散歩の時に見つけた!

東京都内を散策しますが、こんな所にこんなものがと再発見します。写真を添えて紹介します。

中野四季の森公園

2016-07-29 13:25:38 | 日記

       

          大学キャンバス

 JR中野駅の北、中野4丁目にあった警察学校の跡地にできた、再開発された公園です。そこは

広大な地で、防災公園となっています。同敷地内には、東京警察病院の他、明治、早稲田、帝京

大学のキャンバスが出来ています。この公園には近くのオフィスビルで働く人々などが利用して

楽しんでいます。       

           

        警察病院

 東京警察病院は、千代田区富士見町(JR飯田橋駅前)にあったものが、平成20年(2008)に

移転してきたものです。他にも、警視庁新庁舎、中野区区役所の新しい庁舎が予定されているよ

うです。これからも開発が進むようです。(写真Mr麹町) 

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中本一稲荷神社(中野区中央)

2016-07-29 05:55:05 | 日記

      

         

 創建の詳細は不明とされますが、石柱の側面には、天保七丙申歳二月と刻まれているので、

1836年の造立でしょうか。そうすると300年近くの年月を経ているのでしょうか。「中本一」の名

称は、中野本町通り一丁目から名付けられたもと思われます。    

        かなり高いですね

 かつては「高稲荷」とも呼ばれました。中野坂上交差点そばの、青梅街道に面した急な石段を

登った高台に建っていますね。現在の町名は、中野区中央1丁目だそうです。五穀豊穣、盗難除

けの御利益ありとされています。(写真Mr麹町)

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淀 橋(新宿ー中野区)

2016-07-28 05:59:21 | 日記

       淀橋

         神田川

 新宿区と中野区の境を流れる神田川に架かる、青梅街道上の橋です。説明板によると、古くか

らあるこの橋は、昔は「姿見ずの橋」とか「いとま乞いの橋」といわれていたといいます。このあた

りで中野長者といわれていた鈴木九郎が、自分の財産を地中に隠す際、他人に知られることを恐

れ、手伝った人を殺して神田川に投げ込みました。    

         説明板

 九郎と橋を渡る時には見た人が、帰るときには姿が見えないことからその名がついたいわれま

す。江戸時代初めに鷹狩のためにこの地を訪れた将軍家光はこの話を聞き、「不吉な話でよくな

い、景色が淀川を思い出させるので淀橋と改めるよう」に命じ、これ以降、その名が定まったそう

です。なーるほどです。(写真Mr麹町)

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成子天神社の富士塚、浅間神社

2016-07-27 06:00:58 | 日記

       

         富士塚

 大正9年(1920)8月に、成子天神社境内にあった天神山という小山に富士山の溶岩を配して

築かれたもので、区内で最後に築かれた富士塚です。高さは約12メートルあり、区内で最大の規

模となっています。塚の北側には浅間神社の小祠があります。富士塚は江戸時代中期より、江戸

庶民の間で盛んになった富士信仰の遺跡です。      

         浅間神社

 浅間神社は、富士山の神様、木花咲耶姫命(このはなさくやひめ)。木花(桜の花)のように美しい

女神で、作物育成や子宝・安産・縁結びの神として崇められています。鳥居をくぐった右側には

木花咲耶姫命像があります。以前は頂上にありましたが、2011年3月11日の地震で北側斜面

に落下して、浅間神社前に立て直されたものです。(写真Mr麹町)

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成子天神社(西新宿8丁目)

2016-07-26 06:00:22 | 日記

         

      

 高層ビルの立ち並ぶ現在と違って、1100年を超える昔は柏木鳴子と呼ばれ、もともと天照大

御神を祀る大神宮があって、松や柏の樹々が茂る清らかな神域が広がっておりました。「学問の

神様」、「厄よけの神様」として知られる天神さまは、その時代その時代において多様な信仰をひ

とつに統合する神様とも言われています。         

       

 菅原道真公が、生前に彫られた像を柏木村に持ち帰り、平和と文道の神としてお祀りしたのが

延喜3年(903)と伝えられます。その後、徳川三代将軍家光公より春日の局に柏木鳴子の地を

賜り、局の勧請により天満天神社として社殿を造営。明治27年成子神社と改め、昭和3年成子

天神社と改称。その後戦災焼失後昭和41年の再建等を経て、平成26年に現在の姿に御造営を

されたのです。(写真Mr麹町)

           

 日馬富士8度目の優勝 大相撲名古屋場所で横綱日馬富士が優勝しました。感心するの

は、その闘志とスピードですね。大型力士の多い時代に130キロ程度の体重で、はるかに重

い力士を投げ飛ばす、或いは寄り切ってしまう力量は凄いですね。一日一番死ぬ気で戦った

と当人がインタビューに応えていたが、感心しますね。稀勢の里も12勝3敗と健闘はしました

が、平幕に2敗もしていたんでは優勝できない。それと精神面で横綱を見本にもっと背水の陣

で闘ってほしいですね。      

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