処遊楽

人生は泣き笑い。山あり谷あり海もある。愛して憎んで会って別れて我が人生。
力一杯生きよう。
衆生所遊楽。

作家の想像力

2021-02-10 11:46:35 | 身辺雑記

朝日新聞に連載中の小説『また会う日まで』(池澤夏樹作 影山徹画)2月10日付けの内容に感銘を受けたので、残しておきたい。作家の想像力とはいかなるものか、どれほど読む者の感情をうごかすものか 。一読して、暖かと優しさと幸せと力に満たされたことか。

主人公は、東京大学で天文学を学ぶ大日本帝国海軍中尉。夫婦に生まれた子、赤子に初めて対面した時の描写である。

こんなに小さくて、こんなに赤くて、こんなに大声で泣くものなのか。いや、大声で泣くから赤くなるのだ。乳を飲んで満足して眠っている時はむしろこの子は色白である。その心を想像してみる。

暗くて暖かなところでうつらうつらしていたら、もうそこを出なさいと言われた。押し出され、引き出されて、明るい涼しいところに出た。息をしなければならない。不安で、怖くて、大声で泣いた。

泣くといい気持ちだった。息を吸って、それを声にして出す。自分の声が自分で聞こえる。何かが口先に押し当てられた。口を開いてそれをくわえる。

   

吸いなさいという声が聞こえた。おいしいものが出てくる。夢中で吸って飲んだ。たくさん飲んで眠くなった。出す方も気持ちよかった。何か暖かいものが身体の下の方からでていく。すっきりする。脱がされたり着せられたり、いつも暖かいものに包まれていた。誰かに抱かれていた。揺すってもらえる。いろいろな声が話しかけてくれる。そっと撫でられる。しあわせだった。

かつて、筒井康隆氏の連載小説の、”3.11”遭難者のまるでそこに居たかのような叙述にも、逆の意味で度肝を抜かれたものだった。

寺田寅彦が『読書と人生』で日刊紙の廃止を訴えたのはもう一世紀も前になる。彼が憂いた人間の生活や精神を害する三面記事は依然もりだくさんである。同意である。とはいえ、廃止されたら困る。こうした想像力に満ちた世界に接することが出来るかもしれないという連載への期待は、日々持ち続けていたいから。

 

 


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