滝廉太郎は現在の千代田区一番町に、明治27年(1894)頃から同34年4月(1901)まで
居住していました。今日でも愛唱されている名曲「花」、「荒城の月」、「箱根八里」、「お正月」、
「鳩ぽっぽ」など、彼の作品の多くはここで作られました。滝廉太郎は、明治12年(1879)東京に
生まれ、幼少期より音楽に対する才能を示し、同27年東京高等師範学校専修科(後の東京音
楽学校)に入学しました。卒業した後は、学校の助教授として後進の指導にあたりました。
明治34年、文部省の留学生としてドイツのライプチヒ国立音楽学校に学びました。しかし、病
を得て帰国し、大分の父母のもとで療養しましたが、親族の手厚い看護もむなしく同36年6月
29日死去しました。彼は日本の芸術歌曲の創始者ともいわれています。千代田区一番町に暮
らしていたことを偲び、毎年9月下旬には地元町会の主催で「滝廉太郎を偲ぶ会」が開催され
ています。