おれには、あの朝比奈にそんな弱い、、、 弱いって表現は一方的な決め方か、、、 部分があるなんて思えなかった。あったとしても見たくないから、理想ってのは大切なんだ。そう、朝比奈はこうであるべきと、そんなまわりからの決めつけが、余計に朝比奈を苦しめている。こうしておれはまわりを傷つけながら生きている、、、 きっといつになっても、いくつになってもな。
「そうね、一方通行な思い込みが、いつしか誰かを傷つけているなんて、よくあることだから、本人にとっては厳しい状況だけど、それを無いことにして生きてけるものでもないし、そんな無意識の圧力にも立ち向かわなければならないけど、そこまで強い人間はいないんだから。そうであるのに強く見せているのか、見られているだけなのか。だけどね、たまには、楽になりたいときも、話しを聞いて同意して欲しいときだってあるでしょ、それは誰にだって例外ではないわ」
そんなこと、、、 ああ、でもそうか。ひとにあこがれたり、好きになったりするのはみんな自分の誇大妄想で、なにひとつこちらから押しつけるもんじゃない。でも、だったら、おれが朝比奈のためにできることってなんだろう。
そりゃ、大それたことができるとは思えないけど、なんだか、実は少し前から思っていたことではある。朝比奈もムリしてるんじゃないかって、、、 勝手なはなしだ、、、 そう思うのはおれの勝手でいいんだ。朝比奈の個性がそれをオモテに出すことを許さなかった。
「よっ、どうだった。エリナのステージは」
ケイさんがステージから降りてきて席に座った。バンドの面々もそれぞれテーブルについて談笑している。ケイさんはマリイさんの用意したもう一杯のコーヒーを、いい香りだとすすった、、、、 ああ、おれのじゃなかったんだ、、、
「近ごろのエリナがすこし変わっていったのは、こういうことだったのかな」
「そうなの? わたしは気づかなかったけど」
マリイさんはケイさんをななめに見る。
「一緒に演奏してればわかることもあるよ。この彼氏が、ああ名前なんてんだ?」
おれは星野ですって答えた。一曳は面倒から言わない。こどものころからひとに、つまり自分より年上のひとに名前を尋ねられるとこうしていた。下の名前は? なんてたまに細かいこと訊かれることもある。そういうときだけイチエイと言う。そうするとだいたい変わった名前だなあ、どういう漢字書くのかとかいろいろ訊かれて面倒だし、学校とか、公的な場所以外ではマサトとか適当を言っておく、、、
「なあに、ケイちゃん。妬いてるの? エリナちゃんが彼氏連れてきたって、認めたくないとか」
「エリナはそんなことに囚われないだろ。友達とか、彼氏とか、親友とか、そんなくくりは要らないんだ。仲間かそれ以外。そうだろホシノ」
ケイさんにはじめて名前を呼ばれてびっくりした、、、 この夏は、これまで知らなかった大勢のひとに名前を呼ばれることになった、、、 朝比奈の友人観がどんなもんなのか、おれがどれだけわかってると思っているのか、ケイさんの言わんとすることはそれでもなんとなく腑に落ちた。だからいまの学校生活じゃ、それ以外しかいないってわけだ。
「そうだろな。エリナが団体生活でなじんでやっていくのは困難だ。だいたいおれ達だってみんな、学校生活ってやつをうまく乗り切れなかったヤツばかりだ」
そう言って、ステージの方を見上げた。マリイさんもうなずいている。バンドの人たちの荒れた感じの学校生活は想像できたのに、マリイさんだけは全然想像できなかったのはなぜだろう、、、 口にはださないけど。
「おれなんかに言わせてもらえりゃさ。学校生活をうまく乗り切ってるようなヤツで、将来、抜きに出るような人間はいないからよ、エリナもそれでいいんじゃないか」
あっ、それおれだな。出すぎず、引きすぎず、なんとか過ごせればいいと小さくまとまっている。これでおれの将来は見えてしまった。平凡で誰かに使われて、誰でもなく、誰の代わりでもなく、誰もが代わりを務められる人間ができあがる。
駐車場であったケイさんは、おれなんかに興味ないっていうか、かわいい女の子以外興味ないみたいな感じだった。おれはひとを見る目がない。そうじゃなくて、愛想でひととつながろうとしていないんじゃないかと。
だから自分がかかわりあいたいときはそうするし、そうでなければ目の端にも入っていない。それなのに間違ったことをしてると思ってないいさぎよさ、、、 そんな気がした、、、 朝比奈も同類だ。だからバンドのひとたちのつながりもそんな感じで、それでいいんだ、、、 おれもそんなふうに生きてみたいと、、、
「エリナはこんなとこでくすぶるようなヤツじゃない。出るとこに出れば必ず大物になる。でもそれは誰かが準備した道じゃない。自分で切り開かなきゃ到達できない場所だ。なんとか成し遂げて欲しいんだけどな。ホシノ、おまえもそう思うんじゃないのか?」
それがおれに期せられた役割なんだ。道化になる者が必要だ、、、 道化でいいのか、、、 最初はイヌだったから少しはマシになったな。
「まじめよねえ、近頃のコは。変に生真面目で、遊びの部分が少ないのよねえ。誰も彼もみんな、時代の落とし子なのよねえ。ボクちゃんもね、そんなに気張ることないのよ。エリナちゃんが望むようにしてあげればいいだけ。そうすればエリナちゃんも、あなたも次の段階に進めるんじゃないの」
おれも、朝比奈も、次の段階って。おれたちには登るべき決められた階段みたいなのがあるんだ。のぼり続ける階段を休むことなく、その先にあるものと、その途中で見るものと、登るのをやめたときに決めらる自分の階層と、そうして生きてくうえでの自分の定位置を知る。ムリして登るのも、そこから降りるのも自分次第なんだってことも。
「エリナはさ、唄ってる時がいちばん輝いてるだろ。自分を出せる場所があるのはいいもんだ。自分でつかみ取った場所で。だけどな、いまのままじゃダメだ。エリナもそのことをわかっている。ホシノ。おまえは、自分を出せる場所があったはずなのに、いまはもうないだろ。それも自分でつかみ取ったものじゃないしな。ひとにいわれてなんとなくその気になって、ダメならやめて、それをせめるつもりはない。誰だってそんなもんだ。だけど、後悔したくないなら、なにかを犠牲にしても、自分を出せる場所をつかみ取るべきだったのかもしれない。どちらを選ぶかは自分次第だ」
ケイさんの言いたいことがすんなり身体に入ってきた。おれは大人への反発を大義にして、素直に自分のやりたいことをやらずにいた。そこで頑張ることがみっともないことだって決めこんで、雑に日々を過ごす方を選んでいたんだ。
とりかえしのつかない日々。絶望を感じるほどでないとしても、限りある時間を捨ててきたのは間違いない、、、 限りある時間に気づけるのは、その立場にたってからだ、、、 そう思えば思い当たるふしはいくつかある。おれはそんな少しの亀裂とズレに侵入したり、出したりするのに不快な感覚に囚われて、どうしても素直になれなかった。だったら、いったいおれたちはどちら側に重きをおいて生きていけばいいんだろうか。
「わたしが敬愛しているビートルズがスタジオを抜け出し、ビルの屋上でライブをはじめる映画のワンシーン。なんの許可も取らずにやったから、まわりは大騒ぎになって、警察官が止めに入ったってオチがついたんだけど。屋上までの階段がね、まさにつぎの段階へ行くための、抜け出さなきゃならない道に見えたの。いわば新しく生まれ変わるための産道だったのね。新しい生への渇望が必要とされるとき、必ず通りぬけなきゃいけない道がある」
ひとの生きざまなんて本当に不思議なものなんだってつくづく思い知らされた。もしこの夏スタンドでバイトしてなかったら、もし朝比奈との関わり合いがなかったら、もし今日、朝比奈に導かれなければ、おれはケイさんやマリイさん、それにバンドのひとたちと出逢うこともなく、こんなに親しげに話すこともなかった。
それは随分と不思議な時間でもあり、前もって仕組まれていたと言われても否定はできなかった。選択のその先につねに存在し続ける体験。ドアを開けるたびに準備されている空間。どれもおれにとって必要で、通らなければなら産道なんだ、、、 どこを抜けて、どこへ行こうというのか、、、
選択の集合体が人生であるし、それは同時に『もし』がつりく上げた連続性のなかで到達する場所なのかも知れない、、、 だとしたら、これが本当に自分の望んだ生き方だなんて言いきれるのは何故なんだろう。