private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over19.32

2019-11-16 16:21:23 | 連続小説

「お待たせぇ、ホシノ。なんか、まわりがうるさくって、いつもより時間かかっちゃった。ゴメン」
朝比奈は不機嫌そうに目を細めて、そのまま椅子に腰かけ両手で頬杖をついた。
「それにしても、すごい面子。マリイさんと、ケイさんって会話する間柄だったっけ?」
 ケイさんが不服そうに身を乗り出そうとすると、マリイさんがテーブルにがぶり寄り、、、 がぶり寄って、ケイさんを寄り切りするぐらいの勢いで、、、 本人は小声で言っている風でも、まわりにもちゃんと届いている。
「そりゃねえ、エリナちゃんが、彼氏連れてきたって、みんなもう大騒動になるわよ。これまでが、謎のベールに隠された美女って存在だったから。ボクちゃん、ライバル多いから夜道とか気をつけたほうがいいわよお。まあ、そこれ、これも、エリナちゃんがあんなに気合い入れて唄うからよ。ねえ、ケイちゃん」
「なんでそこでおれに振るんだよ」
 そんな言い方されると、身に余る光栄でありながらも、まわりの視線が厳しいやらで、腰が浮いてしまう。この幸せはいつまで続くのか、、、 って安いか。
「そうね。ちょっとチカラ入れすぎたか。それはね、そう、少し違う時間の流れだったから。意識する必要ないのに、自分の意志とは違うチカラに占領されていく。不快でもあり新鮮でもあって、それは新しい発見だったかな。バンマスも喜んでた。そうねえ、これからはホシノに毎日送ってもらおうかな。ボディガードを兼ねてさ」
 ボディガード!? そんな、おれにもっとも不似合いな役回りを、、、いったい何をガードさせるつもりなんだ、、、 ボディか、、、 喜んで、、、
 だいたい、おれ、朝比奈を送ってないけどな。どちらかというと強制輸送されたほうだけどな。毎日、朝比奈のあの感性にまかせた運転に付き合わされたら寿命ちぢむし、いつだって対面車両が譲ってくれるわけじゃない。それこそ事故にまきこまれたら御陀仏になる、、、 どちらにしろ、長生きできそうにない、、、
「あーら、エリナちゃん。言ってくれちゃって。ボクちゃんのコーラの代金、貰わないつもりだったけど、エリナちゃんのバイト代から引いとこうかしらねえ」
「あっ、財布は別々ですから。2000円のコーラ代払えるほどもらってないし。それはホシノが自腹切りますんで」
 朝比奈が男前に切り返すと、マリイさんはアハハと笑い、冗談よと言った。なにが冗談だったのかよくわからないまま、おれは財布の心配から解放された。
 どうやらここではコーラ一杯2000円するらしい、、、 コーヒーの値段は訊かないことにしよう、、、 モノの価値はその場の雰囲気で決まるのかもしれない。同じモノでも気分で高く感じたり、安く感じたり。
 なんて悟ったこと考えてたら、ここではテーブルチャージ料なるものが発生してその代金が含まれているとあとで聞いた。椅子に座るだけで金がかかる場所がこの世界にはある、、、 じゃあ空気を吸うだけで金がかかってももう驚かない。
 それにしても2000円とは。マリイさんはああいってたけど、もし2000円のコーラの請求書が家に届いたら、さすがに母親も腰抜かすかな。かくれてバイトの比じゃないな、、、 おれもひとつ階段を昇ったのだろうか。
「与太ばなしはそれぐらいにしといて、なあ、エリナ。いま話してたんだが、おまえケンジョウさんとのこと、どうするつもりなんだ」
「あっ、話したんだ。ホシノに」
 なに? ケンジョウさん? だれ? はてなマークを飛ばすおれをみて、朝比奈はおれがなにも知っちゃいないとわかったようだ。
「そうじゃない。エリナは行くべきところへ行くために、やらなきゃいけないことがあるって伝えただけだ」
 ケイさんの言い方はなんだかもどかしそうだった。このひとはもともと他人のことに口をはさむのは苦手なんだ。だけど朝比奈のことは何とかしたいという気持ちはつたわってくる。そしてマリイさんはずけずけとそこに割り込んでくる。
「あら、あら。ケイちゃん、どうしたの。言葉を選ぶのは苦手のようね」
 ケイさんはお手上げ。朝比奈がしかたなしとフォローする。
「あー、わかったから。自分で話すから」
 そこで朝比奈は自分で持ってきた氷の入ったグラスの水を一杯飲んだ。
「文化ってのは、広い意味でいえば労働者階級に変な考えを起こさないように、時間を消費させるために生まれて、進化していったとも言われている。そうやって知らないあいだに毒抜きされて、また単純作業に戻るための栄養を補給していく。この店だってその一端を担っている。ほかの飲食店も、芸能も、スポーツだって、非日常を演出して、その熱狂の中に身を置き、また同じ興奮を得るために、一日の終わりを、週末を求めて労働を続けられるようになる。そこに未来図が描けなくたって、少しでもマシな場所が用意されていれば、人は流されていく。感情の揺さぶられ方はひとそれだから、そうやって自分の求めているものを探している」
 そうやってまたケムにまくような言い方をする。これが説明なのか。わかってないのはおれだけかとケイさんとマリイさんを見る。ふたりともあたまをひねって、この話がどこに行くのか見つけられていないようだ、、、 安心した。
「さっき、公園で少し話したこと。わたしがアメリカで歌をうたうためには、こえなきゃならないハードルがある。なにかを成し遂げるには、自分で資本をつくるか、だれかに援助してもらうか」
 援助? スポンサーとか、パトロンとか。ケンジョウさんはつまりそういう立場のひとなんだ。そのためのハードル、、、 って、発想が貧困なおれは、朝比奈が身をゆだねている情景しか浮かばない、、、 発想は貧困でも情景は細部まで想像できる。
「ホシノ。おまえいま、変な想像したろ」
 ギクッ。出会って数分のケイさんにまで見透かされる。
「ほんと、男ってすぐソッチに持ってくからあ。やあねえ」
 ここで、マリイさんにダメ押し。恐る恐る朝比奈をみると、、、 笑顔だ、、、 よけいに怖いんですけど。
「ホシノなら、いくらで買ってくれるの?」
 そう言って、うしろ髪をかきあげ、流し目を向ける。おれは思わずバックのなかにあるバイト代を言いかけて、これじゃ1か月も生活できないと、恥の上塗りになるのでやめておく、、、 その理由はおかしいだろ、、、 スタンドの社長に申し訳がたたんな。
「そうじゃなくてよ、ケンジョウさんが言うには、“オレを感動させてみろ”と、それで納得したら、口利きしてもらえる」
 そんな、、、 オレを感動させろって、、、
「ヤッパ、脱いどく?」
 そう言って、Tシャツをまくり上げる仕草をした。そういえばさっき公園で、上半身水着姿見たな。これってもしかしてオンリーワンで、ナンバーワンの体験だったのかもしれない。そならばやはり融資するのはおれか、、、