private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over12.31

2019-06-23 12:30:45 | 連続小説

 家に戻ると母親が玄関先で意味ありげに待ち構えていた。なんだよ、言いたいことあるなら朝比奈が帰るときに出てくればいいのに、なんて思いながら、いやそのシチュエーションはキツイなと思い直す。
 おれは考えごとをするふりをして、目の前で行く手をはばんでいる母親は見ずに、身体をよじらないと通り抜けられないぐらいの隙間を通るため不自然な体勢になり、あえなく母親のブロックにはね返された、、、 へなちょこか、、、
「なによ、アンタ。彼女、朝比奈さん。このごろ頻繁に来るようになったけど、どういうお付き合いしてるの? イッちゃんもスミにおけないわねえ」
 と母親に玄関のスミに押しつけられた、、、 スミにおいといてくれよ。
 たしかに玄関先とはいえ、家の中まで気軽に入ってくる間柄にはなった。こないだは、部屋まであがったけど、なにもなかったし、、、 あたりまえ、、、 それは子ネコの居場所がここだってだけで、それ以外に理由はないわけだから、お願いだからこの件に関しては深入りしないでくれよ、、、 おれだって、繊細なお年頃の男子なんだ、、、
 それに、ここからの進展は、なにもイメージできてないし、おれがどうにかできる自信もない。すべては向こうのお気に召すまま、朝比奈の意のままってとこだ。
 そりゃ、おれだって朝比奈とつき合えるなら夢のようで、ウェルカムな気持はあるけれど、そんな関係性を宣言することになんの価値があるのかなんて、キョーコさんたちを見れば臆病になるし、だったらこのままの状態でいいんじゃないかなんて、、、
 つき合っているっていう言葉だけに縛られて、そのための義務になっていくようで、おれの貧相な計画力だと、せいぜい映画観たりとか、ショッピングモールでお互いの服を見たりとか、そんでどっかで食事してと、ありきたりのシーンにはめ込むしかなく、それ以外のプランが何も浮かばないのは、これまでにそんな情報に侵されていたからだ。
 世の男性が女性を喜ばせようと日夜努力を続けているのは、それで行き着く先が、性欲の赴くままにお互いを求め合い、、、 とくに男子が、、、 一時の快楽が永遠の束縛を約束することになるまでは考えず、それも種保存の遺伝子に操られているだけと、そう朝比奈は冷やかに言った。
 朝比奈とならそれもいいかと思うけど、そんなときのオトコはとどのつまり、このオンナとならいいかって、まともな足し算、引き算ができない状況なんだ、、、 取らぬタヌキの皮算用もいいとこだな、、、 タヌキの皮は金になるけど、おれの余った皮はじゃまなだけだ、、、 あっ、余ってないからね。厚いだけだから、、、 
「もう、なに言ってんのよ。打算ができないから、人間は種を維持できたのよ。アンタもその経緯を経て、いまにいたるんだから。自分だって、なさけないけどいちおうぶら下げてるんでしょ」
 やめてくれ、実の母親からだけはそれを言われたくない、、、 そもそも、それって息子に言う言葉か、、、 それとも言われるおれ側の問題なのか。母親が嘆く原因はおれ自身のことより、アッチのことか。オムツ替えをさんざんしてきたんだから、なさけないのはよくわかってるだろ。
「だいたいね、なあんの気もない男子の家に寄ったりするもんですか。明日も来るのかしらねえ。それともバイト先で落ち合うとか? ああ、もうクビになったんだっけ。そうねえ、だったら図書館のほうがいいわねえ。頑張りなさいよ。いい時期はそんなにながく続かないんだから」
 うっ、おれはいろいろな意味で血流の流れが速くなり、のどから心臓が飛び出そうになる、、、 飛び出したら死ぬけど、、、 それを抑えて平静を装い、ようやく開門した関所を通って廊下を進んだ。
 やはりこの母親は、ただモンじゃない。こうまでズケズケと息子を焚きつけるってのはいったいどういう神経なんだ。おれの行動をすべて把握している007並みの諜報力を持ってすれば、おれの姑息な下心を白日のもとにさらされているようなもんで、ダメ押しで図書館のネタを振ってこられてはもう反撃する力も残っていない、、、 反撃、したことないけど、、、
 なんとか口に出した言葉は、そんなんじゃないから。と、この状況にありがちすぎる短い言葉を吐きながらも確実に声は上ずり、平静を装っていることがバレバレなのはミエミエで、振り返った母親はにっそりと不気味な笑顔だ。これでまたひとつ母親に弱みを握られたようなもんだ。
 そしてフーンと、あきらかにおれの動揺を見切って上目遣いで見送る。おれが朝比奈を送っているあいだに会社から帰ってきて、フロに入ろうと出てきた父親が、どうしたあ。なんて、呑気に言ってくるから、何でもないよって、変に強い口調になってしまい、わけもわからず父親は思わぬ息子の反抗に目を剥いて驚くもんだから、あわててあやまって本当になんでもないからと取り繕う。
 このあと母親が父親にどこまで話すかわかったもんじゃないし、もう気が気じゃない。このまま食卓に勢ぞろいしては不利な状況が悪化するだけだ。とりあえず自分の部屋にこもって、体勢を立て直し、話しの旬が過ぎるのを待つだけだ、、、 過ぎるのか?
 部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。自然とこれまでのことを思い起こしていた。朝比奈とは夏休み前のひともんちゃくで、なんだか同じ側に立ってお近づきなれたかと思ったら、それっきりになって、それも朝比奈には考えがあってのことだったんだけど、スタンドで再会したらやけに親しげになり、あの子ネコをきっかけに家に寄ってくれるようになった。
 おれからなにか仕掛けたことは一度もない。母親の言葉に信憑性があるならば、こいつはやっぱり脈ありってとこか。おれがそう言いきってしまうのは、これまでの経験上で母親がこういう物言いをする時は、必ずその方向に、、、 今回の場合だと、おれと朝比奈が彼氏彼女のあいだがらになる、、、 なったりするからだ。
 母親の先読みが鋭いのか、おれが言葉に操られているのか、そうしなきゃいけないって思い込むからなのか。おれはこうやって誰か彼かの言葉に左右されて、この先も生きていくことになるらしい。
 それが他人のせいなのか、自分の判断なのか、見えざる神の手、、、 母親の指令、、、 による選別なのか、そんなもんは死ぬときにようやくわかることで、自分がどう納得していくかだけの問題だから、自己責任なのはわかってるけど、他人におしつけるのは安易すぎるし、だったら神を持ち出すのが、逃げ道には最適だったから、、、 バチが当たるな、、、
 普通は年頃の息子の恋愛沙汰、、、 恋愛でいいよな、、、 沙汰ってのは大げさか、、、 をおおぴらに口に出して、今後の展開まで心配して、ご夫婦で共有しようなどありえないはずだ、、、 他人の家がどうかなんて知らんけど、、、 なんだか我が家で初めてわきおこった息子の色恋事情を、母親は確実に楽しんでいる。
 高校三年生の男子が女子と付き合うって、マンガや、映画みたいに華やかなもんじゃなく、実際にはまわりからの好奇の目がうっとうしかったり、本当は男同志とつるんでいた方が楽しかったり、付き合うって関係になったとたん気持が冷めてしまったり、、、 経験ないけどまわりを見てりゃわかる、、、
 だから最終目的がオトコには別にあるとしても、そんな約束事なんかより、こうしてなんとなく逢って、なんとなく話しして、別に明日がどうかなんて、逢えたら逢えればいいやぐらいが、おれの心拍数にはちょうどいいんだ、、、 それをオンナは『ズルイ』と思うんだろうか、、、
 母親のさっきの言葉は、それをも見透かしているようだった。意図しているかどうか判断できない微妙な言い回しで、そんな発言をサラッとしてくる。おれの考えすぎだと憂慮してしまうし、話しの内容があまり触れられたくない部分なので、真意を聞くわけにもいかず、そんなおれは、子供のときからうまい具合に舵を取られていた、、、 やはり母親の選別か、、、
 なにかに追い回されて生きている。そんな思いをしているのはいつからだろう。知らないうちにそうなって、気づけば追い回されなければ自分から問題のネタを探し、あたまを悩ませていなけりゃ落ち着かないなんて状況に陥っていく。それなのに本当に解決しなきゃいけない事態に目を向けない。
 大事が控えていると、瑣末な問題が気になって、現実逃避の言い訳にしようとするのはよくあることだ。
 おれの場合は就職か、進学かその選択を決め切れないまま、いっさい手をつけようとしない。そこが最大、最優先の問題事項のはずなのに。夏休み明けの本当の不安は、そっちなのかもしれない、、、 そっちだって。
 そうかあ、明日、朝比奈、ガソリン入れに来るのか。夏休みの早々に入れに来て、それ以来だからもう半月になるんだ。いろんなことがあった。ありすぎた半月はオレの人生史上で最も忙しく事件の多い日々だった、、、 この先、平凡な人生を送ると仮定してだけど、、、
 なにかが変わろうとしている。なにを基準に変わるとか思えるのかって、それ自体がおかしなはなしだけど、自分からなにも動きださなきゃ、昨日と同じ一日を過ごすだけで、きっとそうではなくなるって思えるから、、、