いたずらっぽいくちびるが動く。おれはそれに吸い込まれていく、、、 どこに、、、 どこだっていい、飲み込まれたっていいとさえ思える。
「それを考えるのがホシノの役割なんじゃない。わたしはホシノにそれを企画して欲しいんだけど。どう?」
どうとか、それが役割とか、そんな大それたことをおれなんかに頼んじゃっていいのか。おれがやってうまくいく、、、 それよりおれがなにかを考え出すとか、、、いったいそれでうまくいく確信がどれほどあるってんだ。
クラスでなにかを企画立案したわけでもない、誰かにたよりにされたこともない、ましてやクラス委員に推薦される人種じゃない。高校生活のおれの、なにを見てその大役をまかせようという結論に達したんだ。
飲み込まれていいとか言っておきながら、頼まれたことを拒否している。やれる自信がないからだ。だったらおれはやれる自信があることだけやるのか。やれる自信ですら単に自分の思い込みにすぎないのに。
「問題を解くのではない、課題を解決する。なんらかの回答を出すことに喜びがある。夏休みなんだしさ、いい夏の課題になるんじゃない。どうせ宿題やってないんでしょ。お礼にぜんぶ写させてあげるって、なんだかありがちな取引ね。こっちの課題は先生に提出しても受け取ってもらえないでしょうけど」
ええ、バイトばっかりしてましたし、辞めてからはなんだか腑抜けになってましたし。部活動がない夏休みをはじめて過ごし、その過ごし方がわからず、たぶん人生で最後になる夏休みを無駄に過ごしている今日この頃です。
だからって、朝比奈の大切な将来がかかっているプロジェクトを任されても、身分不相応すぎるんじゃないだろうか。朝比奈だって、だからどうしてそんなに気楽に声をかけられるんだ、楽しんでる場合じゃないだろうに。
「そう? これでもそれなりに見る目はあるつもりなんだけど。別にホシノだけをみていたわけじゃない。いろいろと見て、それで最後にホシノに目が留まったって言えば少しは信頼性も増すのかしら。言ったでしょ、計画的な出会いだって。あの日、声をかけたのはたまたまじゃない。バイト先に出向いたのも、家に寄ったのも、その必要があったから。ネコが亡くなったり、子猫を見つけたのはその中で起きた偶然だったけどね。興ざめした?」
そんなこと、興ざめどころか、意気に感じてます。選ばれたとか言われて、おれに何かできるとか言われて、それで尻込みしてるようじゃ男がすたるってもんで、だからって何ができるか自分でもわからない。それはおいおい考えるとしよう、、、 安請け合いをしてなんども痛い目をみたのに懲りていない、、、 キョーコさんに押し付けられたクルマのことだってあるし。
「ボクちゃん、エリカちゃんに見初められちゃったんだから、もうにげられないわよ。彼女一度言い出したらテコでも引かないコだから」
そうでしょうね、そんな気がします、、、 やっぱりメドゥーサの末裔だったか、、、 見つめられて石になった経験もありますし、さっきは吸い込まれたし、もうこれでおれは縄にくくられて、どこにいたって引き戻される状況にあるわけだ。
「わたしにはまだ、エリカちゃんがそこまで肩入れする理由が見つからないけど、きっとボクちゃんにはわたしにも、あなたにも見えない、まだ隠された力を秘めているんでしょうね。エリカちゃんの眼力はお墨付きだから」
そう言われると、おれだってありもしない自信がわいてくる。人の意思の度合いなんてどうにでもなるもんだ。自分のレベルがここだと限定していても、誰かにここまでやれるって言われれば、特にそれが実績のあるひとからであれば、そのレベルまで行けてしまったりする。
陸上部で走ってるとき、先生の口車に、、、 指導のおかげで、、、 ああすればこうなる、こうすればここまでやれるって、自分では全然わかんなかったのに、操り人形のようにいわれるがままにして、実際そこまでやれるようになった。
そう思えば、学校生活でやってきたことって、だいたいそれがあてはまるわけで、小学校一年だからここまでやりましょう、六年生になったからこれはできるはずでしょって、そんな枠の中で、できたから優秀だとか、できなかったとか落ちこぼれだとか、もしかしてそんな枠組みがなければ、もっとやれていたのかもしれない、、、 なんて、もっとやれなかったことは想像しない、、、
「大勢をまとめあげるにはそのやりかたが効率的なんでしょ。教育に効率を求めるのかって論理はさておいて、この国の教育が創りだしてきた人間はこれまでは成功と言えるんだし、ひとつの成功体験にしばられて、そこから抜け出させなくなると、将来的には失敗となるかもしれない。枠をつくられるのがいやなら、自分で乗り越える必要があるし、枠がなければ自分がいまどこにいるのかも定まらない」
たしかに朝比奈は学校の中で枠にとらわれずにいた。今日はこのページまでって、先生に言われれば、たいがいの生徒は安どするもんだけど、その先も、そこから派生する謎も疑問もどこまで行っても終わりじゃない。体制にしばられるのが嫌いなくせに楽になることは受け入れている。それで操られていることに気づかないままに。
朝比奈はそんななかで自分の信念を通してきた。通した結果はみ出し者になった。誰かをスケープゴートにすることで、自分たちのやりかたを正当化しようとするのは過去から行われいることで、でもたぶん、そうなっても朝比奈はなにも驚かなったんだ。既定路線をゆく万人の愚行を再確認していたぐらいのもんだ。
「刹那的に生きるのもいいでしょ、それを否定する気はない。明日、ううん、今日死ぬかもしれないと思ってなにをするべきか考えておく。それは自分にとって真理だし、納得はいくでしょうね。わたしはね、明日に向かって、未来に向けてなにができるか考えていたい。人の営みがあってこそ自分がここにいることを思えば、それを自分たちだけの満足のために途絶えさせるのは、そうね、どうなのかしら」
だったら、そいつらの前で、そうやって叫んでみるのもいいじゃないか。いっさい受け入れられていない同級生に向かって、ひとり異彩を放ち、学校教育のありかたを否定する異分子としてしか見ていない先生たちに向かって、やりかたはひとつじゃない、もっと自由なんだと公に口にしてみれば。はすに構えて人数優勢の意見のうえにあぐらをかいているヤツらに向かって、でっかい一発をたたきこんやればいい。
「どうやって?」
そうだなあ、ビートルズがアビイロードスタジオの屋上で歌って街ゆく人を魅了したんなら、朝比奈だったら学校の屋上で歌うとか、、、 ははっ、ムリか、そりゃ、、、
朝比奈とマリイさんが向かい合った。
「いいじゃない、それっ!」「ふーん」
最初がマリイさんで、つぎが朝比奈だ。つまり反応が割れた、、、 と思えた。
そのあとは、ふたりでなんだかんだと盛り上がって、おれの出る幕はなかった。適当に思いつきで言ったんだけど、どうなるんだろうかとやきもきしていた。ひととおり話がすんだところで、さあもう開店の時間だから帰るよと言われた。
「ボクちゃんよかったわね、いいアイデアが出て、さすがエリナちゃんにみこまれただけのことはあるわ」
笑顔たっぷりの奥には、これからが大変よと言わんばかりだ。いいアイデアなんだろうか朝比奈の反応は良くなかったのに。おれはよけいなことを言ってパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。
それともこれは朝比奈に言わされた言葉だったとして、なんにしろ、自分でなにかを成し遂げたわけじゃない。誰かの思惑のうえで自分の肉体と精神が操作された結果だ。
「ホシノ、わたしはバイクで帰るから、ホシノはケイさんに送ってもらって。また、相談にのってもらうから、計画の続き考えといてね」
えっ、放置ですか。ケイさんにって、じゃあ店がおわるまでここで待機ですか。なんとも冷ややかな対応に不安がつのっていく。
「大丈夫よお、心配しなさんなって。エリナちゃんがああなってるのは、ボクちゃんにもらった刺激のせいで、いまあたまのなかで思考が膨張してるところだから」
マリイさんに呼ばれて調理室に連れていかれバイト代出すから、皿洗いでもしててと言われ。コーラ代をバイト代で払えと言われなくてよかったことと、朝比奈がおれのアイデアに興味を持っていることを知り、安どしている自分がいた。