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ナチス・ドイツによる性暴力

2016-01-02 09:14:27 | 慰安婦問題

 ナチス・ドイツにおいても、レイプ、性的虐待、裸体の強要、性労働の強制などの戦時性暴力は盛んに行われていた。ニュルンベルク裁判では、ドイツ軍兵士の性暴力犯罪が告発され、実際に犯行が明確化された事例も存在したが、それは例外的なケースで、実際には犯罪者の特定が難しく、また被害者自身の証言が得られなかったため、具体的な状況は解明されなかった。裁判での性暴力についての証言も、性暴力以外の案件について審理していた際に副次的に出てきたもので、裁判で性暴力を取り上げようとする姿勢はなかった。

 性暴力は、ナチス・ドイツの迫害のなかでも、最も顕現化の遅れた犯罪であり、1990年代になってからである。現在、その全体像が、それを可能とした権力関係を含めてようやく明らかになってきた。その性暴力としては、ドイツ軍兵士による自然発生的なものと、政府・軍部の監理下で行われたものとの、2種類があった。

 前者は、ドイツ軍が占領地域で行った性暴力で、10カ所の強制収容所内、戦地、さらには外国人強制労働者用の売春施設である。ナチス・ドイツでは売春取り締まりは厳しく、売春婦はしばしば逮捕され、強制収容所に送られる場合もあったが、これは売春を禁止するものではなく、売春は人目につかない形で、しかも当局の監視下で行われなければならなかったのである。性病予防、ドイツ人の血と名誉の保護、労働効率や戦闘意欲の増加のために売春は必要とみなされ、政府や軍の命令で売春施設が設けられた。

 強制収容所内では、最高責任者ヒムラーの命令により売春施設の設置が進められ、主に女性用囚人施設であったラーヴェンスブリュックの、反社会的、あるいは政治的な理由で収容された囚人の中から性労働者が選ばれた。親衛隊は当初、囚人たちに売春施設での労働に応募するよう呼びかけ、半年後には収容所生活から解放するなどのウソの甘言を弄して性労働者を集めようとしたが、応募者は少なかった。そのため、親衛隊が対象となる女性たちから強制的に選び出した。また裸で親衛隊の将校の前に引き出され、侮蔑されたあげく、彼らの好みに応じて強制的に売春施設に送られた女性も多かった。性労働者の数は、名前が判明しているだけで174名、不明者を合わせて210名余りといわれる。

 国防軍兵士用や強制労働者用の売春宿では、ユダヤ人、シンティ・ロマ、黒人を除くポーランド人やソ連、バルカン、フランスなどの現地女性たちが集められた。性労働者は以前から売春業に従事していた女性をはじめ、募集により集められている。他方、強制されていたという裁判記録や証言が残されており、強制を記した日記や証言を記録した映画も存在する。性労働者の集め方については不明な点が多い。

 現在、博物館になっている収容所跡地でも、売春施設の存在が明示されず、説明もないところがあり、タブー視されてきた。ナチス・ドイツの性暴力の被害者はシンティ・ロマのような支援団体をもたず、個々バラバラな状況に置かれてきた。そして、提訴も現在なされていない。補償については、1988年以降、ナチス・ドイツの迫害犠牲者のための困窮者基金を通じて経済援助がなされるようになったが、強制売春の被害者としてではなく、あくまで一般的な迫害に対する受給である。

 1993年に設置された「戦争と暴力支配の犠牲者のためのドイツ連邦共和国中央慰霊館」では、ホロコーストの犠牲者、両世界大戦の戦没者、さらに追放民となった元東部居住のドイツ人、1945年以降の全体主義の犠牲者も追悼されている。ホロコーストの犠牲者としては、ユダヤ人、シンティ・ロマ、同性愛者、その病や弱さゆえに、宗教や政治的信念のために、暴力支配への抵抗ゆえに殺されていった人たちの集団が挙げられているが、性暴力の被害者には言及されていない。性暴力の存在は浮かび上がってこない。

 最近になってこの状況が少し変化し始めた。ノイエンガメ強制収容所記念館のパンフレットには、売春施設の存在が明記されている。2007年には、ラーヴェンスブリュック収容所で初めて強制的性労働についての展示会が開催された。目的は、収容所における強制的性労働の存在を明らかにし、当事者たちの尊厳を回復する事である。2009年にも同じラーヴェンスブリュック収容所で、以前の展示を拡充した展覧会が開催され、当事者2人と収容所内売春施設の客となった当時の囚人のインタビューが初めて公開されている。これらの展示会は、ドイツの収容所各地を巡回しており、そのニュースは様々な新聞雑誌で大きく取り上げられ、市民の間にも、収容所内でも強制的性労働の存在が浸透する事になった。しかし、ナチス・ドイツの性暴力についての取り組みはまだ民間レベルの限定的な取り組みに止まっており、国家レベルの公式な取り組みは今後の課題である。(東京大学大学院人文社会系研究科教授 姫岡とし子『ドイツにおけるホロコーストの記憶文化と性』より)


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