private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over20.31

2019-12-14 07:53:37 | 連続小説

「おそいよ、イチエイ。いったいいつまでほっつき歩いてんだよ。んっ、もしかして、まさか朝比奈あぁあ …さんと一緒だったんじゃないだろうな?」
 マサトだった。なんで、おまえがここにいる。母親が朝帰りはダメって言ったのは、マサトが家に来ているからってことだったのか、、、 遠まわしすぎだろ、、、 朝比奈と呼び捨てにしようとして、さんづけするマサトは、そのときだけ挙動不審にまわりを見まわした、、、 大丈夫、いないって。
 ケイさんには大通りで降ろしてもらった。家の前まで送ってくって言われたけど、そこを右とか、左とか、こまごまと説明するのがめんどうだったし、なんだかテリトリーを侵されるようでいやだったからここでいいですって断った。
 ケイさんはニヤリと意味深げに笑って、まだそこまでの関係じゃないか、それともライバル視されているのかな、と言って手をあげた。すこし後味の悪い別れ方になってしまった。おれなんかケイさんにとって何のライバルになるっていうんだろう。
 それなのに家に帰れば、おれの棲家はマサトにちゃっかりと侵されていた。コーラの1リットルが空けられ、ポテトチップスの食べカスが、ふくろにへばりついたまま放置されている。何時間ねばったんだ。あきらめが悪いのか、時間の観念がうすいのか。
「おかあさんが気イきかせて出してくれたんだ。帰ってくるまで待ってればいいって言うからさ」
 おれの秘蔵のエッチ本が無造作に放り出されている。これも母親が出してくれたわけじゃないよな、、、 隠している場所はバレてるだろうけど、、、
「そりゃそうだ。そんなの、おまえがどこに隠すかぐらいわかるって。新刊あるかって楽しみにしてたのに、もう何度も見たのしかないじゃないか。そろそろ処分して、新刊入れとけよ。あっ、まさか朝比奈さんと充実の夏休みを過ごしているからっておまえ、満ち足りてるんじゃないだろな」
 コイツ、おれの神聖な領域にずけずけと入ってきて、遠慮なしだな、、、 あるわけないか、、、 たしかに今日は刺激的な一日だった。刺激的な水着姿も目にしたし、前かがみになったドレスごしのふくらみにもシビレた。その記憶だけでコトは済みそうだ。それをマサトに変に歪められるのは気分が良くない。
 母親も帰れと言えばいいのに、今日に限ってなにか思うところがあったのか、おれの行動を見透かしたように、こんなトラップをしかけておくとは。マサトも夏休みだからって、ハナッから泊まるつもりだったのかってぐらいゆったりと構えているし。こうまでするのは以前おれの家まできて、言葉を隠して帰っていったあのときのハナシをようやくする気になったとか。
「ああ、あれ、あれはもういいんだ。永島さん死んじゃったしさ」
 おまえな、祭りで買ったカメが死んだみたいな言い方すんじゃないよ。
「そういうわけじゃないよ。でもさ、おれもさ、なんか、人生ってもんを少し理解した気がするんだ。つまりさ… 」
 おまえが人生を語るなって言いたかったし、長くなりそうな物言いだから、ふつうなら、ここで端折るんだけど、今日のところは聞いておいてやろう。
「おれたちって、どうしても、誰かの死を見ながら生きていくだろ。だいたいはじいちゃんか、ばあちゃんからだけど、おれ、最初にじいちゃん死んだときにすごく泣いたんだ。何だか知らないけど、涙がとまらなかった。それで、おれにもひとなみに人間の血が流れてるって安心したよ。だけどさ、だけど… 」
 ケイさんは言っていたな。ひととの付き合いなんてもんは、そのときだけのものでいいんだって。付き合おうとか、親友でいようとか、そんなことをおたがいに言い合おうがなんの契約にもならないんだって。
 口約束が悪いわけじゃない。それが信頼関係のうえで成り立っていると、おたがいに理解していれば、むしろそのほうがいいことだってある。だけどいまのおれたちに必要なのは、お互いを必要としていると認識できているほうが正しいと思える。それはいまだけのいい時期なのかもしれないけど。
 朝比奈はそれを実践してると。それをおれたちに示そうとしてるだとも。それが信じられないんならやらなきゃいい。お互いにいい友達でいようとか、わたしたちお付き合いしましょうとか言って結びつきを確認していればいいって。
「 …だけどさ、ばあちゃんが死んだとき、それほど泣けなくなっていただよな。泣かなきゃいけないと思うんだけど、そう思うこと自体がダメだろ。そう思うとなんだか妙な気持になってきて。どうしていいかわからなくなって。こういうのって、結局は慣れで、最初より二回目のほうが、二回目より三回目のほうが、どうしたって感情が薄まっていくって考えたんだ。きっと、出した涙の分だけ感情が薄まっていくんだって… 」
 マサトは良いこと言ったみたいな口調になっていた。吐き出されていた言葉もいつしか、なめらかによどみなくなり、自分の言葉に酔うように、、、 それも慣れなんだ。
「オマエが、そうなるのもわかってた。だからおれは心配だったんだ。おまえがじゃないぜ、おれがまだ誰かのために泣けるのかって、その部分だ。それで永島さんだろ。どうなるのか自分でも興味があったんだ。それがさ、おもしろいぐらい泣けなくてさ。むしろ冷静すぎるぐらいで、わけわかんない。おれって人間ってなんだか、どんどんつまんないヤツになってくようでさ。おれ、永島さんのことあんなに好きで、あこがれてたのに。それと泣くこととは別問題だけどさ。じゃあ、もう次はそんなひとには出会わないんじゃないかとか、出会っても、そういう気持ちにならないんじゃないだろうかとかさ… 」
 おれは、ネコの死に惨めさを見て取った。永島さんの死に行き詰まりを知った、、、 おれも、ネコも永島さんもひとくくり、、、 そうやって感情がひとつづつ壊死していく。ひとのこの世の営みの中で、誰かが去っていき、その生きざまを継承していくのはこれまでの常なんだ。いつまでも泣くことだけで終わらせていちゃ死んでいった人に申し訳がたたないとか、そんな理屈をあてはめて自分を納得させていくんだろうか。
「やっぱりさ、このコのムネのカタチいいな。こう見返してみるとあらためて発見することもあるからな。やっぱり処分するのはもう少し待とうか」
 やっぱり、マサトはマサトだ。言いたいこと言ってスッキリした後は、すっかりもとのキャラクターに戻っている。散らかっていたエッチ本を取り上げ、ペラペラとめくりはじめて、評判のレコードを何度も聴きなおしたような、評判の映画を何度も見返したような、そんなときに吐く口調で言う、、、 マサトよ、そのコが死んだらせいぜい泣いてやればいい。
「ちがうよ。オマエが昔のこと引っ張り出してくるから、ついそんなハナシになっちまったんだ。おれがね、わざわざこんなとこまで来て、こんな遅くまでオマエの帰りを待っていたのはちゃんとした理由があるんだって」
 わざわざ来なくていいし、わざわざ遅くまで待ってなくていいし、どうせろくなハナシじゃいし。おれもマサトに言いたいことあるからここはしかたなく訊くことにしよう。
「あのさあ、裏のガレージに永島さんのクルマおいたままだろ。ニイナナ。あれさ、どうするんだろな?」
 ああ、あれね。キョーコさんに貰ったヤツだ。マサトには言わんけどな。そんなこと教えた、いろいろとうるさく訊かれて、最終的にはおれによこせとか言い出すんだ。どうせおれが持っててもネコに小判なんだけど、まんまとマサトに奪われるのは許せない。
 だいたいおれにそんなお伺いたててどうする気だ。もしかしてキョーコさんからネタを仕入れて、おれが動揺して自爆するのを待っているのか、、、 そんな高尚な戦略を取ってくるとは思えないが、、、
 あれっ、そういえば貰ったカギってどうしたっけ。おれはうかつにもマサトの目の前でポケットとか、ディバッグの中をあさりはじめ、バッグの外ポケットの中から出てきたのを目撃されてしまった。
「それ、永島さんのカギじゃない。なんでオマエが持ってんだよ」
 そっ、それは。おれはもう、エッチ本を母親に見つけられて、とがめられている気分になっていた、、、 ある意味自爆、、、


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