private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over12.21

2019-06-16 06:43:49 | 連続小説

 おれがなんだかんだと周りから声をかけられやすいのは、この家庭環境も要因のひとつじゃないかなんて思うんだけど、母親からこれだけ無遠慮な言葉を投げかけられ続け、それに対して文句も言わずにしてたのは、単に反論するのがめんどくさいというか、それにかける労力がムダというか。
 それが見た目にはおとなしい態度で聞いていると思われ、それを続けた長年の蓄積が、母親から言われるトゲのある言葉に対しても免疫ができ、ツラの皮とかが厚くなったに違いない、、、 チンコの皮も少し厚めで困っている、、、 
 困っていると言えば、永島さんのクルマをどうするかってとこで、、、 無理やりだな、、、 でも早急になんとかしなきゃけないのは間違いなく、いつまでもスタンド裏のガレージに置いておくのも、キョーコさんに対して気が引ける、、、 オチアイさんにも文句を言われそうだ、、、
 これほど大きなもらい物、、、 もらい物の範疇でいいのか、、、 は初めてだし、言いやすいからってキョーコさんも気前が良過ぎなんじゃないか、、、 気前が良いって範疇でいいのか、、、
 こちらとしては、免許もなければ、駐車場も持っていない。家に持ちかえりゃおどろかれる、、、 家まで運転できんし、、、 どうすりゃいいのか途方に暮れるばかりで、なによりキョーコさんの意図もわからない。
 手に余るからくれたわけじゃないだろうし、マサトに言えば大喜びだろうけど、、、 マサトには教えんけどな、、、 おれなんかじゃ、まさにネコに小判、ウチの子ネコにネコジャラシってほど価値がない。
 これはきっと、責任をとらされているんだ、、、
 あの時の最後の含み笑いが、どうにもあたまにこびりついて離れない。せめてもの救いは、言いやすいから言われたってわけではなく、おれへの罰を含めたそれなりの理由がキョーコさんにはあるということだ、、、 たぶん。買い被りを含めて、、、 皮被りじゃないよ、皮が厚いだけだからね。
 おれのクルマへのイメージは厄介なものでしかない。マサトの例を持ち出すまでもなく、変な自尊心を作り出し、不要な争い事を持ち込む諸悪の根源なんじゃないかとさえ思ってるんだけど、持っているクルマの車種によってオトコってヤツは選別され、なおかつ運転能力が備わっていなければ、自分の存在意義に関わってくるってのがどうにも肌に合わない。
 それは原始時代の狩猟能力に近いものがあり、外で狩をして、食料を確保できないオトコに付いて来るオンナはいないということで、その能力が高ければ複数のオンナを養っていくし、なければ子孫を残すこともできない、、、 ならば、おれは子孫を残せない部類に分けられる、、、 複数のオンナにモテようとも、子孫を残さなければならないとも思わないおれは、絶滅危惧種に指定されてもいいのかもしれない。
 それぞれの時代で、それぞれの需要があり、好きな食べ物や、興味の対象がそうであるように、いまはそういうオトコが求められているってことで、この先がどうなるかなんてわからないけれど、現時点ではそれが、オトコがオトコである唯一の価値みたいだ。
「それは、しかたないね。女の子としてはカッコいいスポーツカーに乗って、家まで迎えにきてくれて、周りのクルマを尻目に颯爽と走り、それが自分のためだと思えば、素直に嬉しいんじゃない。それと同様に、そのサイドシートに似つかわしく、オトコのドライビングをニッコリとほほ笑んでいられるのがオンナの需要なんでしょ。現代の求愛行為がそう認知されているだけなんでしょうけど、カネで買えるのはハートぐらいなんだから。ホシノだって、子孫を残したいと思わなくたって、おんなの子とイイことしたいと思うんだし、それがもう子孫を残す遺伝子にあやつられてるのと同じだって」
 これは母親が言ったわけじゃない、、、 そりゃそうだろ、、、 朝比奈が子ネコをじゃらしながら、おれの持論に意見していた。そして意味シンともとれる言葉をつづっては、おれを図ってくる。うわべだけでわかったようなこと言うおれは、そんなこと言われたらもうなにも言い返せない
 それにしてもウチの母親が聞いたら大喜びしそうなセリフを、しかも本人の前で言い切ってしまうんだから、こちらとしもぐうの音も出ない、、、 やっぱりこのふたりはかなり近い、、、 おれがいくらスカして言ったところで、彼女たちには全部お見通しなんだ。
 それで気がついたんだけど、これまでおれのいないところで朝比奈と母親が逢っているなら、会話もはずむだろうし、おれのバイトのはなしだって、その時になされていたとしてもおかしくはない、、、 遅いって、、、 
 そしておれは、朝比奈がいまだにどこへ通っているのかも聞き出せてない。朝比奈はミステリアスな笑顔でおれをうかがっている。
 今日はあいにく好天で、雨にあおられたわけでもないのに、こうしてウチに寄ってくれるのは、これはなにか進展があるのではないかとゲスな勘繰りを入れてしまう、、、 しっかりと子孫を残す準備に入ってるじゃないか、、、 
 もっとも朝比奈が言うには、バイト先をクビになって、しょげてるんじゃないかと思って様子を見に来たということらしく、、、 クビじゃないけどね、、、 さして変わらんか、、、 今日ガソリンを入れに行って知ったから、あわててガソリンも入れずにここへ来てくれたって聞けば、それなりに心配してるみたいで脈はあるんじゃないだろうか。
 恋愛の第一章としては、オンナはオトコに気のないふりをして近づいてくるって、ありがちじゃないかと、やっぱり自分主観にものごとを考えるおれだった。
 おれは母親との一連のやりとりはぶっ飛ばして、クルマとオトコとオンナの相関関係についての考察を述べていた。どうしても言いたかったのか、話しの流れでそうなったのか、朝比奈はそんなおれのいい訳じみた話しを、子ネコをじゃらしながら聞いていた、、、 たぶん聞いてくれていたはずだ、、、 だからそれなりのまともな回答が返ってきたんだ。
「私もそんな価値観に同意はしないけど、これは私がひねくれたものの考え方しかできないからなのかもしれないし、人から押し付けられたり、世間一般の常識に、取りあえず逆らってみる性根が影響しているのかもしれない。一般の男の人がそう考えるのに文句を言うつもりはないし、それを迎合する女の人をさげすむつもりもない。ただね、すべてがそうでなければならないって思い込んでいる人たちとは、まともに話す気にはならないでしょうね」
 これはもう、ますます朝比奈は、おれの母親と同人類系なヒトなんだと思いながらも、いまは口に出すのは止めておいた。朝比奈がそう思われていい気がするのかわかんないし、それが事実であれば自分に非常に不利な状況になる。こんなおれが持っている僅かばかりは危険察知能力が警告音を鳴らしている。
 おれはそうなんだけど、絶対多数に敏感になってるから、そのぶん自分の方向性が制限されていくだけなんだ。流されやすいおれだけど、変なところだけは妙なこだわりがある。ほとんどの人がそうであるはずなのに、あたかも特異な性格として取り上げられる。自分の意見を持つことと主張することとは別なんだから。
 朝比奈は冷ややかに笑った、、、 とても冷やかに。
「あたまの良い人はそうするでしょうね。私はそこらへんの感覚がズレているのか、融通が利かないのか、どうにも譲れない部分らしくてね」
 あたまの良い朝比奈が他人事のようにして話すのは、正面切って自分の思いを伝えることを恥ずかしがっているに違いない。おれも迎合するわけじゃないけど、その気持ちはわからないでもないこともない、、、 どっちだ?、、、 こういう物言いが、自分をぼやけさせて、ラクして生きてることを表現しているようなものだ。
「あのね、ホシノ。学校って、一種、独特の場所でしょ。強制的に集められたひとつのコミュニティの中で、3年間という生活を強いられ、家にいるより長い時間を過ごすでしょ。その中でうまく生きていくには、調和を大切して、決して乱さないこと。教室内に不協和音が発生すれば、誰もがそれを止めようとする。それが人間の持つ保身能力なんだから。それが社会に出た時に適応できる能力を養うと言われてるけど、どうなのかしらね。その時期の抑圧が悪い方に出ることだってあるでしょう」
 調和を大切にしない朝比奈が、和に入らずとも身を沈め、自分からモメ事は起こさないと主張はしているのはそのためで、ただそれでも不協和音とする者達には、排除すべき対象になっているのは明らかだ。それこそが朝比奈にも、それ以上は譲れない部分なんだ。
 第2章は、オトコも気のないふりをしてオンナのようすを伺っている。ってとこだろうか
「ホシノ良かったね、あれからすぐ夏休みなって。休み明けにはもう対象外になってるでしょうけど、わたしにも責任あるから、力になることもできる。 …ホシノの夏休みが終わったらね」
 うーん、だから不完全なる人間ってヤツを、神はオトコとオンナに分けたんだろうな。おれにしてみれば朝比奈にそんなこと言ってもらうだけで、もうじゅうぶんおつりが出るほどだ。
「ホシノは、いちいち大袈裟にするのが好きなんだな。おつかれさん。さあ、そろそろ帰るから、じゃあね」
 朝比奈は顔を家の奥に向けて、おじゃましましたーと声を掛けてから玄関を出た。聖域からは、気をつけて帰りなさいよおーって、母親の声だけ響いてきた。このふたり、息もピッタリ。
 おれは大通りまで朝比奈を送っていき、颯爽と走り去っていく後ろ姿を見送っていた。去り際に、明日はスタンド行くからよろしくね。と言ってたけど、もはやバイトではないおれがガソリンを入れるわけにもいかないし、ましてやサービスもできない。
 朝比奈はとぼけて言ったわけじゃなく、多くの意味を含めたカギとしてその言葉を置いていったんだ。
 第3章は、オンナがオトコに魅惑的なまなざしを向けて去っていく。これでオトコはイチコロ、、、 朝比奈なら瞬殺だ。
 とりあえず、明日はスタンドに行って、これまでの給料がいくらもらえるのか聞いてみようか。それによって、今後のおれの身の振り方が決まってくる、、、 クルマを含めて。
 おれはこうして多くのオンナに振り回されて生きていくのか、なんて言えばそれなりに充実した青春期とでも言えそうなんだけど、マサトに振り回されるよりよっぽどましだとここでは思っておこう。