散歩の時に見つけた!

東京都内を散策しますが、こんな所にこんなものがと再発見します。写真を添えて紹介します。

吉原神社(台東区千束)

2016-06-30 13:57:10 | 日記

       

 元和3年、江戸に散在していた遊女屋は日本橋葦町に廓として統合され、これが江戸吉原で

す。その後明暦の大火のあと千束村に移転を命ぜられ、新しく造られたのが「新吉原」。明治5年に

新吉原の四角隅に祀られていた四稲荷社と、地主神である玄徳稲荷を合祀して吉原神社を創建し

ました。    

        穴稲荷社

 さらに昭和10年に吉原弁財天を合祀しました。新吉原遊郭の鎮守の社として、初午、祭礼の賑わ

い、ことに花魁の参拝は古書にも記されています。現在も幸せを祈る女性への御利益ありとして人

気があります。境内には神社の土地を守る神様がおられて、「お穴さま」として祀られています。

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飛不動・正寶院(台東区竜泉)

2016-06-30 06:00:55 | 日記

       

         

 正寶院の本尊は不動明王坐像で、「飛不動」の通称で知られています。名の由来は昔、このお寺

の住職が大和国大峯山に、本尊を持って修行に行ったところ、一夜にしてここに飛び帰り、人々に

ご利益授けたことによると伝えられています。「飛不動」は本尊の通称だけでなく、正寶院の通称と

なり、江戸時代前期の寛文年間の「新版江戸大絵図」には、すでに「飛不動」の名が見えます。  

 福利増長、息災延命の祈願道場として庶民の信仰が厚く、「江戸砂子」などにも江戸の代表的な

不動霊場として記されています。近年は航空安全の守護神として崇敬を受け、安全祈願の参詣者

が増えているそうです。

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続・入間市西洋館

2016-06-29 06:01:00 | 日記

      

          

 本館は木造2階建てで、外壁化粧煉瓦貼洋瓦葺、別館木造平屋建外壁化粧煉瓦貼桟瓦葺となっ

ています。本館は地上2階、地下1階、別館は1階建。西洋館の設計は東京帝国大学(現東京大

学)卒の室岡惣七氏、建築は川越まつりの山車を製作したこともある宮大工の関根平蔵氏となって

います。    

        

 建築学的には、外観より内部が優れていると言われています。戦後に進駐軍に接収された際大き

く改造を受けていますが、全体的に当時の様子を今に残しています。一木で造られた階段の手すり

や絹を使った壁紙などは、製糸業で蓄財した冨の大きさを物語っています。石川組製糸は、関東大

震災や昭和恐慌の影響で経営不振になり昭和12年に解散しました。(写真Mr麹町)

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入間市西洋館(入間市河原町)

2016-06-28 06:01:15 | 日記

      

         洋室

 国登録有形文化財の旧石川組製糸西洋館です。石川組製糸は、実業家・石川幾太郎が明治26

年に起こした製糸会社です。昭和の初めには埼玉県内外を合わせると9つの工場を持つ、全国有

数の会社に成長しました。この会社は、石川一族がキリスト教の信者であったことから、経営方針だ

けでなく従業員の教育にもその影響があり、工女にも家庭夜学校などを開設しています。    

        和室

 会社は主に外国と取引していたため、商談で外国人商人を招く機会がありました。そのため、外

国人が来訪した時の迎賓館として西洋館を建設しました。大正10年上棟して同11年~12年に竣

工したのがこの西洋館です。(写真Mr麹町)

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麦原川の弁財天(埼玉入間市)

2016-06-27 06:02:17 | 日記

      

         

 あじさい街道を歩くと、麦原川を背に弁天様が鎮座していらっしゃいました。弁財天は、七福神の

なかで唯一の女神で特に子宝、子育て、そして弁舌、学芸、知恵、財福、延命を受ける神として、古

くから幅広い人々の信仰を集めています。    

 また運を開き福を招き、現在では交通安全、新入学なども祈願されております。弁財天麦原24の

会の方々が、この道を通る人々の安全とご多幸を祈念して建立したものと聞きました。(写真Mr麹

町)

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