瓜生岩子女史は、幕末から明治にかけての社会実業家として知られると同時に、福島と東京
をまたにかけて社会福祉に貢献していました。文政12年に今の喜多方市に生まれました。雑
貨屋を営んでいた父が死亡し、さらに火災で家を失った岩子は叔父の山内春龍の元で事業を学
びました。17歳で呉服屋を営んでいた佐藤助茂と結婚し、一男三女をもうけましたが岩子が
34歳の時に夫が死亡しました。
その後救護所、縫製所などを各地につくり、本格的に社会・慈善事業に取り組みました。あ
の戊辰戦争では、敵味方の関係なく手当にあたり、死者を弔いました。政府軍の軍人達をも感
心させ「仏の岩子」と多くの人から慕われました。日本のナイチンゲールといわれ、我が国の
女性最初の藍綬褒章を受章しています。
八重さんだけが目立ってます。
全く人名も初めて
34歳でご主人を亡くされ
1人で子育てしながら世の中のために尽くされてきたのですね
岩子さんの生き方に
私も元気が出て来ました
良いお話をありがとうございます
当時の教育もあったでしょうが、天性ですかね。
素晴らしい女性ですよ。
目の前に戦争で負傷した人がいれば
敵味方なく治療して助けたですからね。
日露戦争位までは戦場でもそんな雰囲気
だったらしいです。情けを知る人間だったわけですね。