この宇宙が大爆発で誕生したとするビッグバン理論は今や教科書にも掲載され、NHKでさえ公然の事実のように紹介している。何ら疑いのない事実なのだ。少なくとも、教科書やNHK番組を見る限りにおいて。ところが、ビッグバン理論には数え切れないほどの矛盾が指摘できる。いつか公式にビッグバン理論の矛盾を集めて、まともに議論したいと思っている。
実は、アインシュタイン博士も内心、この理論には無理が有ることを感じていたと思う。ところが、アインシュタイン他、世界の天才と言われる宇宙物理学者や数学者が展開する議論があまりにも高度で難解であるために、真っ向から否定することができず、ずるずると居残り続けていると言うのが現状だろう。それに、ビッグバン理論で生計を立てている学者は無数におり、各種の予算もビッグバンの照明のために作られている。
ビッグバンのハチャメチャさは、初期の宇宙誕生に関して量子理論を適用したことだろう。我々の周りには無数の量子が存在する。この、非常に小さな量子に宇宙をあてはめたのだ。我々の周りにある量子と宇宙の卵(存在するとしたら)である量子とは当然、実態も環境もまるで異なる。ところが、宇宙の卵は、我々の周りにある量子と同じ立ち振る舞いをするというのだ。
なぜ、宇宙の始まりを天才達が追い、巨額の研究費が払われるか?キリスト教という宗教的な意味合いが大きいと言われる。天地創造だ。無から全ては始まることになる。仏教では輪廻の思想が有り、物事は繰り返される。始まりが無いし終わりも無い。
宇宙論で数学者が活躍する拠り所が時間たる空間の存在である。時間が物理的実体をもつことにより、数学者は数学理論をこねくり回して、理論を組み立て証明できる。何しろ、ずべての理論的しわ寄せは時間に持って行くことができる。かくして、時間はマイナスとなり、ある時は虚数となる。
しかし残念ながら時間が独立した物理量として存在しないというのが私の見解だ。例えば、時間がマイナスになるとは、私たちの周りの現象が、まるでビデオ記録をさかさまに回すように、過去にさかのぼる現象が起きなければならない。ところが、生物反応、化学反応には多くの非可逆性が知られており、物理でも時期のヒステリシス現象のような非可逆性が証明されている。これら多くの非可逆性のたった一つをとっても、時間がマイナスになることを否定できる。
宇宙理論は行くところまで行くだろう。彼等は有利な材料を集めては報告することになる。何しろ、宇宙物理学者は殆ど全員がビッグバン理論を支持している。それが生活の糧を得る手段でもある。しかし、いつかビッグバン理論は破綻するか、部分修正することになる。それには1000年程度を要するだろう。