2021年1月26日、自民党「保守団結の会」所属の高市早苗氏らが、下村博文政調会長と面談し、日本の名誉を守るため、日本国旗(日の丸)を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」を新たに盛り込んだ刑法改正案を、今国会に議員立法で提出するよう要請し、下村氏がそれを容認した。ところで、この趣旨の法案は2012年、自民党が野党時代に提出して廃案になった過去がある。今回の動きはそれを再度蒸し返すものである。それに対抗するため以下に、当時日本弁護士連合会が会長名で出した「反対声明」を紹介したい。
「■刑法の一部を改正する法律案(国旗損壊罪新設法案)に関する会長声明■
自由民主党は、5月29日、日本国を侮辱する目的で国旗を損壊し、除去し、又は汚損したものは2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する『国旗損壊罪』を新設するための刑法改正案を国会に提出した。自由民主党の説明では、現行刑法には、外国の国旗については損壊罪が明記されているが、自国の国旗に関する条文がない事が問題だという。
刑法における外国国章損壊罪が規定された理由は、それらの罪に当たる行為が外国を侮辱するものであることから、国際紛争の火種となり、外交問題にまで発展する可能性があり、ひいては日本の対外的安全と国際関係的地位を危うくするからとされている。他方、上記「国旗損壊罪」の保護法益は明確ではないが、少なくとも外国国章損壊罪と同様の保護法益が存在しないことは明らかである。
日本において国旗とされる日の丸は国民の間に広く定着しており、愛着を感じる人も少なくない。しかし、国家の威信や尊厳は本来国民の自由かつ自然な感情によって維持されるべきものであり、刑罰をもって国民に強制することは国家主義を助長しかねず、謙抑的であるべきである。同法案は、損壊対象の国旗を官公署に掲げられたものに限定していないため、国旗を商業広告やスポーツ応援に利用する行為、あるいは政府に抗議する表現方法として国旗を用いる行為なども処罰の対象に含まれかねず、表現の自由を侵害するおそれがある。
この点、米国では、連邦議会が制定した国旗保護法の適用に対し、連邦最高裁が「国旗冒涜を罰することは、この象徴的存在をかくも崇敬され、また尊敬に値するものとせしめている自由を弱体化させる」として、違憲とする判決を1990年に出している。
日の丸は、戦前、国家主義高揚の手段の一つとして使われた経緯を有しているため、国旗・国歌法が制定された今日においても、過去のいまわしい戦争を想起させるとの意見、また近隣諸国民に対する外交上の配慮から、日の丸は国際協調を基本とする現行憲法にふさわしくないとする意見も少なくない。国旗・国歌法制定の際の国会質疑においても、こうした過去の経緯に配慮して、国旗・国歌の義務付けや尊重規定を設けることは適当ではない旨の政府答弁がなされている。
これに対し、国旗損壊罪を制定している諸外国の中でも、ドイツやイタリアは第2次大戦中の国旗を現在は国旗として使用していないことを考慮すれば、第2次大戦中の国旗を現在も使用している日本においては、国旗損壊罪の法制化に当たり上記のように戦争被害を受けた内外の諸国民の感情に配慮する十分な理由がある。
以上を踏まえ、当連合会は、「国旗損壊罪」の法制化に反対する。
2021年(平成24年)6月1日
日本弁護士連合会 会長 山岸 憲司
以上
以下は参考として書いておきます。
➀「テキサス州対ジョンソン事件」で米国最高裁は1989年、抗議目的で国旗を焼却した人を処罰したテキサス州法を「違憲」とした。「政府は表現が不快だとか、それを支持し得ないからといって(行為を)禁止する事はできない」との判断を示した。米国憲法修正第1条は、表現の自由を保障している。
②刑罰を科すとなると、制限されるのは、国旗に敬意を表したくない人にまで敬意を表す事を要求する事になる。敬意の表明を要求する事は、思想・良心の自由(憲法第19条)の制約にあたるとするのが日本の最高裁判例である。
③自民党の憲法改正草案は、その第3条に現行憲法には存在しない「国旗及び国家」の条文を明記している。
「第3条「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
2「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。」
国旗・国歌について上記「草案」Q&Aで「我が国の国旗及び国歌については、既に『国旗及び国歌に関する法律』によって規定されていますが、国旗・国歌は一般に国家を表象的に示すいわば『シンボル』であり、また、国旗・国歌をめぐって教育現場で混乱が起きていることを踏まえ、3条に明文を置くこととしました、と説明している。
ついでながら「草案」第4条にも現行憲法には存在しない「元号」の条文を明記している。
「第4条「元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する」
③日本国憲法:大逆罪・不敬罪の廃止(新憲法の成立にともなう刑法改正に際しての日本政府とGHQのやりとり)
「1946(昭和21)12月20日、ホイットニー民政局長は、木村篤太郎司法大臣に対し、不敬罪、大逆罪に関する規定を定めた刑法第73条から第76条までの条項を削除するよう指示を与えた。これを受けて吉田茂首相は、12月27日付のマッカーサー宛書簡で、➀天皇の身体への暴力は国家に対する破壊行為である事、②皇位継承に関わる皇族も同様に考えられる事、③英国のような君主制の国においても同様の規定がある事、を理由に大逆罪の存置を訴えた。しかし、民生局法務課長アルフレッド・オプラーは、吉田の書簡の内容について調査を行い、米国大統領及び英国国王には日本の大逆罪に該当するような特別規定は存在しない、と結論づけた。この調査結果を踏まえ、47年2月25日、マッカーサーは吉田宛書簡で、吉田のあげた存置理由について反論し、天皇や皇族への法的保護は、国民が受ける保護と同等であり、それ以上の保護を与える事は新憲法の理念に反する、と吉田の訴えを拒絶した。