて言語道断なわけで、そりゃ朝比奈が言うようにうまいのはまちがいない。
乾燥したコーンをパリッパリッと噛みくだき食べつくし、おれにむかってゴチソウサマと手をあわせる。おお、これぐらいどうってことないぜ。今日はフトコロが、、、 バッグの中が、、、 暖かい。
「どうしたの?」
そう朝比奈が問いかけたのは、落ち着かないおれではなく、目の前にいるキャラクタープリントがされた水着を着ている女の子だった。その子は首をかしげてこちらを見ていた。噴水の水は間欠泉のようになっているみたいで、一定期間噴き出し、そして止まる。いまは止まっていて、暇になったからおれたちがソフトクリーム食べてたのを目ざとく見つけて近づいてきたのか。
「あなた、お名前は?」
朝比奈は、おれと会話しているときより優しい口調で、きっと子供をあやすときってこうなるんだろうなと、そんな家庭像を想像して、新聞をかたわらに朝食を食べているおれもその映像に加えておいた。その子はユウと名乗った。
「ユウちゃんも、ソフトクリーム食べたかった? ゴメンねおねえちゃんもう全部食べちゃったから」
さすがにおれはのはやれんな、なんて思ってると、ユウちゃんは首をふり。『おねえちゃんはひとりぼっちで、さびしくないの?』と、今度は反対側に首をかしげる。おいおい、おれは目に入っていないのか、それとも朝比奈に不釣り合いすぎて他人だと思われているのか、、、 後者だな、、、
「ひとりだけど、さびしくないよ。そりゃね、そう、さびしかったときもあった。でも、もう大丈夫、支えてくれるひとがいるから。そしてこれからもね、きっと、うまくいくはずだから」
ユウちゃんは、わかったのかわからなかったのか、そのまま噴水のほうへ行ってしまった。向こうで待っているおかあさんのもとにたどり着いて、こっちを指さしながらなにか説明している。
朝比奈はこどもであっても話す内容は変わらないんだ。とたんに、あたたかい家庭の風景は崩れていった。支える人、それはいったい誰なんだろうか、、、 やっぱりおれ以外の誰かななんだろうなとか、これからもって中に含まれていないだろうなって、世話になっても支える状況にはほど遠い。
「ホシノ。早く食べないと溶けちゃうぞ」
そう指摘されたとたん、手の甲にひんやりと溶け落ちてきた。急にグッと身を寄せてきた朝比奈の舌先がそれをスウっとなぞった。おれはいったいなにが起こったのか理解できない中、手の先からカラダまでに電気が突っ走しりシビレてしまった。
子供のころ母親にこんなことされたなあ。それ以来のできごと、、、 おれはまだ、子供か、、、 朝比奈は母親か、、、 なんだかそれぐらい自然な行為で、それなのにカラダがシビレているのもおかしなハナシだ。
「ほら、ボーっとしてるとつぎのがたれてくるぞ」
そう言われておれは、あわてて口のなかに放り込んだ。溶けかけでずいぶんとやわらかくても口いっぱいになれば冷たさも十分だ。金魚のまねして口をパクパクと外気をとりこみ、口の中を緩和させる。
「そんなに無理して口のなかに入れなくてもいいのに」
コーンに残ったソフトクリームをおれの手から奪い取り、ひとくちふたくちとかじりだす。そのたびにおれのカラダに再びシビレがよみがえる。
「これで、チョコレート・ストロベリーミックスになった。時間差だけど」
ゴメン、気が利かなくて。まだ食べているうちにおすそ分けすればよかった。そもそもおれの食べさしを口にするなんて考えもしない。それにしてもそんなに食べて大丈夫なのかと、またまたどうでもいい心配をしてしまう。
半分ほど食べたところで返してきたから、神妙なおももちで受け取って、残りをありがたくいただいくことにする。そりゃ小学生の時分はそんなの平気で、気にせず回し食いなんかしょっちゅうだった。いまこの時期、女性と、朝比奈と、美少女とでは、なんだかもうしわけがないのが先立ってしまいつつ、いい思い出つくれたなあとひと夏のアルバムにとどめることにした、、、