たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

「残日録とは、日残リテ昏ルルニ未ダ遠シノ意ナリ」(再)

2024年03月09日 23時10分43秒 | ブログ考

gooブログの「アクセス解析」の「アクセスされたページ」欄を、時々覗くことがある。「アクセス数」を気にしてでのことではなく、すっかり忘れてしまっているような、随分前に書き込んだ古い記事にアクセスが有ったりするのを、楽しみにチェックしている風なのだ。
そんな記事に目に止まった瞬間、「エッ、こんな記事にアクセス?」と驚くと同時に、「そう言えば・・・・」、記憶が蘇り、つい、自分もクリックし、改めて読み返してみたりしているのだ。
「gooブログ」=「記憶力がまるで無くなっている爺さんの自分のための記憶補助ツール」と決め込んでいる爺さんには、「アクセス解析」もまた、便利で有難いツール、大いに活用しているという次第。
先日、7~8年前に書き込んでいた記事、「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」に、アクセスが有ったことに気が付いた。
「おお!、懐かしい!」・・、早速、コピペ、リメイクすることにした。
そんな古い記事を、クリックひとつで引っ張り出して読んだり、加筆、訂正、修正、コピペ、リメイク等が出来るのも、ブログのメリット。従来の紙ベースの日記、日誌、備忘録、懐古録、雑記録の類では、絶対考えられないことであり、ブログを始める前までは、想像も出来なかったことである。今、出来ることは、やってみる・・、長生きした分、その時代を少しでも享受したいものだ等と、つぶやきながら・・・。


「残日録とは、日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」(再)

2016年11月頃のこと、相互フォロワー登録しているある方のブログの「自己紹介欄」に、目が止まったことが有った。

  「古希過ギタリト謂エドモ残日ヲ数エズ我カッテ夢見シ創造ノ世界ヲ気ママニ逍遥セリ」
  「残日録とは 日残リテ昏ルルニ未ダ遠シノ意ナリ」

まさに名文。
「いいね」・・・、
そのまんま、いただきたいくらいの気持ちがしたものだったが、それは出来ない相談。
そして、その名文が、藤沢周平著 「三屋清左衛門残日録」の文中の一節から、引用されたものであることが分かり、早速、その書を入手、読んだものだった。
ブログを始めてまだ数年目で、読書の習慣等身についていなかった頃だったが、なんとなく、日日の暮らしや、過去の足跡(あしあと)を書き込んでいて、その心境を、言い当ててくれているような気がして、共感、同感したのだった。

藤沢周平著 「三屋清左衛門残日録」(文春文庫)

「残日録とは日残リテ昏ルルニ未ダ遠シの意ナリ」は、嫁の里江の問いかけに対して、三屋清左衛門が答えた一節だが、その部分を転写してみると、

   3年前に愛妻喜和を病気で亡くし、先代藩主が死去した時、
   藩主の信頼を得ていた用人三屋清左衛門はまだ49歳だったが 
   隠居を決意した。
   ところが隠居した後、
   思い描いていた悠々自適、開放感とは逆に
   世間から隔てられた寂寥感、
   老いの身を襲う悔恨に駆られる日日となり、
   気を使う嫁の里江が 
   清左衛門の机の「残日録」に目を止めて
   「お日記でございますか」
   「ぼんやりしておっても仕方がないからの。日記でも書こうかと思い立った」
   「でも 残日録というのはいかがでしょうね」
   「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シの意味でな。残る日を数えようというわけではない」

になる。
藤沢周平著、「三屋清左衛門残日録」は、東北の小藩の用人だった三屋清左衛門が、家督を長男に譲り、隠居の身分になってからの日記という意味合いの表題だが、現役を退いた後の寂寥感や、引退しても尚頼られる充実感、老いた身を襲う悔恨、少年時代の友人や同じ道場に通った先輩後輩、元の同僚等々同年輩との関わり、さらに、藩の派閥争いに巻き込まれ、痛快に処していくといった内容の連作短編時代小説である。
高齢化社会の現代の定年退職後の我々の生き方にも相通ずる文章が随所に見られ、味わい深いものがある。
以後、ここまで、ブログを続けてこれたのも、
「残日録とは日残リテ昏ルルニ未ダ遠シの意ナリ」から
「ブログ」を「残日録」と見立て、
共感、同感したことによるもの、大だったような気がしている。

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