先日ヴァンフォーレは起源となった甲府サッカークラブ誕生から60周年&ヴァンフォーレ甲府に改称して30周年を迎えたことを発表しています。クラブも様々な歴史を刻んできましたが、ヴァンフォーレ甲府を応援しようとスタートさせたこのブログも今年でなんと20周年を迎えます。そこでクラブとこのブログの60/30/20周年の記念すべき年に特別企画をスタートしたいと思います。題して『ブログ20周年記念ヒストリー』。
このコーナー第3弾となる今回は、個人的に印象的に残っている過去記事を厳選して紹介したいと思います。今ではこのブログが20周年となるなどヴァンフォーレライフにどっぷりハマっていますが、その自分がヴァンフォーレの試合を初めて見たのはいつだったのかと聞かれたらこの答えになるような記事です。2008年に書いた記事なので若干読みにくい構成になっているかもしれませんが、ヴァンフォーレに興味を持ったきっかけを知ることができると思います。それではさっそくどうぞ!
ここからが過去記事
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この前ホーム小瀬にアビスパ福岡がやってきましたが、その福岡を指揮していたのはリトバルスキー監督。
リトバルスキーといえば、ドイツ代表としてW杯で優勝を経験するなど世界のスーパースターでした。その‘世界の’リティが、甲府の緑ヶ丘に来たことがあると言ったらビックリする人が多いでしょう!
それは1996年。当時JFLにいたヴァンフォーレ甲府は10月にブランメル仙台(現ベガルタ仙台)と対戦。リティはその仙台のメンバーとして緑ヶ丘にやってきたのです。
「甲府にあのリティがやってくる!」
ということで、この試合で生涯初めてヴァンフォーレの試合を観に行ったんですよ。そのときはリティ目当てでしたが…。しかもリティの他にもあのオッツェもいる!と恥ずかしながら浮き足立っていましたね。
甲府にはバロンがいましたよ。後々は清水やC大阪、鹿島などで活躍しましたが、この年が日本でのデビューとなりました。あとは大柴選手もいたと思います。
試合は0-2でヴァンフォーレが敗れてしまいましたが、確かお客さんも3000人くらいが集まって当時としては異例の盛り上がったサッカーイベントでしたね。でもその試合後はパタリとヴァンフォーレの名前も聞かれなくなり、一日限りの盛況となったのでした。今じゃ考えられないね~。
でもこれをきっかけにちょくちょくと観戦に出掛けるようになっていったのでした♪
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2008年4月17日記事
…実は最初は世界的スーパースターであるリトバルスキー選手目当てで緑ヶ丘に行きました。でも年月が経ったらリトバルスキー選手よりも対戦相手だったヴァンフォーレの選手や応援団の頑張りの方が印象が残っています。不思議なものですね。
このコーナー第3弾となる今回は、個人的に印象的に残っている過去記事を厳選して紹介したいと思います。今ではこのブログが20周年となるなどヴァンフォーレライフにどっぷりハマっていますが、その自分がヴァンフォーレの試合を初めて見たのはいつだったのかと聞かれたらこの答えになるような記事です。2008年に書いた記事なので若干読みにくい構成になっているかもしれませんが、ヴァンフォーレに興味を持ったきっかけを知ることができると思います。それではさっそくどうぞ!
ここからが過去記事
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この前ホーム小瀬にアビスパ福岡がやってきましたが、その福岡を指揮していたのはリトバルスキー監督。
リトバルスキーといえば、ドイツ代表としてW杯で優勝を経験するなど世界のスーパースターでした。その‘世界の’リティが、甲府の緑ヶ丘に来たことがあると言ったらビックリする人が多いでしょう!
それは1996年。当時JFLにいたヴァンフォーレ甲府は10月にブランメル仙台(現ベガルタ仙台)と対戦。リティはその仙台のメンバーとして緑ヶ丘にやってきたのです。
「甲府にあのリティがやってくる!」
ということで、この試合で生涯初めてヴァンフォーレの試合を観に行ったんですよ。そのときはリティ目当てでしたが…。しかもリティの他にもあのオッツェもいる!と恥ずかしながら浮き足立っていましたね。
甲府にはバロンがいましたよ。後々は清水やC大阪、鹿島などで活躍しましたが、この年が日本でのデビューとなりました。あとは大柴選手もいたと思います。
試合は0-2でヴァンフォーレが敗れてしまいましたが、確かお客さんも3000人くらいが集まって当時としては異例の盛り上がったサッカーイベントでしたね。でもその試合後はパタリとヴァンフォーレの名前も聞かれなくなり、一日限りの盛況となったのでした。今じゃ考えられないね~。
でもこれをきっかけにちょくちょくと観戦に出掛けるようになっていったのでした♪
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2008年4月17日記事
…実は最初は世界的スーパースターであるリトバルスキー選手目当てで緑ヶ丘に行きました。でも年月が経ったらリトバルスキー選手よりも対戦相手だったヴァンフォーレの選手や応援団の頑張りの方が印象が残っています。不思議なものですね。